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【寄れば零れる恋のあや ExtraEpisode③ 『Q.E.D.までの345,600』】
2026/05/12 15:56【お題】ダンデ×ソニア
「本当に、こころから反省してる……ごめんね、大好きよ。護ってくれてありがとう」
そう言って、ソニアが上目遣いに瞳を見つめる。そっとその白い手が伸びて、眉間に落ちたひと房の髪をすくい上げた。
その暖かな胸に寄り添って、宥めるような、慰めるような、許しを請うような甘い囁きを落とす。普段の理知的で切り替えの早い合理的な彼女には似ず、まるで砂糖細工で作られた、かれのためのとっておきの甘露のように、謝罪はしっとりと続いた。
「ねえ……許してくれる? また、仲良くしてくれる……?」
「……がぅ」
「ありがとう、ゴリランダー! 大好きだよっ」
ぱぁっと花が咲くように満面の笑みをこぼして、ソニアがゴリランダーにしがみつく。草木のかぐわしい匂いを胸いっぱいに噛みしめながら、ソニアはこころから安堵して、うっすらと涙まで浮かべていた。
「……もういいか、ソニア」
その時、低い唸り声にも似た低音で、ダンデが言った。ソニアがゴリランダーに抱き着いている傍らの、おおきなソファに腰を下ろしていた彼は、密着する手持ちと幼馴染を、複雑そうな顔で眺めている。
ゴリランダーは、深い琥珀色の瞳をきょろきょろとさせながら、どうしていいかわからずにいた。胸に懐くソニアを引きはがすのは忍びないし、抱きしめるのも違う気がする。ダンデの手持ちの中でも一・二を争う怪力のポケモンは、されるがままの状態に甘んじ、ただ黙って瞳を閉じた。
「うん……もうちょっと……ゴリランダー、あったかくていい匂いするぅ……」
「ソニア。かれを困らせるな」
「え、困ってる? わたし重いかな?」
パッと顔を上げてゴリランダーを窺う。ゴリランダーは、いまほど自分がポケモンであったことを喜んだことはない。この場面で、全方位に納得のいく気の利いた答えなど、返せるわけがないのだから。
ソニアは修行僧のように瞳を瞑り続けるゴリランダーを見上げて、改めて小首を傾げた。
「困ってなさそうだよ?」
「困ってる」
「それは、ダンデくんの感想でしょ?」
「ソニア」
いつになく不機嫌そうなダンデの声色に、ソニアは張り付けていたような無邪気な笑顔をぺりりと剥がし、思わずゴリランダーの胸に顔を伏せた。その挑発的な挙動に、ダンデの眉がピクリと揺れる。
「……だ、だってダンデくん……」
「なんだ」
「……かお、こわい……」
くぐもったソニアの吐息が、ゴリランダーの胸をくすぐる。真剣にどうしていいかわからなくなった若いドラマーポケモンは、いっそのことここでドンドコとドラムでも叩けば、白けた空気でごまかせるのではないか、と自棄のように思った。
けれどゴリランダーの苦境は、かれが絶大な信頼を寄せる主の手によって鮮やかに脱することができた。
「ふゎっ!」
ゴリランダーの胸に懐いていたソニアの両脇に、ダンデが乱暴に腕を潜らせる。まるでぬいぐるみかなにかを抱きかかえるように、大した苦労もなく成人女性を抱え上げた彼は、そのまま勢いよくソファへと再び腰を下ろした。
先ほどまで包まれていた若い草木の匂いとは違う、ほんのりとミントのような香りがするダンデの腕に抱かれて、ソニアは彼の膝にちょこんと座らされていた。横向きになっているので、瞬きの影さえ見える至近距離に、幼馴染の張り付いたような笑顔が見える。
「なっ、だ、ちょっ」
「ゴリランダー、もうやすんでいいぜ」
「がう」
ゴリランダーはわさわさと軽やかな音を立てて素早くその場を立ち去った。他のポケモンも、今夜はなにかを察したのか一斉に続き間へ引き取り、籠っている。
いまこの場にいるのは、ダンデとソニア、ふたりだけになった。
屋上での一件を経たあと、恐慌状態をなんとか脱したソニアは、スキンシップの激しくなった幼馴染からひたすら逃げていた。
記憶に残るキスをして、お互いに気持ちを打ち明け合って、昨日までの健全な友人関係から脱却したのだから、思い切りいちゃいちゃしたって罰は当たらないというのに、彼女は頑なに、冷静に、距離を取っていた。
「ダンデくん、まずはご飯だよ! ポケモンたちもお腹空いてるでしょう!?」
現実的なことを言って、出鼻をくじくようにテキパキと動くソニアを、ダンデは半ば呆れたように苦笑して見守った。
なにかに困惑したり、焦ったりした時、彼女は頑なにルーティンを重んじる。なんでもないように平静を装い、その実自慢の頭脳はフル回転をして、打開策を模索しているのだ。
そういう隙を、与えないこともできたが、ダンデはソニアの好きにさせることにした。どうせ行きつく先は変わらない。事ここに至って、ソニアの悪あがきが功を奏する可能性は皆無だ。
その事実に、気がつかない彼女がさらに愛おしかった。
というわけで、ソニアがくるくると空回転する間に、ダンデはさっさとスマホロトムをタップし、マンション専属のラウンジへディナーの注文を行った。冷静そうに見えて無駄な動きを繰り返していたソニアが、食材の入っていない冷蔵庫を矯めつ眇めつしている間に、コンシェルジュがエレベーターを開いた電子音が流れる。
「ソニア、夕飯来たぜ」
「えっ!?」
ぎょっとしたソニアが振り返ると、ダンデはゆっくりとした動作で玄関へ向かった。その足元を、食べ物の気配に敏感なワンパチが追いかける。
戻ってきたダンデの手には、白いクロスが施された、保温付きの小型ワゴンがあった。するするとそれを押して、彼は慣れた手つきでプレートを覆うふたを持ち上げる。
そこには、まだほんのりと湯気を立てるワンプレートディナーがふたり分。
「ポケモンに夕飯出してくるから、ソニアはポットに入ってるスープを皿に移しててくれるか?」
「あ……はい」
使い捨てではないカトラリーの揃うきちんとしたディナーに、ソニアは呆気に取られて頷いた。いったい、この十数分の間に、ダンデはどんな魔法を使ったのだろう? 改めて、彼の生きる世界にめまいを感じながらも、ソニアは一旦それをわきに追いやって、与えられた作業に集中する。
とろりとしたマッシュルームスープから漂う、香ばしく芳醇な香り。ワンプレートには、牛フィレの薄切りにグレービーソースを合わせ、ハーフポテトとグリーンピースのピュレが彩り鮮やかに添えられている。小プレートの上には、ふっくらとやわらかいロールパンが、ホイップ気味の有塩バターと一緒に盛られていて、とどめにワゴンの下段には、ラベルを見せるように寝かされた赤ワイン。
ソニアは淡々と、ダイニングテーブルにそれらを並べていった。
「お、ありがとな」
テーブルの支度が整っているのを見て、ダンデがニッカリと笑う。先ほどまで着ていたタワーオーナーのジャケットだけを脱ぎ、のど元のジャボタイをくつろげた彼は、そのままいつもの定位置に座った。
「食おうぜ、ソニア」
「お、おう……」
どうにも気圧され気味のソニアが、それでも素直に腰を下ろす。この家に転がり込んで、特権階級の利便性を様々見てきた彼女だったが、やはりいちいち動揺してしまう。
けれどダンデは、そんなソニアの戸惑いすらも利用するように、にっこりと上機嫌に彼女に語り掛けた。
「これを食ったら、話をしよう、ソニア」
「ふぇ」
「さっきの続きだ」
口元にメルローの赤を持ち上げて、ダンデが笑う。その余裕な表情、どことなく緩んだ雰囲気に、ソニアは一気に緊張を思い出した。
目の前のディナーの味もわからないような顔で、機械的にパンをちぎるソニアに、ダンデは今度は滑らかに昼間のランクアップ戦の状況を語った。
はじめは上の空だったソニアが、ダイマックス戦の状況を耳にした途端、『博士』の顔になる。無意識のうちに話に引き込まれ、持論を展開する彼女は、いつの間にか終えた食事と議論に満足そうにため息をついた。
「そっかー、そういうやり方もあるんだ。やっぱり実地でデータとれるのおおきいな。今度、集中的にダイマックス戦のデータ観測の機会を設けたいんだけど……」
「了解だぜ。ソニア、メルローのおかわりは?」
「あ、どうしよっかな……美味しいね、これ」
ほんのりとほほを赤くして、機嫌よくグラスを煽る彼女の白い喉を見つめて、ダンデが再び金の瞳を細めた。
「……これ以上は、やめとくか」
「へ?」
「酔っぱらわれたら嫌だから」
「っ」
再び、ソニアの肌を炙るような熱が、ダンデの眼差しから発せられる。彼の仕掛ける緩急に、ソニアは強烈な既視感を感じた。
押しては引き、誘っては逸らし、油断させて落とす……これは。
「……ダンデくん、わたしに、バトルを、仕掛けてるね?」
「ははっ」
破顔一笑。ダンデは満足そうに笑って、嬉しげに頷いた。
「さすがソニア! 気づいてくれたな」
「きみの戦法は熟知してる……と言いたいところだけど、最近のは知らない。でも、このやり方はよぉ~~~っく知ってるよ……」
十歳になるまで、さんざんに戦り合った記憶。お互いの苦手な戦法、嫌いな間合い。
それを、こういう場面で……幼馴染を脱却し、お互いに『男女』としての愛を、いよいよ詳らかにするのだろうか……という局面で、仕掛けるとは。
ソニアの負けん気に火がついたのは、言うまでもない。
というわけで、夕食を済ませたソニアが、上機嫌で会話の舵をとろうとしたダンデを制し、彼の目の前でこれ見よがしにゴリランダーに甘えかかり、こころの底からの謝罪――これは、真剣そのものだった――を行い、時間的にも精神的にも十分な余裕を取り戻した……かのように見えたのだが。
結局は、力技でソニアの自由を奪ったダンデの腕の中、彼の膝の上で再び窮地に追い込まれている。
ソニアは目の前でにこにこと笑うダンデから意地でも目をそらさずに、けれどすっかり赤くなって上気しているであろう自分のほほを隠すように拳を添わせた。
「ダンデくん。この距離の詰め方は違うでしょ」
「なにがだ?」
「こんないきなり来られたら、怖いよ!」
「オレでも?」
「ダンデくんだから!」
ソニアの反論に、ダンデはわずかに身体を引いて、ソファの背もたれに背を預けた。物理的な距離が開き、それがわずか拳三つ分くらいだったとしても、ソニアはほっと安堵する。
依然として彼の膝に乗せられた状態ではあったが、ソニアは自慢の頭脳を回転させて、この劣勢を覆すべく口を開いた。
「ダンデくん……さ、さっきの話の続きだけどさ」
「ああ」
ソニアからその話を蒸し返すとは思わず、ダンデがわずかに目を瞠る。相変わらず、彼女の戦法は奇抜で油断できない。
すっかりバトルに臨むような雰囲気で、妙齢の男女はゼロ距離で対峙していた。
「きみは、自分にはメタモンの影響はないと確信してるようだけど――証拠はないよね」
「……うん?」
「昔からわたしのことがすっ……きって言うけども、その根拠は? 100%メタモンの影響がないと、言いきれる証拠は?」
「……オレがそう言うんだから……」
「物証のない主張は無意味だね」
ツンと澄ましたソニアが、くちびるを尖らせる。いつも艶やかに光るそこが、いまはなんの色も乗せず、ソニアの血色だけで彩られていて、そのやわらかさ、あたたかさをもう知っているダンデのくちびるが、我慢するように真一文字に結ばれた。
恋を打ち明け合った男女にしては、殺伐とした沈黙が流れる。ソニアは、女性として致命的なまでに可愛くないことを言っていると自覚しているのか、わずかにためらうように睫毛を伏せた。
「いや……別に、疑ってるわけじゃないけど……ていうか、でも、あまりにも急だし、思ってもみなかったし、あり得ないことだし……」
「その、あり得ないって認識はどこから来るんだ? オレがソニアを好きでいることは、そんなに不思議な現象か?」
「ふっ、不思議だよ!! ていうか、いまこうしてダンデくんがす……っきとか堂々と言ってるのも、あり得ないでしょ!」
「オレは恋愛しないとでも?」
「しない! あっゴメン正直すぎた」
ポンポンと軽快に返していた返答のあまりの赤裸々さに、ソニアは急ブレーキをかけるように口元を押さえる。そんな彼女に、ダンデは視線をナナメにした。
「……ソニアの、オレに対する誤認はよくわかった。それに対して、物証のない反論は受け付けないってことも。だが、だったらどうやって証明すればいい?」
「え?」
「オレが五歳の頃から、頭が良くて気風が良くて、上品で意地っ張りで世界一可愛い女の子に首ったけだった、という証明は、どうすればいいんだ? 日記にでも書いとけばよかったが、あいにくそんなものはないぜ」
「う……」
「逆に、オレがソニアを好きじゃなかった、という物証を求めてもいいんだぜ。悪魔の証明だ。どっちかが折れるまで、この不毛な論争を続けるか?」
「うぅ……、だ、だってダンデくんは、恋愛とか興味なかったじゃん……」
「その根拠は?」
「いままで、彼女作らなかったでしょ?」
「ソニアが好きなのに、他に彼女を作るわけないだろ」
「……でも、そんなふうに見えなかったもん……わ、わたしのこと、完全に幼馴染として接してた!」
「幼馴染だったからな」
「好きなら好きって言えば……」
「いつ?」
「は?」
「十歳のジムチャレ前は、さすがに幼すぎてオレだって恋愛感情だと実感してたわけじゃない。その後は、シュートとブラッシーで別れて、なかなか会えなかった。そのうちに、きみはさっさとアカデミアに飛び級入学して、ますます忙しくなって、気がつけば留学だ。オレになにも言わずにな」
「や、それはだって、ダンデくんだってチャンピオンとしてバリバリ忙しくしてたじゃん!」
「そう、バリバリ忙しい合間を縫って会いに行けば、ダンデくん、今日はなに? って、興味もない感じで聞いてくる始末だし」
「は、はぁ!? 興味ないわけないじゃん、ちゃんと好きだったもん!」
「その割には、塩対応だった気がするが……」
「乙女心はいろいろあるの!」
「とにかく、そういうソニアの葛藤や成長をじっくり観察して、オレは勝機を探ってたわけだが」
「なにそれ怖っ!」
「……留学から帰ってきても、きみは相変わらず素っ気ないし」
「そんなことないでしょ! ハイそれは言いがかりです!」
「昔みたいに、ダンデくんすごいねって言ってくれなかった」
「だぁ~!? なにそのキラキラした思い出の粉飾! 昔だってわたし、そんなに素直に言わないキャラでしょ!」
「目がなぁ……オレのこと、好き好きって言ってたんだよなあ、あの頃は」
「いまだって言ってるわ! 気づかないなんてどんだけ鈍いのさ!」
「気づいてた」
「は」
ひゅっと息を呑んで、ソニアが握りこぶしを震わせる。いつの間にか、拳ひとつ分もないほどの近距離で輝くダンデの黄金の瞳が、チェックメイト、と呟いた。
「気づいてたさ、ソニア。きみがオレを想っててくれてることには、だいぶ前から気づいてた」
「……っ」
「その上で、きみの準備が整うのを待つ……つもりだったんだが、まあ、これは言い訳だ。チャンピオンを降りたり、きみが博士になったり、委員長業とオーナー業の二足の草鞋で四苦八苦したり……うん、若干計算が狂ったのは認めるぜ」
とろりと蕩ける黄金に、ソニアは金縛りにあって動けない。
ダンデの武骨な手のひらが、ソニアの口元にかかっていた黄昏の髪をゆっくりと払った。
「で、今回の件だ。千載一遇のチャンス……とは、命の危険さえあったきみに失礼だから言わないが、このタイミングを逃すほど、オレも馬鹿じゃない」
「……」
「オレの家(テリトリー)に連れ込めば、結果は決まったも同然だ。きみのじいさまにも釘を刺されたしな」
「……おじいさま?」
「これが最初で最後のチャンスだと。ここまでお膳立てが整って、まだソニアを逃がすようなら、そんな男に孫娘は任せられないって」
「嘘。おじいさま、そんなこと言わない」
「言うんだな、それが……ソニアが知らないところで、オレたちは何度か、男と男の話し合いを重ねてるぜ」
「なにそれ」
「外堀を埋める、という作戦だ」
「馬鹿……」
すっかり力の抜けた様子のソニアが、ぽてりとダンデの首筋に顔を伏せる。もはや、勝敗は決していた。ダンデは満足そうに彼女の身体を抱き寄せて、そのこめかみにキスをする。
「……以上、オレが五歳の頃からソニアのことが好きだった件についての、Q.E.D.だ。反論はあるか、博士?」
「……そんな奇麗にQ.E.D.決められたら、なにも言えないよ……」
ダンデの首筋で、ソニアがモダモダと呟く。勝利を確信したダンデが、腕の中の獲物をゆっくりと料理するべく、手指を滑らせようとした瞬間。
不屈のソニアが顔を上げた。
「……でもさ、いま、メタモンの影響にないっていう証明にはならないよね?」
「――は?」
きらきらと輝く、理知的なエメラルド。その知性の光に焦がれて、五歳のダンデは抜け出しようのない恋の奈落に真っ逆さまに落ちていった。
いま、その奈落の縁から、類いなきエメラルドが再びダンデを突き落とそうとしている。
「五歳の頃からのダンデくんの気持ちはよぉ~っくわかった。反論はない。でも、いま急にこんなふうに、ガンガンになってる理由としては、やっぱりメタモンの影響を排除するのは難しい。たとえ1%でも、その疑いがあるのなら、拙速な結論は控えた方がいいと思う」
「……つまり?」
「あと四日。完全にポケモンの様子が元に戻ったのを確認しても、まだダンデくんが、いまと同じ気持ちでわたしを想ってくれてたら……完全に、認める。きみの気持ちを、そしてわたし自身の気持ちも」
「……詭弁では?」
「実証主義といってほしいね」
「意趣返しだろ。負けるのが悔しいんだな、ソニア」
「そっくりそのまま返すよ、ダンデ。きみはわたしの挑戦を受ける、受けない?」
真剣にダンデを見据えるソニアの瞳は、もう甘くも蕩けてもいない。
まるでバトルに挑むような、ヒリヒリとした高揚感に、ダンデの胸は痛いくらいに高鳴った。
「いいだろう、受けて立つ。どうせ結果は同じだ」
「どうかな。いつだって可能性はゼロじゃない、でしょ?」
「いま認めた方が、傷は浅いと思うんだがな……」
「傷ってなにさ。ていうか、はい、離して離して。まだきみは、メタモン影響下にいるかもしれない、キャリア状態なわけ。過剰な接触は、実証の妨げになるからダメです」
そう言って、てきぱきと膝から降りていくソニアの手を掴み、ダンデは底光りのする瞳を向けた。
「……きみが始めた勝負だ、途中でギブアップはなしだぜ」
「ギブアップ? まさか。しないよそんなこと」
「よし。じゃあもう一度確認するぜ。きみは、オレをメタモンの影響下にあると仮定して、オレからの過剰な接触を拒否する。期間は四日間。その後、改めてオレの気持ちが変わらなければ、きちんとそれを認めるってことで、いいな」
「うん。……あ、待って、認めるっていうのは曖昧だね。だからつまり……」
「結婚するな?」
「うぇっ!?」
一足どころか、十足くらい飛んだな、と、ソニアが声を上げる。ダンデは彼女の手を離さずに、静かに繰り返した。
「結婚。するな?」
「いや……ちょっと待って、そこはまた相談を……」
「ソニア」
「……ハイ、します、しましょう、するっきゃないね、そりゃそうだ……」
これ以上の悪あがきは、どちらのためにもならない。ソニアは潔く頷いた。
けれどここからの四日間、彼女は最大限の猶予を得た。それは、ダンデの気持ちを疑う四日間ではなく、彼からの求愛を受け入れる準備のための四日間。
意地っ張りで頭でっかちのソニアには、なにより必要な、345,600秒だ。
それが過ぎたら、きっとこころから言える。自分の胸にもくすぶり続け、ボロボロになるまで抱きしめ続けた、ダンデへの愛を、余すことなく、ひとつ残らず。
ソニアの返答に、ダンデはにっこりと満面の笑みを浮かべた。心底幸せそうなその笑顔を見下ろして、ソニアの胸が高鳴る。
ああ、この幸せすぎて辛い状態が、あと四日……本当にそれだけで、気持ちの整理がつくのだろうか?
不器用すぎる己の悪あがきを改めて苦く笑いながら、ソニアはさて、と気持ちを切り替える。
「じゃあ、そろそろ寝ようか。明日も早いんでしょ、ダンデくん?」
「明日から四日、有休をとるぜ」
「へ……んん?」
ユウキュウ。未だかつて、ダンデが口にしたことがないような単語に、ソニアは理解が及ばず間抜けな声を上げた。
ダンデはソニアの手を握ったまま、ロトムに声をかける。ふよんと近付いてきたロトムに、口早に依頼した。
「オリーヴにメッセージ。明日から四日間、休暇をとるからあとは頼むぜ!」
〈送信完了ロト~〉
「サンキュー、ロトム」
目の前でするすると行われる暴挙に、ソニアはさっと血の気を引かせた。
「だっ、ダンデく、き、きみなんてことを……いまめっちゃ忙しいんでしょ!?」
「山場は越えたぜ。そろそろ休暇をとってもいい頃だったから、ちょうどいい」
「いやそうだとしても! 今日の明日で! 社会人が四日間も!」
「心配するな、なんとかなるぜ」
「オリーヴさんの血管が切れたらどうするの!」
「彼女はそんなにヤワじゃない。オレと長い付き合いなんだからな」
「とんでもないことで胸を張らないでくれる!? あーっ、もう、どうするんだよコレぇ……」
がくりと項垂れたソニアの黄昏の髪を、ひと房持ち上げてダンデは言った。
「ソニアが言ったんだろ。四日間、オレはメタモンの影響にあるかもしれないから、過剰な接触は控えろと」
「い、言ったけど……?」
「オレはそれに反証するために、オレなりの求愛行動をとるしかない」
「はぁっ!?」
「メタモンの影響にはない、オレ個人のアプローチだぜ」
「だ、だからそんなの証明できな……」
「証明の必要はない。それがオレの意志か、メタモンの影響か、ソニアにだって証明できないだろ? だったら、四日後に結論を出せばいいだけだぜ。四日間の行動は、完全に実証の枠外だ」
「……っ? は? え、待って、それはちが……」
「オレはきみを、四日かけて全力で口説き落とすぜ、ソニア。そしてそれを、四日経っても続ける。一生、続ける。それをもって、完璧なQ.E.D.とする。反論は受け付けない。きみはすでに、オレとのバトルを始めたんだからな、博士」
ニヤリと笑ったダンデの笑みは、完全に捕食者のそれで。
ソニアは改めて、十年無敗の伝説のチャンピオンという生き物の、神髄を見たのだった。
コメント
なぬ (非ログイン)2026/05/29 23:58最高です…本当に…
にやけすぎて頬が痛い☺️☺️☺️[ 返信する ]
