show you the shape of my heart
◆覚悟の夜◆
世界の命運をかけた最後の大戦から、数えて半年が過ぎようとしていた。
戦艦ユグドラシルは動力を失い、乗組員たちは新たな地での生活を始めることとなった。人類はその数を激減させ、人種国籍を超えた協力体制をとることが唯一の生き残る手段となり、舵取りは従来の国家の要だった者たちが担うこととなる。
中でも主力たり得たのは、砂漠の大国アヴェである。国土は大幅に破壊され、人口も半分にまで減っていたが、陣頭に立った亡王朝の忘れ形見の求心力はすさまじく、また、激動の最前線にいた対応力は他の追随を許さずに、復興への道筋を最も望ましい形で作り上げていった。
半年も経つ頃には生存を第一とする基本的なインフラも復旧し、戦後の混乱にもようやく解決の目途が立ってきた。アヴェ以外の主要国も体勢を立て直し、それぞれの地で本格的な復興が始まろうとしている。
そんな中、明日は故国ニサンへ帰還する予定のマルーは、半年世話になったアヴェの旧王城内で人を探していた。
国をまとめるべき立場の大教母が半年も他国に逗留していたのには、理由がある。アヴェよりも甚大な被害を受けたニサンの国土は、大戦後の混乱期に国家としての秩序を保つことは難しく、生き残った国民を一時的にすべてアヴェに受け入れていたのだ。
もともと二国は緊密な友好国であり、国家元首を筆頭に血族間の繋がりも深い。大半の国民は双方に親類縁者などを持ち、同じ宗教を信奉する同族であったため、目立った軋轢が生じることもなく戦後の混乱期を乗り越えてきた。
半年の間、大教母であるマルーは人心を慰めることに努め、同時に国としてのニサンを取り戻すべく奔走した。荒れた国土の復旧を計画し、そのための道筋を立て、様々な困難を周囲と協力しながら乗り越えていった。
そうして、ようやく明日という日を迎える。世界最高水準の復興を遂げているアヴェを出て、在りし日のニサンとは比較にもならない荒れた土地へ向かうことへの不安はもちろんあったが、なによりも、大教母としての存在を求める者たちを導くことこそが、いまの自分の最大の責務だと自負している。マルーの胸にあるものは、未来への希望だけだ。
けれどもただひとつ、最後にひとつだけ、どうしても確かめておきたいことがあった。
宵闇迫る黄昏時、王城の石畳をかがり火が照らす中、マルーは進んでいる。あと一時間もせずに始まる最後の晩餐で、探し人とは必ず会えるのだが、どうしてもいま、二人きりで話したいことがあった。
そんなマルーがやっとの思いで見つけたのは、一人バルコニーのカウチに座り、ぼんやりと一番星を眺めている青年。見慣れたその横顔に、ほっとしてすぐに声をかけた。
「若」
砂漠の夜は冷たい風を運んでくる。それに頬を撫ぜられて、マルーが無意識に首を竦めると、同時に振り返ったバルトの蒼い瞳がそれを見て、柔らかく細められた。
「そんな薄着でいたら風邪引くぜ」
きちんと長袖を着込んでいるバルトに対し、マルーは半袖の部屋着のままだ。砂漠の昼夜の温度差は心得ていたが、いまはバルトを探すことに夢中でうっかりしていた。
「じゃあ、一緒に部屋に入ろうよ。ちょっと話したいことがあって……」
「まあ、いいからこっち来いよ。寒いなら、ほら」
言って、バルトが自分の羽織っていたガウンの前を開いてみせた。その誘いに一瞬だけ躊躇して、マルーは素直に足を進める。ためらったことを悟られないように、ことさら無邪気を装って彼の傍らに寄り添って座った。
バルトはすぐに、ガウンごとマルーの肩を包み込み、自分の身体に押しつけた。体格差がある彼の服の中は広くて暖かく、その馴染み深い体温にマルーはほっと溜息をつく。
「んで? なんだよ、話したいことって」
マルーの肩を抱き寄せたまま、バルトは再び星を見上げていた。親密に体温を分け合いながらも、どこかよそよそしく感じる彼の声色に、マルーは無意識に息を呑む。
ここ数週間――正確には、ニサンへの帰国計画が本格的に始動した頃から感じていた、確かな違和感。それを暴きたくて、確かめたくて、いまここにいる。
マルーは顔を上げ、こちらを見ようとしない冷えた横顔へ率直に問いかけた。
「若。この先の未来で、ボクは若の隣にいられるのかな。それを、若は望んでる?」
「……」
一瞬、呆けたように隻眼を見開いたバルトは、真っすぐに自分を射抜くマルーの碧玉と視線を合わせて絶句した。彼のその無防備な驚愕に、マルーは勢いを殺がぬまま続ける。
「もし、若が望んでいないのだったら、いま、ここではっきり言ってほしい。従兄妹同士、国家元首同士のつながりに戻りたいのなら、ボクは若の意思に従う」
「お、おい……おまえ、なに言ってんだ」
狼狽した風のバルトに、マルーは凛然とした眼差しのまま答えた。
「若が、ボクとの関係を変えたがってるのはなんとなくわかってる。大戦前は……ユグドラに乗ってる頃は、いつも傍にいられたけど、もうそういうわけにもいかないもんね。明日ニサンに戻ったら、ボクらは復興復興でいままでのように会えなくなる」
「マルー」
「何年かかるかわからない。その間、若の事情も変わるだろう。ボクの周囲も変わっていく。お互い子供じゃないんだし、それぞれ責任ある立場だ。もしかしたら、……誰かとの婚姻のような形でしか得られない道を選ぶ時が来るかもしれない」
息継ぎもせず、一気に吐き出してしまいたい。泣くもんかと力を込めたマルーの碧玉の瞳が、恐ろしいくらいに美しく輝いてバルトを射抜いていた。
「若もボクも、国を背負った為政者だ。自分に課せられた責任は、子供の頃から覚悟してる。今更、若を困らせることはしないよ。だから若、ちゃんと言ってほしいんだ。自然消滅させないで。ボクにちゃんと、引導を渡して。そしたらボクは、若の言うことなんでも聞くよ――」
わずかに震えるくちびるが、なんとかそこまで言えた瞬間。
月の光を背負ったバルトの顔が、影になったままマルーに覆いかぶさってきた。
「ン……っ」
久しぶりに受けたバルトのくちびるは、氷のように冷たい。けれどもすぐに、ぬるりと隙間をこじ開けた熱い舌に侵食されて、マルーの体温がじんと上がる。
いま彼が、どんな気持ちでキスをしているのかわからなくて、マルーは思わず目尻を熱くさせた。これが最後の思い出になるのかもしれない。そうだとしたら、いままで交わしたどのキスよりも、率直にバルトの気持ちを伝えてほしかった。
言葉も建前もいらない、ただ欲望だけを、そのキスに込めて。
一筋の涙が、夜風に凍えたマルーのほほを滑り落ちていった。