【11/22 いい夫婦edition】
初めて二人が会った時、どちらもまだ子供だった。
「はじめまして、エルトシャンさま。グラーニェともうします」
たどたどしい挨拶は舌ったらずのそれで、当時反抗期という中二病まっ盛りだった彼は、言下に切って捨てた。
「初めまして。だが俺は子守はしない主義だ。向こうで遊んで下さい」
園遊会の会場は、大人たちの独壇場だった。彼らの親は、幼い婚約者同士を引き合わせた後、上機嫌で仕事の話をし始め、子供たちは追い払われた。
その子供同士の縁組をもって発展するはずの話に、当人たちが除外されるという理不尽を憎んだ少年は、それよりもなによりも、自分の妹とさして変わらないような年頃の幼女を押しつけられたことに純粋に腹を立てていた。
幼いとはいえ帝王学を学んでいる彼は、当然異性に対する礼儀作法もわきまえている。けれども、彼にとっての『異性』とは、少なくとも頭に大きなリボンをつけて、顔の半分もあるような眼鏡の奥できょとんと大きな眼を丸くし、ぽかんと口を開けてこちらを仰ぎ見る幼女では決してない。
エルトシャンは、小さな婚約者を清々と追い払ったつもりだった。けれども彼は、幼い妹を持っているにしては見通しが甘く、その年頃の幼女がどれほど我が強いかを失念していた。
「エルトシャンさまって、とってもお子さまなのですねぇ」
「は?」
白いレースのふんだんにあしらわれた愛らしいワンピースの幼女が、腰に手をあて、両足をしっかと開いたいわゆる『仁王立ち』の姿勢でこちらを仰ぎ見ている。
「ふつう、ちいさなおんなの子にたいして、そんなふうにじゃけんにはしませんわよ。げさくもげさく。そんなんじゃ、こっちだっておんなのいじです、泣くかおこるかするしかないじゃありませんか。それってとってもめんどうくさいことじゃありません?」
「……失礼。グラーニェ、君はいくつ?」
「まあ、さきほど父からしょうかいをうけたはずじゃないですか。もうおわすれ? エルトシャンさまはゆうしゅうな方ときいていたのだけれど……」
小首を傾げるグラーニェの、そのあまりの小憎らしさに、反抗期であり思春期である、いわゆる難しい年頃の少年は当然の如くむっとなる。
「もちろん覚えてる。当年とって9歳。だが、俺の知っている9歳は、こんなこまっしゃくれた話し方をしないものでね」
「まあそうでしょうね。わたしもときどき、こんなふうに話すのって十年はやいんじゃないかしらって思います。でも、思ったことを口にしないのってとてもきぐろうよ。あなたには縁のないことかもしれないけれど」
「……本当に9歳か? 不気味だな」
本気でそう思い、あまつさえ口に出すエルトシャンを呆れたように見上げて、グラーニェが溜息をつく。
「……エルトシャンさま。わたし、あなたがこの先、そのお口のわるさとデリカシーのなさで、とってもくろうをすると思います。まちがいありません」
「……断言するな。俺だって、時と場合と相手くらいは選ぶさ」
「はじめて親のきめたいいなずけに会って、その親がすぐそばにいる時、とうのいいなずけあいてにこのたいどでは、そのおことばのしんぴょうせいもあやしいものだわ」
「許嫁ねえ……」
小馬鹿にしたように鼻で笑い、エルトシャンは、その年頃にはもう、眩いばかりの美しさを有する顔貌を意地悪げに歪めた。
「あんな話を真に受けるあたりは、確かに9歳のようだ。生憎だが、俺は子供のままごとに付き合う気はさらさらないぞ」
「エルトシャンさま、しつれいなことおっしゃらないで。わたしにだって、ままごとの相手くらいえらぶけんりがあります」
大きな円い眼鏡を両手でずり上げて、グラーニェはさも小馬鹿にしたように答える。エルトシャンはむっとして、上背ではるかに勝るをいいことに、威圧するように彼女を見下ろした。
「では、本気だとでもいうのか? 俺が、本気で9歳の子供と婚約すると?」
「あなたが、というよりも、あなたのお父さまと、わたしのお父さまが決めることです。いいなずけってそういうものよ?」
「断る」
「わたしに言ってもしかたがないことですよ?」
呆れたふうに肩を竦める幼女の言葉は、いちいちと癇に障った。普段、口喧嘩では(もちろん実戦でも)負け知らずの頭の回転率を誇るエルトシャンだったが、どうしてかこの幼女相手には旗色が悪い。相手が子供と思って遠慮するような柄でもないので、エルトシャンは我ながら居心地が悪い違和感を感じていた。
目を瞑り、とりあえず10数える。相手は子供、相手は女。それを念仏のように繰り返した後、ようやく目を開けると、生意気な幼女はぐんと背伸びをしてエルトシャンを見上げていた。
「……なんだ」
「ほほほ、ごめんあそばせ。あなたがとってもおきれいだから、つい」
「……」
面と向かって褒められることは珍しくはないが、これほど空々しい賛辞は初めてだった。エルトシャンはそれでも、小さな彼女の自尊心を傷つけるチャンスを逃さずに言う。
「ふん。そうか、君は面食いなんだな。俺の顔が気に入ったんだろう。そこへ来て、親が婚約なんぞ言い始めた。お気に入りの人形を貰えたようで嬉しかったんだろう。その俺に冷たくされて、機嫌を損ねたというわけか。子供だな」
まくしたてるようなエルトシャンの言葉に、まじまじと彼の顔を眺めていたグラーニェが、悪意のない顔でぽかんとし、それから腹を抱えて笑いだした。
「ほほほほほ、やだわ、ほほ、エルトシャンさまって、思ったよりもおもしろい方ねえ!」
「……」
その爆笑には嫌味はなく、けれど心から笑っているのがわかるので、エルトシャンはますます憮然となった。グラーニェは、終いには涙さえ浮かべた笑いを必死に堪え、震える声で言う。
「ふふ、わたしがめんくいというのは半分あたっています。でも、おんなのこはたいていきれいなかおが好きですわよ? たしかに、あなたのお顔はかんしょうにたえます。じっと見てもあきないわ。でも、こんなに口のわるいお人形はおことわり。頭にきて手足をもぎたくなっちゃうわ」
「……」
「あなたに冷たくされて、きげんをそこねたというよりは、なんだかおもしろくなってきました。こんなにきれいなかおで、こんなに性格がわるいなんて、なんだかものがたりに出てくる魔女みたい」
「……魔女? なんで女なんだ。俺は男だ」
「だって、魔女はきれいでせいかくが悪いってそうばが決まってるじゃありませんか。男の方でそういうのって、そうねえ……あっ、あったわ! びじょとやじゅうのやじゅうね!」
「……」
はぁ、と重く溜息をついて、エルトシャンはそろそろ限界に近付いてきた。これ以上、ここで小生意気な許嫁の不躾なお喋りを聞いていると、柄にもなく大声を上げてしまうような気がする。
反抗期でも思春期でも、否、だからこそ人前で声を荒げるのは、彼の美学に反した。
「失礼」
それでも一応、礼儀の欠片を思い出し、小さな挨拶をして踵を返すエルトシャンに、グラーニェはにっこりと天使のように愛らしい微笑みを浮かべた。
「げんきをだして、エルトシャンさま。せいかくがわるくてみんなにきらわれていた元王子さまのやじゅうは、ほんとうの愛をみつけてきれいな王子さまにもどることができたのよ。まあ、わたしはやじゅうのときの方が好きだけど…それはともかく、きっといつか、あなたもほんとうの愛をみつけて、そのせいかくのわるさがなおるとおもうわ」
「……」
何の慰めにもフォローにもなっていないその言葉を、恐らく心から良かれと思って発しているのだろう得意げな顔を振り切るように、エルトシャンは強い日差しの中をひたすら歩き続けた。