薔薇はまだ枯れない




 Scene 3. 剝がれそうな仮面



 わたしは不屈の闘志で何度も蘇りながら、いよいよダンデ争奪戦の最初の戦場である、バトルタワー一周年記念式典の日を迎えた。
 想像以上に大規模な、豪華絢爛なその場所は、所詮新米博士でしかないわたしを、これでもかというほど竦みあがらせた。傍らに立つ、世界で一番カッコいい燕尾服の男性がいなければ、へなへなとその場にしゃがみこんで泣いていただろう。
 ダンデくんを取られたくなくて、必死の思いでこの場に立ったけれど、結局わたしはガラルの王様を支えられるような器じゃない。本来のわたしは、ポケモン研究に一生を捧げた、地味でしがない象牙の塔の住人なのだ。
 でも、どうしても、諦めたくなかったから。
 精一杯の背伸びをして、ダンデくんの傍らにしがみついている。
 ダンデくんは、煌びやかなフラッシュや、眩いシャンデリアの光を浴びて、堂々としていた。一分の隙もない燕尾服姿は、きっとガラル中の羨望の眼差しを浴びているだろう。式が始まる前に、メディア向けに挨拶をする彼は、ため息が出るほど素敵だった。
 もう、泥だらけになって、ポケモンを追いかけていたハロンの少年ではない。
 そんなことを、痛いほど感じていたわたしのもとに、ダンデくんは颯爽と戻ってくる。いまからが本番で、いっしょに式典会場へと向かうのだ。
「ソニア、行こうか」
 わたしに腕を差し出して、ダンデくんがほほ笑む。喉から飛び出そうなほど高鳴っている心臓を無理やり無視して、わたしはそっと、その腕に手を預けた。
「今日はよろしく頼む」
「任せといて」
 暖かな手のひらが、わたしの緊張に凍った指をそっと叩いた。見上げると、大人びた笑み。けれど、どこか悪戯っぽく輝く金色の瞳を見たら、少しだけ緊張が解けた。
 うん、だいじょうぶ。ダンデくんが、いてくれるなら。
 わたしはふっと短く息を吸って、背筋をしゃんと伸ばした。姿勢を正しなさい、ソニア。おばあさまの教えが、わたしの背中を押し出してくれる。
 そうしてわたしは、華やかなパーティー会場へと足を踏み入れた。広大な場の至る所に、煌びやかに盛装した人、人、人……その誰もが、バトルタワーオーナーに注目し、その腕にしがみついているわたしを値踏みしている。
 笑え、ソニア。余裕があるように、なんでも知っているように。学会でツッコミを入れられまくって培ったハッタリを、いまこそ総動員するんだ。
 ダンデくんが壇上で、オリーヴ女史が念入りに作った歓迎のスピーチを始める。所々、彼なりのアドリブやユーモアも交えたそれは、十年玉座に座っていた、伝説のチャンピオンの風格をあますことなく知らしめた、威風堂々としたものだった。
 それからパーティーは和やかに始まり、再びわたしの元に戻ってきたダンデくんに連れられて、主要な来賓たちに挨拶をする。事前に頭に叩き込んでいた写真と情報を必死に思い出しながら、わたしは与えられた任務を忠実にこなした。
 オリーヴ女史が、わたしに任せた任務は、三つ。
 ひとつ、ダンデくんから離れないこと(彼は会場内でも迷子になる)
 ひとつ、ポケモン関連の会話の主導権を握ること(ダンデくんも詳しいけど、どうしてもバトルや戦術に偏るきらいがある)
 ひとつ、ガラル粒子やダイマックスバトルなどの専門知識をできるだけアピールすること(バトルタワーの目玉なので、ここは派手に、とのお達し)
 正直、どれもこれも得意分野なので、ほっとした。それ以外の社交術ももちろん必要だったけど、うまくダンデくんがフォローしてくれたり、わたしの知識でカバーできたりと、息の合った時間が流れる。
 最初こそガチガチだったわたしだけど、時間が過ぎるにつれて、少しずつ余裕ができてきた。
 そうすると、やっぱり気づいてしまう。わたしの傍らに立つ男の、眩しいほどの魅力に。
 彼が動くごと、人の視線が集まる。話す言葉はどれも興味深げに受け入れられて、微笑みひとつで相手を魅了した。中でも妙齢の女性たちの秋波は相当なもので、隣にわたしがいようがいまいが、お構いなしだ。
 わたしは必死に、ダンデくんの傍らに立ち続けた。どんなに不躾な視線にも、しり込みするようなプレッシャーにも耐えて、ひたすらに、彼のパートナー役に徹していた。
 でも……時間がたてばたつほど、痛感させられる。
 ダンデくんは、輝くガラルの一等星。ブラッシータウンやハロンタウンで会う時は、彼は昔ながらの幼馴染のままだったけれど、公的な場で堂々と責任を果たす姿は、わたしなんかには到底手が届かない存在だ。
 それを実感すると……彼に望まれたわけでもないのに、ズルい立ち回りでここにいる自分が、心底情けなくなった。
 ダンデくんは、ずっとわたしに寄り添ってくれている。分不相応の場所で必死に虚勢を張る幼馴染を、まるで守るように。彼の窮地を救う、白馬の王子様だったはずのわたしは、気がつけばすっかり彼にフォローされる、凡庸なパートナーに成り下がっていた。
 本当は、彼をもっと輝かせられる、お似合いの一等星がいるんだろう。
 わたしは、たまたまチャンスが回ってきただけ。オリーヴ女史の眼鏡に適い、ダンデくんの輝きにも負けず、もっともっと彼の役に立てる、素敵なお姫様に会う前に、無理矢理彼の隣に立っている。
 わたしは、長年のしつこい片想いを諦めたくなくて、勝負を仕掛けるためにここに来た。
 けれど、結局思い知ったのは、自分とダンデくんのあまりの違い、距離の遠さ。
 知りたくなかった、真実だ。
 いつのまにか思考が卑屈な方向に向かっている。まだ任務が残ってるというのに、と、わたしは気合を入れ直すように笑顔を張り付けた。
「ソニア!」
 やがてそろそろひと段落ついたかな、と気がゆるんだころ、聞き馴染んだ親友の声がした。パッと顔を向けると、まるで絵画の中から抜け出してきたような完璧な出で立ちの女神さまが、こちらへやって来る。
「あっ、ルリナ~」
 ルリナの顔を見て、思わずゆるんでしまった。いけない、と思いつつも、泣いてしまいそうになる。
 その時ようやく、自分が極限まで張りつめていたのだと気づいた。こっちから買って出たパートナー役なのに、うまくできたかどうかもわからない。もしかしてダンデくんは、かえって仕事が増えた、とがっかりしているかも。優しいから、なにも言わないだけで。
 そんな不安をおくびにも出せず、わたしはルリナに満面の笑みを向けていた。
「綺麗よ、ソニア。やっぱりマーメイドラインで正解ね」
「ルリナもすっごい綺麗~! えっ、ちょ、背中どこまで見せ……あああ、やばいよルリナ、女神様じゃん~」
 緊張がゆるんで、ちょっぴり変なテンションになっている自覚はあった。でもとにかく、平気な顔をしなきゃ。
 そんなわたしに、ダンデくんがそっと耳打ちしてきた。
「ソニア、ルリナとラウンジに行ってきたらどうだ。挨拶は大体終わったし、少しくつろいでこいよ」
「え、いいの?」
「グッドアイディアね、ダンデ。少しだけ、ソニアを借りるわよ」
「ああ、食事も美味いぜ、ゆっくり堪能してきてくれ」
 わたしのためらいはふたりに黙殺されて、あれよあれよとルリナと一緒に会場を出ていく。華やかなそこから離れただけで、わたしはようやく息ができたようにおおきく深呼吸した。
「ソニア、顔色悪いわよ。だいじょうぶ?」
「え? ほんとに?」
 慌ててほほを抑える。主催者のパートナーが具合が悪そうだった、なんて後から言われれば、ダンデくんに迷惑が掛かってしまう。
 そんなわたしの腕を引き、ルリナは足早にラウンジを巡った。
「大丈夫、会場は明るいから、気づかれなかったと思うわ。わたしくらいよ、ソニアの調子に目ざとく気付くなんて。……まあ、ダンデも気にしてたから、ソニアを休ませたかったんでしょうけど」
「うわぁ~、そっかぁ。ダメだなぁ、わたし……」
 がっくりと疲労が肩にのしかかる。自覚すると、もう一歩も歩きたくなくなった。
「ルリナぁ、座ろうよ~」
「ラウンジじゃ人目があるでしょ。休憩用の談話室があるはずだから、そっちで休みましょう」
 人目があるところでは、主催のパートナーの仮面は外せない。ルリナの気遣いに、わたしは改めて感謝した。


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