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【愛の言霊】《クリフト×アリーナ@DQ4》

2026/02/26 19:44
【お題】他



 秋晴れのうつくしい一日。
 こんな日は、バスケットいっぱいに手作りのお菓子をつめこんで、どこか遠くの丘か森に、ピクニックに行きたい。
 そう言って自分にほほ笑む姫君に、歳若き神官はしかつめらしさを装って答えた。
「いけません。午前中はサントハイム古語の勉強の時間になっているはずです。そのために、本日の武器・防具の調達は免除されたのですから……」
「お勉強、お勉強、クリフトこの頃それば~っかり! つまんないよぉ」
 けんもほろろな返答に、アリーナは半ば予想していたようにがっくりと項垂れて、そのままテーブルへと突っ伏した。彼女のカールした亜麻色の髪がふわりと広がって、クリフトの視線を簡単に奪う。
 快活な彼女の萎れた様子はいかにも哀れを誘い、姫君のご機嫌を麗しくすることにかけては他の追随を許さぬ自分でありたい神父は、のどから出かかる甘い台詞を必死でこらえた。
 立場的に許されないことだが、せめていまだけは、限られた自由を謳歌させてやりたい。正直な気持ちに、クリフトは瞳を閉じる。
 とはいえ、サントハイム城でこなしていた王族教育を、旅先だからといっておろそかにはできない。たとえそれが、世界平和をかけた熾烈な旅だったとしても、この融通の利かない幼馴染は手加減を知らないのだ。
「そう仰いますけど、前回時間を取れたのは、山を越える以前の街……このところの強行軍で、すっかり野営に慣れてしまい、満足に教本も開けなかったではありませんか」
 そう言って、穏やかな瞳をひたと合わせるクリフトに、アリーナは細い眉を寄せた。
「だ~から~……もう、そもそも、こんな旅をしてるのに、呑気にお勉強なんて無理があるのよ。あなた、城から出てくるとき、よく教本なんて持って来れたわよね」
 精一杯の嫌味を言うアリーナに、クリフトは知らぬ顔で頷く。
「私は、陛下より姫さまの教育を任されたひとりですから」
「……ぶぅ」
 結局は、甘く見えて甘くないこの幼馴染の神官に、噛んで含んで諭される毎日。
 いつもならばこのへんで、アリーナがしぶしぶ従って勉強が始まるのだが、開かれた窓から流れ込む爽やかな風が、そんなアリーナをがんがん誘惑する。
 もともと、身体を動かす事が大好きな彼女だ。クリフトと差し向かいで、ひたすらに勉強する時間は苦行で、(それでも、そんな彼女を見越して、時たま彼が用意してくれるスコーンやクッキーが、その不満を激減してはいるけれど)ましてこんなに天気のいい秋晴れの日に、家に引っ込んでいるなんて拷問としか思えない。
 こうなったら奥の手だ。アリーナのおおきな瞳が一瞬輝いた。
「……ねぇ、クリフト~。ものは相談なんだけど……」
「じゃんけんで勝ったら、今日の勉強はなし、はだめです」
「……アミダは?」
「却下です」
「腕相撲!」
「勘弁してください」
「も~~!! じゃあ、わかった! クリフト、サントハイム古語の適当な例文を出して。それを私が解く事ができたら、今日の午後は自由! いいでしょっ?」
 だん、と樫のテーブルを叩いて、アリーナはおおきな瞳をくりくりと上向かせた。クリフトはややしばらく口を閉ざし、真剣な表情の姫君を見下ろす。
 と。
「……待ったはなしですよ」
「う……さ、三回までオッケーで……」
「だめです」
「……もぉ、わかった! じゃあ、もし私が勝ったら、クリフトはあの木苺のジャムが乗ったスコーンを焼いて、バスケットにつめて、公園までお供しなさい!」
 胸を張って断言するアリーナに、クリフトはぱちくりと目を瞬かせた。それから、くすっとちいさくほほ笑む。
「……私には、午後からも用事があるんですけど……」
「だ、ダメよ! もしも私が勝ったら、用事はキャンセル! 勝負だもの、言うことを聞きなさい」
 慌てたように言い募るアリーナは、実のところもともと、木苺のジャムが乗ったスコーン、特製のアイスティ、それと、穏やかな秋晴れの中、クリフトと一緒に街の中心にある大きな噴水の公園を散策するのを、楽しみにしていたのだ。
 まっすぐに自分を見つめ、必死の形相で眉を寄せるアリーナに、クリフトは優しい苦笑を見せた。
「命令ですか」
「命令よ!」
「……では、従う他ありませんね」
 あっさりと頷いて、クリフトはとんとんと教本をそろえた。アリーナは嬉しそうに笑って、それからずい、とテーブルに身を乗り出す。
「あ、それからね、あんまり長いのはダメよ。私まだ、概要論の第二部チャプター3までしか教えてもらってないんだからね」
「チャプター5では?」
「ダメ! 4から先、全然わからないもの。なによあれ、急に長くなっちゃって、ブライのお説教かと思っちゃったわ。だからぜーんぶ、忘れちゃった」
「忘れちゃった……って、姫様、きちんと覚えなければいけませんよ。特に第二部は、わが国の祭事において重要な役割を担うものを説明していて、王家の必須教養課程で……」
「あ~はいはい。わかってるってばぁ。でもさ、難しいものは難しいし、覚えられないものは覚えられないの」
 可愛らしい桜色の唇を尖らせて、アリーナが拗ねたように上向く。この視線に、いつもなあなあで陥落される歳若き青年神官は、ご多分にもれず緩みそうになった表情筋を引き締めた。
「覚えていただかなくてはなりません」
「もぉ~。わかったわよ、今度からちゃんとするから。でも、今日のところは勘弁して、ね?」
 可愛らしく小首を傾げ、まるで戦闘のそれのように、自分の急所を的確についてくる姫君に、クリフトは思わず絶句する。
「……わかりました」
 はぁ、と軽くため息をついて、青年はしばし瞳を閉じた。ゆるい秋風が、彼のくせのない紫紺の髪をさらさらと揺らす。
 わずかな沈黙のあと、彼の瞳がうっすらと開いた。
「……ウィーデ・ラ・トリア・ウル……・シュマスェ」
 囁くような彼の声音に、アリーナはあどけない表情で首を傾げる。
「うぃーで……ら……?」
「ウィーデ・ラ・トリア・ウル・シュマスェ……です」
「え~と、ウィーデ……あなた? あなたを、か。ラ・だもんね。えーとあとは……」
 懸命に首を捻るアリーナの傍らで、クリフトは気付かれぬように顔を背けた。色素の薄い自分の頬では、もしかして赤く染まっているかもしれない。
「ウル……私……私たち? あ、たちはウル・ヌか……」
 少しずつ、核心に近づく彼女の呟き。
 ウィーデ・ラ・トリア・ウル・シュマスェ。
 私はあなたを、永遠に愛します。
 いまさら言葉にしなくとも、何度だって誓えた想い。けれどそれは決して、伝えたい相手の耳に届く事はなく、自分のこころの中にもう、何年とくすぶっては燃え続けるもの。
 姫君の教育にかこつけて、我が身に宿る暗い情熱を満足させようなど、神官の風上にも置けない……クリフトはそう自嘲し、皮肉な笑みを浮かべた。
「トリア……トリアってなんだっけ~?? う~んと、え~と……」
 懸命に答えを導き出す姫君の様子を見ていたクリフトは、徐々に居たたまれない思いにかられた。
 純粋に、まっすぐに自分を信じ、与えられた設問を解く事にそれ以外の意味を持たない少女。彼女のくちびるから零れ落ちる単語に、どれほどの意味があるのか。
 それで、どれほどに自分の、この暗い傷が癒されるというのか。
 泣きたくなるほど苦しくなって、クリフトは急いで口を開いた。
「姫様、少し難しかったようです……違う問題にしましょう」
 どうかしていた。ときどき、自分自身でも制御できなくなるこの思いは、まったくやっかいなものである。時に、慈しむべきこの姫君すら、裏切って陥れようとするこの邪悪な自分が、神に遣える神官だとは滑稽すぎて笑えない。
 こんなことでは、一生を賭してこの姫君を見守り、慈しんでいこうという誓いさえ守れなくなってしまいそうで、クリフトはなにかに急き立てられるように言い募った。
「意地悪をしました、すみません姫様。他の問題を……」
「――わかったわ、クリフト!」
 その時、弾かれたようにアリーナが叫んだ。ぎょっとするクリフトの目前に身を乗り出し、きらきらと輝く瞳でこう告げる。
「ウィーデ・ラ・トリア・ウル・シュマスェ……『私はあなたを、永遠に信じます』……でしょ?」
「……」
 告げられた言葉に、クリフトは言葉を失った。
 可愛い姫君。うつくしい姫君。愛しくて、大切で、あなたに望まれるならば、命すら捨てられる。
 だから姫君、どうか私を。
 私を――
「……正解、です」
「きゃ~っ♪」
 無邪気に飛び跳ねるアリーナの眼前で、クリフトは一瞬泣き出しそうな表情を作った。けれどそれは、喜ぶ姫君の視界の外で。
「じゃあ、約束よ! 今日は午後から自由行動、クリフトは私のためにスコーンを焼いて、紅茶をいれて、公園に行くの! いいわね?」
「……はい、アリーナさま」
 嬉しそうな姫君の笑顔に、クリフトもつられるようにほほ笑んだ。
 喜びも悲しみも、すべてこの方の傍らにある。
 くちびるの奥で呟いて、クリフトは教本をまとめて席を立った。



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