あなたがわたしにふれた22のはなし
世界が滅亡に瀕した日から、数えて三年が過ぎるころ。
ようやくわずかに復興の兆しが見え始めたふたつの国の代表は、ひどく格式ばった再会を果たすことになった。
砂漠の大国アヴェは、一度は共和制を敷こうと試みたが、その後の絶望的な混乱を味わった国民の熱狂的な支持を得て、正当なる王位継承者が玉座についた。果断な王は力強く民衆を統治し、彼の手腕によって多くの命が救われた。
宗教国家ニサンは、戦乱に荒れ果てた人々を物心両面から支え癒した。その結果、ニサン正教は生き残った人々の揺るぎない信仰を集め、その唯一無二の導き手として戴かれたのは、年若き大教母だった。
そんなふたりは、互いに求められた場所と地位で責任を果たし、三年間は瞬く間に過ぎていった。その間一度も会うことはなかったけれど、折に触れ手紙を交わし、できるだけ相手の状況を把握しようとする努力はあった。
それでもやはり、手紙は手紙だ。じかに顔を合わせ、その存在を近く感じることとは比べようもない。
そんなことを思いながら、ふたりはそれぞれの国の代表として十二分に威儀を整えた会見の後、ようやく訪れた私的な空間で改めて再会を喜んでいた。
「……元気だった?」
大教母の正装に比べれば大分ラフになったとはいえ、三年前とは見違えるほど淑やかな装いのマルーが、すっかりと大人びたほほ笑みを向ける。幼さを払拭したその顔容は目を奪われるほど美しく、バルトは密かに目のやり場に困った。
「……ああ。おまえは?」
日に焼けた肌に浮かぶ不器用な笑みは、少年期を完全に脱した精悍さがあった。一回り成長した体躯は王族としての威厳をまとい、圧倒されるほどの男性美を感じる。じわじわと肌をあぶるようなその雰囲気に、マルーは落ち着かない気分で視線を外した。
「元気だよ。シスターたちも、みんな頑張ってくれて……ようやく少し、復興の兆しが見えてきたところかな」
「そうか。アヴェもそんな感じだな。ここ一年くらいで、ずいぶん生活水準も回復した。人口も右肩上がりで……」
そこまで言って、バルトは自嘲するように肩をすくめる。
「って、なにもこんなとこでまで国の代表しなくてもいいよな」
「ふふ、そうだね」
マルーが笑うと、花がほころぶような眩しさを感じる。白いほほに差す長い睫毛の影にさえ目を奪われるようで、バルトはいつの間にかじっと彼女を見つめていた。
「……なあに?」
恥ずかしそうにほほを染めて、三年前には見せなかった表情で目を伏せるマルーに、バルトはこみ上げる衝動を押さえようと息を詰める。先ほどから、自分がなにか得体の知れない感情に翻弄されつつあるのを自覚していたが、その流れを決して止めてはならないと本能が悟っていた。
「……若?」
潤んだように輝く碧玉の瞳を向け、マルーがちょっと不思議そうに小首をかしげる。ぎこちない空気を感じながらも、久しぶりに近く触れ合える従兄の一挙一動を見つめていたい。そんな彼女のまなざしの先で、バルトは慎重に息を吸った。
「マルー」
そっと名前を呼んで、そのまま彼女の手指に触れた。体温を感じた瞬間、驚いたように震えたそれは、けれどおとなしくそのおおきな手のひらに包まれる。少しだけぎこちなく、恐る恐る握り返す力に、バルトのほほが優しくゆるんだ。
「会いたかった」
余計な言葉をすべて省き、ただ心のままに囁く。三年前なら叶わなかった、こんな照れくさい本音も、いまなら素直に口にできた。
バルトの言葉に、マルーのほほがばら色に染まった。おおきな碧玉の瞳が水の膜を張って揺れ、輝くような笑みがこぼれる。
「ボクも……会いたかった、すごく会いたかった」
その言葉に、バルトは素早く彼女を抱きしめた。腕の中に納まる柔らかな身体は、ほんのわずかな力で折れてしまいそうなほど細く、けれど涙が出るほどあたたかい。
ずっと、死ぬほど求めていたぬくもりだった。
「――もう、限界なんだ。俺の傍にいてくれ」
「……うん」
「俺と結婚してくれ」
「はい……もちろんだよ、若」
段階を踏んだ求愛や、恋人同士の甘い駆け引きなど、なにもかもをすっ飛ばして唐突に突きつけた求婚だというのに、マルーは一切の迷いも動揺も見せず、ただ力いっぱいバルトを抱きしめ返した。バルトはその答えにぐっと目を瞑り、それから深い息をつく。
「……よかった」
「不安だったの?」
バルトの胸に顔をうずめて、マルーが優しく問いかける。バルトは少しだけ力を緩めると、そのおおきな手のひらでマルーのほほをすくい上げるように上向かせた。
「ああ、不安だった」
「ボクが断ると思って?」
「いや……俺が、ちゃんと言えるかどうか」
「ふふっ……」
照れ屋で不器用だった三年前の少年は、すっかり大人の男の顔で、そんなことをうそぶく。マルーはとろけるような笑みを浮かべて、愛しい男の背をなでた。
「……これから、大変だね」
「ああ……まあ、なんとかするさ」
「そうだね。なんとかしよう」
力強いマルーの言葉に、バルトはくすぐったそうにほほ笑む。それから、彼女のやわらかなくちびるにそっと親指を触れさせ、誘いかけるように撫でた。
「……できるだけ早く、迎えに来る。それまで、おとなしく待ってろよ?」
「うん……待ってる。ずっと、待ってるからね」
震える声でそう言って、マルーが長い睫毛をふせると同時に、バルトの熱いくちびるが彼女のそれをやわらかくふさいだ。軽く触れるだけのキスは、一度遠慮がちに離れたあと、まるで引き寄せられるように深く重なる。
幼い頃から一途にあたためられてきた想いをあますことなく伝えるために、ふたりはそれから長い時間をかけて、互いのぬくもりを刻み込んだ。