恋までの距離




 東の空の稜線が、白々と明るくなってきた。
 その光を背に、バルトはひとり丘を登っている。
 彼は夜明け前の暗いうちに、そっと屋敷を抜け出して、ニサン郊外のある場所へと向かっていた。
 大聖堂をはるか遠景に、おだやかな丘陵地にあるそこは、バルトにとって思い出の場所だった。
 ニサンへと寄港した際、従妹が彼をともなって必ず訪れていたその丘には、一本の桜の木が枝を伸ばしてたたずんでいる。
 ニサンの街並みを見下ろすように、連綿と歴史を紡ぐその大樹は、バルトとマルーのふたりの歴史も、おだやかに見守り続けてきた。
 今後、二度とこの地を訪れることがないかもしれない――そんな思いが、いまのバルトを思い出の樹へと向かわせている。
 バルトの足取りはしっかりとしていて、まなざしには力があった。
 彼の人生を覆すほどの衝撃的な夜は明け、いまはただ、静かにその結果の朝を迎えている。
 誰よりも一番大切にしたかった少女を、最も手酷いやり方で裏切った青年は、けれど後悔も自責の念もなかった。何度考えても、ああすることが最良だったとしか思えない。
 マルーは、傷ついただろう。信頼していた従兄に裏切られたと、恨んでいるかもしれない。
 だが、それでいい。そうすることで生まれた距離が、痛みを越えて彼女を護る。
 ――――彼から。
「……変わんねぇなぁ」
 たどり着いた大樹の下、朝露に濡れる下生えの草を踏みしめて、バルトは古色蒼然とした樹皮に触れる。いまの季節、桜の樹には花はなく、若葉の緑も色あせていた。けれどまた、次の春には息を吹き返し、満開の薄紅に咲き誇るだろう。
 その光景を思い描きながら、バルトは背中を樹木に預け、腰を下ろす。見下ろす景色は明るく、鮮やかな湖面の輝きに目を細めた。
 一分でも、一秒でも長く、この景色を覚えていたい。胸を刺す感傷に、バルトは思わず苦笑する。自分を憐れむようなその笑みは、けれどもすぐにかき消えた。
 それから深く息を吸い、これからのことに思いを馳せる。
 ユグドラシルが帰還し、仲間のギアの調整が済んだら、アヴェへと凱旋する。すべての地均しは済み、腹心の部下たちが長年待ち望んでいた時が訪れるだろう。
 ――そして、次の瞬間。
 バルトは、彼に託された父王の遺志を継ぐ。
 そのことに迷いはない。おのれに課せられた定めは、王座奪還と同時に為すべき王座返上。ずっと、それだけを願い、生きてきた。
 その決断に、失望する者も多いだろう。命を懸けてバルトを護り、支えてきた仲間たちの中には、我欲で与していた者こそいないだろうが、自分たちの人生を賭けた矜持の先に、王者を求めることは自然な流れだった。
 おのれに忠義を尽くしてくれた者たちへの、最大の裏切りになるかもしれない。最も身近で彼を支え、尽くしてくれたシグルドやメイソンたちの気持ちを想うと――バルトは、彼らしくもなく心底からの怯懦に震えた。
 ――こんな時こそ、傍にいてほしい。
 うつむいて目を閉じ、こころに彼女を思い浮かべる。
 もう二度と触れられない、そのちいさな身体を力いっぱい抱きしめて、幼い頃のように不安を、恐怖を鎮めたい衝動に駆られて、バルトは我が身を嗤った。
「――……情けねぇな。無様な野郎だ」
 そんな自虐を呟きながらも、もはや想像の中でしか許されない従妹の姿を胸に抱き、バルトはゆるゆるとニサンの風に吹かれていた。

「――――若」

 ふと、桜の大樹が呼びかけたような、不思議な感覚に目を開く。仰ぎ見たそこには、やわらかな棗の髪を揺らして笑う、マルーの姿があった。
「――……末期だな」
 幻覚、幻聴。この恐ろしい症状が一時的なものでなかったら、今後の戦いにも差し支える。バルトは一瞬、シタン医師の怪しい薬に頼る未来の自分を思って、うめいた。
 そんな彼に、桜の大樹が見せる幻影は、いっそ恐ろしいほどに鮮明だった。
「どうしたのさ。ずいぶん早起きなんだね」
 からかうような声音。鈴を転がすような甘いそれに、バルトはいよいよ恐ろしくなる。
「マジで、勘弁してくれ……」
 自分の狂気がおぞましく、バルトは身震いするように首を振った。朝陽はだいぶ高く昇り、湖面に反射する光がきらきらと眩しい。その輝きを背に、少女はすぐ傍にたたずんでいた。
 手が触れるほど、傍に。
「わーか」
 そっと、ちいさな手のひらがバルトの額を撫ぜる。くしゃりと掴まれた金の髪が指に絡んで、引き攣れた感覚に目を見開いた。
 恐る恐る顔を上げると、まなざしの先に立つ少女は、おだやかなほほ笑みを浮かべていた。
 幻ではない。そのことにようやく納得したバルトは、けれど信じられずにただ無言で彼女を見つめ続けた。
 マルーは、そんなバルトの視線の先で、じっと黙っている。なにかを言うならば、彼の方からだと、頑なにこころ決めしているように。
 バルトは震える息を吸い、それから吐き出した。
「マルー」
 呼気とともに囁かれた名前は、平素の彼からは信じられないほどか細く、弱々しい。けれどもこころの底から求めるようなその音に、少女は愛おしげにほほ笑んで答えた。
「なぁに」
「……うそだろ、おまえ……」
「なにが?」
「おまえ……マジで、ここにいるのか、もしかして」
 ずいぶんと間の抜けた問いに、マルーは思わず笑い声をあげる。
「やだなあ、若。ボクがユーレイじゃないかって思ってるの? ちゃぁんと生きて、ここにいるよ」
「――……!」
 屈託のないマルーの様子に、バルトはようやく我に返った。それと同時に、絶望する。
 彼に対する彼女の妄信は、想像以上に深刻だった。バルトはもう一度、人でなしを演じる必要がある。
 その事実に、バルトの中でなにかが狂った。

「――……おまえ、覚悟できてんだろうな」

 獲物を前にした肉食獣のように、牙を剥き爪を研ぐ問いかけに、マルーは静かなまなざしを向ける。敬虔な殉教者のようなその顔に、バルトは暗澹たる怒りを感じた。
「俺のこと舐めてんのか? どうせ口ばっかでなにもしやしねぇとタカくくってんなら、すぐに後悔することになるぜ」
 海賊家業に身をやつしてきた半生で、こんな台詞は飽きるほど吐いた。時には有言実行とばかりに荒事にも興じた。バルトの本気の圧力に、大の男が真っ青になって逃げだすこともしょっちゅうあった。
 なのに、なぜ。
 幼い風貌の華奢な少女は、ただ穏やかに笑っていられるのだろう。
 ちっとも脅しのきかない相手に、バルトはますます苛立った。完全に足元を見られている――どうせ若は、そんなこと言ったって本気じゃない。そんなふうに、見透かされている。
 ――――だったら。
 思い知らせるしか、ないじゃないか。
 凶暴な自我に飲み込まれるように、バルトの鍛えられた腕が蛇のように鋭く動き、無防備に立っていたマルーのそれを掴んで引いた。呆気なく倒れこんだ彼女を下生えの草地に押しつけて、覆いかぶさる。昨夜の再現のようなそれは、強烈な朝日に照らされて悪夢のように鮮やかだった。
「……なに考えてる」
 じっとこちらを見上げる蒼い双眸。そこに恐怖も脅えもないことに気づき、バルトはうめいた。
 マルーはじっと、バルトを見つめている。清らかなその顔は、バルトの横暴をすべて受け入れる覚悟をしているようだった。
 ――――その、潔さに。
 バルトは、自分の中の手に負えない獣が咆哮する声を聴いた。

  イイジャネエカ、ウバッチマエヨ。コイツナシジャ、イキラレネエンダロ? 

 獣の囁きは、どこまでも甘美だった。自分の弱さに目を瞑り、マルーの強さに全力ですがって貪りつくし、彼女をからめとってしまえれば、ことはどれだけ簡単だろう。
 けれどそれでは、バルトの中で、なにかが永遠に死んでしまう。
 おそらくは、――――『恋』が。
 
「――……おまえが死んじまうと思った時、俺は気づいたんだ……」

 マルーに覆いかぶさりながら、バルトは静かに語り始めた。脅しにも屈さず、ひたすらにバルトへ殉じようとする清廉な少女を、これ以上奪わないために。
「俺は、お前が死んだら生きていけねえ。――情けないが、それが真実だ」
「……」
「女々しいだろ。馬鹿言ってんなって思うよな。……でも、そうなんだよ。俺は、おまえがいないと生きられねえ」
「……ボクもだよ」
 マルーの言葉に、バルトは笑った。泥の中でもがくような、悲壮な笑みだった。
「おまえのそれは、ガキの頃からの刷り込みだよ。思いこまされてんだ――トラウマってやつに」
「違うよ、そんな……」
「そうなんだよ。おまえはガキの頃、俺に庇われたことをずっと恩に感じてる。自分の非力を嘆いて、俺のために、俺のために……って、自分自身を呪ってる」
「……」
「そう、呪ってんだ」
 吐き捨てるように言って、バルトは身を起こした。草地に寝転ぶマルーを一瞥し、憐れむように笑う。
「かわいそうにな。おまえは、自分のせいじゃないことでずっと苦しんで、苦しんで……いつの間にか、俺のためならなんでもできるって気になっちまった」
 命すら惜しまない。そんな彼女がもしも、バルトの中に芽吹く生々しい欲望に気づいたら――
「……俺は、これ以上おまえの傍にいると、おまえに無理強いしちまう。俺は男で、おまえは女で、俺は……おまえからなにもかも奪っちまうだろう」
「…………」
「おまえはそれを受け容れるよな。俺のためになんでもできるって、そう思い込んでるから。でも……俺は、そんなことさせたくない。だから、ユグドラから降りろと言った。ニサンで静かに、幸せに暮らしてほしい。俺の――手の届かないところで」
 最後の囁きは、まるで祈りをささげる殉教者のように悲壮なものだった。バルトはすべてを言い終えると、視線をマルーからニサンの空へと向けて、ちいさく息をついた。
「……元気でな、マルー」
 今生の別れは、せめていつも通りに。バルトの最後の矜持は、けれど強く強くつかみしめられた腕の痛みによってかき消された。

「――痛っってェっ!!」

 握力の代わりに、嫌というほど爪を立てられている。バルトは思わず叫んで振りほどこうとしたが、全身の体重をかけてこちらに挑んできたマルーにバランスを崩されて、無様に背中から倒れてしまった。
 バルトの身体に乗り上げて、マルーは真剣なまなざしを燃やしている。きらきらとゆれる碧玉の双眸は、恐ろしいほど強くうつくしく、バルトを射抜いて離さなかった。

「――――若の馬鹿! 大馬鹿!!」

「……な、」
「なんだよそれっ! ボクのこと、馬鹿にしてるの!?」
「ン…なわけねぇだろっ!」
「じゃあ、なんで……なんで、ボクの気持ちを知ったふうに決めつけるんだよ!」
 バルトの胸ぐらをつかんで、マルーは絶叫した。目を見開くバルトの顔に、ほたほたとなにかが落ちてくる。
 それは、何年ぶりに見るだろう、マルーの涙。
 幼い頃、バルトの背に庇われ、自分の無力を思い知った時から、彼女が彼女自身に禁じていた、熱い涙。
 それがいま、慈雨のようにバルトに降り注ぐ。
「刷り込みってなんだよ……トラウマってなんだよ! 知ったふうなことばかり、若はなんにもわかっちゃいない!」
「マルー……」
「呪いだって!? ボクが若のことを想う、この気持ちが呪いだっていうのか! 馬鹿にするなよ!!」
 ぼろぼろと泣きながら、マルーは子どものように顔を真っ赤にして、真剣に怒鳴る。掴んだバルトの胸倉を渾身の力で握りこみ、言葉と一緒に上下に振った。
「ボクがかわいそうだっていうなら、若だってかわいそうだ! ボクがいないと生きられないなんて、そんなふうに感じる若だって、十分呪われてるじゃないか!」
「……!」
「若だって呪われてるんだよ、かわいそうなんだよ、刷り込まれてんだよ! ボクたちはふたりとも、とっくの昔に普通じゃないんだ!!」
 ドン、と強くバルトの胸を叩き、マルーはがくりと項垂れた。棗の前髪に隠れた瞳から、真珠のようにきらめく涙が朝日に照らされて零れ落ちてくる。
 バルトは呆けたようにそれを見つめ、それから無意識に手を伸ばした。
 バルトの指先で、涙の珠が弾いて流れる。そのままゆっくりとマルーのほほを包み込むと、逆らわずにマルーが顔を上げた。
 おおきな碧玉の瞳が、ゆらゆらと揺れてバルトを射抜いた。

「――――ゆるしてよ、しあわせなんだ」

 その囁きに、バルトが目を瞠った。マルーはバルトの手にすり寄るようにほほを寄せ、ちいさな両手でそれを掴む。
「なにが原因でこうなったのかなんて知らない。でも、ボクは若といることが幸せなんだ。不幸に見えたってかまわない。だって……幸せなんだもん……!」
 まぶたを閉じると、新たな涙がポロリとこぼれた。
 バルトはゆっくりと身を起こす。彼に乗り上げるようにしていたマルーは、いとも簡単にその胸に抱かれて、すっぽりと彼の腕に包まれた。
 バルトはその手を離さずに、ちいさなマルーを抱きしめた。

「……泣くな、マルー」

 幼いころ、傷ついたバルトを想って泣きやまないマルーにかけていた言葉。鞭打たれる痛みよりも、踏みにじられる矜持よりも、その涙が辛くて、悲しかった。
 いつからか、自分が傷つくことよりも、彼女が傷つく方が苦しくなった。それは彼女も同様で、共依存のようないびつな関係が、こころのどこかを蝕んでいた。
 お互いがあまりにも大切で、他とは比べようもない感情を、なんと表現していいかわからない。恋というには重すぎて、愛というには暗すぎる。他にどんな言葉があるのか、バルトにもマルーにもわからなかった。
 ただ、ふたりだけ。自分たちにしか通じない想いが、感情が、ここにある。
 たとえそれが、呪いだとしても。

「――――おまえをまるごと、俺にくれよ」

 胸の中で、静かな鼓動が響いている。あれほど荒れ狂っていた狂気が、嘘のように凪いでいた。
 口にした言葉は、恐ろしいほど率直で。マルーには拒否権も、選択権すらもないと、理解していた。
 ――けれど、それを幸せだというのなら。
 互いに繋がれたいびつさを、許してくれと泣くのなら。

「そのかわり、俺もまるごとおまえにやるよ」

 ふたりで、落ちるところまで落ちてみよう。
 それが恋じゃなくても、愛じゃなくても、それしかいらないとこころが叫ぶのなら。
 抱きしめた身体はしっとりと暖かく、じんわりと濡れた胸元は、マルーの涙を吸って重い。マルーは力いっぱいバルトにしがみつきながら、ちいさく震えていた。
 やがてやわらかなニサンの風が、ふたりを慰めるように包み込む。桜の葉擦れの音がさやさやと降り注ぎ、輝く湖面のプリズムが、抱き合う彼らを祝福するようにはじけた。
 マルーのやわらかな棗の髪にほほを寄せて、バルトは満ち足りた吐息をつく。その胸の動きに、マルーは少しだけ力を入れて身体を起こした。バルトはそっと腕の戒めを緩め、くしゃくしゃになった彼女の前髪の奥からのぞく、碧玉の瞳を探り当てる。
 かわいそうなほど赤く染まった目じりには、もう涙はなかった。
「――――遅いんだよ、若は」
 か弱い涙声のくせに、ずいぶんと鼻っ柱の強い台詞に、バルトは思わず噴き出した。
「……俺は、おまえの親分だからな。おまえの考えが足りねぇところをよく吟味する責任があるんだよ」
 からかうように言って、その赤く染まった鼻先をつんとはじくと、マルーはむくれたようにくちびるを尖らせる。
「そういうの、下手の考え休むに似たり、っていうんだよ」
「なんだと? 馬鹿言え、俺は……」
「最初から、ちゃんとボクと話し合ってれば、こんなこじれることなかったのに」
「……いや、それは……」
 理詰めで責められると、直情型のバルトは旗色が悪い。けれど、マルーが自分のために傷つき、死んでしまうかもしれないと一瞬でも感じたあの恐怖を、理屈で説明しろというのは無理だ。

「……いつかおまえが『女』になった時、手離してやれる自信がなかった」

「え……?」
 ぽつりと呟かれたバルトの言葉に、マルーは驚いたように目を丸くした。バルトは彼女から視線を外し、遠いニサンの大聖堂を見つめながら言う。
「いま、おまえが自分の中の『女』を拒んで俺の傍にいるのは知ってる。俺の力になりたいってがむしゃらになって、俺のためなら命を懸けるって……そんなおまえの献身に付け込んで、俺がおまえを求めた結果、いつかおまえが『女』として他のやつに惹かれた時――――解放してやれる自信がなかった」 
「……」
「おまえが俺のことを、信頼や家族愛で慕ってるのはわかってる。だから、おまえのこころが成長しないうちに、俺が未来を決めちまうのは……卑怯だと思った」
 自嘲気味にくちびるを歪め、バルトは再びマルーに向き合った。
「だから、逃げようと思ったんだよ。おまえから……いや、自分の汚い感情から」
 情けねぇな、と呟いたバルトのほほに、マルーのやわらかな手のひらが添えられた。くんと背伸びをして、マルーがそのくちびるをそっと寄せる。まるで慈母の許しのようなキスは、バルトの強張ったほほに落とされた。
 バルトの視線の先で、マルーはあでやかに笑った。

「――わかの、ばーか」

 飛び切り甘い声でそう言って、マルーはいままでバルトが見たこともない顔を見せる。
「ボクのことも、自分のことも、見くびりすぎなんだよ、若は」
 それからふと、子供の頃からよく知るいたずらっぽいまなざしになって。
「ボク、そんなにやわじゃないぞ。若に守ってもらわなくったって、このこころはボクのものだ」
「……だな」
「そうだよ。それに、まだ見ぬ未来のライバルに早々に白旗上げるなんて、海賊の頭領らしくないなあ」
「……なんだと?」
 からかうようなマルーの口調に、バルトはぴくりと眉を上げる。そんな彼に、マルーはふふんと鼻を鳴らした。
「いつかボクが、若以外の『誰か』を好きになるなんて――やっぱり、若の考え休むに……」
 小生意気なことを言うくちびるを、バルトは素早くふさいでしまう。
 あの、嵐のような激情をぶつけたキスよりも、だいぶ優しくて、だいぶ丁寧で、だいぶ――――

「…………海賊らしいだろ?」

 長々としたくちづけのあと、バルトは言って、ぺろりとくちびるを舐める。マルーは酸欠になりそうな胸を弾ませて、ぐったりと彼の腕にもたれかかった。
「……もー……いじわる……」
「俺をからかうなんざ、十年早いんだよ」
「なんだよ……さっきまで、自信ないって言ってたくせに……」
「あー……忘れたぜ、ンなこたぁ」
「勝手だなー、もう」
「そうだよ」
 赤い顔をしてこちらを睨んでいるマルーに、バルトは久しく見られなかった、彼らしい太陽のような笑みを向けて言った
「勝手なんだよ、俺もおまえも。相手の都合なんかお構いなしで、欲しいもんに手を伸ばせばいい」
「……うん、そうする!」
 マルーは心底嬉しそうに笑って、再び降りてくるバルトのくちびるを受け止めた。





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