Trick of the Twilight




 街中が、そわそわとしたお祭り気分に満ちていた。
 幼い子供たちは、思い思いの仮装で顔なじみの家を訪い、可愛らしい声で『Trick or Treat』と唱和する。心得た大人たちは、ささやかなお菓子の包みを子供たちに与え、意気揚々と引き上げていく彼らの手提げランプが、街を明るく照らしていた。
「ふう、そろそろ打ち止めかな」
 ちいさく呟いて、ソニアは通りの向こうに消えていくランプの光を見送る。
 ブラッシータウンのポケモン研究所も、今日は早々に業務を終えて、軒先におおきなジャック・オー・ランタンを飾っていた。その印を目当てに、近所の子供たちがこぞって現れると、ソニアはカボチャの形のクッキーを渡して、喜ぶ彼らと一緒にイベントを楽しんだ。
 気がつけば、宵闇は濃くなり本格的な夜が訪れようとしている。少し多めに準備していたクッキーも残り少なくなり、子供たちの歓声も間遠になっていた。
 ふっと遠くを見つめながら、昔はあんなふうにお菓子をもらってはしゃぐ側だったな、とソニアは思い出してほほ笑む。ダンデとホップ、ふたりの兄弟と連れ立って、ブラッシータウンからハロンタウンまでの家々を巡っては、籠いっぱいのお菓子を貰った、ご満悦の思い出。
 あれから十年以上が経ち、いまはもう、仮装をして街を練り歩くこともない。シュートシティのようなおおきな街では、大人も仮装に勤しんで、ハロウィンにかこつけたお祭りを楽しんでいるようだったが、牧歌的なこの地方では、まだまだ子供が主役といった印象が強かった。
 最後にハロウィンの仮装をした年は、どんな姿をしていたっけ。ソニアは軒先に飾ったジャック・オー・ランタンを持ち上げようと屈みながら思う。
 あれは確か、ジムチャレンジをする前の年。まだよちよち歩きのホップの手を引いたダンデは、すっぽりと顔を覆うルガルガンのマスクをかぶり、長い毛並みの尻尾まであつらえた、ちいさな狼男に扮していた。ホップは首回りがふさふさとしたイワンコタイプのジャンプスーツを着ていて、そのさまは道行く人の顔をほころばせるほど可愛らしかった。
 そんな兄弟と一緒に手作りしたソニアの仮装は、ムウマージ風の魔女を意識したおおきな帽子に、たっぷりとしたマント姿。どちらもガラルでは見ない、または珍しいポケモンの仮装だったのは、ポケモン博士の孫たるソニアのちょっとした矜持だった。
 そんな子供時代を思い出しながら片づけを進めていたソニアが、研究所の中に入ったと同時に、背後の扉がカランコロン、と来訪のベルを鳴らした。
「はぁい」
 ジャック・オー・ランタンを床に置いてから振り返ったソニアの目に、飛び込んできたのは懐かしのルガルガン。ちょうど思い出していたところだったので、思わず「えっ」と驚きの声をあげてしまった。
「Trick or Treat!」
 ちいさなルガルガンは、変声期前の高い声でそう言った。ソニアはハッと我に返って、にっこりと笑う。
「あ、ちょっと待ってね」
 そう言って、棚に置いていた菓子の籠に手を伸ばすと、先ほどまでは確かに二、三個の包みが残っていたはずのそこにはなにもない。あれっ、と思って周りを確認しても、クッキーはどこにもなかった。
「ごめんね、お菓子はもうないみたい……」
 申し訳なさそうに言うと、ルガルガンはちょっと考えるふうに小首を傾げてから、ソニアの手をぎゅっと握った。
「じゃあ、トリックだな!」
「えっ?」
 ぎょっとしたソニアが反応する前に、ちいさなルガルガンの手は思いがけない力でソニアを引き寄せる。バランスを崩したソニアが、声を上げて彼の方へ身を倒すと、ふかふかとした狼の毛並みが難なく彼女を抱きとめた。


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