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#01.焦がれる【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】

2026/05/13 20:58
【お題】ダンデ×ソニア

 元来物事に執着する性質ではあるが、その対象はもっぱらポケモンとバトルに限った話だった。
 うんと幼い頃は、母の腕や父の背中など、独占したいと思ったものは人並みにあったような気がするけれど、もうすぐ七歳になる夏の日に弟が生まれてからは、それらはふたりで『共有するもの』となり、なんならまだ幼い弟に優先的に譲ってさえいた。ずいぶんと健気な話に見えるが、そういうわけでもない。
 その頃、ダンデにはすでにソニアがいた。
 毎日一緒にいても、飽きない女の子。五歳の歳に知り合って、以来ほとんど離れず過ごしていた。ダンデが物事に執着するというならば、彼女は物事を追求し、解明するために生まれてきたような女の子だった。
 隣町とはいえ、ひとよりもウールーの数の方が多い牧歌的な田舎町で、自宅同士の距離は遠い。けれど、幼いダンデはそれをものともせずに、ブラッシータウンのポケモン研究所へ通い、同じく祖母に連れられてそこで過ごしていたソニアと、日がな一日ポケモンについて語り合った。時には実地で、大人の目を盗んで野生ポケモンを観察したり、追いかけられたり突かれたりと忙しかった思い出。
 その年代の男の子の例にもれず、ダンデは活動的だった。服を汚す遊びや冒険に躊躇せず、並みの女の子ならば音を上げるような毎日に、けれどソニアは持ち前の好奇心と探求心で大喜びで付き合った。
 ギフテッドといわれる子供の例にもれず、ソニアはその頭の良さで孤立してしまいがちだった。同年代の少年少女から一目置かれる彼女にまったく尻込みせず、ダンデはただただ素直にソニアの聡明な世界を歓迎していた。
 まるで一組のパズルのように、ぴったりと合わさるピース。ダンデは、そんなソニアが隣にいたので、思う存分ポケモンとバトルに執着し、極める幼少期を過ごしていた。
 そしていま、ダンデは改めて、自分の執着心を思い知っている。
 目の前には、ずいぶんと夏向きの格好のソニア。わりと腹部を隠さない、露出過多な彼女ではあるが、いまはさらに面積の少ない、肩ひもの広いタンクトップを着ている。腹はいつもよりは隠れているが、肩も脇も防御が甘い。白く滑らかな肌の色は、まるで甘いクリームのように見える。
 晩春と初夏の境、曖昧な気候は本格的な暑さの前の準備段階のように、日によって過ごしやすさが変わる。今日はずいぶんと暑い日だが、本格的に冷房を稼働させるにはまだちょっとためらう時期だ。
 だからソニアは、自分の城であるポケモン研究所の休憩スペースにあるソファに座って、白衣を脱いで涼を取っている。さすがに来客などがあれば、素早く白衣を羽織って体裁を整えるが、いまはもう業務は終了し、有能な弟子も家路につき、軽い残務処理をしたあと家に帰るだけ、の気楽な時間だ。どんな格好で、どうくつろごうと文句を言われる筋合いはない。
 というようなことを述べた彼女に、オレは来客じゃないのか、と唸ったダンデに、ソニアはあっさりと返した。
「じゃないねぇ。身内枠だよ、きみは」
 手土産持参が功を奏したのか、それはそれで嬉しい一言だったが、こうも無防備になられる『身内』とやらは、まさか兄や弟のつもりなのだろうか、とダンデはさらに唸る。
 ソニアはダンデの持ち込んだシュークリームを片手に、キンキンに冷やしたアイスティーを飲みながらソファの背もたれに体重を預けていた。ずいぶん気の抜けた様子だが、聞けば今朝まで研究結果のレポートにかかりきりで、ほとんど寝ていないという。日中は日中で、その件に関わる打合せなどが詰まっており、息をつく余裕などなかったと。
 そういう日の業務後に、タイミング悪く押し掛けた自分に気づいて、ダンデは殊勝に眉を寄せた。
「悪かったな、そんなときに。もう帰るなら、オレもお暇するぜ」
「わあ、ダンデくんが常識的なこと言ってる」
「オレはいつも常識的だ」
「うっくく、そのジョークサイコー、今日は冴えてるねぇ、ダンデくん!」
 疲労がピークに達して、ソニアの毒舌に磨きがかかる。チョロネコが甘えてくるような緩急に、ダンデはむずむずと全身を震わせて、ため息をついた。
「冗談じゃなくて、ソニア。きみはもう寝た方がいい。家に帰れ……送るから」
「ダンデくんが?」
「……リザードンが」
「くっくっく、どうしたのダンデくん、今日はやけに素直じゃないか」
 口元についたクリームをペロリと舐めながら、ソニアが笑う。ダンデはアイスティーを口に含んで、その冷たさに少しクールダウンした。
 やたら暑い。室内もだが、ソニアとのやり取りが、どこか体温を上げる。
 疲れ果てたソニアは、率直に言えばボロボロである。化粧はよれ、服装はだらしなく、目の下にはくっきりと濃い隈。カフェインの取り過ぎでハイになっているのか、わずかなことで爆笑する。そうかと思えば、いまにも眠ってしまいそうなほど、とろんとした眼差しでこちらを見つめてくる。
 正直、目の毒だ。
 アポなしで突撃した自分が悪いとはいえ、ここまで無防備な状態のソニアと対峙して、落ち着いた幼馴染を装えるほどダンデも枯れてはいない。
 まして彼女は、いまや幼馴染ではない。れっきとした恋人だ。
 だから先ほどの『身内枠』は、兄や弟ではなく、こころを許した恋人だというつもりなのだろうが、だとすればこの油断しきった様子は完全にこちらを侮っている。
 品行方正な幼馴染は、恋人になっても行儀がいいと、まさか信じているわけでもないだろう。確かに、呼び名を変えてまだ日が浅く、キス以上の進展をしていない状況だから、そこまでの危機感を持っていないのかもしれない。
 だが、ソニアは知っているはずなのに。
 ダンデが一度興味を持った対象に、どれほど執着するのか、その性質を。
「ソニア、垂れてる」
「おっと失敬」
 だらしなく頬張っていたシュークリームが、くちびるの端からぼろりとクリームをこぼし、同じくらい滑らかな鎖骨へと垂れていく。ソニアはぼんやりと笑いながら指先を探らせ、肌の上のクリームを雑に拭った。
「あっついねぇ」
 言いながら、ペロリと指をしゃぶる。なんという行儀の悪さ、これがあの、厳しくもエレガントなマグノリア博士の孫娘だろうか。ダンデは普段のソニアの、快活そうに見えて隙のない上流階級仕草を思い出しながら、そのギャップに目が離せない。
 ソニアは指を舐めながら、べたべたとする鎖骨に眉をしかめた。
「あちゃー……なんかめっちゃべたつく……ダンデくん、ナプキンとって」
「……ああ」
 もはや遠慮のない目つきになったダンデが、テーブルの上の紙ナプキンを数枚手に取って、ソニアに差し出した。ソニアはありがとーと軽く受け取り、鎖骨を拭く。
 反対だろう。
「ソニア、そっちじゃない」
「え、あれそうだっけ? こっち?」
「もっと下」
「あーはい」
「もっと右」
「おやおや?」
「ソニア、きみ、わざとだろ?」
 ダンデの低い問いかけに、ソニアはきょとんと目をまるくした。それから心外だ、と眉を上げる。
「わざとってなに! わたしがわざとシュークリームをこぼしたっていうの?」
「いや、わざとオレの視線を誘導している」
「どこに」
「……」
 きわどい質問に、ダンデはけれど賢明に口を閉ざした。疲労困憊のソニアに、ちょっかいをかけられているとはいえおいそれとは乗れない。彼女が望むセーフティーゾーンで、行儀よく止まれるとは思えないからだ。
 そんなダンデの健気さに、ソニアはチョロネコよろしくにんまりと瞳を曲げた。
「だぁんでくんの、えっちぃ」
「……」
 こうまでされても、我慢しなければいけない。
 何故ならば、ソニアは疲労困憊なのだから。
 彼女は昔から、リミッターを振り切ると非常に性質が悪くなる。まるで酔っ払いのウザ絡みのように、笑えない冗談を飛ばしたり奔放を装ってみたり。要するに、構って欲しくて仕方がなくなる。
 服装や振る舞いが派手な方なので誤解されがちだか、ソニアは見た目に寄らず倫理観が強い。育ての親の青春時代をそのまま踏襲しているので、まるで前世紀の貴族の娘のような鉄壁の貞操観念もある。ファッションや言動の奔放さは、せめてもの反発心からくる精いっぱいで、それだって育ちの良さを隠しきれるものではない。
 そんな彼女をずっと見てきたダンデは、幼馴染時代、いやというほど振り回されてきた。悪気なく甘えかかるソニアに、なにも言えずなにもできなかったあの頃、ダンデは鉄壁の忍耐力を養ってきた。
 けれど、晴れて恋人という立場になった時。
 まさか、さらに辛く苦しい忍従が待っているとは、さすがのダンデも想像もしていなかった。
「ソニア、そろそろアウトだ」
「……ちぇー、はい、わかりましたよ」
 ダンデが言うと、ソニアは渋々と身を起こす。本気でなかった証拠に、ダンデが厳しく言えば彼女はすぐに引く。ほんのちょっと悪ふざけで、構って欲しかっただけなのだ。その先になにがあるのかなど、本当の意味で考えてもいない。
 そんなソニアの甘えを、ダンデは日々受け止めている。
「帰るか?」
「んー……うん、帰る……でも、まだちょっといい?」
 ぱさりと白衣を肩にかけ、ソニアはすっかりいつも通りになった表情で、疲れたようにほほ笑む。理性のともった瞳に見つめられると、奔放にからかわれていた時よりも、ダンデの鼓動が高鳴ることを彼女は知らない。
「ダンデくんと話すの、久しぶりだから。帰るのもったいないなあ」
「でも、早く帰って休んだ方がいい。オレとはまた、電話で話せるだろ」
「ンー……」
 すでに眠そうなソニアのエメラルドが、とろんと細められる。子供が寝ぐずりをするように、彼女はヘロヘロと口を開いた。
「だって……電話じゃ、触れないじゃん……」
「……」
「……抱っこして」
 ゆうらりと伸ばされた細い腕。眠そうに眉をしかめたソニアの、その口調に覚えがある。
 幼い彼女が、ごくごくまれに、ダンデに甘えてきた、あの言い方。
 甘え下手な彼女の、精いっぱいの歩み寄り。
 それを――いま、このタイミングで?
「……」
 ダンデは深く深くため息をつき、もたれかかるソニアを抱きとった。安心したように目を閉じる彼女から、ほどなく規則正しい寝息が聞こえる。
 やわらかくしっとりとした身体。ほんのりと香る香水と、ソニア自身の香り。おくれ毛の遊ぶ白いうなじに思いきり鼻を寄せ、ダンデはこころゆくまで息を吸い込んだ。
「――これが最後の忍従だ」
 もはや聞いていないだろう彼女の耳元に囁いて、ダンデは腕の中の体温にぴったりと自分の熱を合わせる。
 焦がれるほどの熱さに、滲むため息が漏れた。



《恋する動詞111題》
#01.焦がれる【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】

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