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【ある密かな恋】《アルベルト×ミドリ@XENOGEARSパラレル》
2026/02/21 15:08【お題】他
*【archive】Xenogears After StoryのSEESAW-GAMEをご一読いただけますと幸いです。
「いいわよ」
思わず反射的に言っていた。
その瞬間、彼のやわらかな表情がわずかに強張り、その傍らで滑稽なほど甲高い声が上がる。
「きゃー! ホントですかぁっ。やったぁ、お許しも出たし、行こっ、アル!」
可愛らしい笑顔を向けて、溌剌とした少女がアルベルトの腕を取った。彼は白皙の美貌を困ったふうに微笑ませて、伸ばし気味の金の髪をさらりと揺らす。
「……わかった、行こうか」
その返答に、愚かにも胸が痛んだ。
けれど、そんなことはおくびにも出さず、白衣のポケットに手を入れて、金縁の眼鏡のブリッジを押し上げつつ、駄目押しの一言。
「ついでに、ビタミンのサプリメントを買ってきてくれると嬉しいわ。急がないから」
「はい、ミドリ。では行って来ますね」
「行ってきまぁ~す」
いつも通りやわらかく笑ってアルベルトが言うと、その傍らではしゃいだ声が上がる。ふたりがそのまま部屋を出て行こうとする後ろ姿を、ミドリは何気なく見つめた。
少年らしい華奢な骨格の彼に寄り添うように、さらにちいさな少女が歩く。学部長の孫という触れ込みで、先週来よく研究室に遊びに来ている十三歳の彼女は、同い年の少年を傍から見ても微笑ましいほど気に入っていた。
国立大学の研究室に籍を置くアルベルトは、勿論その年齢でも十分周囲から浮いていたが、それに加えて正規の学生たち、果ては教授陣をも凌駕する頭脳と、母親譲りと噂される艶やかな美貌で、もはや学府の中にその名を知らぬ者がいないとされる有名人である。
周りの年長者はまるで珍獣かなにかのように興味本位で彼を取り巻き、彼は学内どこにいてもあらゆる意味で異端児だった。
けれど、そんな状況をアルベルト自身楽しんでいるような節があったし、なによりも、並みの大人では太刀打ちできないほど世知に長けた彼の、落ち着いた物腰とやわらかな振る舞いに、ミドリは自分と同じ年代を相手にしているような錯覚さえ感じていた。
しかし、学部長の孫が来てからというもの、なにかとアルベルトにまとわりつく幼い彼女と、それを軽くあしらいながらも柔和に対応する彼を見るにつけ、いままで忘れかけていた事実に改めて気付かされた。
彼はまだ、弱冠十三歳なのだ。本来であれば、少女と同じ年代として、はしゃいだり、騒いだり、幼い未熟なやり取りを楽しむべき年齢だ。
それに、彼の傍らに立つ少女の、なんと似合うことだろう。
人形のように整ったアルベルトの隣に立っても、見劣りしないほど可愛らしい。それに加えて、無邪気で人懐っこい性格、物怖じしない度胸、天真爛漫なキャラクターは、誰の目にも好ましく見えた。
だから、というわけではない、決して。
けれど、そんな少女から「室長さん、アルとお買い物に行ってきてもいいですか?」と聞かれた時、断る理由を見つけることができなかったのは。
若く愛らしい少女に対して、一種の引け目を感じたからではないだろうか。
「……ばかね」
そこまで自己分析して、ミドリは思わず軽く溜息をついた。
モニタ対応の眼鏡を外し、首からチェーンを下げる。どさりと椅子に座り込むと、凝り固まった肩を揉み解すよう腕を上げた。
ちいさな爪で、とんとんとん、と机を叩く。目は、先ほどプリントアウトした資料を追っていたが、こころはあらぬ方向へと向いていた。
例えば、あの時。
だめよ、と言っていたら。
なにかが変わっただろうか?
けれど、そんな選択肢は最初から存在しなかった。少女はあくまでも『室長』に対し、研究員の外出の許可を尋ねたのだから、それに不可を言い渡すには、それ相応の理由がいる。
そんな理由はどこにもなかった。
けれど。
「……ばか、ね」
もう一度呟いて、疲れた瞳をそっと閉じた。
暗い瞼の裏に浮かんだのは、アルベルトのわずかに強張った顔。
いいわよ、と言った瞬間、彼はこころから驚いたような表情を見せた。
ミドリが許可を与えるなど、思ってもみなかったという顔。
その驚きにこそ驚いて、ミドリはつい、馬鹿なことを考えてしまった。
もし、だめよ、と言っていたら、果たして彼は、喜んでくれただろうか?
「ただいま帰りました」
凛とした声に、ミドリははっとして目を開けた。
立ち上がって戸口を見やると、先ほど出て行ったばかりの少年が、金の髪を乱して立っている。走ってきたのか、珍しく息が弾んでいた。
「……お帰りなさい」
反射的に答えて、ミドリは腕時計を見やった。先ほどから、わずか十五分しかたっていない。
早すぎる、と思ったと同時に、無意識にアルベルトの傍らに彼女を探した。
けれど、初々しい少女は、どこにもいない。
「あの子は?」
問うと、アルベルトは手にしたビニール袋をがさごそと探りながら、あっさりと「買い物に行きました」と答えた。
「あなたと一緒に行ったんじゃなかったの?」
「途中までは。ちゃんと、最寄のモールへのアクセスは教えました。メトロの入り口まで送ったし、大丈夫だと思いますよ」
「……そうじゃなくて」
幼い少女の可愛い好意など知らぬげなアルベルトに、ミドリは思わず溜息をつく。
その溜息を聞きつけて、アルベルトはにっこりとほほ笑んだ。
「そういうことです」
その言葉に、ミドリは思わず息を呑み、目を丸くする。
自分は、いま。
……安堵の溜息を、ついてしまったの?
そう自覚した瞬間、白い頬が見る間に赤く染まり、表情の乏しい彼女には珍しく、雄弁にその感情を伝えた。
アルベルトはにこにこと柔和にほほ笑みながら、買ってきたものを手にミドリへと近づく。
「ビタミン剤を買ってきました。あと、風邪薬」
「え?」
「ミドリは風邪のひき始め、必ずビタミンを欲しがりますからね。今朝から少し、喉の調子がおかしいようだったし、早めにケアした方がいい」
「……」
言われて自然と、喉に手をやった。そういえば、少し、痛む気がする。
自覚もなかった不調をあっさり見抜かれた気恥ずかしさに、少し眉を寄せると、その正面まで歩み寄ってきた綺麗な顔が、わずかに上向いた。
「自覚症状が出始めた?」
「……少し」
「そうか、じゃあ」
言って、アルベルトはしなやかな手を上げ、ミドリの薄いベージュの前髪をそっとすくうと、ほほ笑む。
「これを言うのは真に遺憾ですが……少々、屈んでいただけますか?」
「……」
その、かすかに悔しそうな口ぶりに。
思わず苦笑しながら、ミドリは言われた通り少し腰を屈め、熱を測ろうとする彼に額を預けた。
《お題21 『YES』》
◎365 Themes Ver.1~創造者への365題~様よりお題拝借
