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#04.懐かしむ【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】

2026/05/20 18:29
【お題】ダンデ×ソニア



「ん?」
 がさごそと段ボールを開けていたダンデが、奇妙な声を上げた。
 キッチンの方で昼食のパスタを茹でるための寸胴鍋を取り出そうとしていたソニアが、珍しい音階のそれに気づいて振り返る。
「どしたの、ダンデくん?」
「いや……」
 珍しく、歯切れが悪い。興味を引かれたソニアが、コンロの上に鍋を置いてからスリッパの向きを変える。広々としたリビングの中央にある、巨大なソファに添えられたローテーブルの上で開封作業をしていたダンデの背中に、ひょこりと圧し掛かった。
「ん? あ、すごい。いっぱいだね、きのみ」
 ダンデでも一抱えはある大きさの段ボールには、さらに丁寧に緩衝材を敷き詰めた木の箱が入っていた。そして隙間には、ダンデの母お手製の焼き菓子や、ブラッシータウンの銘菓など。本日の『実家便』は、食べ物オンリーらしい。
「わーい、おばさまのクッキーだぁ。大好き大好き~」
「だから送ってきたんだぜ。オレだけだったら寄こさない」
「あら。愛されてるなあ、わたし」
「言っとくけど、全然シャレになってないからな、それ」
「ふふふ」
 ソニアは嬉しげに笑いながら、ぺたりとダンデの肩越しに体重を乗せ、腕を伸ばす。木の箱に入っていた色とりどりのきのみは、旬のいい香りがした。
「いろいろ入ってるねえ……モモン、オボン、マゴ……うわ、サンのみ!」
 緩衝材の際の方に揃えて入っていた珍しいきのみに、ソニアは思わず声を上げた。ダンデの背中に覆いかぶさっていたので、その高い声は彼の右耳を直撃する。うっと唸ったダンデに気づき、ソニアは慌てて身を起こした。
「ごめんごめん、だいじょうぶ?」
「平気だぜ。それよりも……」
 肩を竦めたダンデが、手にした四角い板のようなものを差し出した。彼の傍らにぺたんと座ったソニアが、不思議そうに受け取る。
 ひっくり返すと、懐かしい写真だった。
「わ! これって、ダンデくんちの暖炉の上にあったやつじゃん」
「ああ。ずいぶん長い間飾られてたやつだな」
「あ~……恥ずかしかったよねえ……何度隠しちゃおうかって思ったことか……」
「無駄だぜ。母さんは確実に焼き増ししてる。データもある」
「だよねえ。いや~しかし、黒歴史ですなあ、ダンデくん」
「黒歴史か?」
「……黒……くはない、か……いや、でも、相当恥ずかしいよぉ……」
 言葉通り、テンポよく軽口を交わしていたはずのソニアのほほが、じわじわと桃色を帯び始める。照れくささを隠しきれなくなった彼女の様子に、ダンデはゆっくりと目を細めた。
 彼女の手の中にある写真立てには、二人が出会って初めて迎えたバレンタイン・デーの写真が飾られていた。ダンデの手には、ソニアがマグノリアと一緒に作ったジャムタルトが握られて、ソニアの手には、ダンデが贈った紫とオレンジのクロッカスブーケがある。
 そして、写真の中の六歳の彼らは、仲睦まじく、キスをしていた。



 二月十四日のハロンタウン。その日はいつも通りの薄曇りで、風はたいそう冷たかった。
 ソニアはもこもこのウールーのコートで全身を包み、通い慣れた農道を進む。足元では、ワンパチがハフハフと白い息を吐きながら寄り添い、時折スノードロップに戯れるようにひくひくと鼻を鳴らして立ち止まった。
 ソニアは、腕の中に抱えたふたつの紙袋に集中しながら歩いている。零すものではないけれど、乱暴にしては壊れてしまう。せっかく丁寧に梱包したのだから、出来るだけきれいな状態で手渡したい。たとえ、渡した瞬間あっという間に食べつくされる運命だとしても。
 その状況を思い描いて、ソニアはくふくふと笑った。鼻のあたりまでマフラーにうずもれているので、笑う吐息が熱になってこもる。外気との温度差に、ソニアの白桃のようなほほがふっくりと赤く染まった。
 やがて、一本道の先に見えてきたダンデの住まい。見慣れたその家に目をやって、ソニアは道の端でなにかを探しているようにくんくんしているワンパチに声をかける。
「ワンパチ、もう着くよ」
「イヌヌワン」
 答えたワンパチが、短い足でたすたすとソニアの傍に戻ってきた。ふたりはそのまま屋敷の敷地へ入っていく。広いエントランスを進み、玄関ポーチへ上がろうとした時、家の中からバタバタと足音が迫ってきた。
「ソニア、いらっしゃい!」
「わっ、ダンデくん!」
 訪いを入れる間もなく、玄関扉が開かれて、中から元気いっぱいの少年が飛び出てきた。危うく正面衝突しそうになるほどの勢いに、ソニアは目をまるくする。
「びっくりしたぁ、どうしたの?」
「へへっ、ソニアがいつ来るかってずっと待ってたんだ! 二階の窓から見はってて、ソニアが見えたからむかえに行こうかって思ったんだけど、ヒトカゲが止めるから」
 ダンデの言葉に、彼の足にしがみついていた、少し引っ込み思案のヒトカゲが、恥ずかしそうにぱぎゅう、と鳴いてソニアを見上げる。ソニアはにっこりと笑って膝を折った。
「えらいよ、ヒトカゲ。ダンデくんがむかえに来てたら、いまごろ迷子になっちゃったかもしれないもんね」
「えっ、すぐそこに見えてたんだぜ?」
「すぐそこでも、まっすぐ来られないのがダンデくんでしょ?」
「ちぇっ」
 言い返せないことにむくれたダンデだったが、すぐに気を取り直した。ヒトカゲの頭を撫でているソニアに手を伸ばし、満面の笑みを浮かべる。
「さ、ソニア! 早く入ってよ」
「うん、おじゃましま~す」
 ダンデの手を取って立ち上がると、ソニアははにかんで笑う。玄関にあるカウチにそっと荷物を乗せると、もこもこのコートを脱いで、ダンデに渡した。ダンデは心得た仕草でそれをハンガーにかけて、背伸びをしてラックに吊るす。
 そうしてようやく、ふたりは手を繋いでリビングへと向かった。
「ソニア、今年は母さんがたっくさんお菓子をつくってくれたんだぜ!」
「わあ、楽しみ!」
 ダンデの家の広いリビングに通されると、そこには彼の家族が勢ぞろいで待っていた。
「ソニアちゃん、いらっしゃい」
「ようこそ。寒かったでしょう、暖炉にあたってね」
「こんにちは、今日はおまねきありがとうございます」
 ダンデと手を繋いだまま、ソニアはちょこんとひざを折ってカーテシーのような礼をした。そのおしゃまな様子に、大人たちはめろめろと相好を崩す。やんちゃ盛りの少年しかいないこの家では、ソニアは正真正銘のお姫様だった。
 テーブルの上には、目にも鮮やかなアフタヌーンティーの用意がしてあった。三段のティースタンドに盛られたプチケーキやスコーン、サンドウィッチの他にも、大皿に乗ったショートブレッドやフルーツロールなど、見たこともないほどたくさんの手作りお菓子があふれていた。
「うわあ、すごい!」
 素直に感嘆し、キラキラと瞳を輝かせるソニアに、ダンデの母は嬉しそうに笑う。
「ソニアちゃんがブラッシーに来て、初めてのバレンタインだから、おばさん張り切っちゃった。たくさん食べてね。プディングもあるのよ」
「ありがとうございます、おばさま! あ、これ、そぼからみなさまへ、お渡しするようにことづかってきました」
 いつもよりも丁寧な口調で、ゆっくりとソニアが言う。ふたつ持っていたバッグのうち、大きめの紙袋をそっと手渡した。
「あらまあ、ご丁寧にどうもありがとう。あとから、マグノリアさんにお礼の電話を入れるわね」
 にこにこと受け取るダンデの母、微笑ましそうに目を細める祖父母、いつもは牧場作業に勤しんでいるダンデの父も、くつろいだようにソファへ座って笑っている。
 ソニアは、手の中に残った小さめの紙袋を、傍らのダンデへそっと差し出した。
「あと、これ、わたしからダンデくんに」
 ぱっと満面の笑みを浮かべて、ダンデがキラキラと瞳を輝かせた。逸るこころのまま、紙袋から取り出したものは、透明な袋にラッピングされた色とりどりのジャムタルト。ちょっぴり不格好のものが混ざっているけれど、とにかく量がある。甘いものに目がないダンデは、大喜びで声を上げた。
「ありがとう、ソニア! めちゃくちゃうれしいぜ」
「うん、あのね、おばあさまといっしょに、はじめて作ったの。ちょっとだけカタチが悪いのもあるけども……」
「お腹に入ればいっしょだぜ!」
「……うん、ダンデくんならそう言うと思った!」
 呆れたように笑いながらも、ソニアは嬉しそうだった。ダンデは急いで部屋の隅にある安楽椅子へと駆け寄ると、その陰に隠していたものを取り出す。
「これ、オレからソニアに!」
 そう言って、ダンデがソニアに差し出したものは、紫色とオレンジ色の、可愛らしいクロッカスのプチブーケだった。丁寧にリボンをかけられてはいるが、恐らくダンデが自ら摘んでまとめたのだろう、いかにも手作りの素朴さがあった。
「わあ、かわいい!」
 ダンデは、ソニアの嬉しそうな顔を見て、にっかりと破顔する。
「へへっ。ソニア、ハッピーバレンタイン、だぜ!」
「うん、ハッピーバレンタイン、ダンデくん!」
 ソニアは弾けるように笑い返して、手の中のブーケを幸せそうに抱きしめた。
 ふたりが知り合い、毎日のように遊んで仲良くなってから迎えた、初めてのバレンタイン・デー。ガラルにおいては、親しい相手や家族に贈り物をする側面が強い家庭的なイベントだが、もちろん夫婦間、恋人同士の親愛を深める意味合いもある。
 そんなわけで、加速度的に親密になった少年少女は、当然の帰結のように相手が喜ぶようなプレゼントを贈り合うことになった。六歳ながらに頭を悩ませ、一生懸命真心を込めたプレゼントに、ふたりはニコニコとはしゃぐ。
 子供たちの無邪気な様子に、大人たちはますます相好を崩した。
「さあさあ、ふたりとも、席について。たくさん食べてね」
「はあい」
 声を合わせて椅子に座ろうとした時、ソニアがあっとちいさく呟く。それに、ダンデはきょとんと振り返った。
「どうした、ソニア?」
「えっと、お礼がまだだった」
「お礼?」
 小首を傾げるダンデに、ソニアは真面目な顔で頷く。
「うん。バレンタインのお礼。おかあさまとおとうさまと、おんなじにしなきゃ……」
 いまは亡き両親を思い出したように、ソニアのエメラルドの瞳が一瞬陰る。ダンデはすかさず声を上げた。
「お礼は、もうもらったよ。ジャムタルト。ひとり占めして食べるぜ」
「ううん、あれはお礼じゃないよ、バレンタインのプレゼント。お礼はね……」
 そう言って、ソニアがそっと爪先立つ。同じくらいの背の高さのダンデに寄りかかるように、そのちいさなくちびるを寄せた。
 ぷちゅ、と可愛らしく重なったくちとくち。ダンデは驚いたように目をまるくして、すぐに離れていったソニアの白い顔を見つめる。
「……いまの、お礼?」
「うん。おかあさまとおとうさまは、ありがとうの時に必ずこうするの。ダンデくんのおばさまたちは、しないの?」
「しない……えっと、いつもはしない。たまに、かくれてしてるけど……」
「ダンデ! よかったわね! お礼もらって嬉しいわねえ!」
 ふいに、ダンデの母の調子っぱずれた声が上がった。その時になってようやく、ダンデは家族がみんな揃っていることを思い出し、なんだかよくわからないけど、猛烈に恥ずかしくなる。
 けれど、ソニアはきょとんと目をまるくして、ダンデと家族とを見渡していた。
「おばさま?」
 不思議そうに小首を傾げる愛らしい少女に、ダンデの母は焦りと羞恥に耐えながら、にっこりとほほ笑む。彼女の背後では、夫が肩を震わせて笑っていた。
「ソニアちゃん、おばさんうっかりして見逃しちゃった。ちゃんとお礼をしていただきましたって、マグノリアさんにもご報告したいから、もう一回お願いできる?」
「え?」
 ぱちくりと目をまるくするソニアと、なんだか身の置き所がなくてむずむずとしているダンデ。彼らを見守るダンデの家族と、ワンパチとヒトカゲも身を寄せ合って見つめる中、ダンデの父が素早く立ち上がった。
「ちょっと待ってくれ! カメラを持ってくる」
「ロトムでムービーも撮らなくっちゃ」
「どれ、ワシのロトムも呼び出すとするか、お~い」
 いきなりはしゃぎ始めた大人たちに、ソニアがわずかに困惑したような顔になる。そっとダンデに寄り添って、恐る恐る問いかけた。
「ダンデくん……わたし、なにかまちがっちゃったのかな?」
「えっ? あ、いや……まちがっては、いないと思う」
「でも……」
 こんな時、間違いを正してくれる祖母が傍にいない。そしてそもそも、この『お礼』を教えてくれた、父も母ももういない。不安そうなソニアの様子に、ダンデはぐっと息を飲んだ。
「……だいじょうぶだ! ソニアはまちがってないし、お礼はいいことだ!」
「ダンデくん……」
「だから、オレも……」
 真剣な黄金の瞳でソニアを見やって、ダンデが身を寄せる。先ほどと同じく、ぷちゅんとちいさくくちびるが重なると、彼は子供ながらにふわりとこころが浮き上がるような高揚感に震えた。
 そっとまぶたを開けると、至近距離でソニアのエメラルドの瞳が輝いている。わずかに驚いたように瞠られたそれが、次の瞬間嬉しそうに弾けた。
「ありがとう、ダンデくん!」
「うん」
 ふたりがニコニコと顔を見合わせていると、大人たちが笑い始めた。
「いかん、ワシのロトムは間に合わなんだ!」
「オレはばっちりだぜ!」
「わたしも間に合ったわ~!」
「さあ、じゃあ早いとこ印刷しちゃいましょう。帰りに、マグノリアさんにも見せてあげなくっちゃ」
「そうねえ……それに、ソニアちゃんのお母様やお父様にも、見ていただかなくちゃね」
 ふふ、とほほ笑みながら、ダンデの母が限りなく優しい瞳で子供たちを見つめていた。



 古い写真に写る、睦まじい自分たち。ソニアは膝の上にあるそれをそっと撫でながら、ちいさくため息をついた。
「まったく……子供って、大人のすることをちゃあんと見てるよねえ。うっかりしたこと出来ないわ」
 重みのある述懐に、ダンデはくすくすと笑う。
「あの時の母さんと父さんのやり取りも、見ものだったな」
「おじさまは、案外動じてらっしゃらなかったよね。ダンデくんと似てるなあ、やっぱり」
「そうか?」
 思い出を追いかけるように、ダンデの瞳がやわらかくなった。ソニアはそんな彼を見つめて、苦々しげに言う。
「でもさ、その後しばらく、ダンデくん家族にからかわれたのは参ったよね」
 六歳のバレンタインの後、ソニアはプライマリースクールの年上の友達からキスの意味とタイミングを習い、すぐに『お礼の習慣』はなくなった。次の年のバレンタインで、プレゼントを贈り合う時の大人たちの期待の眼差しを、どうにかこうにか回避したのは、良くも悪くも強烈な思い出だ。
「それからだよな、この写真がこれ見よがしに暖炉に飾られたのは」
「うん。いや~、あの時はプレッシャーすごかったわ」
「ホップが生まれてからは、あいつを使ってけしかけたりな」
「あはは、あったあった~」
 明るく笑うソニアに、ダンデが悪戯っぽく目を細める。
「……ところで、ソニア。オレたちも、そろそろ『お礼の習慣』を、復活させてもいいんじゃないか?」
「え?」
 思わず目をまるくしたソニアが、次の瞬間ポッとほほを染める。そんな初々しい様子の恋人に、ダンデはにっこりと笑顔を浮かべた。
「ソニアのご両親が大切にしていた習慣だ。オレたちが正しく受け継ぐべきだろう」
「い、いやいや……別にそんな大した話じゃないし。それに、バレンタインの時だけのはっちゃけだし……」
「それはダウトだな。あの頃のソニアは、頻繁に目にしていたからこそ習慣だと思ったんだろう。プレゼントを贈り合うような、特別な時だけじゃなかったはずだぜ」
「いや、それは……」
「決まりだな」
 強引に畳みかけたダンデは、ちらりとキッチンへと目線をやる。ソニアの用意した寸胴鍋が、いまや遅しと出番を待っていた。
「昼食はパスタだよな。オレでも作れる。どうする?」
「は?」
「どっちが、作る?」
 その問いかけに、ソニアは一瞬怪訝そうに眉を寄せかけ、それから素早く赤面した。理解の早い彼女に、ダンデはにんまりと笑う。
 赤い顔で唸りながら、ソニアはちいさくちいさく呟いた。
「……わたしが、作ります」
「ん。ありがとう、ソニア」
 ふわりと笑いながら、ダンデが囁く。そしてそのまま、うつむきがちだったソニアのあごに指をかけ、そっと上向かせたくちびるにキスをした。
 感謝を、こめて。



《恋する動詞111題》
#04.懐かしむ【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】


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