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【初勅】《珠晶&供麒@十二国記》
2026/03/18 20:08【お題】他
王になってはじめての正装……『大裘』と呼ばれる第一礼装を前に、珠晶はしばらく沈黙を守った。
驚天動地の登極を経て、自らの居城である霜楓宮へやってきてからずっと、華美なもの、贅を凝らしたものは、極力遠ざけるようにしていた。
王である威儀を保つ程度の装飾さえあればいい。珠晶はそう思い、努めて清貧を好んでいたのだが、口さがない官(嘆かわしいことに、それは王に近しい位の者であるほど)に言わせれば、歴々の王に伝わる由緒正しい宝飾品など、十二の小娘には過ぎたるものだとか。
着飾ってみたところで、所詮子供の貧弱な体躯にそれは滑稽でしかない。衣装に着られ、飾りに飾られるのがオチである。
そんな流言が浸透してか、礼装を前にした女王を取り囲む女官もまた、どことなく落ち着かない雰囲気で場を取り繕っていた。
「主上、お召替えのご用意が整いました……」
「……お願いするわ」
ちいさな胸を精一杯張って、珠晶は取り澄ました声をあげる。
細い腕が取られ、黒衣の裾がさばかれた。一枚一枚と己を包む豪奢な装いを眺めながら、珠晶は静かに瞼を閉じる。
王としての威厳。ひとの上に立つ矜持。それらは一朝一夕に身につくものでは決してない。
麒麟に選ばれ、天勅に定められた王とはいえ、ついこの間まではただのひと。それも、十二にしか満たない無力な少女。
いまの自分には、華美な装いに勝てる自信がまるでない。
それでも。
「紅は赤い方が宜しいでしょうか」
「……そうね」
慣れぬ朱を刷くくちびるが、女官のぎこちない雰囲気を悟ってわずかに歪んだ。
一切の装いが整ってのち、女官が静々と姿見を運んできた。珠晶はしばらく無言で女官たちの顔を眺める。どの顔も慎み深く伏せられていて、本意や真意を汲めるものはない。
「主上、大変おうつくしゅうございます」
年かさの女官が、総意を表するように告げた途端、女官たちも声をそろえた。
「見違えるようにおうつくしく」
「お似合いにございます」
口々に述べる賛辞はどれも当たり前のように珠晶に向けられていた。珠晶はそれに答えず、無言で姿見を見やる。
そこに映っていたのは、きらびやかな衣装に身を包んだ、痩せた少女。
「……滑稽ね」
くちびるの中でそっと呟き、瞳ばかりが目立つ幼い顔を睨んだ。
これが王。恭国供王。
衣の華やかさにすら負ける、幼い娘。
「本当に、おうつくしゅうございます」
女官が口にする、「うつくしい」という言葉。
まるで誠のない、あからさまに世辞なのに、それを咎めることさえできない。
――無力な。
「台輔がおみえにございます」
その時、女官の先触れと共に、居室に訪れたのは上背のある男。
赤みがかった金色の髪を滑らかにゆらし、堂々たる身頃にあった礼装を着こなす彼は、おのが主である少女に恭しく礼を取ってから、おもむろに顔を上げた。
そして、煌びやかに変貌した主を見るや、ぽかんと一言。
「わあ……主上、大変お可愛らしい」
その時珠晶は、部屋中の女官の空気が凍る音を確かに聞いた。
一国の王を前に、軽はずみにも『可愛い』などと口にするのは、この国では禁忌である。それは賛辞の言葉だけれど、未だ幼い王にはなによりも侮りの意味合いが重い。
それを知ってか知らずか、王の僕である麒麟は、心底嬉しそうに微笑んだ。
「本当に、お花のように可愛らしいです。主上、私はとっても鼻が高いです」
裏も表も嘘も誠も、みんなひっくるめて無邪気にそう言う麒麟を前に、珠晶は慣れない朱唇を微かに歪めて、泣き笑いのように微笑んだ。
「……麒麟は民意の具現とは、よく言ったものね」
その一言に、女官の顔色がさっと変わる。みな一様に、居たたまれないように顔を伏せるのを見て、珠晶は取り澄ました声を上げた。
「供麒」
「はい、主上」
「……今後、その言葉の使用を禁じる」
「え?」
突然の主命に、供麒はぽかんとして首を傾げた。周囲の女官は、やはり、というような雰囲気でさざめき、主の不興に暗い影を落とす。
けれど珠晶は、すぐに澄まして付け加えた。
「ただし、あたくしにのみ使用するならばこれを許す」
「……ええと、はい」
言われた言葉に、供麒が茫洋と頷くのを、女官たちは呆気に取られたように見守った。対して、珠晶はのんびりと応じた供麒を睨み上げ、朱唇とがらせる。
「……本当に分かったの?」
どこか頼りないふうの己の半身に念を押せば、供麒はにっこりと穏やかに微笑んで答えた。
「もちろん。元々私は、主上以外に可愛いと思うものはありませんから、大丈夫です」
その言葉に、珠晶は一瞬虚を突かれ……それから無感動に、ふいと視線をそらした。
「……そう。ならいいわ、供麒、行くわよ」
「はい」
応じた麒麟が後に続くのを、当然のようにして部屋を後にしながら、珠晶は沸き上がる笑いを堪えるのに一苦労した。
並み居る官たちが、己の装いにどんな意見を述べようと、どんな嘲りを抱こうと、もう関係ない。
ひとの見かけなんてさして重要ではないのだ。
少なくとも、自分と、自分の半身が解っていれば、それでいいのだ。
そう思い、眼差しを上げた珠晶は、ちいさな身体に豪奢な装いを施し、堂々と即位式に臨む威厳を称えていた。
