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#02.追いかける【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
2026/05/16 17:29【お題】ダンデ×ソニア
幼馴染の手を握って走るのは、いつもわたしの役目だった。
ちょっと油断した隙に、勝手にどこかへ迷い込んでしまう幼い彼は、目を離すと死んでしまうか弱い生き物のようで、知り合って間もなくの頃は、どうしてこんなにも手がかかるのだろうと呆れたこともあった。
「ダンデくん! 真っ直ぐ、真っ直ぐだよ、この道を真っ直ぐ!」
「ああ、わかってる!」
眦を上げて言えば、妙に自信満々の答え。幼いわたしは意地悪に目をすがめ、歩き出す彼からわざと遅れていった。
ちらりとわたしを振り返った彼は、ちょっと不服そうにほほを膨らませ、それでも元気よく歩き出す。どこまでも真っ直ぐの農道、両側は広い広い牧草地。囲いの中ではウールーたちがのんびりと草をはみ、わたしたちの奇妙な道行を眺めている。
五メートルくらい先を歩くダンデくんは、最初は意気揚々とまっすぐ歩いていた。けれどすぐに、なにかにハッと気を引かれたように空を見上げ、それから右の牧草地を見やる。
あっと思った時には、彼は大雑把にしつらえられた柵を超え、牧草地へと駆け入っていった。
「あっ、ダメ、ダンデくん!」
「ソニア、色違いのクスネだ!」
「えっうそ!」
走り出す少年を追いかけて、わたしも牧草地へ入る。なにを見つけて追っているのか、ダンデくんはすごい速さで進んでいく。
「ダンデくんっ」
このままじゃ、彼を見失ってしまう。恐怖したわたしの声色に、幼いダンデくんはなぜかいつも気づいてくれる。普通に呼んだって聞こえないことも多いのに、わたしが本気で焦ったり怖がったりすると、不思議とそれが伝わって、彼は立ち止まってくれた。
「ソニア、早く早く!」
「待って!」
叫びながら手を伸ばし、それを掴んだダンデくんといっしょに走り出す。草を駆け、柵を超え、泥水を跳ねさせながら、いつの間にか森の中へ。
当然、色違いの野生ポケモンになんておいそれと会えるはずもなく、いったいなにをどう見間違ったのか、それとも彼にはヒトに見えないなにかが見えているのか、往々にしてわたしたちは、大冒険の末迷子になるのだ。
暗い木々が茂る藪の中で、わたしがため息をつく。
「……ダンデくん、ここどこ」
「……わかんない」
面目なさそうな顔で答えるダンデくんは、けれど憎らしいことに、ちっとも心細そうではない。自宅からそれほど離れていないとはいえ、ガラルの森は子供の足で抜け出すのはなかなか厄介なのに。
それにそのころのわたしは、別の街から引っ越してきたばかりで、それほど地の利に長けてはいなかった。さすがに一本道の農道で迷うことはないし、大体の方角は太陽や星の位置を見ればわかるとはいえ、田舎町を覆う野生林に迷い込めば、元の道に戻るのは難しい。
幼いわたしは、内心の恐怖をひた隠すように眦を上げて怒った声を出した。
「もうっ! ダンデくんのせいだよ、どうするのさ!」
「ご、ごめんソニア」
ぴゃっと肩を竦めたダンデくんは、すぐに謝る。本当に悪いと思っているのかは怪しいけれど、自分の責任でこうなったということは自覚しているらしい。
謝られても、道がひとりでにやってくるわけがない。わたしは恐怖をごまかす怒りのポーズを続けながら、とにかく少しでも明るい方へと足を向けた。
「行くよ、ダンデくん」
「うん」
素直に頷いて、わたしに手を引かれて歩くダンデくんは、右も左もわからない森の中だというのに、すぐに調子を取り戻した。木立の向こうから覗くポケモンに気づき、わたしの手を引いて囁く。
「ソニア、サッチムシがいる」
「えっ……ううん、ダメだよ、野生のポケモンには近づいちゃだめっておばあさまに言われてるでしょう」
「わかってる……あ、キャタピーだ。可愛いなあ」
「ホントだ、可愛い……まるいねえ、ころころしてる」
草の上でもこもこと歩くむしポケモンたちに、いつしかわたしも夢中になるまでがお約束。
そのころのわたしたちは、生活のそこここに関わる『ポケモン』という未知に夢中で、一日中観察しても飽きなかった。おばあさまの真似をして、きっとあのポケモンはこういう生態で、こういう習性を持っていて……なんて、根拠もない妄想のような持論を展開しては、ふたりでそれを確かめにいこう、と飛び回る日々。
本当に、わたしたちは呆れるくらい、ポケモンが大好きな子供だった。
背の高い草をかき分けながら歩いていると、足元をなにかが横切った。驚いて立ち止まったわたしの背中に、ダンデくんの肩がぶつかる。
「わっ、どうしたソニア」
「いま、なにかが通ってった!」
「え? ……ああ、ココガラだ!」
比較的ひとの住む町や道で多く目にすることりポケモンが、てってって、と足早に進んでいる。わたしはダンデくんを振り返って、自信たっぷりに言った。
「ココガラの縄張りは、人の住む場所に近いっておばあさまに聞いたことがある! あの子を追いかければ、道に出られるんじゃないかな?」
「なるほど! 行こうぜ、ソニア!」
ダンデくんは、基本的にわたしの言うことを疑わない。元気よく手を繋いで歩き出したわたしたちは、ちいさなココガラが歩く方向へ草をかき分けて進んだ。
やがて、だんだん明るくなってきて、木々の切れ目が見えてくる。眩しい光に目を細めると、そこに広がっていたのは見覚えのある牧草地だった。
「あ、おとなりのウールー小屋のそばだ!」
ダンデくんが嬉しそうに言うと、パッと太陽のような笑顔でわたしを振り返る。
「さすがソニア! ばっちり戻ってこれたな」
「もう! さすがじゃないよ、ダンデくん。やっぱりきみは、迷子の天才だ!」
呆れたように言いながらも、わたしはいつの間にか、お腹を抱えて笑っていた。
そんなふうに、わたしたちは幼少期を過ごして、やがて離れ離れになった。普通の子供が成長過程の中で別々の道を行くことは当たり前だけれど、わたしたちに訪れた別離はあまりにも突然で、あまりにも決定的だった。
だから、たぶんわたしは、上手く大人になりきれていないんだろう。
こころのどこかが、ずっと子供のまま、ダンデくんを追いかけ続けている。
目を離すとどこかへ行ってしまう危なっかしい幼馴染を追いかけて、捕まえて、自分が正しい道に戻してやるのだと息巻きながら、その実、彼の手を握って離したくなかった、ちいさな女の子が、いまもこころに住んでいる。
だから、決定的な別離の後、住む世界が違っても、生きる目標が変わっても、ダンデくんを忘れられず、その手のひらのぬくもりを懐かしがっては泣いていた。
そんな、ことを。
「……いま、思い出すのかよぉ……」
思わずうなるように呟いて、わたしは寝苦しくため息をつく。
がっちりと身体を拘束された状態で眠るのにまだ慣れず、他人の体温のあまりの熱さにうつらうつらとしていたが、幼い頃の夢に刺激されて目が覚めてしまった。
わたしの背後では、心地よさげな寝息が聞こえている。彼にとってはたぶん、抱き枕かなにかをちょうどよく抱えているだけなのだろうけど、こちとら生身の人間だ。抱きしめるのと、抱きしめられるのとでは、後者の方が決定権がない分居心地はよろしくない。そんなこと、23年生きてきて初めて知った。
ダンデくんの二の腕がわたしの頭の下にある。俗にいう腕枕は、想像していたよりも寝にくい。背中越しに回された反対の腕は、わたしのお腹に巻き付いていて、ちょっと重い。
「……はぁ」
もう一度ため息をついて、わたしはもぞもぞと動き出した。完全に力の抜けた成人男性の手足は、なんて鬱陶しいんだろう。いや、それは言いすぎか。くっついて寝ること自体は、やぶさかではないのだ。
問題は、拘束が過ぎるということ。ただくっついて寝るだけじゃなく、この男は好んで絡みついてくる。自分がどれほどかさばって、暑苦しいのか自覚がないのか。
いや……別に、いやではないけども。
けれど、やっぱり寝苦しいのは如何ともしがたく、わたしはできるだけ起こさないように気を遣いながらも、起きたら起きたで構わない、という開き直りのもと拘束を抜け出した。肌が離れた時のなんともいえないうそ寒さに首を振り、ベッドの端ににじり出る。
デジタル時計を確認すると、起床時間まで三時間はあった。中途半端だな、と舌を打ち、サイドテーブルのおいしい水に手を伸ばす。キャップを外して口をつければ、さわやかな甘露が喉を滑った。
「おいし……」
「……ソニア」
「っ」
いきなり名前を呼ばれて、思わずむせそうになった。少しだけくちびるからこぼれた水が膝を濡らす。
「驚かせたか……悪い」
「い、いや……てかダンデくん、起きたの? 起こした? ごめん」
「……ん……」
寝ぼけたような声で、ダンデくんが唸る。わたしの頭が乗っていた二の腕の先、手のひらがぱたぱたと枕を打った。
「……もう起きるのか?」
「え? いやいやまだ寝るよ……ちょっと目が覚めちゃっただけ」
「そうか……」
「……」
本格的に寝ぼけてるのかな? と思うくらい、ポヤポヤとした口調のダンデくんは、けれど薄闇の中でも怪しく光る黄金の瞳を真っ直ぐにこちらへ向けている。
「……なに?」
「……寝るんだろう?」
「うん」
「……」
「……なに?」
「……寝ようぜ」
ああ……そういうことか。
わたしの方こそ寝ぼけていたのか、ダンデくんの視線の意味を汲み取るのにいつもより手間取ってしまった。ダンデくんは二の腕を伸ばしたまま、ぱたぱたと枕を打ち続けている。
ここに戻って来い、との無言の要請。抱き枕がないと寝られませんか、そうですか。
「……あのさあ、やっぱちょっと、寝にくいんだけども」
「どのへんが?」
「拘束感というか……」
「痛いのか?」
「重い」
「……じゃあ、ソニアがオレに寄りかかればいいだろ」
「え、うーん……」
そっちの方がましかなあ、でもなあ、動きづらいのには変わりないし……などと、ちょっと考えるように首を傾げたわたしは、でも結局、くっついて寝ることに異論はないわけで、だから断ろうとか、拒絶しようとかはみじんも思ってなかったんだけども。
「……ソニア」
まるで捨てられたこいぬのように、ダンデくんが呟く。なんだよ、その声。卑怯すぎる。
「わ、わかったよぅ。別にいやとか言ってないじゃんか、そんな情けない声出さなくても……」
「……」
「はいはい」
この恋人は、自分の顔面の使い方を心得すぎている。あまりに手もなく陥落してしまうと、調子に乗せてしまうかな、とも危惧しているけども、ふたりきりの夜の寝室で、調子に乗せずしていつ乗せるのか。
大人しくもぞもぞと寝床に戻ったわたしは、ぬくまったブランケットに包まれながら、ダンデくんの身体に寄り添った。二の腕に頭を乗せて、腕の付け根にほほを寄せる。彼の熱い身体に腕を伸ばして、さっきとは反対に、ダンデくんにしがみつくように手足を絡めた。
「これでい?」
「……」
満足して眠ってしまったのか、ダンデくんの返事はない。やれやれと思いながら、わたしは心地よい眠りにダイブしようと、目を閉じ……
「――すまん、ソニア」
「え」
ぐりん、と身体が仰向き、ダンデくんに回していた腕が反対側に倒れる。そのかわり、彼の腕がわたしの身体をぐるりと包み、がっちりと胸板に押し付けられた。
再びの抱き枕。さっきよりは拘束が緩いし、腕の重さも考えられてるから辛くはないけども、なんだってこの男は、絡みつきたがるんだ。
「……ダンデくん」
「すまん。だが、こうでもしないと……」
「なんだよ」
「……安心できない」
「は?」
ぼそりと呟かれた言葉に、わたしは唖然と声を上げた。
いったいなんの話をしているのか、と膝詰めで問いたいところだけど、すでにダンデくんの意識は八割がた夢の世界へ行っているらしく、わたしの額に薄くくちづけたまま、ゆっくりと寝息を深くしていく。
「……なんじゃそりゃ」
呆れて呟くけれど、満足そうに眠る恋人を叩き起こすのは忍びないし、そこまでの意味もない。深夜のピロートークに整合性や理屈を求めたって野暮だし、また同じようなことがあったら、とことん追求することにして……
とりあえず、わたしはまだまだ慣れない体温に包まれながら、いつしかこれが日常になっていくのだと、こころのどこかで覚悟がキマッていた。
《恋する動詞111題》
#02.追いかける【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
