show you the shape of my heart




 バルトと交わすキスは、例えるならアイスクリームのようだ。
 その冷たさに最初は慣れなくて、でもすぐに口の中で溶ける甘さにうっとりして、あっという間になくなってしまう、夢のような時間。
 毎日食べられるわけじゃない、ご馳走。食べ過ぎは身体に悪いけれど、そういうものほど美味しくて、やめられない中毒性がある。
 人目を忍んで食べるところも、キスとアイスは似ている。みんなに配れるものじゃないから、こっそりと背徳的に。普段、聞き分けの良い大教母然とした自分が、裏ではこんなにイケナイコトをしているなんて、きっと誰も知らないだろう。

「――はぁ?」

 と、いうようなことを、マルーが口にした時の、バルトの反応がこれである。
 その、心底呆れているような、いっそ小馬鹿にしたようなイントネーションと表情に、マルーは素直にむっとした。
「なにその反応。やな感じー」
「いや、だっておまえ……」
 夕食後の自由時間、場所はガンルームの隅にある三人掛けのソファ。カウンターの方にはまだちらほらとクルーがいて、完全に二人きりというわけではないから、マルーはこっそりと声を潜めて傍らのバルトに話しかけていた。三人掛けのソファに、まるで二人掛けみたいにぴったりと身を寄せて座る彼らを、クルーが生暖かく見守っていることなどつゆ知らず。
 そんなマルーの『背徳感トーク』を、手にしたギア調整報告書を眺めつつの、ながら聞きで拝聴していたバルトは、むくれたように口を尖らせる従妹を見下ろしてため息をつく。
「――イケナイコト、ねぇ……」
 ぼそりと呟いて、報告書を指で弾いた。マルーは小首を傾げて怪訝そうに問う。
「なぁに?」
「イケナイコトって、おまえ、本気で言ってる?」
「え?」
 ふいに真っすぐ問われ、マルーはわずかに面食らってしまった。まさかまともに問い返されるとは思わなかった軽口なので、改めて話題にするのもなんとなく気恥ずかしい。同じ部屋の中に、二人のことをただの従兄妹同士だと思っている(とマルーは信じている)クルーたちがいるのも、マルーをしり込みさせた。
「えと、イケナイっていうか……」
 顔を赤くしてへどもどと口ごもるマルーを眺めながら、バルトはどことなく気の抜けたような吐息をつく。呆れたような、諦めたような、なんともいえないその雰囲気に、マルーは思わず眉根を寄せた。
「なに? あの……言っとくけど、イケナイコトっていうのは別に、悪いこととか嫌なこととか、そういう意味で言ったんじゃないからね?」
「あーはいはい」
 完全に上の空なあしらいに、マルーは本格的にむっとしてまなじりを上げる。バルトはそんな彼女から目をそらし、ガンルームの床の汚れを数えるような、うつろな瞳で頬杖をついた。
「ちょっと若、なにその態度は。なんか引っかかるなぁ」
「おう引っかかってくれ。引っかかったついでに、もうちっと頭使ってくれ」
「頭?」
「――……あー待て。これは俺がしくじったか?」
 不意に、バルトがぱっと目を見開いて顔を上げた。その勢いで、彼の方に身を寄せていたマルーと真正面から相対するようになり、その距離はお互いの碧玉の中にお互いの顔が鮮明に映っているのがわかるほど近い。
「わ」
 キスの距離だ。そう思った瞬間、マルーは反射的に身を引いた。けれどバルトは、わざとその距離を詰めるようにマルーの方へ覆いかぶさってくる。
「ちょ、若、ちっかいよ!」
「あのさ、マルー。おまえさ」
「な、なにっ?」
「……恋人のキス、って知ってる?」
 こめかみのあたりに吐息とともに囁かれた言葉に、マルーは一瞬ぞわりとしたなにかが背筋を這っていくのを感じた。その衝撃にちいさく身を震わせ、片手をあげて顔を覆ったマルーが、真っ赤な顔でバルトを見上げる。
「……へ?」
「だから、恋人のキス」
 長い金の睫毛を伏せ、バルトは眠そうな眼差しでマルーを見つめていた。その親密な表情に思わずドクンと鼓動を鳴らし、マルーは震えるくちびるを開く。
「……し、知らな、い……」
「――なるほど」
 納得したように頷いて、バルトは一転してマルーから距離を取る。不意に離れた熱に、マルーは目を白黒とさせた。
「知らないか。まぁ、そりゃそうか。そんなもんまで、アグネスも面倒見るわけねぇしな」
「あ、あの、若?」
「まさかあんなままごとみてェのを本気で『イケナイコト』だと思ってたとはな。逆に煽られてんのかと思ってビビったぜ」
「え? 煽る?」
「ま、そうとなりゃ話は別だ。本気で背徳感とやらに悩んでもらえるよう、俺ががんばりゃいい話」
 勝手にどんどんと話を進めるようなバルトに、マルーは何とはなしに不安になってきた。そんな彼女の腕を掴んで、バルトは勢いよくソファから立ち上がる。
「よし、行くぞ」
「へっ? ど、どこへ?」
「決まってんだろ」
 ――アイスを食いにだよ。
 そう言って笑うバルトの眼は、どう見ても捕食者のそれで、マルーはつついた藪から飛び出た蛇に軽々と引きずられながら、ガンルームを後にした。





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