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【新婚さんいらッしゃ~い!】《リーフ×ナンナ@ユグドラ学園》
2026/04/08 21:55【お題】リーフ×ナンナ
るんるんるん、と鼻歌を零しながら、ナンナは鍋の様子を確認した。
ことことと湯気を立てる鍋からは、トマトの美味しそうな匂いがする。隣の鍋ではサツマイモがふかし終わったようなので、カッテージチーズと牛乳、ハチミツを混ぜ合わせたものをゆっくりと投入した。
これでほとんどの作業が終了。ナンナは淡いクリーム色のレースがついたエプロンを外しながら、キッチンの隅にある時計を確認した。
時刻は18時30分。
愛しの旦那さまが帰宅する時間だ。
「きゃー」
自分の言葉に、ナンナははしゃいだような声を上げて身を捩った。旦那さま。なんて素敵な響き。
その言葉の余韻に浸るように、ナンナは胸に手を当てる。どきどきと高らかに鳴る鼓動は確かな幸せのリズムを奏で、薄紅色の頬は満ち足りた笑顔を浮かべていた。
そうしていそいそとリビングルームへ向かう。ちゃんと夕食の支度を整えたそこには、ふたり分の箸や小鉢が並んでいた。さして多くもないその調度を何度も確認して、ナンナは落ち着かない自分を宥めようとする。
こんなにそわそわするのは、わけがあるのだ。
なにせ今日は、ほぼ一週間ぶりに旦那さまに会う日なのだから。
ナンナが花嫁としてこの住居に越してきたのは、つい先月の話。聖ユグドラル学園の三年桜組に進級し、新しい生活を始めると共に結婚生活もスタートさせた。
つまりいわゆる、学生結婚。しかも、高校在学中の結婚だ。
相手の旦那さまは、一足先に高校を卒業したとはいえ、現在は聖ユグドラル学園大学部一年として、勉学に勤しんでいる学生の身分である。ともに、まだまだ大人とはいいがたいが、それでもふたりは神の御前で永遠の愛を誓い合った。
ここまで来るのに、彼らは実に十数年の歳月を要している。様々な紆余曲折を経て、確固とした婚約を果たしたのが14ヶ月前。ナンナの16歳の誕生日だった。
そこから結婚にこぎつけるまでも色々あったのだが、いまは無事に、こうして新たな居を構え、未熟ながらも家庭を築き、お互いに協力と尊敬、なによりも愛情を大切に育みながら生活している。
けれども、若いふたりにはやむを得ない制約も多々あった。
そのうちのひとつが、学生の本分である勉学を疎かにしないために設けられたルール。つまり、各自試験前は七日間実家に戻り、きちんと試験に結果を残し、仮に著しく成績を落とすようなことがあれば、すぐに別居は恒常的なものになる、というような、厳しくも避けられないものだ。
制約のある生活は窮屈だったが、それらはすべて、若いふたりの結婚の意志を尊重してくれた両親や家族のけじめであり、ふたりは誠意をもってこれに順じていた。
そういうわけで、今日は実力テストの最終日。晴れて七日ぶりに新居に戻ることのできたナンナなのである。
寝食を共にするどころか、一切の接触を絶っての七日間は、ナンナにとって想像を絶するほどに辛い日々だった。会えない苦しみをひたすら勉強にあて、両親にも、そしてなにより自分を待つ旦那さまにも胸をはれる結果をただひたすら目指した。
だから、今日は浮かれるなという方が難しい。
ナンナはそわそわともう一度リビングを確認し、時計を見やって、玄関に向かった。待ちきれないように耳を澄ませていると、部屋の電話が鳴り始めた。
もしかして、と浮き立つような気分で踵を返し、子機を取り上げる。
「はい、もしもし」
『あ、ナンナ? セリスです』
「まあ、セリス先輩! お久しぶりです」
『うん、久しぶり、元気だった? あ、試験終わったんだよね、お疲れ様』
「ありがとうございます。あの、リーフさまですか? あいにくまだ…」
『あー、うんわかってる。実は、さっきまでうちにいたんだ。課題の助言をしてやったところ。それでさ、あのお馬鹿さん、よっぽど浮かれてたのかうちに携帯忘れていってさ』
「まあ」
『なにしろ今日はごちそうだーとか言って、はしゃいじゃってはしゃいじゃって手に負えないの。ナンナ、そういうわけだから、不肖の従弟に携帯のこと伝えてやってね』
「あ……ハイ、ありがとうございました……」
気付いた時には、耳元で通話の切れた音が鳴っていた。
ナンナはのろのろと子機を戻し、真っ青な顔でキッチンを振り返る。
「……ごちそう?」
掠れた声で呟いた。
なんてことだろう。リーフはごちそうを期待していたのだ。七日ぶりに口にする愛妻の手料理は、豪華であると疑っていないのだ。
ナンナは改めて今日の献立を頭に浮かべ、ますます顔を蒼くした。
ブロッコリーのカルボナーラ、カリフラワーと鶏肉ときくらげのベトナム風炒め、トマトと落とし卵のスープ、サツマイモのチーズサラダ。いずれも間違っても豪華とはいえない、はっきりいって簡単料理だ。
なにしろナンナは、目下修行中の身である。料理上手の姑に教えを請いながら(ちなみに実母の料理の腕はナンナと大差ない)ようやく最近、レパートリーが増えてきたかな、というところ。
そんなわけなので、リーフの期待にまるで気づけなかったナンナである。
「どっ、どうしよう、どうしよう、どうしよう……っ」
すっかりパニックになったナンナの耳に、その時あれほど待ち望んでいた声が届いた。
「ただいまー! ナンナ!」
勢いよく玄関を開けて入ってきたのは、ナンナの最愛の旦那さま。玄関から一直線にリビングまで走ってくると、問答無用にナンナを抱きしめた。
「はー、長かった! 七日間ってどうして168時間もあるんだろう?! 30分で終わればいいのにさ」
「リ、リーフさま……」
抱きしめられたまま、ナンナがくぐもった声を上げる。その時になって、ようやくリーフは妻の様子がおかしいことに気付き、うん? と小首を傾げた。
「どうしたの?」
身体を離して見れば、可憐な新妻はその大きな春空の瞳を最大限に潤ませて、真っ赤な顔をしている。リーフはぎょっとした。
「なんで泣いてるのっ?!」
「リ、リーフさまぁ……」
「どうしたんだい? あ、帰りが遅くなったから怒ってる? ごめんよ、セリスになんか頼らなきゃ良かった。こっちが急いでるのをわかってて、わざとのらくらする奴なんだから……」
「そうじゃ、なくて……お夕飯……」
「え?」
呑気な単語に、リーフが目を丸くすると、ナンナはほろほろと涙を零しながら、お夕飯、とまた呟いた。
「ち、ちっともごちそうじゃないんです、ごめんなさい~っ……」
「はあ??」
突拍子もない、とでもいうようなリーフの声に、ナンナが恐る恐る目を上げると、リーフは紅茶色の澄んだ瞳を煌かせて、嬉しそうに笑った。
「ちゃんとごちそうじゃないか」
「え?」
「七日ぶりの、ごちそう!」
言って、夫はまるで味見をするかのように、涙に濡れる妻の頬に音を立ててキスをした。
《お題25 『ごちそう』》
◎365 Themes Ver.1~創造者への365題~様よりお題拝借
