あなたがわたしにふれた22のはなし




 この世に生まれ落ちた時からともにいる、大切な家族。
 性別なんて概念のなかった年齢から、ずっと傍にいた相手。ともに眠りともに遊び、幼いゆえの未熟さも、赤裸々な面もなにもかもを見てきた。
 やがて年を重ねていき、互いが自分とは違う性を持つ人間だと認識してからも、特別な親密さになにも変化はなく。
 まるで本当の兄妹のような、無垢で無邪気な関係が、続くと思っていた。
 ——おろかにも。

「――ん……っ」
 交わされていた清らかなくちづけが、突然色を変えた。
 やわらかなくちびる同士が触れ合うだけの行儀の良い行為が、不意に押しつけられた粘膜によって激変する。そのあまりの熱さに驚いて口を開けた瞬間、それは素早く侵入してきた。
 思わず見開いた視界いっぱいに、昏く輝く碧玉が映った。眠たげに細められたそれは、まるで捕食者のように容赦がなく、鋭い視線を重ねたまま、口の中のものがさらにうごめく。
「……んんっ」
 初めての感覚に、上手く息ができない。ぬるりとした舌が自分のそれを絡め取るたびに、得体の知れない感覚がぞくぞくと身体中を這い回って、耳朶が燃えるように熱かった。
 気が付くと、ふたりで腰を下ろしていた巨大なソファの片端に身体を倒され、ほとんどのしかかるように彼が上にいた。まるで子供の頃、無意識に抱きしめ合って眠っていた時のようなこの上ない親密な距離は、しかしあの頃感じていた安心感も無邪気さもない。
 彼の手が、苦しいほど揺るぎない力で彼女の肩に絡みついている。もう一方の手指は、まるで拘束するように耳からほほまでを覆い隠していた。
 おかげで閉ざされた聴覚の中、聴こえるのは唾液を交換するひどく生々しい音ばかり。
「――ぁっ、ンん……っ」
 ぐっと舌先を入れこまれ、歯列の裏にある上あごを舐られると、鼻にかかった声が出た。苦しいほどに満ちる彼の味に、無意識に喉が鳴る。
 自分が自分でなくなるような感覚に、思わず目じりを熱くさせると、開きっぱなしのくちびるの端から、新しい唾液がとろりと滴った。
 不意に、舐めあげられたくちびるを軽く食まれた。硬い歯の当たる感触に、ぞわぞわと鳥肌が立つ。全身が痺れるように疼き、彼の腕にすがりつく手に力が入った。
 その反応を薄目で見やって、彼がようやくくちびるを離す。とろりとした糸がふたりをつなぐと、満足げな笑みを浮かべた。
 思いのままに征服した彼女の顔は、真っ赤に熟れてとろとろにとろけている。涙をにじませるおおきな碧玉の瞳が、官能に揺れていた。腫れぼったく色を灯したくちびるが、なにかをねだるようにわなないている。
 そのさまに、彼の喉仏がひどく動物的に上下した。
 やがて、組み敷いていた身体のやわらかなラインに、おおきな手のひらがゆっくりと滑りおりてゆく。その感触にピクリと震えた彼女は、けれど抵抗する意志も気力もないのか、自分の肩を押し包む彼の腕に健気な力ですがりついていた。
 彼の熱いてのひらは、完全な征服者のそれだった。驚くほど優しく、けれど決して迷わない確固たる動きで、彼女の秘密を暴いていく。
 生まれた時から傍にいて、なにもかもを知り尽くしていると思っていたその身体は、なにもかも未知のものなのだと改めて感じながら。
「あ……ぁっ……」
 触れられるたび、身体の奥からじわじわと高まる甘い緊張に、子猫のような声が出た。情けないほど震え、恥ずかしいほど淫らな音域のそれを、彼女自身初めて耳にする。
 ――自分の喉から、こんな声が出るなんて、知らなかった。
 彼女の反応を確かめるように、彼の手は決して急がず、しかし容赦なく進行した。普段の彼からは想像もできないほど、それは繊細で、官能的な動きだった。
 その触れ方に不躾さはなく、それでいて明らかな支配欲に満ちている。肌をくすぐるじれったいような感覚は、いつしか耐えられないほどの快感を呼び起こし、このままでは自分がどうにかなってしまいそうな切迫感に、思いがけない声が出た。
「ま……待って!」
 その声に、ぴたりと手が止まる。けれど、肩を抱く方の腕はさらに強く彼女を戒め、まっすぐに合わせられた視線が無言の強要を表していた。
「あ……」
 その強いまなざしに、中途半端な抵抗は通用しないことを悟った。彼はもう充分に待ち、そしてこの瞬間すべての条件がそろったのだ――気が付かなかったのは彼女だけで、それすらも彼の思惑通りの結果だった。
 じっと見つめられて、なにも言うべき言葉が見つからなかった。猶予を乞う懇願も、ましてや拒絶の言葉すら出てこない。
 そもそも、彼女が本当に嫌ならば、きっとなにも言わなくても彼は察するだろう。
 だから、きっと。
 ――もう、彼が止まることはないのだ。
「……っ、ン、あッ」
 彼の舌が右耳の下に伸ばされ、敏感な筋をぬるりと滑り降りた。鎖骨を舐り、そのままついばむようなキスを繰り返し、喘ぐ彼女の喉を捉える。
 眩しいほどに白く、折れそうなほどに細い首の急所の部分に食らいつくと、おおきく口を開け、くちびると歯と舌で、存分にその味を楽しんだ。
「は、ぁ……っ」
 無防備にさらけ出した喉は、彼にすべてを明け渡す象徴のようだった。そこに落とされるくちづけは激しく、その身体から放たれる熱は、間違えようもないほどはっきりと彼の欲を伝えていた。
「あっ、ぁ、あ、ァ……っ」
 肌の薄い部分、脈打つ血管をなぞるようにくちびるが滑る。適切な場所でその都度チクリとした痛みを残し、その刻まれた鬱血を確かめるように、ことさら丁寧な舌が愛撫を重ね、あますことなく彼女を味わい尽くしていった。
 気が付くと、下降していた手指の動きも再開されていた。身体から心まで、なにもかも支配されるような感覚に、ただただ甘い啼き声が響く。

 ――ゆっくりと、だが確実に、彼女のすべてが侵されていった。





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