恋までの距離
正直、これは夢じゃないかと思った。
情けない告白だが、こういう類の夢はよく見る。
自分の力不足を嘆くこころが、一番効果的な方法で、無意識にオドシをかけてくる悪夢。
場面はいつも薄暗い。あの日の牢獄に似ている。
腕の中に隠していたものが、あっさりと敵の手に渡っていて。
確かにこの手にあったぬくもりを、いともたやすく奪われる。
血も凍るような恐怖の瞬間、絶叫も出てこないほど震えた俺ののどが、ちいさく名を呼んだ。
「 」
伸ばした手は空をつかむ。
その先にある白い顔は、ぐったりと目を閉じて。
それを押し包むように抱えるその腕には、血の色にどす黒くにじんだ鞭が握られていた。
オマエ、オマエ モット、モット モットツヨクナラナケリャア、イケナイヨ
あざけるような声が響く。
振り上げられた鞭の先から、誰かの肌を裂く音がした。
どこかから響いてくる獣のような咆哮は、なぜか俺ののどを震わせていた。
モット、モット モットツヨクナラケリャ ソウシナケリャア、イケナイヨ
強くならなければ。
大事なものが、消えて無くなる。
誰が守ってくれる? 俺の大事なものを。
誰も守ってくれやしない。
そんなことは思い知っている。
もう二度と、あんな思いをしたくない。
俺が守るしかないんだ。 あいつを。
情けない告白。夜眠るのが怖かったころ。
なんでもないふりをして、いつもあいつを枕元に呼んでいた。
眠くなるまで話を聞かせて、幼いあいつがこくりこくりと目を閉じたら。
『しょうがねえなぁ』
精一杯の兄貴風を吹かせて、自分のベッドに引きずりこんだ。
あたたかな子どもの体温は泣き出したいほど甘くて、すがりつくように抱きしめる。
眠くて眠くて仕方がない顔で、安心したように睫毛をふせたあいつは。
『わかぁ……おねがい、ぎゅってして……』
いつもよりも舌ったらずな囁きで、いつもよりも素直に、心細さをさらけ出す。
俺の子分とうそぶいて、なんの心配もないような顔で、日々を過ごしていたくせに。
こんな時だけ、甘えた声で俺にすり寄る。
『しょうがねえなぁ』
そう言いながら俺は、あのちいさく細くあたたかな身体に、ずっとずっと、すがりついていた。
無様に震えてしまわないか、いつも不安だったその両手で、ぎゅっとあいつを抱きしめていた。
こうしていれば、夢は見ない。
おまえが消える、夢は見ない。
情けない告白。
おまえなしじゃ、夜も眠れなかった頃の話だ。
だからこれも……いつもの悪夢なんだろう?
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