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ダンソニ長編【寄れば零れる恋のあや:第四章 これ以上なく合理的な方法】
2026/05/06 21:15【お題】ダンデ×ソニア
レンジャー部隊の詰め所には、ポケモンセンターから派遣されている回復要員と、人間用の医師が常駐していた。ソニアはアーマーガアに掴まれていた肩の診察を受け、炎症止めの湿布を処方されると、カットソーの襟から覗く大袈裟なテーピングに眉を寄せた。
「なんか、大怪我してるみたいじゃん……」
「十分大怪我ですよ。脱臼とかしてなくて、本当に良かった」
ユウリは言いながら窓際に寄って、詰め所の外で睨みを利かせているムゲンダイナの様子を確認する。いまのところ、目視できる範囲にポケモンはいないが、なんとなく周囲がざわざわと落ち着かないような気がしていた。
ソニアはティーバッグで淹れた紅茶をこくんと飲み、その温かさにほっと溜息をつく。災難にあった彼女に、隊員たちはなにくれとなく世話を焼いてくれたが、ムゲンダイナの巨体が周囲を睥睨している様子には、多少不安を感じているようだった。
「ごめんね、ユウリ……巻き込んじゃって」
しゅんとして言うソニアに、ユウリはくるりと振り返って握りこぶしを作る。
「謝らないでください、ソニアさん! むしろ、わたしが対処できる時でよかったです。もしも、誰もいない状態でソニアさんがアーマーガアにさらわれてたらと思うと……」
ぶるる、と身を震わせるユウリに、ソニアも今更のように眉をしかめる。
「そうなんだよね……一体どうして、こんなことになったんだろう……」
野生のポケモンが人間を襲うことは、現状ほとんどあり得ない。例えばワイルドエリアで、危険個体の生息地付近を探索するトレーナー相手か、もしくは人間のエネルギーを好む、ゴーストタイプなどであれば考えられなくもないが、基本的に敵意のない人間に害意を持つ生態ではないのだ。
さらに、インテレオンやストリンダーの挙動も気になる。主人であるユウリの指示にも耳を貸さず、ソニアにだけ集中しているような様子は、まるでポケモンのわざを食らい、一時的に錯乱している状態のようだった。
それに引きかえ、ワンパチとムゲンダイナには、いつもと変わったところは一切見られなかった。この差は、いったいどこからくるのだろう?
「……騒動が起こる前にあったことといったら、メタモンがソニアさんに悪戯したことくらい、ですよね……」
不安そうに言うユウリの言葉に、ソニアも難しく頷く。確かに、メタモンがソニアの顔を覆ったりしたが、だからといってそれになんの意味があるのか……けれど、現状そのことだけが、唯一の『異変』である。
この謎を解くカギは、メタモンにあるのかもしれないけれど、いまのソニアにはどうすることもできなかった。
その時、大人しく紅茶をすすっていた彼女の耳に、馴染み深い咆哮がかすかに届いた。
「あ……」
顔を上げたソニアが窓を見やると、遠くの空から一直線にこちらへやって来るオレンジ色が見えた。その背に乗った紫色の髪のたなびきに、心臓が強く高鳴る。
リザードンはおおきく旋回して再び嘶き、まるでなにかに警戒しているように翼をはためかせた。そうしてようやく、レンジャー部隊の詰め所前に降り立つと、その背から身軽に飛び降りたダンデは、そのまま足早に玄関へと向かってきた。
「ユウリくん!」
「ひゃ、はいっ」
飛び込んできて開口一番、ダンデはユウリの名を呼んだ。鋭い声に驚いて、ユウリがぴょこんと立ち上がると、ダンデは腰に提げたボールホルダーから一斉に手持ちたちを顕現させる。
「この建物を中心に、周囲500メートルがポケモンたちに囲まれている。オレの手持ちと一緒に対応してくれ」
現れたのは、ギルガルド、ドラパルト、オノノクス、ドサイドン、ゴリランダー。狭い部屋の中ではだいぶ窮屈な状態だったが、かれらはいつも通り、ダンデの指示に従うように落ち着いた挙動だった。
「だ、ダンデくん……」
ソファから立ち上がったソニアが声をあげると、ダンデの視線がそちらへ向く。厳しげな表情の彼に、ソニアが一瞬怯んだ瞬間、さっとオレンジ色の巨体が視界を遮った。
「わっ、リ、リザードン?」
リザードンは、真っ直ぐにソニアへと近付くと、その首を低くして彼女の胸にすり寄った。
普段の甘える様子とはわずかに違う、確かめるような挙動と低い唸り声に、ソニアが顔をこわばらせる。
「リザ……」
ダンデを差し置くようなその行動に、まさかリザードンの様子までおかしいのか、と危惧したソニアだったが、リザードンはなにかを確認し終えたとばかりに、鋭く鳴き声を上げ、ソニアの身体に尾を巻き付けた。
「バギュアッ」
その咆哮に、ギルガルドらが反応した。かれらは一斉に戦闘態勢になり、ダンデの指示を仰ぐように集中する。
ダンデはわずかに虚を突かれながらも、すぐに声を上げた。
「ユウリくんのムゲンダイナとともに、周囲のポケモンを一掃してくれ。威嚇に怯むようなら深追いはするな」
「ギャウゥ!」
了承を告げるように、口々に叫んだ手持ちたちは、ユウリとともに詰め所を出ていく。ソニアはリザードンに寄り添われたまま、それを見送った。
一瞬の静寂の後、ダンデの視線が再びソニアへと向かう。真っ直ぐにこちらを見つめ、近づいて来る幼馴染に、ソニアはどうしていいかわからずに焦った。
「あ、えっと、忙しいときにごめんね、ダンデくん……!」
「ソニア」
目の前に立って、そっとソニアの名前を呼んだダンデは、彼女のカットソーから覗く痛々しいテーピングにぎゅっと眉を寄せる。苦しげなその表情に、ソニアはますます狼狽した。
「あ、これは、だいじょうぶだよ、見た目よりも全然……」
そう言いかけたソニアに、ダンデがゆっくりと手を伸ばした。彼女の腰に巻き付いていたリザードンの尾が、そっと離れていく。
ダンデは、まるで壊れ物を扱うように恐る恐る、ソニアの背中に腕を回した。そのままとても丁寧に、彼女の身体を抱き寄せる。痛めている肩には触れず、他にどこか辛いところはないかと窺うような様子ながら、ソニアのふわふわの髪に顎をうずめ、それからおおきく息を吐いた。
「……無事でよかった……」
「……っ」
ダンデの暖かさにくらくらとめまいを感じながらも、ソニアは彼の硬い身体が安堵に緩むのを、直に感じていた。ピリピリとした雰囲気が消え、心底ほっとしたような吐息に、目頭が熱くなる。
「……今更ながら、ブラックナイトの時のソニアの気持ちがわかったぜ」
「……ぷっ……」
ダンデの独白に、ソニアは思わず噴き出した。彼の胸でくすくすと震える彼女は、幼馴染の懐かしい匂いの中で悪夢の夜を思い出す。
夜中に連絡を受け、ダンデが担ぎ込まれた病院へ向かう間、ソニアは生れて初めて、絶望的なほどの恐怖を感じていた。このままダンデを失ってしまったら、と想像するだけで目の前が真っ暗になって、ダンデの母や家族たちを励ます大役がなかったら、彼女自身が崩れて壊れて、立ち直れなかっただろう。
そんな恐怖を、いま、ダンデが感じているのだとしたら。
ソニアは、不謹慎ながらも胸に湧き上がる多幸感に、酔い痴れるように目をつぶった。
「……ようやく思い知ったか、ダンデめ」
「……ああ、だからもう、やめてくれ。オレの寿命が無くなってしまう」
「そっくりそのままお返しします」
すり、と一度だけダンデの胸にほほをすり寄せて、ソニアは明るく笑う。ダンデの拘束が緩んだと同時に、ソニアはしゃんと立って彼と対峙した。
幼馴染の黄金の瞳は、子供の頃と変わらぬ強さでそこにある。本当に心配してくれたんだ、と改めて感じて、ソニアはこころから感謝して笑った。
「来てくれてありがとう。助けてほしいんだ、ダンデくんに」
「当たり前だ」
素直なソニアの言葉に、ダンデは力強く頷く。それから、わずかに身を引いて、改めてソニアの全身を見やった。
「それで……一体、なにがあったんだ。レンジャーの報告では、簡単な説明しかされなかったから、現着してポケモンが群がっているのを見た時は肝が冷えたぜ」
「うん、とりあえず、わたしがわかる範囲で説明するね」
ソニアがそう言った瞬間、開けっぱなしだった扉の方から申し訳なさそうなノックの音がした。ふたりがそちらを向くと、ユウリが半分隠れるように戸口から姿を見せており、その後ろにはドラパルトたちもいる。
「あ、あの~……もう、入ってもいいですか……?」
「え?」
ユウリの遠慮がちな言葉に、ソニアはぱちくりと目をまるくして、自分に寄り添っているダンデに今更のように気がついた。抱き合ってこそいなかったけれど、互いの身体の間には、拳一つほどの空間もない。
「あっ、あー、気にしないで入ってきて!!」
パッと飛び上がって離れたソニアは、背後に控えていたリザードンの身体に軽くぶつかる。真っ赤になった彼女が慌てて振り返ると、リザードンは満足そうに喉を鳴らして、再びソニアの脚に尾を巻き付けてきた。
「ユウリくん、早かったな。周囲のポケモンはどういう状況だ?」
まったく動揺を見せないダンデが問うと、ユウリはもも色のほほをてかてかと輝かせながら、嬉しそうに部屋へ入ってくる。
「それが、ダンデさんの手持ちたちと外に出たら、すぐにポケモンが引いていったんです」
「すぐに?」
ダンデはパッと視線を窓にやった。ユウリのムゲンダイナも、すでにボールに収まっており、開けた視界のどこにも野生ポケモンはいなかった。平常を取り戻したワイルドエリアの様子に、彼はわずかに眉を寄せる。
「どういうことだ?」
その疑問に、ソニアも真面目な表情で首をひねった。
「さっぱりわからないけど……とにかくいままでの経緯を説明するね、ダンデくん」
リザードンの肩をポンポン、と叩いて、巻き付いているかれの尾を外させたソニアが、対面のソファへと向かう。ダンデは頷いて、手持ちたちをボールに戻そうと構えたが、かれらは一斉に首を振って拒絶を示した。
「どうしたんだ、おまえたち?」
困惑するダンデに、ドラパルトはふよんと宙を舞ってソニアのもとへ向かう。オノノクスはソファの後ろに回り込み、リザードンと一緒にソニアの背後へ立った。ギルガルドはシャリンと金属の音を立てながらソファの傍らに直立し、ドサイドンとゴリランダーは、かれらから一歩離れて部屋の隅に控えているが、視線をソニアから外さない。
ソニアを中心に動いているような手持ちたちの様子に、ダンデは難しげに眉を寄せる。けれど、とりあえずソファに腰を下ろして、対峙するソニアとユウリへ促した。
「それで?」
ソニアは、要領よく一連の状況を説明した。ユウリのメタモンとの一幕、研究所の周囲のポケモンたちの暴走、インテレオンたちの様子、そしてアーマーガアの行動。
一通り聞き終えたダンデが、腕を組んで沈黙する。
「アーマーガアに敵意はなかったというが、それは確かなのか?」
「うん……たぶん。敵対行動にあたる兆候は一切なかったし、こちらの状態や意思を尊重するような態度だった」
「インテレオンや、ストリンダーの様子は?」
「わたしの印象ですけど、メロメロ状態に近かったと思います。こっちの言うことが聞こえず、ソニアさんに意識が集中してた感じです」
ユウリの答えに、ダンデはますます難しげに眉を寄せ、それからソニアに視線を戻した。
「……状況的に、メタモンが絡んでいそうな可能性が高いな?」
「うん、わたしもそう思う。でも、現状それを解明する余裕がないっていうか……」
「ポケモンたちが引いていったっていうことは、おかしな現象はおさまったってことじゃないんですか?」
ユウリの言葉に、ソニアは難しげに短い眉を寄せた。
「リザードンたちの様子を見る限り、なんらかの影響は続いている気がするよ」
「そうだな」
ダンデも頷き、相棒たちに目をやる。かれらは、ソニアの話に出たポケモンたちのように挙動不審ではないけれど、意思を持ってソニアの傍にいる。馴染み深い彼女への、いつもの親愛とは一線を画す雰囲気があった。
「オレの手持ちたちがいることで、ソニアに群がるポケモンが引いたことには、なにか意味があるんじゃないか。その影響がどれほどなのか、どこまでの強制力なのか、一切謎だが」
「うーん……本当にリザードンたちの影響かどうか、一度検証してみる必要がある気がするけど」
「却下だ」
あくまでも実証主義のソニアの言葉を、ダンデはあっさりと退ける。
「検証するには、もう一度ソニアが野生ポケモンに接触する必要があるだろう」
「う、まあ……」
「ダメですよ、ソニアさん」
ユウリまで、怖い顔をしてきっぱりと首を振る。ソニアは大人しく肩を落とした。
「とりあえず、リザードンたちの状態が元に戻るまでは、ソニアはかれらと離れない方がいい」
「うん……うん?」
殊勝に頷いたソニアだったが、次の瞬間眉を寄せて顔を上げる。対面のソファに座って、腕組みをしながらソニアを見つめるダンデは、一切の迷いを見せずに言った。
「これからしばらくの間、オレの家で暮らしてくれ、ソニア」
「――……はあ!?」
高い声をあげて、ソニアが立ち上がる。真っ赤になって狼狽する彼女を見上げて、ダンデは胸を張った。
「それ以外、現状有効打はないだろう」
「いやっ、でも、そんな……あ、ユウリのところに行くよ! ムゲンダイナも、守ってくれるし……」
「それは無理ですよぉ、ソニアさん……だって、インテレオンたちがおかしくなっちゃうもの」
「うっ」
ユウリがいかにも残念そうに、けれど口元を満足げにほほ笑ませて言う。ソニアはぐっと言葉に詰まり、それから懸命に頭を回転させた。
「で、でも、めちゃくちゃ忙しいんでしょ、ダンデくん! そんなときに、迷惑かけらんないよ!」
「仕事は詰まっているが、帰れないって程じゃない。ブラッシーに居られては難しいが、シュートで一緒に暮らすなら、対応できるぜ」
「別に、そこまでしてもらわなくても、例えば、ポケモンの影響が一切ない地下室に籠るとか……」
「そんな場所をいまから用意するのは至難だ。それに、地下だからといって絶対にポケモンの影響がないとは限らないだろう。かれらはどこにだって生息する」
「うっ……でも、でも、そんなの……っ」
くるくると目を回しながら、ソニアは必死に言葉を探す。けれど、頭の中の研究者は、ダンデの提案が最善の解決策なのだとすでに納得していた。
納得できないのは、ひっそりと恋の終焉を待ちわびていた臆病なソニアの恋心。これ以上期待しないように、傷つかないように、遠く隔たった距離を口実にしていたのに、一気にそれがゼロになる。
そんなことになって、自分がどうなってしまうのか、ソニアには全く想像ができなかった。
恐慌状態のソニアに、けれどダンデは真摯な黄金の瞳を真っ直ぐに向けて、どこまでも誠実な幼馴染の顔で言った。
「頼む、ソニア。この問題が解決するまで、オレにきみを護らせてほしい」
「……」
その言葉に、ソニアは思わず目をまるくする。
ともにジムチャレンジを始めたころ、ふたりの間に力の差はほぼなかった。それが、旅を通じてダンデの才能が開花し、恐ろしいほどの勝負勘と、誰にも予測できない発想力によって、どんどん高みを駆け上っていった。
ソニアを降し、ガラルの一等星に輝いた彼は、けれど決してそれをひけらかすことはなく、ソニアに対しては昔と同じ、『対等』のような態度を取っていた。どれほどソニアが引け目を感じても、どれほどの実力差があったとしても、ダンデはずっと、ソニアの『ライバル』の顔で、彼女に接していた。
それが――いま、彼は懇願するように、ソニアを護りたいと言う。
その真っ直ぐな言葉に、ソニアは不思議と、不甲斐ない思いを感じることはなかった。ダンデに対してずっと抱えていた、劣等感や無力感に苛まれることはなく、ただ素直に、彼の気持ちが嬉しかった。
それは、ソニアを見つめるダンデの瞳に、純粋な恐怖が浮かんでいたから。
ソニアの危機に駆け付けたダンデの瞳に浮かぶ恐れは、確かにソニアにも覚えがある。あの悪夢の夜、ソニアの瞳に浮かんだものと全く一緒なのだから。
幼馴染として、昔馴染みとして、相手の安全を一番に願う情は、どんなに遠く隔たっても、決して消えることはない。それを否定することは、なにがあってもあり得ない。
ソニアは力なく頷いて、深々と頭を下げた。
「……ありがとう、ダンデくん。よろしくお願いします」
「ああ、任せてくれ」
心底ほっとしたように言って、ダンデはニッカリと太陽のような笑みを返した。
