ANNIVERSARY WITH YOU


 その年頃の男の子にとって、憧れの人といえばやはり、常に身近にいる人物が圧倒的で。
 彼の場合は、ごく普通の少年に比べても、身近で世話を焼いてくれる年上の女性には事欠かなく、そういう意味ではよりどりみどりだった。
 けれども、目下のところ幼い彼の心を一番強く掴んで離さないのは、年を重ねても若さと美貌を失わない、永遠の聖母。
 血を分けた実の母親が、幼い彼の最愛の人物だ。
「えーじゃあ、うちのかあさんは?」
「キュウは、美人だしやさしいし大好きだ。だけど、おかあさんにくらべたらなあ」
 彼は、細い腕を難しげに組み、ぷらぷらと足を振りながらバルコニーの手すりに座っていた。その傍らで、手すりにひじを乗せて彼を見上げているのは、年の頃なら同じくらいの、少年。
「そうかなあ。ぼくは、うちのかあさんが世界いちだと思うけどなあ…あっでも、とうさんもだいすきだよ」
 そう言って笑う琥珀色の髪の少年に、手すりに座っていた少年は肩を越す柔らかな金髪を揺らして、傲然とあごをそらした。
「ばーか。いま話してんのは、一番すきなひと、だよ。二人いたら、一番にならないだろ」
「だって、ぼくどっちも好きだもん」
「そういうの、『ゆうじゅうふだん』ってんだぞ」
「えーだったらエドは、自分のおとうさんのこときらい?」
 琥珀の髪の少年の無心な質問に対して、金髪の少年は憮然とした表情を見せた。幼いながらも、その容貌は彼の父親に生き写しで、特にそんな顔をしていると、まるで彼のミニチュアだ、と、笑ったのは誰だったか。
「きらいじゃねーよ。でも、男ってのはどっちか決めなきゃならないときがあるんだ」
「ふうん……なんだかむずかしいね」
 のほほんと呟いて、琥珀の髪の少年が視線を庭に向ける。花も盛りのこの季節、強烈な太陽光線を浴びた庭園の花々は、眼に鮮やかだ。
「こんなところにいたの、ふたりとも」
 と、背後からかかった声に少年たちはくるりと振り返る。
「かあさんっ」
 琥珀の髪の少年が、嬉しそうに言って母親に駆け寄った。彼を優しく抱きとめながら、すらりとした長身の涼しげな女性が、手すりに腰掛けている金髪の少年にまなじりを上げる。
「エドさま! 危ないですから、手すりにのぼってはいけませんと、申し上げましたでしょう!」
「だって、こんなとっから落ちたってへっちゃらだよ」
 手すりの下には芝生が広がり、さらに一階なので高さは二メートル弱。少年の言葉に、女性はきゅっと眉根を寄せた。
「いけません。万一ということがあります。絶対にケガをしないという保証はないんですよ」
「でも、こないだおとうさんが、ここから飛びおりて中庭を走ってっちゃったの、見たよ」
「……」
 少年の言葉に、女性は思わず言葉に詰まった。軽くこめかみを押え、だからあれほどおやめくださいと言ったのに、とか何とかぶつぶつ呟きながら、困惑したように目をつぶる。
 そんな彼女らの背後から、笑いを含んだ声が上がった。
「お父さんの真似なんかしちゃダメだよ、エド」
「おかあさんっ!」
 ぱっと表情を明るくさせ、金色の少年は身軽に手すりから飛び降りた。その器用な様子に、小言をとどめた女性が嘆息をつく。
「このぶんでは、二階の手すりからでも平気で飛び降りてしまわれそうですわね」
「若がすれば、真似するね」
 くすくすと笑って、飛び込んできた息子を抱き留める女性を振り返り、ブロンズグレイの髪をきちんと結い上げた女性が言う。
「大教母様、笑い事ではありませんよ! もし、エドさまの身になにかあれば…」
「ごめんごめん、キュラン。そうだね、キュランの言う通りだ。こら、エド! 危ないことしちゃダメでしょう」
 軽く自分の額をつつき、優しい声で叱る母親に、少年は悪びれず言う。
「あぶなくないよ。こんなとっから落ちたって、ケガなんかしねーもん」
「あ~、知らないなエド。昔々、このバルコニーから落っこちて、足首をひねって一週間、ずーっとベッドで寝てなきゃいけなくなった、男の子の話」
 悪戯な瞳で、母親が笑う。少年はきょとんと目を丸くし、それから不安そうに眉を寄せた。
「ほんとう?」
「ホント。その子もね、エドみたいに大人の言うこと聞かなくて、手すりに登っていたんだって。そうしたらある日、つるって滑って落っこちて、大変な目にあったんだよ」
「その子、泣いたの?」
 いつのまにか、キュランの手を引いてこちらにやってきていた琥珀の髪の少年が、恐る恐る尋ねた。その質問に、何故だか面白そうに笑って、マルーが首を振る。
「ううん。泣かなかったって。だけど、すっごくすっごく痛かったって、言ってたよ」
「おかあさん、その子のこと、知ってるの?」
 息子の質問に、マルーが頷く。
「知ってるよ。エドにそっくりの、男の子だよ」
「ふうん……」
 神妙に頷いて、エドは母親の手にからみついた。何だか、自分だけの母親が、違うところを見ているようで、悔しくて。
「だから、もう手すりにのぼっちゃダメだよ、わかったね、エド」
「……はぁーい」
 存外素直に頷いた息子の額に、マルーは身をかがめて優しいキスを落とす。その傍らで、キュランがため息と共に呟いた。
「大統領も、エドさまくらい素直にお聞きになって下さればいいのに…」
「あはは、キュランってば。でも、まあそうだね、エドのこともあるし、ボクからガツンと言っておくよ、今度…」
 そう言いながらも、マルーはわずかに表情を曇らせた。余人ならば気がつかないであろうそんな些細な変化ですら、彼女の息子は敏感に反応し、心配そうに顔を上げる。
「おかあさん…? どうしたの?」
「え?」
 驚いたように、マルーが目を丸くする。そして、自分を見上げて心配そうにしている息子の頭を優しくなでてやると、穏やかな微笑みを浮かべた。
「どうもしないよ、大丈夫、エド」
「……でも……」
「何でもないんだよ。ただ、このところお父さん、ちょっと忙しそうだから、すぐにはお説教できないなあって思っただけ」
「まあ、では明日は……」
 ふと、口をついて出たキュランの言葉に、エドがきょとんと顔を上げる。マルーはキュランを振り返って、軽く首を振った。
「ううん…多分ダメ。仕方ないよ、本当にこのごろ忙しそうだし」
「…そうですか…。でも、せっかく『特別な日』なのに」
「……うん」
 頷いて微笑む母親の顔が、どうしようもなく寂しげに見えて、エドは『特別な日』とはなにか、問い掛けようと口を開いた。
 だが、その瞬間隣室から大きな泣き声が響き、マルーとキュランが顔を見合わせる。
「あらまあ、起きちゃったね、うちのお姫さまが」
「そろそろ起きられる時間でしたし。何か恐い夢でも見たのでしょうか、今日はいつになく泣き方が派手ですわね」
「また、この声を聞きつけて若やシグたちが仕事をほったらかして駆けつけると悪いから、さっさと宥めに行こうか」
「そうですね」
 くすくすと笑いながら、母親たちが部屋を出ていく。その後を無心についていこうとした琥珀の髪の少年の服を、エドがむんずと引き寄せた。
「ユーリ、待て」
「え? なあに?」
「あのな、お前な…『とくべつなひ』って、なにか知ってる?」
「とくべつなひ?」
 ユーリは、父親譲りの可愛らしい顔をきゅっとしかめて、う~んと天井を仰いだ。どこかのんきな性格の彼だが、エドにとっては最も信頼に足る友人だ。
 だが、いくら考えたところで、ボキャブラリーも貧困な幼児の悲しさ、結局軽く首を振って落胆に肩を落とす。
「ダメ、わかんないや。かあさんに聞いてみよう」
「ダメだ、おかあさんやキュウには聞けない」
「どうして?」
 不思議そうに首を傾げるユーリに、エドはしかつめらしく腕を組む。
「だって、なんだかおかあさん、『とくべつなひ』って言うと、悲しそうだった。おれ、おかあさんのあんな顔、見たくない」
「悲しそう? 大教母さま、悲しそうだったの?」
「うん…おれにはわかるんだ。おれ、おかあさんのことならなんだってわかるよ。おとうさんよりもな」
 言って、誇らしげに胸を張る少年は、多忙で不在がちな父親よりも、母親との時間を大事にしている自信がある。
「へえー、すごいね。ぼくは多分、とうさんにはかなわないや」
 言いながら、ユーリはえへへと笑った。そんな彼に、エドはなにやら複雑な視線を向けて、ため息をつく。
「…ホント、おまえってのんきなー」
「うん、よく言われる。でも、ねえ、じゃあどうする? だれかほかのおとなのひとに聞く?」
 建設的なユーリの言葉に、エドはしばし考えるそぶりを見せた。それからひとつ頷いて、ユーリの腕を引いて部屋を出る。
「どこいくの?」
「いつもんとこだよ」



 辿り着いた先は、官邸内の一角にある、ニサン正教のシスターたちの詰め所。勝手知ったるなんとやらで、少年たちは難なくそこへの潜入を果たした。
「まあ、エディスバルト様、それにユリシーズも。ようこそいらっしゃいました」
 出迎えてくれたのは、古参シスターを束ねる女性。実年齢の何倍も若々しく見える彼女は、穏やかな眼差しで二人の少年を手招いた。
「せっかくいらしていただきましたが、アグネスは今、ちょっとお仕事があって手が離せません。お二人とも、こちらでお菓子をお召し上がりになって、お待ち下さいね」
「うん」
 上機嫌に答えた少年たちに、シスターアグネスは優しく微笑んでから、室内に控えていたシスターに目線で合図して部屋を出ていく。
「アグネスって、いっつもいそがしいのな」
「ねー」
 そんなことを言い合う少年たちに、暖かなアッサムミルクティーと手作りのパンプキンマフィンを給仕した若いシスターは、苦笑して肩を竦めた。
「アグネス様は、正教の民間事業にも携わっておいでですから…」
「みんかんじちょう?」
「じぎょう、だよ」
 ユーリに突っ込みを入れた後、エドが若いシスターを見上げる。
「なあ、みんかんじぎょうってなに?」
「民間事業といいますのは、つまり…ええと…」
 若いシスターは、困惑したように眉根を寄せた。子供相手に優しい言葉を選ぼうとすると、どうも仕事内容が浮かびにくい。
「そうですね、たとえば、特別な日に携わる仕事、といいましょうか…」
「とくべつなひ?!」
 思いがけない言葉に、エドとユーリはそろって声を上げた。びっくりしたように目を丸くする若いシスターに、エドが問い掛ける。
「と、とくべつなひって、なに?」
「え? 特別な日ですか?」
「そう! なんなの? それ」
 二人の少年に興味深げに問い詰められ、若いシスターは更に困惑した。しかし、年少とはいえ相手は自分たちの主である方の息子。いいかげんな答えや、ごまかしなどは浮かばない、年若い彼女だ。
「ええと…つまり、特別な日、というのは、ご結婚をされていた二人が、神の許しを得て、お互いに別々の道を歩む日のことです」
「べつべつの…みち?」
 いぶかしんだようなエドを仰ぎ見て、ユーリが真ん丸の目をさらに丸くした。
「エド! ぼくしってる、それって『りこん』って言うんだよ!」
「りこん?」
 きょとんとしたエドの傍らで、若いシスターが困ったように遮る。
「そういう言い方は、正教内では避けられるのです。ですから、『特別な日』、もしくは『出発の日』と言います」
「どうしてさけられるの? 悪いことばなの?」
 見上げるエドの碧玉の瞳に、若いシスターは言葉に詰まった。純真な子供の目は、大人の建前など簡単に吹き飛ばしてしまいそうで、ほとほと困り果てて首を振る。
「ええと…悪い、というか、そうですね、あまり良いことではありませんね…」
「どうして? りこんってなんなの?」
「それは、つまり…元は夫婦だった者たちが、他人に戻る、と言うことです。ニサン正教では、一度神の御許で生涯を誓った夫婦が、離別するのは禁じられています。けれど、世の中にはのっぴきならない事情と言うものがございまして…」
 しどろもどろと解説する若いシスターの言葉は、後半部分は全く聞いてもらえなかった。ぽかんと口を開けたエドとユーリは、互いを見やりながらどちらからともなく呟く。
「たにん…たにんになる?」
「ねえ、それってもう、いっしょにはくらせないってこと? はなればなれになるってこと?」
「ええ…そうですね」
 頷いたシスターの言葉に、エドの顔色がさあっと青くなった。彼は急いで椅子から飛び降りると、若いシスターの膝元に飛びついて叫ぶ。
「ねえっ! それってどうやったらやめられるの?! どうやったら、『とくべつなひ』をやめることができるの?!」
「え? …そうですね、やはり、夫婦二人ともが自分たちの考え方を改め、神に誓った生涯の愛を思い出すことですね。私たちシスターは、特別な日を迎えようとする夫婦に、もう一度考え直すよう、説くことも仕事なのです」
 シスターの言葉に、エドはなにかを考えるように唇を閉ざした。そして、あいさつもそこそこに、ユーリの腕をぐんと引っ張って部屋を飛び出していく。
「あっ?! エディスバルト様、ユリシーズくん!」
「ごめん! おれたち用事おもいだしたんだ、アグネスにそう言っといて!」
 振り向きざまに叫んで、エドはユーリと一緒に、一目散に駆け出していった。



 秘密基地。アヴェ国大統領官邸内の荘厳な中庭の一角を、少年たちはそう呼んでいた。
 巨大な楠の木が枝を茂らせ、ちょうど子供二人分、ゆうに入れるほどの洞を隠している。エドとユーリは、息を弾ませてその中に入っていた。
「……エドぉ…」
 心細げに名を呼ぶユーリに、エドは唇を噛んでいる。少年たちが手にした真実は、いまだ幼い彼らには耐え切れないほど重いものだった。
「ねえ、エド…」
「………」
「し、しんぱいないよ! 大統領と大教母さまが、りこんなんかするはずないって!」
 エドを元気付けるように、ユーリがことさら明るく断言する。だが、エドは沈痛な面持ちで首を振った。
「…わかんないよ…だって、おかあさんこのごろすごくさびしそうだもん。いつも、おとうさんは仕事仕事って言ってさ…」
「だ、だって…それはしかたないって、うちのとうさんが言ってたよ。たまたま、大教母さまと大統領のお仕事の『スケジュール』があわないんだって」
 だから、うちの父さんたちだってこのごろ一緒にいないよ。ユーリはそう言って、エドを必死で慰めようとしていた。
 しかし、エドは頑なに首を振って、俯いた顔を膝頭にうずめる。
「だって、キュウだって言ってたじゃないか。明日はおかあさんたちの『とくべつなひ』だって…もう、決まっちゃったんだよ…だからおかあさん、悲しそうだったんだよ!」
 そう言って、必死に泣くまいと肩を震わせるエドに、ユーリは何と声をかけて良いのかためらった。ただ、その小さな手を、以前父にしてもらったのを思い出し、エドの頭に乗せてやる。優しくなでてもらうと、悲しいのが消えていくのを知っていたから。
「……」
 しばらくした頃、ユーリは震えの止まったエドの金色の頭を見やって、一つ頷いた。
「エド! じゃあ、ぼくたちで『とくべつなひ』をなくしちゃおうよ!」
「……?」
「シスターも言ってたじゃないか。『とくべつなひ』をなくすことも、仕事だって。シスターたちができるなら、ぼくたちだってできるよ! ね?」
 力強くそう言って、エドをまっすぐ見つめるユーリに、エドは泣くまいとかみ締めていた唇を解いた。潤んだ眼差しを上げて、すぐ近くにある乳兄弟の深緑の瞳を見つめる。
「……そうか」
 やがて、エドは彼らしい生き生きとした表情を取り戻した。誰もがそこに彼の父親を想起するような、力強くたくましく、覇者の貫禄とも言える眼差しでもって、ユーリに頷き返す。
「そうだよな! そうすれば、おかあさんは悲しまないですむんだよな」
「そうだよ! だいじょうぶ、エドならできるよ。ぼくも協力する」
「さんきゅ、ユーリ!」
 嬉しそうに笑って、エドはユーリの肩を軽く小突いた。ユーリも同じように返し、少年たちは明るい表情で顔を見合わせる。
「さて! じゃあ、作戦会議だなっ」
 俄然やる気を漲らせて、幼い割に聡明だと評判の、自慢の頭を回転させる。そんなエドをわくわくとした表情で見やって、ユーリは楽しそうだ。
「まず、さっきのシスターの話をおもいだそう。たしか、かみにちかったえいえんの…なんだっけ?」
 機転は利くが、記憶力の乏しいエドを助けるように、ユーリがすかさずフォローを入れる。
「えいえんのあいだよ。それをおもいだすのがいいんだって」
「そか。…で? えいえんのあいってなんだ?」
「えー? ……えーと、えーと…」
 所詮は生まれてまだ数年。少年たちはさっそくぶち当たってしまった第一の関門に、それぞれ難しそうに腕を組んで首を捻る。
「えいえんのあいかあ…あ、思い出した! 『あい』っていうのはさ、あんまり使っちゃいけないことばだ!」
「え? じゃあ、悪いことばなのか?」
 いぶかしげなエドに、ユーリは小首を傾げて眉を寄せる。
「う~ん、たぶん違うよ。だって、うちのとうさんが使ってたもん」
「あいってことばを?」
「うん。このあいだごはんのときに」
「えー、ごはんのときに言うことばなのかよ」
「ううん。だからさ、かあさんが怒ったの。なんだっけ、て…てーぴーおー? を、考えろって。まっかになって怒ったの」
「ふうん…なんだろうな、てーぴーおーって」
「さあ?」
 首を傾げて、ユーリは肩を竦める。
「でもさ、その後とうさんに聞いたんだ。『あいしてる』ってことばは、かんたんには使っちゃいけない、だいじなことばなんだって。それってね、すっごくすっごくすきだよーって意味なんだって」
「すっごくすっごく、すき?」
 ユーリの言葉に、エドはくるりと瞳を回した。彼の回転の速い頭脳が、素早く答えを導き出す。
「わかった! じゃあ、おとうさんがおかあさんに、あいしてるって言えばいいんだ」
「うん、そうだね! すっごくすっごくすきなら、りこんなんかしなくてすむもんねっ」
 嬉しそうにユーリが手を叩く。エドは鼻の下を少しこすって、得意げに笑った。
「へへっ、そういうこと。まあ、おとうさんよりもおれの方が、おかあさんのことすっごくすっごくすきだけどな。ここはしょうがないから、おとうさんにゆずってやるよ」
「エド、おとなだね」
「もう、おにいちゃんだからな」
 妹が生まれてからというもの、エドは周囲の大人からこう言われることが多かった。それはなにかを我慢したり、諦めたりしなければいけないときに良く聞くもので、内心あまり好きな言葉ではない。
 だけどこの時は、自分がなんでもできる大人の男になったような、不思議な自信をエドに与えていた。
「じゃあ、どうやって大統領に、『あいしてる』って言わせる?」
 現実的な疑問に首を傾げたユーリに、エドは細い腕を組んだ。
「それだよな。今までそんなこと言ってるおとうさんなんて見たことねーし…ユーリ、おまえんとこはどうだ?」
 言われて、ユーリは女の子のように愛らしい瞳をくるりと上向かせた。
「うーん、うちはけっこう聞いてるよ。かあさんが、とうさんのためになにかしたりすると、とうさんすっごくうれしそうになるの。それで、あいしてるよってたまに言うの。でもね、それを言われるとかあさん、まっかになって怒るんだよ」
「キュウは、あいしてるっていわれるの、好きじゃないのかな」
「どうなのかなあ。でもかあさん、怒ったあとはにこにこしてるよ」
 不思議な夫婦の図を垣間見たようで、幼い少年たちは互いに首を傾げた。
「こまったなあ。あいしてるって、どういうときに言うことばなんだろ」
「う~ん…参考になりそうなおとなは、ミーシュくらいだけど…」
「とうさんなら、今日は東館の執務室にいるよ」
「仕事中にあそびにいくと怒られるだろ」
「ちょっとだけなら怒らないよ。とうさんやさしいから」
 ユーリの言葉に、う~んと難しそうに眉根を寄せてから、エドは軽く頷いた。
「よし、わかった。じゃあ、ミーシュにそれとなく『あいしてる』って言うタイミングを聞いてこよう。でも、おとうさんやシグにはないしょだぞ」
「どうして?」
「ばーか。うちのおとうさんがそうかんたんに『あいしてる』なんて言うかよ。おれたちがなんかたくらんでるって知ったら、ぜったいケイカイするよ、おとうさん」
「そっかー。大統領、てれやさんだもんねえ」
 悟ったように呟いて、ユーリはエドに倣って元気よく立ち上がった。
1/3ページ