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ダンソニ長編【寄れば零れる恋のあや:第三章 緊急事態発生】

2026/05/05 10:38
【お題】ダンデ×ソニア



 実験機材のあるブースは奥まってはいるが、扉のようなものはない。目を向けると、玄関が開け放たれているのがすぐ見えて、ソニアが驚くと同時に、足元から弾丸のようにワンパチが飛び出した。
「ワパァッ!!」
 パチパチッ! と、静電気を全身にまとわせたワンパチが、いつもの緊張感のない歓迎の様子とは打って変わって、なにかに警戒しているように吠える。慌ててソニアとユウリがそちらに向かうと、ワンパチと対峙しているのは、研究所の近所でよく見かける野生のポケモンたちだった。
「キュッ、キュキュゥッ」
 両手にきのみを抱えたホシガリスが、くるくるとおおきな尻尾を振りながらソニアに向かってくる。ワンパチが立ちふさがってそれを制したが、その傍らからはあっさりと、跳ねるように身体を上下させるココガラが、パタパタと大きく翼を振りながら駆け寄ってきた。
「わっ、なに? なんなのこれ?」
 続々と集まるちいさなポケモンたち。ワンパチは焦ったようにくるくると回り、インテレオンはソニアの傍らで相変わらずかしずいている。ユウリは相棒の奇態に困惑しながら、カムカメがのっそりとやってきて、ぴゅうっと水を吐き出す様子を見やった。
「そ、ソニアさん! このままじゃ、研究所の中がぐちゃぐちゃになっちゃうんじゃ……」
「あっ、水はまずい!」
 焦ったソニアが叫ぶと、いつの間にか研究所の窓という窓に、ホシガリスやココガラなどのちいさなポケモンが集まっていた。数にして十数体、あるいはそれ以上の出現に、ソニアとユウリが顔を引きつらせる。
「ちょっとみんな、外に出て出て! あーもう、なんなんだよ急にぃ!」
 ソニアが雑に追い立てれば、ポケモンたちは逆らわずについていく。彼女の足に身体をすり寄せてくるジグザグマを踏まないように気をつけながら、ふたりはなんとか研究所の外に出ていった。
 道のどんつきにあるポケモン研究所の周りには、樹木や草むらが広がっている。そこから、どんどん野生ポケモンが顔を出して、一斉にソニアに群がってきた。
「えっちょ、待て待て、いったいどうしたっていうのよ~!? なに、ポケフードの匂いとかしてるの、わたし!?」
「インテレオン、ソニアさんを守って……インテレオン!? もう、どうしたのぉ!」
 相変わらずソニアから離れようとはせず、けれどユウリの命令に従う素振りもないインテレオンの様子に、ユウリは困惑気に叫ぶ。ソニアはとりあえず、肩に乗って喉を鳴らすココガラたちを丁寧に下ろしながら、ぱちぱちと静電気まみれになっているワンパチに声をかけた。
「ワンパチ、だいじょうぶだから落ち着いて……」
 その時、上空からおおきな羽音が聞こえ、ソニアがハッと顔を上げる。見ると、青空を背景に黒い巨体があった。
「アーマーガア!?」
「野生個体です!」
 ユウリが叫び、ボールを構える。インテレオンは当てにならない、と思った彼女は、もうひとりの手持ちを急いで呼び出した。
「ストリンダー! ソニアさんを守っ……えええ!!」
 現れたストリンダーは、いつもの気だるげなダウナーさを忘れ去ったように、ソニアの傍らに寄ってもじもじとしている。こころなしか、トサカの部分の勢いが増しており、パチパチと光輝がただよっていた。
 手持ちがさっぱり役に立たないと、ユウリが焦って顔を上げると、上空から降下してきたアーマーガアは、真っ直ぐにソニアに向かっていた。
「きゃあっ!」
 ぶわりとした風が吹き、アーマーガアのおおきな羽ばたきがソニアを煽る。咄嗟に頭を庇うような彼女に向かって、アーマーガアが鉤爪を開いた。
「イヌヌワッッ!!」
 その瞬間、弾丸のように飛び出したワンパチが、おおきく放電する。その勢いに、アーマーガアは軌道を変えて、上空へと退避した。ワンパチはなおも、勇猛果敢に鳴き声を上げる。
「ヌワァッ!!」
 バチバチッ!! と電流が流れる音とともに、アーマーガアへ向けて一直線に電磁波が向かう。アーマーガアは怯んだように震え、おおきく旋回した。
「わ、ワンパチ! いいこ、そのままもう一度『でんじは』だよ!」
 ソニアが咄嗟に指示を飛ばすと、ワンパチは奮い立つように全身に電気を流す。ちいさなこいぬポケモンとはいえ、ソニアによって鍛えられているかれの雄姿に、ユウリは思わず称賛の声を上げた。
「すごい、ワンパチ! 強いっ」
「いまのうちに、とりあえず研究所の中へ入って、ユウリ!」
 ユウリの腕を引いて、ソニアが早口で言う。ユウリは困惑気に首を振った。
「ソニアさんこそ! ポケモンの狙いは、たぶんソニアさんですよっ」
「わかってる、でも、原因がわからない以上、あなただって危険よ!」
「わたしよりも、ソニアさんが……」
 ユウリが言うよりも早く、再びふたりに影が差した。ハッとして見上げると、ワンパチと対峙しているものとは別個体のアーマーガアが、逆方向から一気にこちらへ降りてくる。
「そんな!」
 こんな街中で、ワイルドエリアに生息している大型ポケモンが現れることは滅多にない。それが複数体、しかも明らかな目的をもって人間を襲うなんてあり得ない、とソニアは思った。
 けれど現実に、アーマーガアは鋭い鉤爪でソニアの両肩を掴み、そのままの勢いで飛び上がった。あっという間に地面から離れた足が、驚愕したユウリの顔の横を通り過ぎていく。
「ソニアさんっ!!」
「きゃああっ!」
 ソニアの悲鳴が空気を裂いた。振り返ったワンパチが慌てるが、もう一体のアーマーガアが牽制するように羽ばたいて、土ぼこりが上がる。
「インテレオン、ストリンダー!」
 必死にユウリが叫ぶも、手持ちはぽかんとした様子でさらわれていくソニアを見上げている。ユウリは焦りながら、カバンの中にしまっている、他のボールを取りに研究所へと飛び込んでいった。
 アーマーガアの鋭い爪に両肩を握られたソニアは、自重で食い込むそれにうめき声をあげる。あっという間に上空に舞い上がったアーマーガアは、けれど思ったほどの高度は出さずに、そのまま悠然と飛行を続けていた。
「ぐるう……ぐるるぅ」
 バサッバサッという羽音に紛れて、歌うような声が聞こえる。ソニアは恐る恐る顔を上げて、自分を持ち上げるアーマーガアを見やった。鋼のように硬質な翼をもつ巨体は、緩やかに喉を鳴らしている。
 その現象に、ソニアは少しだけ冷静になった。掴まれた肩は痛むけれど、皮膚が裂けたり、脱臼している様子はない。アーマーガアの力の強さを思えば、信じられないほど丁寧に扱われているとも言える。
 それからソニアは、かれの飛行速度にも気が付いた。人間を乗せて運ぶタクシーとしても活躍するこの個体は、その気になれば時速百キロを下らない速さで飛べるのに、いまはゆっくりと、風の抵抗を避けるように穏やかだ。
 さらに、あまり上昇すればソニアに悪影響が及ぶと理解しているように、屋根より少し高い高度で飛んでいる。ゆったりとした、滑空にも似たその軌道は、少なからずソニアの負担を軽くしていた。
 そのまま、アーマーガアは見覚えのある道を北上していく。眼下に流れる景色から、ワイルドエリア方面へ向かっている、と気づいたソニアは、なんとか人里に近いところで解放してもらえないかと頭を働かせた。
 相変わらずぐるぐると喉を鳴らし、ソニアの負担を最大限考慮しているようなアーマーガアに、彼女は一縷の望みをかけて口を開いた。
「ねえ、アーマーガア……腕が痛いの。お願い、降ろしてくれない?」
 ゆっくりと優しく、敵意がないと示すような声音でソニアが言うと、アーマーガアはぐるうと一声鳴いて、素直に降下をはじめる。ソニアはほっとしながらも、縋るようにあたりを見回した。
 するとすぐ近くの丘陵に、ワイルドエリア内を巡回するポケモンリーグ管轄の、レンジャー隊員達がいることに気がついた。目視できるほどの距離なので、きっとこの事態に気づいてくれるはず、と期待しながら、悠然と羽ばたくアーマーガアによって、草地に着陸することができた。
 鉤爪が肩から外れると、ソニアはじんじんとしびれるようなそこに手を当て、思わず呻いた。無理な体勢が続いたので、苦痛を感じている彼女の傍らに寄ったアーマーガアは、黒曜石のように深みのある瞳を向けて、ぐるるぅ……と喉を鳴らす。
 本気になれば、ソニアのことなどひと薙ぎで害せるような巨体と、野生ポケモンらしい危険な雰囲気をまといながら、けれど心底ソニアを案じるような気づかいを見せるアーマーガアに、ソニアは信じられないように目をまるくした。
 彼女は恐る恐る、その手をアーマーガアのくちばしのあたりに伸ばす。すると、かれは嬉しそうに身じろぎし、その細い手に喉をすり寄せた。
 野生のポケモンが、初対面の人間に急所を預けるというあり得ない状況に、ソニアは疑惑を確信に変えて問うた。
「ねえ……もしかして、あなたはわたしに、好意を伝えようとしているの?」
「ぐるるぅ……」
 幸せそうな低い唸り声に、ソニアは呆気にとられる。アーマーガアの素直な挙動は、なによりもはっきりと真実を告げていた。
 どうしてこんなことになったのか、ソニアは混乱しながらも、原因を解明しようと考え始める。けれどすぐに、ソニアの手のひらに、アーマーガアの緊張が伝わってきた。
「ガァァッ!」
 鋭い咆哮とともに、アーマーガアが翼を広げる。その風圧にたじろいだソニアがよろめくと、彼女を守るように立ちふさがったアーマーガアの視線の先では、ワイルドエリアに出現する野生ポケモンたちが、群れを成して集まっていた。
 襲い掛かってくるような敵意は感じられない。けれど、数が数だけに圧倒されたソニアは、ポケモンたちに囲まれる中心で、アーマーガアが威嚇の翼をはためかせる風に翻弄されていた。
 その時、緊張感が満ちるその場に、鋭い稲妻のような声が響いた。

「ムゲンダイナ、りゅうのはどう!」

 上空から降ってきた衝撃波は、ソニアを中心にぶわりと広がり、周囲のポケモンたちを一斉に吹き飛ばす。アーマーガアですら、その勢いに全身を硬直させ、ソニアを護るように翼を閉じた。
 一掃されたその場に降り立ったのは、巨大な甲殻を思わせるシルエットを持つ伝説ポケモン。圧倒的なオーラを放つその巨体から飛び降りたユウリは、すぐさまかれに指示を飛ばした。
「ムゲンダイナ、あやしいひかり!」
 間髪入れず、ムゲンダイナから放出された光に目が眩み、ソニアが咄嗟に目をつぶると、彼女の傍らに寄り添っていたアーマーガアが「グルァア!」と鈍く叫んだ。そのままよろよろと歩き出し、ソニアから離れる。
「ソニアさん、だいじょうぶですか!?」
 その隙を逃さず、一直線にソニアのもとへ駆けつけたユウリが、その身体を抱きとめるようにして支える。ソニアは眩しげに目を瞬かせながら、急いで頷いた。
「う、うん、ありがとうユウリ。でも、あのアーマーガア、わたしに敵意はないみたいなんだよ」
「え、だって、ソニアさんをさらったじゃないですか」
「うん、そうなんだけど、傷つけるつもりじゃないらしくて……」
 懸命に言い募るソニアは、ふらふらとしているアーマーガアへ目を向ける。その時、丘陵の方からやってきたらしきレンジャー隊員の影が見えた。
「だいじょうぶですか!」
 おおきな声を上げ、連携した動きで数名の隊員たちが手持ちを放つ。飛び出してきたルチャブルが、鮮やかな身ごなしでアーマーガアの急所に飛び込むと、その衝撃で黒い巨体が地面に倒れ伏した。
 周囲に集まっていたポケモンたちも、ざわざわと落ち着かないように遠巻きになる。レンジャー隊員が連れているポケモンは、鍛え抜かれている上に規律も叩き込まれていて、その圧倒的なオーラは並の個体を委縮させるようだった。
 けれど、足早に近づいてきたレンジャー隊員の傍らに寄ったルチャブルは、ソニアと対峙した瞬間苦しそうに唸り始めた。
「ル、ルチャァ……」
「どうした、ルチャブル?」
 その挙動不審な様子に、隊員が困惑した声をあげる。ルチャブルは、まるで本能と理性の狭間で苦しむように、ぶるぶると震えていた。ソニアに向かっていこうとする身体を、懸命に抑えているような様子に、隊員が顔色を変える。
「様子がおかしい。ルチャブル、戻れ!」
 強制的にルチャブルをボールに戻した隊員は、周囲の仲間がそれぞれの手持ちの様子に苦慮していることを確認し、ソニアの方へと顔を向けた。
「なにが起きているのか、説明していただけますか? まず、あなたはどうしてアーマーガアに連れられていたのか……いや、すみません、その前に。チャンピオンユウリですね?」
 ムゲンダイナを手持ちにしている人間は、それ以外ありえない。少し混乱しているようだったが、熟練のレンジャー隊員らしき男性の落ち着いた様子に、ソニアとユウリはほっとして頷いた。
「はい、そうです。こちらは、ポケモン研究所のソニア博士です」
「ソニア博士でしたか……御高名はかねがね伺っています。それで、現状のご説明を願えますか?」
 隊員の問いに、ソニアはわかる範囲で答えたが、どうして野生のポケモンがこれほどソニアに執着を見せるのか、その理由に全く心当たりはなかった。
 隊員は、簡潔な説明に難しく眉を寄せる。その間も、野生ポケモンたちが落ち着く様子は見えず、他の隊員たちの手持ちも、ソニアから十分に距離を保つことで、ようやく統制をとることができるようだった。
「ソニア博士。これは、我々の手には余る現象のようです。本来なら、ポケモン研究所にこそこの事件の解明を願いたいような状況ですが、現状であなたをこれ以上ここに留めていることは、危険を伴うと判断します」
「そうですね……とりあえず、これ以上強力個体が出現する前に、どこかに避難させていただきたいんですが……」
 そう言いながら、ソニアは難しげに眉を寄せる。避難といっても、比較的のどかなブラッシータウンのポケモン研究所にさえ、アーマーガアレベルの強個体が出現したのだ。このガラルにおいて、まったくポケモンと接触せずにいられる場所など皆無だろう。
 同じことを思ったのか、沈思するレンジャー隊員に、その時ユウリがはっきりと声を上げた。
「リーグ本部に連絡して、ダンデ委員長に報告していただけますか?」
「ちょ、……ユウリ!?」
 パッと顔を向けるソニアに、ユウリは真剣な眼差しで答えた。
「ソニアさんの一大事ですもん、ダンデさんに知らせないなんてあり得ないです!」
「でも、ダンデくんは忙しいって言ってたじゃない!」
「そんなの関係ないです。ソニアさん、ここはダンデさんに助けてもらうしか方法はありませんよ!」
 きっぱりとしたユウリの断言に、ソニアはぐっと言葉に詰まった。
 確かに、現状ソニアの手に余る事態だ。このまま野生ポケモンに襲われ続ければ、仮にアーマーガアのように敵意のない個体だとしても、人間のソニアにとって、危険な状況に追い込まれる可能性が高い。まして、絶対に敵意が向けられないという保証だってないのだ。
 ダンデに助けを乞うことで、事態が好転するとは限らないが、ユウリの言う通り、ここでダンデに知らせない方が理に適わない。ソニアは覚悟を決めたように、隊員へと向き直った。
「……ダンデ委員長への連絡を、お願いできますか?」
「了解しました。それでは、委員長の指示があるまで、この近くにあるレンジャー部隊の詰め所に避難しましょう。気休めですが、ピッピ人形をお持ちください」
 隊員から渡された可愛らしい人形を抱きしめて、ソニアが細い息を吐く。その傍らに寄ったユウリが、そっと彼女の腕に手を絡めた。
「ソニアさん、だいじょうぶです。ムゲンダイナは、いまのところ通常運転みたいだから、守れます。でも、インテレオンたちはダメみたい……様子がおかしいままでした」
「うん……あっ、ワ、ワンパチは?」
 ハッとして問うソニアに、ユウリは安心させるようにやわらかくほほ笑んだ。
「だいじょうぶ。わたしがここに来る前に、もう一体のアーマーガアを追い返してました。ボールに入れる暇がなくて、研究所の中で待ってるようにお願いしたから、心配ないですよ」
「あ、ありがとう……ユウリ、本当に、ありがとうね」
 ようやく安心したように、ソニアが声を震わせる。ユウリは黙って彼女の細い背中を撫でながら、ムゲンダイナに目配せをして、油断なく歩き出した。



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