show you the shape of my heart




 いとことして幼なじみとして、産まれて生きて十六年。思い出は山のように持ち合わせている。嬉しい時、やるせない時、哀しい時、楽しい時、そのどれもに彼の姿はあって、そのどれもが彼に根付いていた。
 言いたいことを言い合って、お互いのことはすべてわかっていた。どんなことをすれば嫌がり、どんなことをすれば喜ぶのか。どんなものが好きで、どんなものが嫌いなのか。知り尽くしていて、でもたまにわざと嫌がることをしてみたり、時にはからかうように試したり、色々な表情を見せて、見て、それが当たり前で。

 ――でも、知らない、こんな顔は。

 目の前で、見たこともないような表情で、痛いくらいの力で、マルーの手を握るバルトの顔を、マルーは呼吸を忘れたように見つめ続けた。
 他愛もない会話はとても軽やかで、そして無責任で、羽が生えたようにふわふわと儚い。だから、自分たちが今のいままで、どんな話をしていたのか、その内容はマルーの頭の片隅にもない。
 そんなに重要じゃなかったはず。いつものように日々のよもやまを話して、愚痴って、からかって、諫めて、同意して、それから……

 ――それから、バルトの目の色が、変わった。

 いつもは、夏の空の色を溶かしたように透き通る碧玉。どこまでも澄みわたるその色は、自由でなにものにも縛られない風の色。
 でもいまは、深い深い海に沈み込むような昏い藍。底の方にちらちらと燃える炎は、赤色よりもまだ熱い灼熱を思わせる。
 怒っているのではない。それだけはわかっていたので、マルーはますます困惑した。
 良くも悪くも直情径行のバルトは、喜怒哀楽をはっきりと示す。気に食わないことをそのままにはしておけない性格で、とことんまで相手とやり合ってはどちらに非があろうともカラッと物事を解き治める。
 それなのにいまは、彼特有のわかりやすさは鳴りを潜め、マルーの十六年でさえ紐解けない不可解で危険な表情をしている。彼の顔を見て、その機嫌の向きを悟れなかったことは稀で、マルーは握られた手のひらから伝わってしまうんじゃないかと思うほどに動揺し、震えた。
 そう、危険だ。いみじくもマルーがそう思ったのは、無意識の防衛本能が働いたものか。バルトに対して『防衛』することなど、ついぞなかった彼女であるので、自らの反応に過剰なまでに混乱していた。
 マルーの顔を、バルトは無言で見つめ続けた。その昏い碧玉は、冷たいほどに冷静で、それもまた普段の彼らしくもなく、マルーは干上がったように乾いた喉を震わせて唾をのむ。
 その微妙な動きにバルトの視線が揺れ、彼の一粒の宝石から逃れたマルーが、さらに呼吸を楽にした。ちらりと唇を舐め、そのちいさな舌の動きにバルトが気を取られたとも知らずに、ゆっくりと息を吸う。
 やっと、声が出せる気がした。

「な……なに? どうしたの、わか……」

 思えば浅はかな問いかけを、けれどマルーが必死の思いで音に乗せると、バルトは最初、質問の意味を問うように濃い眉を寄せ、それから呆れたふうに鼻から息を吐く。
「――タチ悪ィ」
「えっ?」
 ぐずりと告げられた低い声音に、マルーは再びどきんと鼓動を速める。怒っているのではないけれど、決して機嫌はよろしくない。拗ねたような、むくれたような、甘えたような、惑わすような、そんな複雑な匂いのするバルトの声色に、マルーはおずおずと問い返した。
「あの……ごめん、若。よく、意味がわからない」
 素直に言うと、バルトは再び眉を寄せ、それから不意に手を離した。きつく握られていた手のひらが、熱い熱から解放されてひやりと涼んだ。
 その時ようやく、二人の熱にあぶられて、くんにゃりと芯を失った緑の茎の存在を思い出し、慌てて持ち上げる。バルトの力にあわや折れてしまったのではないかと危惧したが、砂漠のオアシスにも咲く丈夫な野の花は、マルーの手の中で健気にも淡い紅色に輝いていた。
「あ、よかった折れてない……あの、これ、ありがとね、ちょっとお水につけてくる――」
 折角のバルトからの贈り物――フィールドで目にする珍しい石や植物などの他愛のないあれこれを、彼は時たま気まぐれで持ち帰ってくる――を、駄目にしたくない一心でそう言って、マルーが立ち上がった。一瞬だけ、また腕を掴まれてしまうかと思ったけれど、案に相違してバルトは大人しく座り、心なしか憮然としている。
 マルーは急ぎ足で彼女にあてがわれた客用寝室の隅に設置された洗面室へと駆け込み、手近なコップに花を挿す。水を得た野花は心なしか嬉しそうに震え、その様子にマルーは無意識にほほ笑んだ。
 若のお土産でこんなにきれいなお花、珍しいな。それに、すてきな花言葉で――
 そこまで考えて、一気に先ほどまでの会話を思い出した。

 ――かわいいお花。
 ――ありがとうね、若。
 ――あ、このお花知ってる、前にニサンでシスターに教えてもらったんだ。
 ――すごくロマンティックでね、告白のお花って呼ばれてるの。
 ――花言葉知ってる? あのね……

『あなたからキスして』

「……っ」
 本当になにげなく、他愛のない会話の延長で言ったその瞬間、バルトの目の色が変わり、そして二人の世界が止まった。
 水に差した花を持ち、マルーは茫然と目の前の鏡を見やる。そこに立つのは、あり得ないくらい顔を赤くして、自分の発言の重要性を今更のように実感した少女。その奥には、そんな彼女を呆れたように、からかうように、そしてなによりも、満足そうに眺めてこちらを見やる青年がいる。

 二人とも、いままで互いが見たこともない顔を、していた。





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