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【溶けない熱】《ダンデ×ソニア@Pokemon Shield》

2026/03/25 21:56
【お題】ダンデ×ソニア



 ところでダンデの早食いがいつの頃から始まったのかというと、まだ物心もつかないほんの子供の頃からである。
 行儀が悪い、よく噛んで食べなさい、としょっちゅう注意されても、これがなかなか治らない。いつもいつでも他ごとに(主にポケモンのことに)夢中で、大変に行動的だった彼の、食事に対する優先順位は、成長期という特別な期間であることを鑑みても、異常に低かった。
 好き嫌いもなく量はよく食べるくせに、まるで流し込むようにあっという間に平らげる。同席している人間のタイミングを歯牙にもかけないその無作法は、彼の母親の無限の忍耐をもってしても矯正できない悪癖で、十歳のころに親元を離れて以降は、それを矯める人間の種類が変わっても結果は同じだった。
 ただ、家族や友人知人のような、気心の知れた相手とだけ食卓を囲むわけではなく、スポンサーや業界の人間など、食事自体が仕事といっていい生活を送るにあたり、行儀や作法という礼節ではなく、義務の一環として叩き込まれたルーティンならばその限りではない。食事をする数時間を完全に『業務』と見做せば、完璧なテーブルマナーと軽妙な社交術で、ガラル紳士たる面目を施すことができる。
 つまり、ダンデにとっての食事時間は『仕事』であり、単なる栄養補給にすぎない。それは、作り手への感謝や食事の豪華さなどに左右するそれではなく、彼の持って生まれた特性のようなものだ。
 ところでソニアにとっての食事が、実はダンデのそれと大差ない、ということを、彼女は忸怩たる思いで自覚していた。
 とはいえ、彼のように食事を流し込むような無作法は決してしない。人生の師である祖母に、骨の髄まで叩き込まれたレディとしての教養が、どれほど快活で軽薄そうな『ギャル』っぽさを装ったとて、根っこの部分ではゆるぎなく息づいている。
 ただ、優美な所作で完璧なテーブルマナーを披露しているその時でさえ、ソニアの頭の中には大体小難しい理論や検証方法が展開されていて、許されるのならばサンドウィッチかエネルギーバーを片手に黙々と実験に勤しみたい欲は常にある。
 年頃の娘らしく、友人と連れだって赴いた先のカフェやレストランなどで、美しくも可愛らしい凝った料理などを楽しんでいるときはその限りではない。それは、『食事』というよりも『食事を楽しむ』時間を目的としているので、切り替えている。
 だが、こと普段の食事に関しては、それがどれほど豪華でも、どれほど手間暇をかけて作っていようとも、悲しいかなこころのどこかで「ああこの時間があれば、あれもこれも進められる…」と、常に他ごとに夢中になってしまうのだ。
 ひととして淑女として、決して褒められないその悪癖をなんとか堪えているソニアにとって、すでにそういった葛藤すら凌駕してしまった感のある幼馴染は、その無作法に『多忙なチャンピオン』という鉄壁の大義名分を掲げていることへの妬ましさがあった。自分だって、寸暇を惜しんで検証したいものがある。けれど、自称博士助手というなんとも中途半端な立ち位置では、そんなことは口が裂けても言えない。
 時間の使い方すら、優劣がつくのか。ソニアは、遠くへ行ってしまった輝かしい幼馴染への的外れな羨望や嫉妬を堪えながら、今日も今日とてアポなしでやってきた彼のために、作り置きのカレーを振舞ってやっていた。
「うまい!」
 ただ一言そう言って、飲み込むように消化した男が晴れ晴れと笑う。食事開始からわずか五分である。ソニアは対面に座り、しずしずとスプーンを往復させていたわずかな回数をぼんやりと思い出しながら、呆れたように半眼を閉じた。
 ダンデは満足そうに瞳を細めて、けれどすでにこころはどこかに移ろっている。より正確に言えば、先日届いた新たな論文雑誌などに。ポケモン研究所が優先的に取り寄せている世界各国の専門書は、さすがのチャンピオンといえどもここに来なければ手に入れられない。彼はそのために、片道二時間半もかけてせっせと寸暇を惜しんでくるのだ。
 だから、食事に時間などかけてはいられない。たとえそれが、研究に詰まったソニアの現実逃避で、半日以上かけて丁寧に煮込まれた珠玉のカレーだとしても、ダンデの時間を占有できるものではなかった。
 そのことが、腹立たしくて悔しい。一歩も二歩も、百歩も先を行く幼馴染の残酷なふるまいを憎んだソニアは、いそいそと席を立ちかけたダンデに向かってびしっと手のひらを突き出した。
「ダンデくん、ステイ!」
「ん?」
「今日はデザートがあります」
 重々しく呟いて、ソニアが席を立つ。キッチンブースへ向かった彼女が戻ってくると、その手には手のひらにちょっと余るサイズのカップアイスがあった。
「はい、どーぞ」
「アイスか」
 わずかに目を瞠ったダンデが、一拍あとに破顔する。やけに嬉し気な彼の正面に座り直したソニアが、再び優雅にスプーンを動かした。
「そーだよ。お祖母さまのお知り合いが送ってくださった、おっ高くて美味しいやつ。特別に、ごちそうしたげる」
「サンキュー、ソニア」
 ぱかりと蓋を開け、ダンデがスプーンを突き立てる。けれども、冷凍庫から出したばかりのそれは相当に硬く、まるで歯が立たない。そういう仕様だと、承知の上のソニアはにんまりとしてしまいそうになるほほを懸命に堪えながら食事を続けた。
 ダンデのスプーンが、炭鉱夫のように熱心にアイスを掘り進める。けれどその動きは格段にゆっくりで、丁寧だった。時間をかけて口に運ぶたび、その冷たさ甘さに幸せそうにほほ笑む彼を見やって、ソニアはそういえば、とふと気づいた。
「……ダンデくんてさ、アイスだけはゆっくり食べるよねえ」
「え?」
 意外そうに、ダンデが目をまるくした。思った以上に驚いているふうの彼に、ソニアも思わず目を上げる。そんなに不思議なことを言ったかな? と眉を寄せる彼女に、彼はふは、と息が漏れるような笑い声をあげた。
「なんだ、覚えてないのか、ソニア」
「え? なにが?」
「これは、昔ソニアに怒られたからそうなったんだぜ」
「え」
 言われた言葉に、ソニアはぎょっとしてさらに目をまるくする。それから慌てて記憶の箱をひっくり返し、有象無象の幼馴染との思い出を探った。
 アイスとダンデくん。アイス、と、ダンデ……

『……もー、ダンデくん! アイスをそんなに勢いよく食べたら、頭痛くなっちゃうよ!』
『うぅ……痛いぜ……』
『ほらもう言わんこっちゃない……だいじょうぶ? あーほら、ヒトカゲが心配で泣きそうになっちゃってるよぉ』
『ううう、痛い……』
『えぇ……ちょっともう、どうしよ……わあ、ワンパチ、そんなに舐めても治らないよぉ……ね、ダンデくん、わ、な、泣いてる? そんなに痛いの? やだぁ、どうしよう』
『な、泣いてない、これはワンパチのよだれ……』
『ダンデくん、ダンデくん死なないで、どうしよう、おばあさまあ!』
『そ、ソニア待って……うう、痛い……』

「……あ!」
 ぱちんと弾けたシャボン玉のような思い出に、ソニアは思わず高いを声を上げた。彼女の理解に、ダンデがくすくすと笑う。共有する思い出は、まるで昨日のことのように鮮明にふたりを包んでいる。
「あれで大ごとになって、ソニアは泣くし、オレもどうしていいかわからなくて泣くし、ワンパチも鳴くし、ヒトカゲももちろん鳴くしのてんやわんやで……マグノリア博士に呆れて怒られたな」
「あ、あは。そういえば、そうだったねぇ……」
 幼い頃の恥ずかしい思い出に、ソニアは真っ赤になって笑う。照れ隠しに食器を下げようと立ち上がるソニアに向かって、ダンデは優雅にほほ笑んだ。
「あれからソニアは、オレに厳命したんだぜ。アイスだけは、絶対にゆっくり食べろって。もう二度と、勘違いさせるんじゃないって」
「あーそれはさあ、あの時マジで、ダンデくんが死んじゃうかと思って……だってさ、普段得体の知れないきのみとか平気で食べてるダンデくんが、苦し気に頭抱えるなんて、ちいさいわたしにはめちゃくちゃショッキング映像だったんだよ」
 早口で言うソニアは、もうこの話題から逃げたくてたまらない。発端は、こんな甘酸っぱい若気の至りではなかったはずなのに。遠く隔たった幼馴染への嫉妬や羨望よりも、さらに恥ずかしい状況になっている、なぜだ。
「だから、オレはその時から、アイスだけはゆっくり食べるようにしている。特にソニアと一緒の時は」
「えらいえらい」
「それをソニアもわかってると思ってた」
「いやー、わかってなかったねえ」
「わかったうえで、オレに対する要望を、アイスで表してるんだと思ってた」
「ん?」
 ホップステップジャンプの、最後の着地の意味が分からず、ソニアはスポンジを泡立ててカレー皿を洗っている手を止め、怪訝そうに振り返る。
 ダンデは、ゆっくりとアイスにスプーンを沈めて、ことさら丁寧にそれを口に含んだ。
 それから、蜜のように光る黄金の瞳を細めて、ソニアを見やる。
「……ソニアがオレにアイスを出すときは、『ここにいて』って意味だと思ってたぜ」
「へ」
 言われて。
 ソニアは、思わずスポンジにを握る手に力をこめた。ぶしゅり、と泡がはじけて、彼女のほほを濡らす。
 それから、言われた言葉を咀嚼して、なに言ってんだよそんな馬鹿な……と笑い飛ばそうとして。
「……っ!」
 事実を事実として認識した時、それがどれほど不都合でも、どれほど不条理でも、決してそこから目をそらせない、研究者魂が嵐のような自覚を促した。
 ……遠く隔たった幼馴染に、嫉妬や羨望を抱いていたとばかり思っていたのに。
 赤い顔で絶句するソニアを、満足そうに見やったダンデが笑う。その幸せそうな様子に、ますますソニアはなにも言えず、ただ彼の手にあるアイスクリームだけが、永遠に溶けなければいい、と願うこころを自覚した。



《お題23 『アイスクリーム』》
◎365 Themes Ver.1~創造者への365題~様よりお題拝借


コメント

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  • なぬ (非ログイン)2026/04/22 04:55

    満更でもないんだろうなぁ☺️☺️
    次アイス出すのドキドキしちゃうやつですね🍨

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    • 由紀ちぐわ2026/04/22 18:16

      コメントありがとうございます!
      『次』の発想はなかった!確かに、次のアイスはどんな顔で出すんだろう🤣夢が膨らみますね~

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