あなたがわたしにふれた22のはなし




「マルー」

 名を呼ばれ、食堂でエリィたちと談笑していたマルーがふり返ると、従兄がこちらにやって来るところだった。
「なぁに、若?」
「おまえが行きたいっつってた寄港地、寄ることになったぞ」
「えっ、ほんと?」
 ぱっと顔を輝かせて、勢いよく椅子から立ち上がる。バルトは手にしていた地図をテーブルに広げ、とある街を指さしてみせた。
「ギア輸送の航路上にあるから、それなりにデカい街だ」
「やったぁ! いろいろと足りなくなってきたとこだから、すっごく助かるよ!」
 戦艦暮らしは質実剛健を旨とされ、生活に必要な最低限の物資は平等に支給される。けれど、年頃の少女が必要とする細々としたものまでは望むべくもなく、彼女たちの代弁者として、マルーはなにくれとなく気を配っていた。
「じゃあ、エリィさんたちと街に出るね」
「……俺とフェイも行く」
「若たちも一緒に? んー……」
 色々とデリケートな買い物もあるので、男性の同行は正直あまり嬉しくない。けれど、きっと自分の身を案じてくれているであろう心配性の従兄の気持ちを無碍にするのもためらわれて、マルーはちらりとエリィに視線をやった。
 エリィは呆れたように苦笑しながらも、無言で頷く。それに感謝の笑みを返して、マルーはバルトに向き直った。
「わかった、みんなで行こう」
「ん」
 要求が通ったことであからさまに上機嫌になったバルトが、満足そうに頷く。そんな彼の腕に手をかけて、マルーは思い切り伸びあがった。
「ありがとね、若」
 そう言って、軽い調子でバルトのほほにくちづける。背伸びでは到底足りない分は、ごく当たり前のようにバルトが腰を屈めていて、その流れるような一幕を見ていたエリィは、思わず目を丸くして固まった。同席していたマリアも、驚いた顔をしている。
 それほどの衝撃映像だったが、当の本人たちはまったくいつも通りの雰囲気だった。
「んじゃ、午後には街につくから、準備しとけよ」
「はーい」
 酷く親密な瞬間の後、けれどなんのこだわりも情緒も見せずあっけなく離れていったバルトに、マルーもあっさりと手を振っている。食堂から去った背中を見送って、マルーが改めて自席につくと、途端ににぎやかしい声が上がった。
「マ、マルー! なによいまの!」
「え?」
 きょとんとした様子のマルーに、エリィが興奮したように詰め寄る。
「いつの間に、そういう関係になったの? 全っ然気づかなかった!」
「私もです」
 ほほを染めたマリアも、エリィと同様きらきらと瞳を輝かせていた。
「? なにが?」
 けれども当のマルーは、エリィたちの言っていることがまるで理解できないように首を傾げる。その邪気のない反応にエリィが眉を寄せ、決めつけるように問いかけた。
「なにって、付き合ってるんじゃないの?」
「え? 付き合ってるって?」
「だから……あなたとバルト。恋人になったんじゃないの?」
「えぇっ?」
 ズバリと問うた言葉に、マルーは零れ落ちそうなほど目を丸くした。それからぷははっと笑い出す。
「なにそれぇ! なんでいきなりそんな話になるの?」
「だって……」
 どうやらまったくの勘違いだった様子に、エリィが気まずげに口ごもる。そこへ、案外はっきりとものを言うマリアが切り出した。
「あの、マルーさんとバルトさんは、いつもあんなふうにキスしあってるんですか?」
「へっ?」
 『キス』の一言に、マルーは驚いたように目を丸くする。それから、単語の内容と自分たちの行動とを照らし合わせて、慌てたように首を振った。
「あっ、あれか。あの、あれはキスっていうか……ニュアンスが違うっていうか……改めてそうくくられると、すごく違和感があるなぁ……」
「はあ……つまり、恋人同士が交わすようなキスではないと?」
「う、うん。違うよ、あれはその……あいさつとか、感謝とか、そういう感じのスキンシップなんだよ。ニサン正教ではかなり一般的なんだけど……みんなのところでは、こういう習慣ないの?」
 その問いに、エリィとマリアはそろって首を振る。
「ソラリスでは、そういうのはないわね。どちらかというと、他人とのスキンシップは控えめな方かも」
「シェバトもあまり……握手とか、ハグとかはごく稀にありますが……」
「そうなんだ……ところ変われば違うもんだねぇ」
 感心したふうに頷いてから、マルーはそれとなく話題を変える。
「あ、そだ。いま聞いた通り、午後には街に行けそうだよ。みんな、準備しておいてね。じゃあボク、爺のところに行って、なにか入用なものがないか確認してくるから、またあとでね!」
 そう言って、風のように素早く去っていったマルーの後ろ姿を見送ると、エリィは長い睫毛をふせて艶めかしいような流し目になる。
「あらァ……なんだか、私たちってば余計なことを言っちゃったかしら?」
「余計なこと、ですか?」
 不思議そうに問い返すマリアに、エリィはつややかなくちびるをにまりと曲げて、心底楽しそうに小首をかしげた。
「いままでは、マルーにとってもバルトにとっても、キスなんて『一般的なスキンシップ』だったけど、それが周りの目にはどう映るか……自覚しちゃったら、この先同じようにはいかなくなっちゃうかもね?」
「ああ……」
 合点がいったように頷くと、マリアは少し、気の毒そうに笑う。
「突然距離を取られるようになったら……またいろいろと、もめそうですよね……」
「ひと騒動は確実ね」
 呆れたように言いながらも、無邪気な従兄妹同士が繰り広げる犬も食わない騒動を、微笑ましくも好ましく思っているエリィは、来たるべき嵐を予感してにっこりと楽しげに微笑した。




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