LOVE IS LIKE A BODY BLOW


 キスレブ帝都ノアトゥン。
 ソラリスの息を目深く被ったこの都は、至る所に近代科学の粋を凝らした景観を誇る、機械的な都市だった。
 それが、総統府消失に端を発する壊滅的被害を受けた大戦の後。
 暗雲垂れ込める現状に疲弊した人々が、唯一の希望として復興を望んだのは、最も意外な形からだった。




 -XAS-SERIES-
 L O V E I S L I K E A B O D Y B L O W 
第一話 新生バトリング帝国




 北の大地であるキスレブは、冬の訪れがイグニス大陸中もっとも早い。
 いまだ復興ままならぬ現状で、多くの難民がこの厳しい冬を越す。大多数は気候の緩やかで、かつ難民救済制度の比較的整った隣国、ニサン法王府へと逃れるのだが、それもままならない者、また祖国を憂えて去るを潔しとしない者、その数はおよそ数万人にも及び、ノアトゥン近郊に散らばっていた。
 その現状で、軍事国家として名を馳せていたキスレブが、大戦後どのように国として立て直しを図るか。アヴェを始めとする諸外国間でもたびたび物議をかもしたその命題に、これと言った打開策の兆しもなく日々は過ぎていく。
 そんな中、とある一団が帝都ノアトゥンを訪れたのは、大戦が終結を見て、10ヶ月後の初冬のある日だった。
「うぃ~、しばれる~」
「酔っ払いの親父みたいな声出すなよ、大統領」
 アヴェ式のジープから足を踏み出した途端、白い息を吐き出して情けない声を上げた『アヴェ国大統領』に対して、本来そんな口がきけるはずのない一介の青年は、呆れたように容赦のない視線を浴びせた。
「そんなこと言ったって、この寒さは尋常じゃねぇだろ、フェイ。あー寒ィ、シグ、トランクから俺の上着とってくれ」
「はい、若」
 応えたのは、有能な大統領補佐官ではなく、今や世界的にも重要な位置にある宗教国家、ニサン正教の大教母。ゆったりとした法衣を纏い、踝まで届くスカートの裾を気にしながら、手にした大きな上着を青年に渡す。
「サンキュ、マルー。お前も何かもう一枚着ておけよ、一応」
「ボクは大丈夫だよ。砂漠育ちの若よりかは、ずっと寒さに強いんだから」
 言い返して、マルーは悪戯っぽく笑った。その傍らで、シグルドが苦笑している。
「へいへい、余計な世話でしたよ。行こうぜ、フェイ」
 拗ねた風を装って軽口を飛ばしながら、バルトは傍らの友人を促す。けれど、彼は後続のジープを待つような素振りで、軽く首を振った。
「俺はエリィたちを待つよ。先行ってくれ」
「そうか。じゃあ、マルー行くぞ」
「うん」
 呼ばれて、マルーは嬉しそうに従兄弟の元へ駆け寄った。そのまま、復興の跡が見える建物を見上げて、感心したように言う。
「すごいねえ…キスレブも、ここまで立ち直ったんだ」
「カッコだけだろ。とりあえずは、総統府に代わる機関だけでも再建しねえと、会議も開けねえ。…ま、それにしても仕事は速いわな。流石、キスレブ総統、老獪なるジークムント…」
「これは、辛辣なお言葉だな、若き大統領閣下」
 マルーに倣って建造物を見上げていたバルトは、不意に届いた声にぎょっとして視線を転じた。キスレブの兵士たちが整然と並ぶ玄関ホールのその奥から、初老の男がこちらにやってくる。
「ジークムント総統」
 唖然として、バルトが呟いた。傍らのマルーも、唐突な登場にぽかんとしている。出迎えの兵士たちも、まさか自国の最高要人が玄関先まで姿を現すなどとは思わず、動揺が走った。
「驚かせたかな。到着の報が伝わったので、出迎えに参じたのだが」
「え、あ…否、かたじけない。まさか貴殿の出迎えを受けられるとは思わず、失礼をした」
 さすがの柔軟性でバルトが取り繕うと、傍らのマルーも優雅に一礼した。
「お久しぶりでございます、ジークムント閣下。ご健勝のご様子、何よりです」
「貴女の美貌も、一層の磨きがかけられたようですな、ニサンの至宝殿。お会いできて望外の喜び」
 重厚な様相に温和な笑みを刷いて、ジークムントは客人を招いた。バルトとマルーが揃って建物の中に入った頃、後発のジープが到着する。
 この日、世界の明暗を分けた大戦に臨んだ幾人かの朋友たちが、キスレブ首都ノアトゥンにおいて一堂に会することとなった。



 在りし日の威圧的な雰囲気がなくなった代わりに、至る所に復興の跡が見える新設総統領内で、客人達は恐らく一番上等であろう客室に通された。招集の性質上、格式張った会議室に招かれるとばかり思っていたバルトは、これにいささか当惑した。
「ジークムント総統、本日のお招きの向きは確か…」
「大統領閣下。…否、敢えてバルトロメイくんとお呼びしよう。本日、貴殿らを招いた大義は、飽くまでも各国に通達した親書の通りである。…が、私は本日、キスレブ総統としてではない、一個人として貴殿らと対峙したいと、思っている。故に、キスレブ官吏は一切同席させてはいない」
 ジークムントの言葉に、この場に集まった面々は僅かに顔を見合わせた。
 本日の顔ぶれは、アヴェ国より大統領バルトロメイ・ファティマ。輔佐としてシグルド・ハーコート。ニサンより大教母マルグレーテ・ファティマ。更に一般人であるが、アヴェ国ラハン村よりウォン・フェイ・フォン及びシタン・ウヅキ、エレハイム・ヴァン・ホーテンという面々。
 この顔触れは、一国を動かすに足る首脳各人であると同時に、大戦時において人類を救ったとされる一団の代表たちでもある。
 彼らの(正確には、彼らが属する国家の)元に、キスレブ総統ジークムントの親書が送られ、この会合が実現したのであるが、それは当然国家レベルの外交に相違ないと誰もが思い、心積もりをしてきた。
 しかし、そんな彼らを前に、ジークムントはまるで世間話をするかのように、簡潔に言ってのけたのである。
「実は早年、私は総統職を辞そうと思う。と同時に、すでに名ばかりとなった軍事国家の看板を下ろし、議会組織を強化した民主国家への改革を進めようと思っている」
「!」
 一同に衝撃が走った。中でも、実際に政権を動かす立場にあるバルトの表情が、一瞬にして鋭くなり、外交官としての顔に変わる。
 けれど、ジークムントは大きな手を軽く上げて、バルトの瞳をじっと見つめた。
「もちろん、これは私一個人の思惟であり、国家としての権限ある立案ではない。先走られるとちと困る」
「ですが総統、そう言ったお話は、貴方のお立場からしてもただの理想として語るにはいささか重要に過ぎるのでは」
 シタンの言葉に、ジークムントは頷く。
「そう。…だからこそ、貴殿らをこの部屋に招いた。ここは、この屋敷内でもっとも機密性に富む部屋だ。こちらで交わされた話は外部に漏れることはない。…内緒話にはもってこいだろう?」
 ふと、ジークムントの皺深い目元が穏やかに微笑まれた。さざめいた雰囲気が僅かにほぐれ、逸早く力を抜いたのは、本来緊張感への耐性が弱い若き大統領。
「要するに、キスレブ総統は俺たちと内緒話とやらがしたいってわけだ。いや…ジークムント氏個人として、肩書きのない俺たち個人へ」
「その通り。これを無礼と取られると、私も弱いのだが」
 おどけたように笑うジークムントに、バルトもにやりと微笑む。
「いや。かたっくるしい話は好きじゃねえから、俺もそっちの方が都合がいいさ。自分の言動に、いちいち国だの責任だのがくっついてくるってのも得手じゃねえ」
「若」
 さすがにシグルドがたしなめるが、ジークムントは満足そうに笑って頷く。
「そう言ってもらえると気が楽になる。何しろ私としては、貴殿らとはほとんど初見に近い…上に、国家間において長く無意味な反目を続けていた。ここに来て、腹を割って話すとなると些か足踏みをしてしまう…強いお墨付きがあるとしてもね」
「お墨付き?」
 その言葉に、バルトが首を傾げる。すると、ジークムントは続き部屋に目をやり、さほど大きくはない声で呼ばわった。
「出て来てくれ」
 その言葉に、扉を開けてやってきたのは、見上げるほどの巨漢。馴染みある淡緑色の肌に、一同は思わず興奮げに声を上げた。
「リコ!?」
「リコじゃねえか、久しぶりだな!」
 仲間らの声に、リコことリカルド・バンデラスは照れくさげに唇を曲げた。厳つい様相はそのままだが、その瞳に穏やかなものを見つけて、密かにマルーが微笑む。
「キスレブに帰ってたのは知ってたけど、新総統府にいるとは思わなかったな。元気だったか?」
「ああ、まあな」
 相変わらず寡黙に、それだけを頷いてリコは端の椅子に腰を下ろした。その後を、ジークムントが引き継ぐ。
「彼には、大戦以降ノアトゥン近郊における難民救済や、復興作業に携わってもらっており、特に旧D地区民との橋渡し役として、なくてはならない働きをしてもらっている」
「旧、D地区?」
 フェイがきょとんとして問うと、ジークムントは僅かに肩を竦めた。
「現在のキスレブでは、以前のような区画制度はほとんど機能していない。もちろん、この先取り入れるつもりもない。だが、D地区の民の中に、生き残った後もそこを離れようとしない者もいるのだ」
「え? どうして…」
 フェイは、大戦前のD地区の状況を思い出し、眉をひそめた。キスレブ内において、D地区とは犯罪者や生活水準の低い者たちが身を寄せ合う貧民窟という性質を持っていたはずであり、それゆえ、自らそこに残ろうとする人間がいるとは、想像しにくい。
 しかしジークムントは、フェイの怪訝そうな視線に深く頷き、節だった指を交差させてテーブルに肘をついた。
「それが、今回貴殿らを個人的に招いた理由の一つなのだが…」
「バトリングだ」
 ジークムントの言葉尻をさらうように、リコがぼそりと言い捨てる。それから、赤い眉を不機嫌そうに寄せて、じろりと上座の老人を睨んだ。
「あんたはごちゃごちゃ面倒過ぎる。日が暮れちまうぞ」
「お前が私のスポークスマンになるのを渋るからだろう。気が急くのならば、この場は預けよう、リコ」
「フン…」
 親しげでもなく、かといって大戦時の特殊に過ぎる二人の関係から見れば、驚くほど柔軟な受け答えに、客人達は密かに驚倒していた。そんな雰囲気を顧みずに、下座からリコが話を進める。
「つまり、今回お前たちを招いた理由は、一つはバトリングの復活と、もう一つはキスレブのギア製造技術の公開だ」
「何?」
 バルトが身を乗り出した。それを大きな手で制し、リコが続ける。
「キスレブの生き残りは、皮肉にもD地区の奴等が多い。そしてそいつらにとっちゃあ、国の復興より何よりも、バトリングの復活が第一条ってわけだ」
「でも、ギアは…」
「ああ、あの大戦以来、あらゆる『ギア』は操作不可能。…だが、キスレブのバトリング馬鹿どもは、従来の動力に変わる物を開発して、新たに『新ギア』を作っちまったんだよ」
「な、んだとお?」
 唖然として、バルトが言葉を詰まらせた。彼の傍らで、シタンが興味深そうに目を輝かせている。
「従来の動力…つまり、スレイブジェネレーターに代表される旧来の力に変わるものの開発ですか? それはすごい…」
「まあ、詳しい原理は俺には分からん。興味があるなら後で、開発スタッフに会わせてやるよ。だが、もちろん以前と全く同じってわけにはいかねえし、未だ研究中の技術でもある。そこで今回お前さん達を招集したのは…」
「俺たちに、ギアの性質をモニターして欲しいってわけか」
 遮るようにフェイが言うと、リコは苦笑に肩を竦めた。
「明察。それに加えて、今後のキスレブの主力産業になり得る動力開発に対して、各国の援助を要請するための、視察も兼ねてだな。尤もこれは、国家交流になる前段階の、いわゆるオタメシ視察のようなもんだが」
「つまり、今回のギア稼動に際する技術は、その他の産業に対しても有効ってわけだね」
 マルーの問いに、リコは軽く頷いて、それから上座に顎を向けた。
「…ってわけだからよ。これからコイツらをDに連れてくぜ」
「よかろう。だが、ささやかながらも今夜は晩餐会を予定している。長居は禁物にしてくれるか」
「わかった」
「あ、私は先に、技術開発者と会って話してみたいのですが…」
「では、私も」
 シタンとシグルドの言葉に、ジークムントは鷹揚に頷いてみせた。
「構わんよ。では、ウヅキ殿とハーコート殿はノアトゥンにて手厚くもてなそう。他の方々の接待は、お前に一任するぞ、リコ」
「何を大げさな…」
 鼻白んだリコは、さっさとその巨体を翻して、部屋を辞していった。それに倣って腰を浮かし、バルトたちもジークムントに一礼して後を追う。
 部屋を出たところで、こちらを待っていたリコに近づき、バルトは気さくに肩を叩いた。
「すっげぇじゃん、リコ! 親父さんと上手くやってんだな」
「…『親父』じゃねえ。別に、親子の名乗りをあげたわけでもねえし、認めてもいねえ」
 きっぱりと言いおいて、リコは不機嫌そうに続けた。
「ただ、あの野郎がまたぞろ馬鹿な真似をして、俺たちにしわ寄せがこねえように、見張ってるだけだ。馴れ合ってるわけじゃねえよ」
 言いながらも、どこと照れ臭そうに視線を外すリコを見上げて、マルーは心底嬉しそうに笑った。
「リコさんって、やっぱりすごいや」
「…ふん」
 手放しの賛辞に、今度こそ居心地が悪そうに鼻を鳴らして、リコはずんずんと足を進めた。



 ノアトゥンより北西にあるキスレブ旧D地区は、在りし日の荒廃ぶりが嘘のように、活気付いていた。
「すごいな…ここが、ホントにあのD地区か?」
 以前、この町に拘束されていた経験からフェイが目を丸くすると、リコは大仰に肩を竦めてみせた。
「ああ。まぁ皮肉なことによ、この国の人間の中で、どん底から這い上がろうって気骨のある奴は、Dの人間が多かったってわけさ。まあ、相変わらず馬鹿ばっかりだがな」
 言いながらも、リコの街を見る目は穏やかで、そこここで生活する者たちの表情にも、悲愴なものはない。貧しい様子に変わりはないのに、殺伐とした空気が払拭されていて、フェイは知らずに微笑みを浮かべていた。
「へえ…人間ってすごいな」
「本当ね」
 彼の傍らで、エリィも嬉しそうに微笑む。絶望に喘ぐ者たちがまだ後を絶たない情勢の中、生きる希望を失わない人間達を見るのが、心底嬉しい。
「それで、新しいギアってのは、実際どんなもんなんだ?」
 先を歩くリコを追い、バルトは子供のような顔になって問う。そんな様子に苦笑して、リコは片眉を上げた。
「残念だがな、あんまり期待するなよ。性能はいいセンいってるが、馬力は桁違いに弱い。今のところは、一試合5分が限度だな」
「ってことは、軍事用に開発してるってわけじゃないんだな」
「おいおい…物騒な事言うなよ、バルト」
 フェイの言葉に、バルトは鼻白んだように肩を竦める。
「ま、今さら人間同士でどんぱちやる余裕なんざねえとは思うがよ…元はといえば、キスレブは軍事目的でのギア開発が主だろ」
「あぁ…心配しなさんな。覚えてると思うが、旧来のバトリングで使用されていたエーテル弾、あるだろ」
「ああ」
 リコの問いにバルトが頷くと、リコはにやりと唇を曲げて、悪戯っぽく笑った。
「アレな、今じゃあ塗料弾になってるんだ」
「…なんだそりゃ」
「バトリング・ギアで戦争するときゃ、洗濯が大変って話さ」
 愉快そうに笑うリコの傍らで、マルーも楽しげに微笑む。
「じゃあ、本当にバトリングって言う試合のためだけの、開発なんだ」
「ああ。まあ、動力そのものは実用性の高いもんだから、応用して様々な技術に利用できるって、開発者は言ってたな…昔、委員会内でギアの開発をしていた奴らなんだが、その頃から委員会のキナ臭さに気づいてな、密かに様々な開発を試みていたらしい」
 路地を横切りながらリコが言う言葉に、フェイとバルトが顔を見合わせる。
「そういやあ、B委員会はもうないんだろう? 今は、誰がバトリングを仕切ってるんだ」
 その問いに、リコは少し考えるように沈黙して、振り返らずに答えた。
「…表向きはキスレブ政権。実質は有志。でもって、そこを仕切らされてんのが…」
「キング!」
 その時、道の端から大声でリコを呼ばわる声があった。見ると、何人かの青年が急ぎ足でこちらに駆け寄ってくる。
「あぁ、ちょうどいい。こいつらは、今のバトリング会場を切り盛りしてる奴らだ。おいお前ら、テストパイロットが欲しいって言ってたな、上物を連れて来てやったぞ」
 リコの言葉に、しかし青年たちは泡を食ったような表情で、息を整える間もなくリコに詰め寄った。
「た、大変なんですよ、キングっ」
「実は、キングがノアトゥンに詰めてらしたこの一ヶ月の間に」
「負け無しの、バトリングチャンピオンが出ちゃったんですよっ」
「あぁ?」
 青年たちの言葉に、リコは鼻白んだように唸った。バルトたちは、怪訝そうに顔を見合わせてリコを仰ぐ。
「おいリコ、チャンピオンって…バトリング大会が、すでに開かれてんのか?」
「いや、大会なんてモンはまだねえ。大体、ギアそのものだって試作段階の域を出ねえ上に、調整も難しいじゃじゃ馬ばかりだ。一体どういうことだ、わかるように説明しろ」
 リコの言葉に、青年たちはちらちらと目配せをしながら、酷く言いにくそうに答える。
「いや、そのう…実は、キングがノアトゥンに行かれてる間に…」
「調整がひと段落ついて、試乗段階になったら、開発の奴らが面白がって…」
「有志を集めて、第一回バトリングチャンピオン決定戦~とかいって…」
「なんだとぉ?」
 呆れたようにリコが吠えると、青年たちは揃って首を竦めた。
「いやっ、すいません! 勝手だとは思ったんですが、まあ仲間内のお遊びみたいなもんだと思って…」
「ったく、馬鹿どもが! 寝食忘れてギア開発に打ち込んで、出来たらできたで早速コレかよ…」
 天を仰ぐリコに、エリィがとりなすように言った。
「まあまあ…別にいいじゃない、それだけみんなに活気があるってことなんだし」
「そうだよ、リコさん。それに、開発した人たちがやろうって言ったんだから、性能に問題があるわけじゃないだろうし…」
「だな。まあ俺としちゃ、ぜひともそのチャンピオンってのと対戦してみてえけどな。なあ、フェイ」
 マルーの後に悪戯っぽく付け足したバルトだったが、青年たちは先を争うように首を振って、リコにむらがった。
「そ、それが大変なんですよ、キングっ」
「何がだ? まさかお前ら、チャンピオンになったらD地区仕切らせるとか、勝手に口約したんじゃねえだろうな? ま、それならそれで、俺も面倒から足抜けできるからいいがよ」
 冗談っぽく笑うリコに、青年たちはなおも首を振った。
「や、そうじゃなくって…なんだか知らないけど、今度はキングと対戦させろって、一点張りなんですよ」
「はあ? 俺??」
 呆気にとられたリコに縋るように、青年たちが泣きついてくる。
「もうそりゃあ、やたら滅法強い奴で…すでに、俺たちみんなそいつに負けちゃってて、なんだかんだと賭けに乗ってたら身包みまではがされそうなやつも出ちゃって…」
「そしたらそいつ、キングと戦わせてくれたら、今までの勝ち分は一切取らないとか言い出して」
「だから待ってたんですよキングぅ~っ、助けてくださいっ!」
 本気で泣きついてくる部下たちを前に、リコはなんとも形容し難い表情で天を仰いだ。傍らで、バルトが面白そうに舌なめずりをする。
「おいっ、そいつ、どんな奴なんだ? 今までのバトリングでもいたのか?」
「いや、それが…搭乗前に会ったやつらが口を揃えていうには、ここらじゃ見たこともねえほどの」
 その後は、青年たちの合唱となった。
「「「「別嬪だったそうです!!」」」」
「はァ…?」
 それに、バルトが気圧されたように眉を寄せる。傍らでフェイが、ぽりぽりと首筋をかきつつリコを仰いだ。
「どうするんだ? リコ」
「…仕方ねェな…名指しとあらば受けねえわけにはいかねえだろ。せっかくお前らにも来てもらったんだ、浮かれた馬鹿はさっさと片付けて、すぐにでも試乗してもらいたいしな」
「おいリコ、俺にやらせてくれよっ」
 その時、リコの言葉を遮るように、バルトがきらきらと目を輝かせて身を乗り出した。
「ちょっと、若!」
「いいじゃねえか。どうせあっちには、搭乗者なんか誰が乗ったってわかりゃしねえよ。早く乗ってみたいんだ、な、いいだろ?」
 呆れたように咎めるマルーの傍らで、バルトが生き生きと笑う。リコはやれやれと肩を竦めた。
「かまわねえが…前と同じつもりでいたら、痛い目見るぜ」
「どういう意味だ?」
「さっきも言ったが、まだ試作段階なんだ。性能的には従来のギアに追いつきつつあるが、俺たちが乗っていたような高性能のギアにはまだ及ばねえ。上に、動力の性質上か、やたらと遊びが少ない、えげつない構造になってる…ま、ブリガンディアを乗りこなしてたバルトなら、それなりにいけるかもしれねえが…」
「なんでもいーさっ! さっさと行こうぜ、その『チャンピオン』に会いによっ」
 もはや、好物を前にした犬…否、久しぶりの大暴れができると、ここ数ヶ月来のデスクワークの鬱憤を晴らすべく、バルトは目の色を変えてはしゃぐ。
「おいバルト、久しぶりだからってあんまり調子に乗るなよ。今のお前は、昔の海賊時代とはワケが違うんだから」
「そうよ、一国の大頭領がバトリングで怪我をした、なんてなったら、国家摩擦にまで発展しかねないわよ」
 見かねて、フェイとエリィがバルトをたしなめるが、本人はどこ吹く風。リコの部下を急かして、さっさと通りを歩いていってしまう長身を見送って、マルーがそっとため息をついた。
「無駄だよ、二人とも…あの顔見た? 尻尾があったら振り千切ってたね」
「ああ…あーなったら最後、だな」
「ホントにもう…変わってないわねえ」
 諦めたように呟く客人達に、リコは鷹揚に笑ってみせた。
「ま、バルトほどの乗り手なら滅多なことはないだろうよ」
 そう言って、新生バトリング会場へと案内すべく、巨漢の亜人は大股に歩き出した。
1/4ページ