【11/22 いい夫婦edition】
湯上りのしっとりとした肌に、寝支度を整えたマルーが寝室に入ってくる。一足早くベッドに寝そべりながら最新ギアカタログなどを眺めていたバルトが、何の気なしに声をかけた。
「遅かったな。エヴァがぐずったか?」
「……ううん。ちょっとエドとお話してたの」
ぱさりと寝間着の上に着ていたローブを脱ぎ、ベッドサイドの椅子にかける。そのまま、マルーはちょこんとそこに腰掛けて、静かに息をついた。
「どうした?」
しばらくして、カタログから顔を上げたバルトが怪訝そうに問いかける。一向に隣にこない妻に顔を向けると、彼女は華奢な手足を折りたたむように、椅子の上で膝を抱えてぼんやりしていた。
バルトの声にはっとしたように、マルーが顔を上げる。ぱちぱちと何度か瞬きをしながら、訝しんでこちらを見ている夫の姿に初めて気付いたように視線を返した。
「マルー?」
背を預けていた枕から身を起こし、バルトが再び問いかける。
「……」
マルーはじっと、夫の姿を眺めていた。その視線はどこか虚ろで、けれどとても真剣に、彼のよく鍛え上げられた上半身を観察している。夫婦の寝室とはいえ、あけすけに眺められる居心地の悪さに、バルトは軽く咳払いをした。
「……なんなんだ? 今更珍しくもねえだろ、俺の身体なんて」
それでもどこか、気恥ずかしい。恥じらいを感じることそのものが、今更すぎて照れくさい。
そんなバルトの様子に、マルーは夢から覚めたような面持ちでぱちくりと目を見開き、そして同じく頬を染めた。
「ご、ごめん」
結婚生活も軽く二桁の大台に乗っている夫婦は、まるで新婚時代にでも戻ったかのようにぎくしゃくと視線をそらせ、その久しぶりの感覚に、バルトは再び咳払いをする。
「なんかあったのか?」
「……ん」
ようやく、マルーが小さく頷いた。それから、身体を縮こませるようにして座っていた椅子から立ち上がり、とことことベッドに近づく。バルトのすぐ傍らにぎしりと腰を下ろすと、華奢な肩をため息とともに落とした。
「……今日ね」
「ああ」
マルーの棗の髪から覗く、白いうなじのラインを眺めながらバルトが相槌を打つ。
「エドが、身体測定したんだって」
「ああ、そういやそうだったな」
はたと思い出し、頷く。今年14歳になる彼らの息子は、最近ますます逞しくなった。親として、誇らしい思いにバルトの胸が膨らむ。
対照的に、何故かマルーは沈んでいた。
「それがどうかしたのか? まさか、何か悪い結果でも……」
「ううん、そうじゃないよ。そうじゃなくて……」
なかなか言いにくそうにしているマルーのうなじに、バルトがそっと手を伸ばした。温かな掌が、慣れた動きでマルーの首筋を揉んでいく。リラックスさせる夫の仕草に、マルーは後押しされるようにほっと身体の力を抜いた。
「……エドね、ボクより大きくなったんだ……」
「は?」
ぽそりと囁かれた言葉に、バルトは一瞬きょとんとなる。首を揉む手も止まり、不思議そうな空気が流れる中、マルーがくるりと振り返って、バルトを正面から見上げた。
「いつの間にかボク、エドに身長追い越されちゃってたんだ」
「……だから?」
思わずついて出たバルトの正直な感想に、マルーはそれでも傷ついたように眉を寄せた。
「若はいいよ。まだ当分そんな心配ないもの。でも、ボクは……ボク、もしかして、エヴァにも追い越される日が来るのかな……」
「なあ……それって悪い話か? 俺的には、息子や娘がすくすく成長してくれんのはありがたい話だと思うけど」
再びマルーの首に、今度は正面から伸ばしたバルトの手を、マルーはぱしりと掴んだ。
「ボクだってそう思うよ! 思うけど……そういうのとは裏腹に、思っちゃうんだもの……」
「思うって、なにを?」
「……ボクってやっぱり……ちびだなあ、って……」
「はあ?」
再び、バルトの口から間の抜けた声が上がる。マルーはとうとう怒ったように、掴んでいたバルトの手を思い切り抓った。
「い、いててててっ」
「もうっ! どうせ若にはわかんないよ、こんなボクの気持ちは!」
「ってー……ったく、なんなんだよ一体。大体お前、別に極端にちびじゃねえじゃんか。シスターの中にだって、もっと小柄な奴いくらでもいるだろ」
マルーは姿勢がよく、スタイルもよいため傍目には実際よりも長身に見える。それを差し引いたって、160センチは小柄とはいえない。勿論大柄でもないが。
そんなバルトの言葉に、マルーは少女のようにむくれた。
「ちびだもん。昔からボクは、若の隣に立つとすんごい差を感じてたもん」
「そりゃお前……俺と比べること自体がおかしいだろうが」
188センチに張り合おうという方が、そもそもおこがましいのだと、バルトは呆れたように肩を竦める。その仕草に、マルーはカチンときたように眦をあげた。
「若のね、そーゆー態度が頭にくるのっ」
「そーゆーって」
「自分がおっきいからって、余裕綽々でさ! 背丈だけじゃないよ、腕だって足だって長いし大きいし、手のひらも指もなにもかもぜーんぶがっしりしてるしっ」
「だから今更そんなこと言われてもなあ」
「ボクだって、もっともっと……ドミニアさんほどなんて贅沢は言わない、でも、せめて、ユイさんかキュランくらい欲しかった……」
はあ、とため息をついて、しょげ返るマルーを見下ろしながら、バルトは件の元エレメンツ並みに鍛え抜かれた長身のマルーを想像しようとして失敗した。想像力がストライキを起こしている。
そんなバルトに構わず、マルーは小さな肩をますます小さくして俯く。
「ボク……もっと大きくなりたかったな…」
思わずついてでたような弱音に、バルトはひょいと眉を上げた。それから、がしがしと頭をかき、マルーの羨む長くてがっしりした腕を伸ばす。
「ひゃっ?!」
ぐい、と腰を取られ、マルーはいとも簡単にバルトの膝の上に乗せられた。そのあまりの手際のよさに、呆気に取られていたマルーは、けれどすぐに悔しそうに頬を膨らませる。
「ほらー! もう、若はすぐこうやって、簡単にボクのこと抱っこする!」
「いやか?」
にやり、と、まるで海賊のような微笑を浮かべる夫に、マルーはぐ、と言葉に詰まって、赤い顔をそらした。
「そういう問題じゃないもん」
「だったら聞くけどよ、お前、なんでそんなでかいってことにこだわってるんだ?」
「え?」
その問いに、マルーは思わず目を丸くしてバルトを見つめた。膝の上にマルーを乗せ、その細い腰にずしりと腕を回したバルトが、至近距離で蒼い双眸を光らせる。
「お前は何のために、でかくなりたいって思ったんだよ」
「それは……」
若のため。
若の力になるため。
若を助ける存在になるため。
マルーの表情からそれを悟り、バルトはますます笑みを深める。
「今、お前は俺の腕の中にいる。重さも、形も、柔らかさも、全部俺にぴったりだ。それじゃだめか?」
「……」
そう言って、腰に回した腕に力を込めるバルトに、頬を染めたマルーが蕩けるような微笑を浮かべた。
「……だめじゃないね」
「だろ?」
「……ボク、このままでもいいんだよね?」
ほんの少しだけ。甘えるように、けしかけるように、尋ねる。
その言葉にバルトは意地悪く唇を曲げた。
「お前がこの先しわくちゃになろうが、ぶよぶよになろうが、そのまんまで俺にぴったりだぜ」
「……じゃ、この先若が、しわくちゃになってもぶよぶよになっても、こうして膝に乗ってあげる」
悪戯っぽく囁いて、笑うバルトの唇に、マルーは羽根のようなキスをした。