【11/22 いい夫婦edition】
ある晴れた、穏やかな昼下がり。
大教母としての執務を終えたマルグレーテ・ファティマは、夫であるアヴェ国大統領バルトロメイ・ファティマのために、彼の好きな苦味のあるコーヒーを丁寧に淹れて彼の執務室へと向かった。
ノックをし、応答を得て扉を開ける。この時間、大統領は午後の政務に一区切りをつけ、妻とのささやかなコーヒーブレイクを楽しむことが、彼の日課であった。
「ごくろうさま」
大統領の執務室には、二、三の補佐官がいた。にっこりと聖母の微笑を向ける大統領夫人に、年若い彼らは若干頬を染めながら礼をとる。
大統領が、無言で夫人に顎をしゃくった。少しだけ肩を竦め、マルーは持参したティーセット(正確にはコーヒーだが)を備え付けの豪奢なソファテーブルに置く。
補佐官たちは心得たようにそれぞれの書類を手にして、速やかに執務室を辞去した。
「お仕事忙しいの?」
椅子の背に反り返って硬い筋肉をほぐすような夫の仕草に、マルーは気遣うように問いかける。
「ちょっとな。面倒臭ェ懸案が一週間かかっても決着つかねえんだ」
バルトは答えて、立ち上がった。そのまま大股でソファへと歩み寄ると、暖かな湯気を立てる香ばしいコーヒーの香りを吸い込み、溜息をつく。
日の光に照らされて少しばかり疲労の色が濃くなった彼の顔色に、マルーは僅かに眉を寄せた。それから、その傍らに腰を落とし、柔らかな手を彼の頬に滑らせる。
「無理してない?」
「してる」
ほっそりと温かい妻の掌が、そのまま疲れを吸い取ってくれるような気がして、バルトは無意識に瞼を閉じて全身の力を抜いていた。
「うーん」
素直な返事に、マルーが難しそうに唸る。何とかして彼の負担を軽く出来まいかと思案し始めた、相変わらずの妻を薄目で見やり、バルトは苦笑した。
「嘘だよ。今日明日にはカタがつくから心配すんな」
「ホントに?」
「ああ。だけど今夜は、帰るのが遅くなる。先に寝てろよ」
その言葉に、マルーは少しだけ困ったように微笑んだ。
「若が頑張ってるのに、寝てられないよ」
「ばーか。いいから寝ろって。お前は明日も大教母様やらなきゃなんないんだから」
「若だってそうでしょ? 年中無休の大統領閣下」
「俺はいいんだよ。戦艦暮らしで体力ついてんだから」
「ボクだって、ちょっとくらい夜更かししたって平気だよ」
いつも通りの平行線に、バルトははあ、と溜息をついて、すぐ傍にあるマルーの肩をひょいと抱き寄せると、何の抵抗もなくバルトの胸に寄り添ったマルーのつむじに軽くくちづける。
「いいから。ベッドあっためといてくれって言ってんだよ」
アヴェの夜は冷え込む。けれど、いつだって傍らに、この柔らかく暖かな心地よい身体が寄り添っていてくれれば、一日の疲れなど一瞬で吹き飛ぶのだ。
「湯たんぽ入れといてあげるよ」
けれど、頑固な妻はわざとそう言い、悪戯っぽく微笑む。
「人間湯たんぽでじゅうぶんだっつーの」
「んじゃ、代わりにエヴァを入れておくから」
「あのなー。あいつが一人で寝れるわけねェだろ。また俺たちのベッドがぬいぐるみに占領されたらどうすんだ」
「じゃ、エドにする?」
「夜中にハイキックで起こされるのはカンベン」
「じゃ、諦めてボクと一緒に寝ようね」
くすくすと笑いながら言う妻に、バルトは諦めたように溜息をついた。
「最初から、お前以外の誰かと寝るなんて言ってねーぞ俺は」
「若、一人で眠るの嫌いだもんね」
「……寒いだろうが」
「ボクも一人寝は嫌いです」
「……」
「隣に、自然発熱してくる硬くておっきなかたまりがないと、眠れないの」
「……」
マルーを抱いた腕に、きゅう、と力がこもる。
「だから早く帰ってきてね」
甘えるように言って仰向いた微笑みに、バルトは無言で唇を落とした。