薔薇はまだ枯れない




 Scene 2. 崖っぷちは、同じ高さ



「ソニア。実は、頼みがある」
 珍しく、手土産持参でやってきたオフモードの幼馴染は、神妙な顔でそう言った。
 こちとら、丁寧なアポイントメントを受けた瞬間から、何事があったのかと落ち着かない時間を過ごしていたのだ。いまさらそんなふうに、深刻ぶられたって驚いてやれない。
 わたしはいっそやけくそのように、あっけらかんと答えた。
「はいはい、なぁに?」
「え? オレが頼みごとをするって知ってたのか?」
「いや、知らないけど。でもまぁ、普段全然気を使わない王様が、こんだけお膳立てしてくれば、なんかあるって思うでしょ。で? なにがあったの?」
 できるだけ、気にしてなんかいませんよってふうを装って(思えば、恥ずかしい見栄だ)問うと、ダンデくんは素直に話し始めた。
「実は、結婚しなきゃいけないかもしれないんだ」
「は?」
 なんだそれ。けっこん……まさか結婚のこと??
 わたしがあんぐりと口を開くと、ダンデくんはわずかに視線をそらせて、ほとほと困った、というふうに肩を落とす。
「厳密にいえば、婚約でもいいんだけど。いや、そもそもそうするつもりも予定もなくて、つまり、なんでこんなことになったかっていうと、バトルタワー一周年の記念式典のせいなんだ」
「はあ……」
 ダンデくんもテンパっているのか、要領を得ない話の流れを無理やり噛み砕くと、こういうこと。
 バトルタワーっていう、とんでもない一大興行を成功させちゃったガラルの王様には、その立場に相応しいお妃様が必要。でも、いままでポケモンバトルばっかりで、その方面の人脈やお作法を疎かにしていたダンデくんは、まさにギリギリ崖っぷちに追い込まれている、と。
 いや……なに時代の話だよ、コレ? って思うけど、そもそもダンデくんの立ち位置、ガラルにおける彼の貢献度や象徴としての大きさを考えれば、オリーヴ女史の懸念もわかる。
 つまりさ、一日も早く、ダンデくんには企業人として一人前になってほしいんでしょ。前リーグ委員長のローズさんのように。というか、彼の爪の垢を煎じて飲んだ、くらいのレベルには。
 そのためには、手っ取り早くいいとこのお嬢さんをあてがうのもひとつの手。リーグやバトルタワーに貢献できるような、血筋、財産、家柄も正しいお姫様を、王様に献上する。
 そうでなければ、ダンデくんそのひとが、華麗な恋愛戦場を泳ぎ抜いて、数多の有益な女性たちを、それこそ『ビジネスライクに』手玉に取ることが必須。決して恨まれず、さりとて責任を負うこともなく、対等で、ちょっぴりずる賢く立ち回る……英雄色を好む、ってやつ。
 そんな真似、ハロンの純朴な牧童の血を引くダンデくんが、逆立ちしたってできるわけがない。
 つまり、オリーヴさんもわかってるのだ。ビジネスライクかつ、誠心誠意『ダンデくんの立場』を慮れる、友情や親愛を伴う奇特なシゴデキ女性がいない限り、リーグが用意したお姫様を、とりあえず押し付けるしかない、と。
 いや……ホントに時代錯誤だな!
 でも案外、上流社会、経済界なんかは、こんな前時代的なしがらみが当たり前にまかり通っている。きれいごとだけでは、社会は回らない。  
 それは、わかるんだけど。
「……」
 わたしは、目の前で必死に『自分のパートナー役になってくれれば、こんな特典もありますよ』と、セールストークをかます幼馴染を見つめながら、ふつふつと胸に湧き上がる怒りと戦っていた。
 怒り? いや違う、これは……焦り。
 わたしがのほほんと、幼馴染という微温湯に浸かって、本当に欲しいものに手を伸ばすこともなく、初恋を引きずりながらグズグズと心地いい距離感に甘んじていた間、ガラルの一等星は婚活市場の目玉商品としてラッピングされかけている。
 そんなこと、誰が許す?
 わたしは三度、恋を諦めた。でも、自分から諦めるのと、横から誰かにかっさらわれて、無理やり諦めさせられるのとでは、全然話が違う。
 誰かに獲られるくらいなら、獲りにいってもいいじゃない。
 崖っぷちなのは、こっちも同じ。幼馴染でもいいんだ、なんて、吞気に構えていられる時はもう終わりだ。
 勝負に出て、ダメならそれはそれでいい。でも、一度もボールを構えないなんて、サンダーソニアの名が廃る!
「いいよ」
 諦めたようなダンデくんに、わたしは力強く言う。いいよ、その勝負、わたしも乗った。
 わたしが勝手にダンデくん争奪戦へ名乗りを上げているとも知らず、ダンデくんは驚いたように目をまるくしていた。本気で、わたしが協力するとは思ってもいなかったみたい。
 本当に、心底わたしに興味がないんだな、ダンデくんは。もしもわたしのことが好きなら、ちょっとくらい期待するものだろう。
 この絶望的な脈のなさに、怖気づくなよ、サンダーソニア。
「だ……だけど、ソニア! オレのパートナーになるってことは、つまり……」
 言いよどんだダンデくん。ちょっとちょっと、今更そこで、我に返られても困るよ、お兄さん。
 きみが始めた物語だ。最後まで付き合ってもらうからね。
「周りから、恋人とか婚約者に見られるってことでしょ? そんなの、別に肯定も否定もしなきゃいいじゃん」
 そんなふうにつらつらと、思い切り『ソニアちゃんはお得だよ』とアピールすると、ダンデくんはようやくほっとしたように笑った。
「サンキュー、ソニア。正直、めちゃくちゃ助かるぜ!」
 その屈託のない笑顔に、ちょっぴり傷ついたことを完璧に隠して、わたしはサクサクと駒を進めた。グズグズして、ダンデくんが我に返ったら一大事。幼馴染をパートナーにするなんて、家族や知り合いに誤解されたら色々と面倒だ……なんて、現実的なことを言い出さないとも限らない。
 わたしは自慢の事務処理能力を発揮して、一か月後の式典パーティーまでのスケジュールを詰めに詰めた。
 まずは、オリーヴ女史との打ち合わせ。これは、微に入り細を穿つ慎重さを要する。ここで万が一、ダンデくんの有益なパートナーとして失格の烙印を押されたら、あれよあれよとラッピングダンデが復活してしまう。
 幸いにも、わたしは及第点を貰えたらしい。最初の顔合わせの時に、オリーヴ女史は気だるげな流し目でわたしを眺めて、こっくりと頷いてくれた。ポケモン博士でよかった! と、わたしは心底自分の社会的地位を喜んだ。しがない助手のままだったら、戦場にも立てなかっただろう。
 そして、外堀を埋めるために衣装やアクセサリーの手配を急いだ。これはもちろん、自腹ではどうしようもない。せめてレンタル代は経費で落ちますよね……? と恐る恐る問えば、オリーヴさんは軽蔑したように鼻を鳴らした。
「もちろん、オーダーメイドです。アクセサリーの一部はレンタルしますが、希望があればオーナーが買い取るでしょう」
「えっ、いやいい、いいです!」
 ドレスを仕立てる……ポケモンリーグ御用達の老舗ブティックは、王朝の頃から操業する正真正銘のセレブ御用達店だ……ことだけでも、とんでもない金額だろうに、アクセサリーまで揃えたら、お芝居のパートナーにかけるには非常識な出費になってしまう。
 せめて、ダンデくんが本当に贈りたい相手ができてからにしてほしい。もちろん願わくは、それがわたしであればいい……とは思うけども、とりあえずいまは違う、いまは無理。
「どうしてだ? レンタルなんてまどろっこしい、ついでに全部そろえた方がいいんじゃないか?」
 打合せには必ず同伴してくれるパートナー様が、横で呑気なことを言う。あなたのお財布がどれっくらい膨らんでるか知らないけどもね、アクセサリー一式の値段、わたしが涙を呑んで諦めた、最新検査機材とほぼ同額なんだよ。ポケモン研究所の年間予算の三分の一。やってらんないわ。
 そんな危なっかしいやり取りも、なんだかんだで楽しかった。わたしは時間が許す限り、シュートシティに通って式典に備える日々。それはもちろん、引き受けた依頼に対する責任感もあったけれど、わたしがパートナーになったことを心底恩に着ているようなダンデくんが、甲斐甲斐しくわたしに付き合ってくれるからだ。
 ダンデくんにとっては、崖っぷちの政略結婚から助けてくれた、白馬の王子様がわたし。だからこそ、こころから感謝の気持ちで寄り添ってくれるのがわかる。
 でもわたしからしたら、こんなに近く、こんなに親密にダンデくんと過ごせるなんて、それこそ子供の頃以来だ。ビジネスライクな関係とはいえ、それを最大限利用しない手はない。
「パートナーになってあげる、なんて偉そうに言ったけども、わたしの方がダンデくんにフォローしてもらわないといけないかも。頼りにしてるからね、ダンデくん」
 そんな情けない言い訳を盾にして、思いっきりダンデくんに頼り切った。いまさらか弱い女の子には見てもらえないだろう。でも、幼馴染のソニアちゃんにも、少しはいじらしい面もあるってことを、しっかりアピールさせてもらいます。
 衣装合わせの時は、ちょっと露骨かなってくらい勝負を仕掛けた。
 わたしが選んだドレスの色は、自分の髪の色にも似合い、ガラル社交界でも鉄板ともいわれている上品な色。宵闇の薄明けは、でもわたしにとったらダンデくんの色。それが一番重要だ。
 パートナーの髪や、瞳の色を身に着けるのは、古式ゆかしい愛情表現。そんな甘ったるい慣例を、ダンデくんが知ってるはずもないけど……知ってたら知ってたで、望むところだけど。
 でも、わたしがその色を選んだ時も、最高に素晴らしい出来栄えのものが目の前に仕上がってきてすら、ダンデくんはなにも言わなかった。
「似合うな、ソニア!」
 幼馴染の、きらきらと輝く太陽のような顔で、そう笑うだけ。
 ……へこむな、サンダーソニア。



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