薔薇はまだ枯れない




 Last Scene. 薔薇は永遠に枯れない



「――ソニア」

 その時、背後からダンデくんの声がした。ちょっと驚いて振り返ると、なんだか深刻そうな顔をした彼が立っている。
「え、ダンデくん?」
 わざわざ迎えに来てくれたのかな、と思って慌てると、ダンデくんは素早くこちらにやってきて、足元に膝をついた。心配そうに、わたしを見上げる。
「だいじょうぶか?」
「うん、ごめんね、ちょっと休憩したら、すぐに戻るから……」
 主催者が、そんなに長く会場を空けていていいはずがない。わたしはパートナー役のくせに、すっかりさぼってしまっていたことを謝って、ルリナが来る前に戻らなきゃかな、と腰を浮かしかけた。
 すると、ダンデくんがわずかに息を呑み、それからこちらを真っ直ぐに見つめる。
 その視線に、わたしは縫い留められるように固まった。

「――ソニア」
「なあに、ダンデくん?」

 平気なふりで答える。真剣な眼差しに怖気づいて、なんだかよくわからない不安に震えそうな身体を、懸命に堪えた。
 ダンデくんは、跪いた体勢のまま、わたしを見つめてこう言った。

「きみを愛してる」

 そしてそのまま、手に持っていた赤い薔薇を持ち上げる。その動きで、花弁が一枚、ほろりと散った。
 わたしはその間中、たぶんずっと息が止まっていた。目の前で、夢の中の王子様みたいにカッコいい装いのダンデくんが、縋るようにわたしを見つめている。
 とても現実とは思えなかった。
 呆然としているわたしに、ダンデくんは突然堰を切ったように話し始めた。
「きみに一度フラれても、どうしても諦められなかった。ずっと、自分自身をごまかして生きてきたが、もう、それもできない。きみが誰を愛していても、オレの気持ちは変わらない。だけど……オレは、きみの幸せを一番願っている。だから、この気持ちは受け取らないでいい。今夜限りで、忘れてくれ」
「え……」
 待って待って、情報量が多い。
 わたしは、突然のことにいまいち理解が追い付かないままで、それでも聞き捨てならない一言を素早く捕まえる。
 きみに一度フラれた?
 誰が? 誰に?
「……なんで?」
 思わず口からこぼれ出た、それはわたしのこころからの問い。
 だって、本当にわけがわからない。
「……なんで? ねぇなんで、ダンデくん?」
「ソニア?」
「なんで、そんな嘘つくの?」
 いったいどういうつもりで、そんなことを言うのか。わたしは真剣に理解できなかった。
 フったフラれたで言えば、わたしの方こそフラれてる。八歳の誕生日の告白、十歳の別離、十九歳の再会、それらすべて、明確な失恋ではなかったかもしれないけど。
 でも、間違いなくわたしは、ダンデくんに選ばれなかった。それは、いまも。
「嘘? 嘘なんかついてない、オレは本当にきみのことが好きだ!」
 それなのに、いまさらなにを言うんだ、この男は。
 本当は嬉しい言葉なのに、理屈に合わないことが大嫌いなわたしは、可愛げもなく叫んでしまう。
「ちっがうよ!! わたしが聞いてんのは、なんで、わたしにフラれたとか言ってんの!?」
「えっ?」
 心底ぎょっとしたように目をまるくする幼馴染に、わたしはありったけの矜持を込めて続けた。
「いつ、わたしがダンデくんをフッたんだよぉ! あり得ないでしょ、そんなこと!」
「い、いつって、覚えてないのか? オレがチャンピオンになった時だ」
「はぁ!? 10歳のころ? 嘘だよ、わたし告白なんかされてない!」
「ひどいぜ、ソニア! オレはちゃんときみに言ったぞ、『ずっと一緒にいてくれ』って!」
 それは――確かに言われた、覚えてる。
 でも、それは!
「そんっなの!! 当たり前じゃん、あの時のわたしが、ダンデくんといっしょにシュートシティで暮らすなんてできないよっ! お互い子どもで、自分の生き方を選べる年じゃなかったじゃん!」
 わたしの正論に、けれどダンデくんは、棒を呑み込んだような顔で目をまるくした。それから、めまいでも感じているように額を抑えて、がっくりと項垂れる。
「――オレは……そういう意味で、言ったんじゃなくて。きみのことが好きだから、この先の人生も、いっしょにいてほしいと……物理的な距離のことじゃなく、精神的な……」
 彼には珍しい、心底弱り切った囁きを拾って、わたしは唖然と口を開いた。
 え……えぇ? なに、それ、なんなの、それぇ……
 ダンデくんてば、あの時そんなふうに思っていたの? 八歳の告白の時は、こっちの可愛い恋心に気づきもしなかったくせに、たった二年の後、そんなロマンチックなこと、考えるようになってたの?
 わたしはあまりのことに整理ができず、泣きべそをかいて言い訳した。
「そ、そんなの知らないよぅ! わたしは、ダンデくんが一人でシュートで暮らすのが寂しくて、不安だからそう言ったんだと……でも、わたしだって寂しいけど、おばあさまたちと離れて暮らすなんてできないし、だから、それは無理って言ったんだけど……」
 改めて考えると、情緒がなかったのは圧倒的にわたしだ。八歳のダンデくんよりひどい。
 あの時、ちゃんとダンデくんの気持ちを汲んで、ちいさな初恋を実らせていたら、その後はどうなっていただろう。物理的な距離が離れても、仲良しの幼馴染のまま、その気持ちの上に順当に、恋を積み重ねて過ごせただろうか。
 わたしは、あまりのことに呆然としてしまった。けれど、そんなわたしよりもがっくりときているようなダンデくんが、こころの底から情けない声を上げる。
「……なんてこった……」
 その、嘆きの声に。
 わたしは現金にも、むくむくと元気を取り戻していった。
 わたしよりも、ショックを受けているダンデくん。
 心底から悲しげに、ふたりの過去を嘆くダンデくん。
 そして――わたしを愛している、ダンデくん。
 そんな姿を見せられて、わたしだって黙ってはいられない。
 チャンスはいま……五歳の頃から温めて、大事に大事に胸に抱いた、とっておきのボールを構えて。
 わたしだけの愛しいポケモンを、ゲットするのだ。
「……ダンデくん。わたしの返事、聞かないの?」
「え?」
「ダンデくんの気持ち、受け取らなくていい、忘れてくれって言ってたけど……本当に、そうしていいの?」
 そうしてくれって言われたって、絶対にそうはさせないんだから。
 わたしの言葉に、ダンデくんはハッと我に返ったように瞳を上げて、再び薔薇を掲げ持った。随分寂しく散ったその薔薇は、けれどダンデくんのおおきな手の中で、なによりも尊い宝石のように輝いている。
 それからダンデくんは、騎士が姫君に乞うように、誠心誠意を捧げてくれた。

「きみを愛してる、ソニア。オレの恋人になってほしい」
「はい。わたしも愛してるよ、ダンデくん。ずっと……ずーっと昔から」

 堪えきれず涙が零れたけれど、わたしは心底幸せだった。
 四度目の失恋は、きっと一生訪れない。




END.


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