キミノイチバンニ
君のお気に入り
苦味のあるコーヒー
手に馴染む鞭
お説教のないお昼寝
どれをとっても君は 嬉しそうな顔を見せるけど
ねえ 君の一番は何?
キミノイチバンに なれるものはなあに?
キ ミ ノ イ チ バ ン ニ 。
見上げればどんより、曇り空。
久しぶりにタムズに停泊中のボクたちは、強い西風が運んでくる雨雲を眺めていた。
「ひと雨来そうねえ」
「う~ん。多分、通り雨だろうって、さっきハンスさんが言ってたけどね」
ボクの言葉に、エリィさんは長い髪を風から守りながら、ふうと軽くため息をついた。
「やだなあ…雷とか、鳴るのかな」
そう言って、遠くの雨雲を物憂げに眺めるエリィさんの横顔に、ボクは一瞬見とれてしまう。
きれいだなあ…。
「…マルー?」
「…あっ。ううん、なんでもないよ、エリィさん」
きょとん、ってこっちを見た顔が、ボクの目から見ても可愛らしくて、ボクは慌てて首を振った。
エリィさんはきれいで可愛い。
……ボクとはやっぱり、違うよなあ……
「どうしたの、マルー? 何だか変ねえ…」
「ううんっ、どうもしないよ、エリィさん」
「ほら。右斜め45度を見上げた!」
「へ?」
「マルーが、隠し事をする時の癖よ。なにか隠してるわね?」
へっ? そ、そんな癖あった~??
しどろもどろのボクに、エリィさんはずいずいっと詰め寄る。きれいなマリーゴールドの髪が、悪戯な風に遊ばれてボクの視界に散った。
「い、言ってもいいけど…」
「けど、なに?」
「……叩かないでね」
「え?」
きょとんと目を丸くしたエリィさんに、ボクは上目で答えた。
「あのね、エリィさんがきれいで可愛いから、ボク見とれちゃったんだ。一瞬だけ、フェイの気持ちが解ったなあって…」
言った瞬間。
「やあっだあ! マルー! からかわないでよっ」
って言って、照れ隠しの平手をボクの背中に……痛い。
こうなることが解ってたから、言いたくなかったんだよォ~…。でも、白い肌をピンクに染めて、きゃあきゃあ照れ隠しをしているエリィさんを見るのも、ボクは好きだから。
この平手のお礼は、いつかにとっといてあげるよ、エリィさん。
「あらっ? そう言えば、フェイたちの姿を見ないわね」
ごまかしたいのか、そうでないのか、エリィさんは顔を赤くしながら、不意にきょろきょろとタムズの甲板広場を見やった。
「ギアの調整に行ってるんじゃないの?」
「ううん。私、さっき一緒に行ったもの。その時は、後で広場に行くからって言ってたのに…」
寂しそうに呟いて、せわしなく瞳を動かすエリィさんに、ぼくは何だか、お姉さんになったような気分で肩をすくめた。
「きっと、うちの若がなにかやらかして、フェイも巻き添えになってるんだよ。パターンとしてはね」
「う…そうね。でも、だったらなおさら心配だわ…フェイったら馬鹿がつくほどお人よしなんだから、きっとバルトの大ポカの尻拭いさせられてるはずよ。心配だわ…人の苦労まで背負い込んで、いつかそれを喜びに感じちゃうような人だから…」
エリィさ~ん…それはちょっと、言い過ぎじゃ…。
「あ! ほらマルー、やっと来たみたいよ!」
そう言って、嬉しそうにボクの腕を掴んだエリィさんは、こちらに向かって歩いて来る若とフェイを指差した。
若たちは、ずんずんこちらに向かいながら、でもちっともボクたちに気付いた様子はなく、何かごちゃごちゃと言い争いをしているように見えた。
「…だから、それを言わなくちゃしょうがないだろって言ってるんだよ」
「言いたくねえ!」
「だったら、自分で何とかしろ!」
「あっ! なんて冷たい言葉だ。友達がいがねえなあ、フェイ!」
「……おっまえなぁぁ~~~!」
相変わらずの二人に、ボクとエリィさんはちょっと顔を見合わせて、同じ顔で笑う。
ホントに…しょうがないなあ、この二人ってば。
「何を言い争ってるの? フェイ、バルト」
朗らかなエリィさんの声に、はっとした若たちは、自分たちがいつの間にかボクらの数メートル先まで近づいていたことに、今更気付いたように目を丸くした。
特に、若はボクの顔を見るなり『げっ!』としか表現のしようのない、失礼な表情を浮かべて、急いで視線をそらす。
……いい度胸だよね、若。
「あっ、エリィにマルー、こんなところにいたのか」
「いたわよう。さっき、このあと広場に出るって、教えたじゃないの」
「そうだったっけ」
頭をかくフェイに、エリィさんは『しょうがない人ね』なんて言いながら、優しく笑ってる。
こんなにいい感じの二人の横で、ボクと若は、まるでアオダイショウ対ベニツノガエルみたいな雰囲気で、苦い沈黙を保っていた。
「……わ~か?」
「お、おう」
「何か、やましいことした?」
「や、やましいこと!? 何を言うんだマルーそんなことあるわけないじゃないか大体海の男の代表であるこの俺様が何に対してやましさを覚えるというんだ男はいつでもお天道様に向かってそっくり返られるような生き方が似合うんだぜマルー!」
「はい。はい。はい。……で?」
「……で? ……って?」
両手をすり合わせて、やや前かがみになってボクを見下ろす若に、ボクは鋭い視線を浴びせて腕を組む。
「ナニをシタノ?」
「……いや、別に…」
そらされた視線の先には、どんよりとした曇り空。
「おっ! なんだ、ひと雨降りそうな雰囲気じゃねえか! ユグドラのクルーに伝えてこなきゃなっ! じゃ、またあとでな、マルー!」
「あっ! 若ー!」
って、叫んでいる間にも、シグのお説教から逃れるために鍛えた俊足で、若はさっさとねじレベーターの方へ消えていってしまった。
「逃げられた!」
悔しそうに叫ぶボクの傍らで、フェイとエリィさんが苦笑している。ボクは、ぐりんっとフェイに向き直った。
「フェイ! 若が何をしたか、知ってるねっ?」
「ん、いや…知ってると言うか、なんと言うか…」
歯切れの悪いフェイの言葉に、ボクはずずいっと詰め寄って腰に手をあてた。
「教えて! じゃないと、フェイも同罪なんだからね!」
「同罪って…おいおいマルー、そもそもバルトは、別に悪いことをしたわけじゃないぞ」
「え?」
途端に、ボクの闘争本能がふしゅるる~っとしぼんでいった。目をぱちくりするボクの横で、エリィさんが言葉を継いでくれる。
「じゃあ、何をしたって言うの? バルトの様子、ちょっと尋常じゃなかったわよ」
「うん。俺もさ、そこんところが知りたかったんだよ。だけどあいつ、のらくらごまかすばっかで、肝心のところは教えようとしないんだ」
「どういうことよ?」
「つまり、バルトは何かを無くしたらしいんだよ。それも、かなり気に入っていたものをさ。で、一緒に探してくれって言われたんだけど、それが『何』なのかって肝心なことは、絶対口を割らないんだ」
フェイの言葉に、エリィさんは細い眉を寄せて、呆れたように言った。
「何よそれ。怪しいわねえ、一体何を無くしたって言うのかしら」
「ああ。…でもさ、今のあいつの態度見たら、何か解ったような気がしないか?」
にやりと笑ったフェイは、ずいっとボクに詰め寄って、内緒話をするように声を落とした。
「マルーさ、バルトにあげたものとか、ない?」
「へ? ボク??」
自分を指差して、驚いたように目を丸くするボクに、エリィさんまでもが面白そうに身を乗り出してくる。
「そうよ、さっきのバルトったら、まるでマルーに知られるのが怖い、って態度だったじゃない。きっと、マルーがバルトにあげたもので、何か大事なものを無くしちゃったのよ、アレは!」
「…って言われてもなあ……」
ボクは、急に自分に向かってきた矛先に、戸惑ったように考え込んだ。
若に贈ったもの? …う~ん、結構あるけど、なんだろう…?
「あ、もしかしてアレかな?」
思いついたボクに、フェイとエリィさんは、同時に声をあげた。
「何!?」
「え~っと…多分この辺に…あ、あった!」
ボクは、自分にあてがわれたユグドラの部屋の中で、ごそごそと戸棚の中を探して、それを見つけた。
「それは?」
戸口に立っていたフェイとエリィさんを振り返って、手にしたものをぷらん、と揺らす。
「新しい眼帯。手縫いで刺繍したヤツなんだ」
エナメルブルーに銀の刺繍を施したそれを、フェイは手にとってしげしげと眺めた。
「へえ……コレは…なんていうか…」
「とっても上手ね! …だけど…コレは…その」
フェイの隣で、エリィさんも言葉を濁している。
……わかってますよ。
「…派手だ。……って、言いたいんでしょ?」
「うっ……」
言葉につまった二人に、ボクは軽く肩を竦めてみせた。
「解ってるよ。それはね、普段用じゃないんだ」
「え?」
「式典用…って言うか、いつか、若が何か仰々しい立場に立たせられたときに、つけてもらえたらなって、思ったんだ」
言いながら、ボクはフェイの手からその眼帯を受け取った。
「ほら、この縁取りのところのタッチは、アヴェの伝統模様なんだよ。大分、簡略化しちゃったけどね。ボクも、あんまりお裁縫とかって、得意じゃないから」
「へえ! すごいじゃないか、マルー」
「ホント、素敵だわ! …でも、どうしてこれが、ここにあるの? バルトに贈ったんじゃなかったの?」
エリィさんの素朴な疑問に、ボクは肩を竦めてみせる。
「それがさァ、贈ったはいいけど、若ってば照れちゃって。『こんなもん、いつつけるんだよ』とかなんとか、駄々こねてね。あんまりぐちゃぐちゃ言うから、ボクこっそり若の部屋から失敬してきたんだ」
「えっ? 黙って持ってきちゃったの!?」
「うん…あ、でも、この辺のステッチが納得いかなかったから、直そうと思ったんだよ。きれいに出来たら、また若のところに戻すつもりで…」
ボクが言うと、フェイとエリィさんは顔を見合わせて、困ったように言う。
「コレ……かしらねえ…」
「う~ん…だけど、それなら別に、俺に言ったっていいと思うんだけど」
「あ、そうよね…。眼帯を探してくれ、くらい、言えるわよね。フェイにも言えないような物なんだわ…」
言いながら、エリィさんは無言でボクを見つめてきた。ボクはぶんぶんと首を振る。
「ううん、そんなもの、贈った覚えないよ。だって、あとの心当たりって言ったら、コロンとか、フォトスタンドとか、そんなありきたりなものばっかりだもん」
「…じゃあ、マルーが贈ったものじゃないのか。でも、マルーに関係することは確かだよなあ、あの様子じゃ…」
「そうよね。それに、とても気に入っていたものなんでしょ? ……あ、じゃあきっと、マルーに贈るつもりの何かなんだわ!」
エリィさんの言葉に、ボクは目を丸くしてしまった。フェイはぽんと手を打って、なーるほど、なんて笑ってる。
「プレゼントか! なるほど、それは言いにくいな」
「でしょ? それも、何かかなり恥ずかしいものに違いないわ。だって、リボンとかぬいぐるみだったら、フェイにも探してって言えるはずだもの。だとすると、コレは限られてくるわね……ずばり!」
エリィさんは高く叫んで、ずいっとボクに詰め寄った。
「……『指輪』ね!」
「え…えぇぇっ!?」
狼狽するボクを尻目に、エリィさんはついと胸をそらして、拳を握る。
「そうよ、きっとそうなんだわ! だって、それならつじつまが合うじゃないの。バルトはマルーに、指輪を贈るつもりだったんだけど、何かの手違いで…あの人、そそっかしいから…それを無くしちゃって、慌てたんだわ」
「そうか。だからあんなに、焦ってたんだな~。かなり大事なものだって、愚痴ってたもんな。マルーに贈る指輪だったら、シャレ抜きで大事だろうしな…」
「ちょ、ちょ、ちょ……っと待ってよ、二人とも!!」
ボクは、危うく呼吸困難に陥るほど驚いて、やっとのことでそう叫んだ。二人はきょとんとこちらを見て、首を傾げる。
「何? マルー」
「ナニ…て…っ! 大体、何で若がボクに指輪なんか贈るのさ!?」
真っ赤になって力説するボクに、フェイとエリィさんはにや~りと、意地の悪い笑顔を浮かべた。…この二人、こういう時はすごく気が合うんだから…。
「何でって、マルー、そんなの決まってるじゃないか」
「そうよ、ようやくバルトも、年貢の納め時だって思ったのよ」
「この頃、マルーめきめき可愛くなってきてるなって、この間もビリーたちと話したし」
「あら、フェイたちも? 私たちも、言ってたのよ~。碧玉要塞からこっち、マルーってばずいぶん大人っぽくなって、きれいになってきたわねって、マリアたちと」
「だろ? だから、そういう話を聞くたびに、アイツ焦ってたと思うよ」
「そりゃ焦るわよ、こんなに可愛いマルーが、いっつもニコニコしてみんなに囲まれてるんだもの。焦らなきゃ変よ」
「そうそう。だからこの辺で、意を決して」
「勇気を出して」
「「マルーにプロポーズを!」」
「ちょっと待った~~~~~~~!!!!」
見事にハモったフェイとエリィさんの二重奏に、ボクの絶叫が重なった。
「ま、ま、待ってよ! そんな勝手に、変なこと決めないでよ、二人とも! ボクと若は、そ、そんなんじゃないよっ」
「あら、マルーはそう思っていても、バルトは違うかもよ?」
エリィさんの言葉に、ボクはこれ以上は無理だと思っていた顔の赤みが、どんと増す気がした。傍らでは、フェイもうんうんと頷いている。
「だって…そんな…変だよっ! 若に限って、そんなことするわけないよっ!」
ボクはそう力説してから、自分で自分の言葉にぐさぐさっと、傷ついていた。
…うう、馬鹿だなあ…ボク…
そんなボクに、フェイとエリィさんは顔を見合わせている。そして、ふうっと軽くため息をついて、ボクに言った。
「じゃあ、マルー、確かめてきてくれよ」
「えっ?」
「たとえ、マルーに贈るものを無くしたんじゃないとしても、バルトが困ってるのは事実でしょ?」
「この辺で何とかしないと、ユグドラの運行にも差し支えると悪いからさ。ちょうど、タムズに停泊中だし、今のうちに艦長殿の調子を戻してやってくれよ」
「………」
二人の言葉に、言いくるめられたわけじゃないけど……。
まだ少し、どきどきは止まらなかったけど……。
ボクは、その言葉に頷いて、若の部屋へ向かうことにした。
「若ー? いる?」
インターホン越しに声をかけたけど、返事はなくて。
どうしようかなって迷ったけど、ついでにもってきた眼帯を返そうと思い直して、ボクは若の自室の扉を開けた。
部屋の中は、程ほどに整頓されてて、やや雑然。若の性格そっくりのそこは、若の匂いに満たされていた。
ちょこちょこっと足を進めて、若が色々押し込めている戸棚の前に立つ。
……でも、ちょっと、いろんなものと一緒にしまっておくのは忍びなくって、ボクは眼帯を持ってきょろきょろと部屋を見回した。
どこに置けばいいかな…?
迷いながら、ボクはちょこんとベッドに腰掛ける。こんなにじっくり、若の部屋を見るのは久しぶりだな。
ん? …ベッドの上に、何かいっぱい…あーあ、コレ、マートルの毛じゃないか。若ってば、またマートル連れてきたんだな。…って、そうか、この間機関長が風邪引いちゃって、ちょっと預かるとか言ってたっけ?
視線を上げると、壁にかかった数種類の鞭が見えた。どれも使い込んであるなあ…あ、飾りがほつれてるのもある。今度直してあげようかな。
割と大き目の鏡の前には、数種類のコロンやムース。なんだかんだ言って、身だしなみには気をつけてるよね。未だに、自分で上手くみつあみできないけど。そのへんがやっぱり、王子様的って言うか…。
あ、机の上のフォトスタンド! ボクが贈ったやつじゃないか。そっか、使ってくれてるんだ……なんか、嬉しいな。
そんなことを思いながら、ボクはいつの間にか腰を上げて、きょろきょろと若の部屋を眺め回していた。
ら、急に。
「…コラっ!」
「きゃああぁぁぁっ!!?」
突然背後から声がして、ボクは文字通り飛び上がってしまった。
その途端、ボクの手から眼帯がすっぽ抜ける。放物線を描いて中を飛んだそれを、長くてしなやかな腕が器用にキャッチした。
「おっと。…何だこれ?」
「わ、わ、若っ!! き、きゅ、急に声、かけないでよねっ!」
ボクは、口から心臓が飛び出してくるんじゃないかってくらい驚いて、高速回転する心臓を押さえながら振り返る。若はボクを見おろして、悪びれずに…って言うか、むしろ呆れたようにして言った。
「バーカ。勝手に人の部屋に入ってるからだ」
「だ、だって…あ、それ…」
ボクは、若が手にしている眼帯を指差して言った。若は改めてそれを見やって、ああ、と声をあげる。
「何だ、コレを取りに来たのか?」
「え? ……って、若、気付いてなかったの?」
「何が?」
「……ボク、ずいぶん前に、それをココから持っていったんだけど」
「へ?」
唖然とする若に、ボクはぷうっと頬をふくらませた。せっかく贈ったのに、無くなった事にも気付いてなかったなんて!
「もう! 若ってそういうヤツだよねっ! いい、返して!」
「ま、ちょっと待てよ、悪かったよ! だけど、しまっといたもんが無くなってる事に、そんな簡単に気づかねえだろ」
「じゃあ、この間あげたときと今、何が変わってるか解る?」
「………」
ボクの言葉に、若はしげしげと眼帯を見つめた。でも、どこが変わっているのか解らないらしく、困ったように眉を寄せる。
「…なんか、変えたのか?」
「……もう、いい。返して」
はあ~っとため息をついて、ボクは若に手を伸ばした。若は慌てて眼帯を高くあげて、ボクを見おろす。
「な、なんだよ! いったんくれたもんだろ?」
「もう、あげない。右目用に直して、シグにでもあげる」
「なっ、ちょっと待てよ!」
「ふーんだ。若なんてねえ、若なんて……」
そう言いかけて、ボクはこの部屋に来た本当の用件を、はたと思い出した。
そして、思い出したようにぼっと赤くなる。…わちゃ…まずい。
「……何、赤くなってんだ?」
案の定、若はいぶかしんだようにボクの顔を覗き込んできた。ううっ、今はそっとしておいて~…。
「なっ、なんでもないよっ。……それよりねえ、若」
「な、なんだよ」
一瞬、ぎくっと身を竦ませたのが解った。若…何か隠してる、やっぱり。
「若、白状しなさい。何を無くしたの?」
「なっっ……! ふ、フェイのやつか!? くっそ~~~っ、あの野郎っ」
拳を握る若に、ボクはピシッと言いおいた。
「フェイを責めないの! 大体、若が変なこと、フェイに頼むからいけないんでしょ?」
「うっ……」
「無くした物を教えてもらえないのに、探せ、なんて言われても困るだけでしょ? ボクが一緒に探してあげるから、何を無くしたのか教えてよ」
ボクの言葉に、若はきまり悪そうに頭をかいて、そそくさと目をそらす。
「いや……別に、大したもんじゃねえから……」
「嘘。すっごいお気に入りだって、フェイが言ってたよ」
「……あの野郎……」
「また! フェイは悪くないって言ってるでしょ! 悪いのは、隠し事してる若なんだからね」
「隠し事くらい、誰だってするだろうがよっ」
若の言葉に、ボクはにやりと笑う。
「へえ。じゃあやっぱり、隠さなきゃいけないようなものを無くしたんだ」
「っ!!」
「さあ、観念しなさい、若!」
詰め寄ったボクに、若はぐっと言葉を飲んで、それからだらだらと冷や汗を流した。
「だ、だから……っ」
「うん。何?」
「……ま、マルーにゃかんけーねえだろっ!?」
そう、怒鳴った瞬間。
ボクは、はっと目を見開いて、俯いた。
それから、力を無くしたようによろよろっとベッドに近づいて。
ストン……と、腰を降ろす。
「……マ、マルー……?」
おずおずとした若の声が、頭の上から降ってくる。ボクは俯いたまま、少しの間沈黙していた。
「あ、あのさ…マルー…」
若の足が、ボクの俯いた視界に入った。肩に手を置かれた瞬間、ボクはそれをぎゅっと握って、素早く手を伸ばす。
「へあっ?」
身を屈めていた若の鼻先に、マートルの毛をちょこちょこっと揺らしてやると、若は情けない声をあげて、くしゃみを連発した。
「へっくしょんっ!! てっ、てめえ! マルー!!」
「へっへ~んだっ! 思い知ったか!」
「なっ…っくしょん! …って、おまえなあ…っ……ん?」
若は、鼻をこすりながらボクの手にあったマートルの毛を凝視した。
「若、マートルをベッドに上げるのはいいけど、毛がたくさん抜けるんだから、気をつけないと…」
「……あああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!」
「わっ!?」
突然絶叫した若に、ボクは驚いて飛び上がる。若はボクの手からマートルの毛を毟り取り、ぶるぶると震えた。
「マートル! そうか、あいつが持ってったんだなっ!」
「え? って、無くしちゃったもの?」
「だよ! あの野郎~~!」
そう言って、きびすを返そうとした若に、ボクは当然のごとくついていこうとした。
そしたら、ぴた…っと若の足が止まり、くるっとボクに振り返る。
「……なんでついてくんだよ」
「好奇心と、責任上」
「あん?」
「若の様子がおかしいって、フェイたちの苦情を承ったんだよ。責任もって、事の顛末を見届けなきゃね」
「いい! んなもんほっとけよ!」
「そうはいかないね~っだ」
そう言って、若を追い越そうとするボクを、不意に若の手が遮った。
え? って思う間もなく、若はボクの身体をすくい上げて、どさっとベッドに押し倒す。
ボクの両手を掴んだまま、若はボクに覆い被さってきた。
「絶対、行かさねえ!」
「わ、若……っ」
この体勢は、まずいんじゃないの~~~!?
なんて、ボクが思っているのには気付かずに、若はなにやらごそごそと、シーツをたぐり寄せていた。
ボクの身体を、ベッドにくくりつける気?
……そーゆーこと、するわけ。
ボクは、すっと瞳を半分閉じて、せっせと手を動かす若の頬に、自由になった左手をはわせた。
「っ!?」
若は、びくっと肩を揺らしてボクを見る。ボクは、そっと瞳を閉じて、若の顔に近づいていこうと……
「っ!! ま、マルー!!? な、おまっ…なにっ…!」
案の定、若は壊れたおもちゃのように飛び上がって、ざかざかっと後ずさった。その瞬間、置いてあった椅子につまずいて、思いっきり尻餅をつく。
チャンス!
ボクは急いで飛び起きて、ひっくり返った若にベッドカバーをかぶせてやった。
「ぶわっ!! な、なにすんだ、マルー!!」
「へっへ~んだ! 油断大敵ですよ、艦長!」
「ッッ!! てめえ、はなっから……!」
カバーを手繰ろうと、ばたばたしている若を尻目に、ボクは機関室にダッシュする。
後ろから、若が何かぐちゃぐちゃわめいていたけど、知~らないっと!
機関室に行くと、機関長がちょうど、マートルに餌をあげ終わったところだった。
「おう、マルーの嬢ちゃんじゃねえか。珍しいな」
「こんにちは、おじちゃん! ちょっと、マートル貸してくれる?」
ボクは、ダッシュのせいで息が切れたまま、詰め寄るように機関長に言った。
早くしないと、若が復活してきちゃうよ~っ!
「おう? ああ、いいぜ。ほれマートル、嬢ちゃんが御用だとよ」
そう言って、機関長はマートルを抱き上げて、ボクに渡してくれる。ボクは、嬉しそうにボクのほっぺたを舐めまわすマートルに、真剣そのもので問い掛けた。
「マートル! あのね、若の部屋からもってきたもの、見せてくれない?」
「わん! わんわん!」
「ねえ、マートル~」
ダメだ…マートルが何を言ってるのか、ぜんっぜん解んないや…当たり前だけど。
「なんだいなんだい、嬢ちゃん、マートルの野郎がまたなんか悪さしたってのか?」
苦笑する機関長に、ボクはダメモトで聞いてみる。
「ねえ、おじちゃん! マートルが、宝物を隠すようなところ、知ってる?」
「あん? そうさなぁ…犬小屋の奥に、よくもらった骨なんか、隠してやがるようだけどな」
「犬小屋?」
ボクが、マートルを降ろしながら問い返した瞬間、後ろからやかましい声が上がった。
「くおらマルー!!」
「げっ! 若だ!! ありがと、おじちゃん!」
ボクは、急いでマートルの犬小屋の方へと駆け出した。若はそれに気付いて、ますます速度を上げて走ってくる。
「こら! こらこらこらっ!! マルー! やめろっ待てっ見るなぁぁぁっ!!」
…って言われて、待つ奴はいないでしょっ。
ボクは滑り込みセーフでマートルの小屋までたどり着くと、その中に手を突っ込んだ。
……コレかなっ!?
「あ゛ーーーーーーーーーーっっっ!!!!!」
ボクが取り出したものと、若の絶叫と、マートルの非難の遠吠えが、見事に重なった……。
「で? 結局、なんだったの?」
数時間後、ボクの部屋の中。エリィさんとフェイが、好奇心丸出しで詰め寄ってくる。
ボクは、皆にお茶をふるまいながら、隣で不貞腐れている若をちらっと見やって、ごまかすように微笑んだ。
「え~っとぉ……なんか、前にリコさんに貰ったもの…だって」
「リコに?」
エリィさんは、きょとんと目を丸くして、信じられないわ、と呟いた。
「リコに貰ったものを、バルトがそんなに後生大事にするなんてねえ…。で? 何を貰ったのよ?」
「……別に」
低く呟く若に、ボクがフォローの紅茶を差し出す。
「大したものじゃ、ないんだって。ただ、リコさんにばれちゃったら大変だろうって…」
「ふうん…? マルー、あなたも何か、隠してるわね?」
「えっ??」
「右斜め45度!」
ぎくぎくっ!
ボクは、エリィさんの鋭い視線から逃れるように、フェイに愛想笑いを向けた。
「あ、フェ、フェイ! このお菓子、すっごく美味しいよ、食べ…て……」
だけど、フェイの顔を見た瞬間、ボクはぎくっと固まってしまう。
だって、フェイってば…何もかも知ってるような顔で、必死に笑いを堪えてるんだもん!
「フェ、フェイ…? まさか…」
「フェイ? 知ってるの?」
エリィさんの言葉に、それまで不貞腐れたように明後日を睨んでいた若が、がばっと顔を上げた。そして、ぴくぴくと肩を揺らして笑いを堪えているフェイに向かって思いっきり怒鳴る。
「フェイ!? てめえ、なに知ってやがるッッ!!」
「くっ……くく、くっ……だぁぁぁっはっはっはっはっは!!!! お、おま…リ、リコに貰ったのって…ま、まさかっ……アレかぁあ!? アレを無くして、それでお前、あんなに……っ……ぁははははははははははははッッ!!」
そのまま、堪えきれずに笑い転げたフェイに、若がかあっと真っ赤になって飛びかかった。
「てめえ! その口閉じろ! 一生閉じろ! もう何も言うな! 言ったら殺すっ!!」
「はははははははははははははっ!! は~っはははは!!」
「もうっ! 何よ、二人だけで解って! 何なの、フェイ!? 何を無くしたって言うの?」
「だぁぁぁっ! エリィにゃかんけーねえんだよっ! フェイ! 黙れ、笑ってんじゃねえっ!!」
「フェイってば!」
そのまま、どたばたと三人がじゃれあうのを横目に、ボクは自分のためにいれた紅茶をゆっくりと飲んだ。
……顔、赤いだろうな…ボクも。
そしてそのまま、さっきマートルから取り戻した『アレ』がしまってある箱を、ちらりと眺める。
……指輪じゃなかったけどさァ…もっと、恥ずかしいかも…。
とりあえず、マートルのおいたのせいで取れかかってしまった右手を、綺麗に縫い直してあげるってことで、若のお怒りは解いたけど…。
まさか、若がこんなものを、大事に取っておいてくれたなんて……さ。
ボクは、零れてしまう笑みを必死に押さえながら、トマトのように真っ赤になってフェイに飛び掛っている若を眺めた。
……しょーがない。コレに免じて、眼帯をないがしろにしていたことは、忘れてあげるよ。
だから、右手を直したら、今度こそちゃんと大事にしてよ? 『アレ』を、さ!
心の中で呟いて、ボクは上機嫌で紅茶のカップを傾けた。
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