漸近線上のBinary Stars
「ムゲンダイナ、お疲れ様!」
ユウリの掛け声に、ムゲンダイナはひと声高く鳴いた。不思議な金属音のようなそれは、バトルタワーの地下にある広大な研究室に反響し、計器に微弱な振動を与える。
ソニアは真剣な表情で計測器のデータを確かめながら、時折排出した紙を食い入るように確かめている。周囲では、ナックル王立アカデミアから派遣された学生研究員がひたすらデータの入力を行い、スタッフは補助器具の操作に従事していた。そのデータを解析しているのはバトルタワー調査チームから出向している人員で、慣れた手つきでガラル粒子計測器を調整している。
十名足らずのユニットは、本日シュートシティでの作業を最後に、数回に渡った実測調査の結果を持ち帰り、それぞれの場所で最終的なデータ入力を行う。その結果はポケモン研究所へと送られて、ソニアの手によって解析、精査結果報告書が作成されると、その後はリモート会議やネットワーク上でブラッシュアップを行い、ムゲンダイナの研究安全基準はいよいよ完成する。
この生活が始まって、早二ヶ月半。ソニアは大詰めになってきた研究結果に手応えを感じながら、ただひたすら目の前の作業に集中していた。
「ソニア、ちょっとこれ見てくれ」
ソニアの傍らで、ホップが声を上げる。ソニアはPC用の眼鏡を押し上げて、充血したエメラルドグリーンの瞳を細めた。
「なに?」
「ここ……数値がおかしくないか」
それは、先日計測したムゲンダイナの放出エネルギーを数値化したものだった。物質定着率とムゲンダイナの放つガラル粒子との相関性、ねがいぼしに含有されるエネルギーとの比較検証の資料で、向後の研究に最も深く関係する分野の数値に、明らかな異常が見られる。
「……昨日確認した時と、数値が違う」
「またか」
思わず苦く呟いて、ホップはふーっと息をつく。こういったちいさな違和感は、ユニットを立ち上げてから徐々に増えていった。
最初は、ムゲンダイナのエネルギーを含有させる対象の材料搬入時に、微量な不純物が混入していた。鉱物由来のサンプルに紛れていたそれは、ポケモンに持たせると、直接攻撃を受けた際に相手の最大HPの1/6のダメージを与える、ゴツゴツメットの一部だった。
ポケモン非装備状態のアイテムに、どれほどの効力があるかわからないが、これにムゲンダイナがわざを当てていたら、データの信頼度も下がるうえ、ムゲンダイナ自身にどんな影響があったかわからない。これはたまたまホップが見つけ、事なきを得ることができたが、サンプルを用意した業者には厳重に苦情を入れた。
それから、機材の誤作動や故障、試薬や補助材料の納入遅延など、ひとつひとつはささやかだが、スケジュールの狂いの原因となるちいさな不具合は回を重ねるごとに増えていき、ソニアは遅れを取り戻すために必死になって働いた。さらに、いまのようにちいさなデータの齟齬がないように、彼女自身が何重にもチェックを重ねるため、作業量は通常の倍近い。
あまりに多いトラブルに、ホップはついに口を開いた。
「ソニア。このユニット、一度解散した方がよくないか?」
「……」
そのちいさな囁きに、ソニアは難しい顔で押し黙る。
ムゲンダイナの研究は、現状非公式で、かつ危険を伴うものだ。ユウリの存在が最大の保険になってはいても、一般的なムゲンダイナの評価は、ガラル全土を壊滅させるに足る強大な災厄の力であり、その安全性を確認するための実験中、どんな不測の事態が起こるか、いくら保証しても信頼実績は足りない。
そんな中、ソニアが在学中に世話になった教授の厚意で、ナックル王立アカデミアが学生研究員と、専門スタッフを派遣してくれた。ムゲンダイナ関係の守秘義務を徹底させ、破格の日当で契約した彼らの代わりをすぐに探せるわけもなく、万が一研究を妨害している者がいたとしても、それをあぶりだす時間もない。
この実験に与えられた期間は、厳密に限られている。ソニアはポケモン博士として、リーグ委員長のダンデにきっかり四ヶ月の猶予をもらっている。それは、彼が与えられる最大限の譲歩であり、ソニアの沽券にかけても守らねばならない期日だ。
ソニアは強い眼差しでモニターを見つめ、決意の固い声で言った。
「ユニットは解散しない。それから、極力不審な点はおおごとにしないで、わたしたちで解決するよ」
「ソニア」
「時間がないの、ホップ。どんな妨害があったって、この研究は必ず成功させなくちゃならない。それが、わたしたちポケモン研究所の責任だよ」
「……わかったぞ」
ソニアの覚悟に、ホップはそれ以上の泣き言を封じて、力強く頷いた。そのまま、改めて正しい数値を算出するために、ログを確認する。文句も言わず動き始めた弟子に感謝しつつ、ソニアはふぅ、とちいさく息をついた。
――負けるもんか。
研究者の道を志した時から、妨害や足の引っ張り合いは慣れっこだ。誰がどんな意図で仕掛けてきているのか、また本当にそんなことが行われているのか。真偽はどうあれ、ソニアがやるべきことは変わらない。
「ソニアさん、お疲れさまです」
その時、ムゲンダイナをボールに納めたユウリがソニアに声をかけた。その朗らかな声音とほんわかとした雰囲気に、ソニアは無意識に肩の力を抜いて、ほほ笑み返す。
「お疲れさま、ユウリ。今日もありがとうね、すごくいいデータが取れたよ」
「それならよかったです。あの、今日はどのくらいここに残りますか?」
「え? うーんと、いま取れたデータを入力したら、とりあえずユニットは帰すよ。タワーのガラル粒子計測器だけ、明日の朝までデータを解析するけど、それは無人でもだいじょうぶだし。だから、あと数時間てとこかな」
ソニアが答えると、ユウリはちょっと考えるように沈黙し、それから遠慮がちだが、はっきりとした眼差しでソニアを見つめた。
「あの……ソニアさん、少し休んだ方がいいんじゃないですか?」
「え?」
「余計なお世話かもだけど……ダンデさんも、心配してました」
その真っすぐな気遣いに、ソニアは素直に言葉に詰まった。
ダンデとは、ひと月に二回、同じ建物の中にいるというのに、ムゲンダイナの実験が始まってから一度も会っていない。ソニアの方は全力で実験に集中していたし、そのことを理解しているダンデからの連絡も控えられていた。
正直、いまダンデに会ってしまったら、自分がなにをしでかすかわからない。日々の研究の行き詰まりや、思うに任せられないストレスや泣き言を、彼にぶつけない自信はない。
『博士』であるソニアを、唯一の『恋人』に変えてしまうダンデに、いまはまだ、会えない。
「……ありがと、ユウリ。でも、この研究が終わるまで、ダンデくんには会わないんだ」
「ソニアさん……」
「ほら、ダンデくんも忙しいのに、色々便宜を図ってくれてるじゃん。それだけでもありがたいのにさ、これ以上甘えていられないって」
「甘えちゃえばいいのに……」
ぽつりと呟いて、ユウリが少女めいた眼差しをちらりと流す。その先にいる、真剣な表情で計器を弄るホップに目をやって、ソニアはにやりと笑った。
「ユウリは甘えていいよ? 今日はホップ、あとちょっとで終わりだから。明日も遅出だし、ゆっくりしておいで」
その言葉に、ユウリは少しだけぐらつくように顔を輝かせてから、ぷんぷんと首を振る。
「ダメ。わたしばっかり、甘えてられないです。ムゲンダイナの研究は、わたしも責任者だもん」
「いいんだよ、ユウリ。ユウリががんばるところはちゃんとがんばってくれてるんだから、ホップにも息抜きさせてあげてよ」
「でも、ソニアさん」
「こどもはね、おとなの言うこと聞くもんだよ」
ツン、とちいさく鼻の頭を突かれて、ユウリはほんのりと赤くなる。それから、力いっぱいソニアの身体に抱き着いた。
「うお、どうしたの、ユウリ」
「……ソニアさん、大好きです。でも、無理しないで……」
「うん……ふふ、ありがとう、ユウリ。わたしもあなたが大好きだよ」
可愛い妹分の素直な言葉に、ソニアはほほを染めて笑った。ちいさな身体で精いっぱいに力をこめるその体温が愛おしく、お返しのように抱きしめると、ユウリはふわふわとしたソニアの髪にほほを寄せて囁く。
「明日、ダンデさんにこのぎゅーっ、伝えてもいいですか?」
「はぇ?」
ユウリの突拍子もない言葉に、ソニアはぱちくりとエメラルドの瞳を瞬いた。ソニアのやわらかな胸から顔を上げたユウリが、真剣な眼差しで言う。
「間接ぎゅーっです。わたしじゃソニアさんみたいに、やわらかくないし気持ちよくないしいい匂いしないけど、少しはダンデさんに伝わるんじゃないかなあ……」
「……あぁ、いや、それやったら各方面で地獄を見そうだよ……おもにダンデくんが」
「え?」
「とりあえず、このぎゅーっは、ユウリのもの! で、ユウリがぎゅーっしてあげるのは、兄じゃなくて弟!」
「ふぇ」
ソニアに思いきり強く抱きしめられたユウリは、そのままくるりと身体を反転させられた。トン、と軽く背中を押され、たたらを踏んだ先にはデータ表を持ってこちらへやって来たホップがいて、その勢いのまま彼の胸にユウリの鼻先が埋まる。
「わ、ユウリ、だいじょうぶか?」
「う、うん、ごめんホップ!」
「全然だぞ。あ、ソニア、データ直った。チェック頼む」
「はいよ。ホップ、今日はもう上がっていいよ。ユウリと一緒にご飯でも食べてきなよ。明日は研究所に午後出勤ね」
ソニアはホップからデータを受け取ると、朗らかに笑った。ホップはちょっと目をまるくして、何事か言いかけたけれど、胸の前で頬を染めているユウリに気づいて、う~ん、と唸る。
「……ソニア、ちょっとずるいぞ」
「ふっふっふ。コドモはおとなしく、言うことを聞きなさい」
「ソニアこそ、たまには弟子の言うことを聞けよ。シャレになってないぞ、その目の下のクマ。取れなくなったって知らないぞ」
「うっ」
痛いところを突かれ、ソニアは目元を隠すようにデータ表で顔を覆った。ホップはやれやれと苦笑し、胸元のユウリに笑いかける。
「ユウリ、シュートの美味い店、知ってるか? オレ、腹減ったぞ」
「あ、うん! ホップと一緒に行こうと思って、いろいろリサーチしてるよ。今日はなに食べたい気分?」
「肉!」
「ふふ、じゃあね、この近くのグリルハウスがおススメなんだけど……」
楽しそうに話すユウリと、にこにことそれを見やるホップを眺めて、ソニアはほっこりと癒される。それから、こころの中で腕まくりをした。
さて、オトナはもうちょいがんばるかぁ。
「――ソニア博士」
「はい?」
不意に声をかけられて、ソニアが振り返る。そこにいたのは、アカデミアから派遣されたスタッフで、温厚そうな青年だった。
「エネルギー測定器の不具合修理のため、業者の方がいらしたんですが、作業を開始してもよろしいですか」
「あ、はい、お願いします」
ソニアは渡されたシートに記された企業名と、担当者名をチェックしてから目を上げる。アカデミアスタッフがインカムに声をかけると、ほどなくして実験室のゲートが来訪者を告げるブザーを鳴らし、認証のグリーンライトの点滅とともに修繕業者が入ってきた。
ソニアに名刺を出したのは年かさの男性で、その背後には若い女性スタッフがいる。バトルタワーのスタッフと同じく、目元を濃い色のグラスで隠したユニフォームは、マクロコスモス傘下の企業によくあるスタイルだった。
「よろしくお願いします」
ソニアが声をかけると、男性は会釈し、女性はそのまま機材へと向かう。きびきびとした動きはいかにも有能そうで、キャップに隠れた水色の髪の筋が親友の色に似ているな、とソニアはぼんやり思った。
「ソニア、じゃあ、オレたち上がるぞ」
不意にホップに声をかけられて、ソニアはそちらを見やった。ホップは真っ直ぐにソニアを見据え、確かめるように眼差しを強くする。年々、アニキに似てくるなあと内心苦笑しながら、ソニアはその黄金の眼差しをやわらかく受け止めた。
「うん、お疲れさま、ホップ。ユウリもありがとう、気をつけて帰ってね」
「はい。ソニアさんも、早めに上がってくださいね」
「うん、わたしもすぐに終わるから」
ユウリは少し心配そうに窺うと、にっこりと笑って手を振った。ホップと連れ立って研究室を後にする姿は初々しく、爽やかなあたたかさを残す。
ソニアはこどもたちにああ言った手前、今日は早めに上がるべく、ラストスパートに眼鏡を光らせた。
そこから約二時間後、ソニアは一人で研究室に居残り、機材の最終確認を終わらせた。なんとかデータも揃い、あとは明日以降、アカデミアとタワースタッフからの報告をもとに解析し、報告書の作成、そして暫定安全基準を策定すれば、研究の目途は立つ。
目標の四ヶ月まで、あと半月……ぎりぎり間に合う。
ソニアはふぅ、とため息をついて、自分の荷物に手を伸ばした。体中がバキバキに凝っていて、いまにも眠ってしまいそう……ブラッシータウンまで、無事に帰れるか、コレ。
おおきな欠伸をこぼしながら、研究室の電飾を消そうとパネルを操作し――
「えっ」
それより一瞬早く、室内の電灯が、非常灯を含め一斉に消えた。それと同時に、低い稼働音を響かせていたガラル粒子測定機器が鈍く電力ダウンの振動を伝える。
「えっえっえっ」
地下の一室は、電力の供給を遮断すると真の暗闇が訪れる。しかも、常設の測定機器までシャットダウンしてしまっては、解析を進めているデータが最悪吹っ飛んでしまう。
こんなことがないように、たとえ停電などで一時的にタワーの電力がダウンしても、瞬時にサブバッテリーに繋いで最低限の電力を確保できるようになっているはずなのに。
「やば、どうしてよ!」
思わず焦った声を上げ、ソニアは漆黒の闇の中手さぐりに動いた。けれどすぐに、おびただしい機材に足を取られ転倒してしまう。
「痛っ……」
床に手をついて、ヒリヒリとするそれに呻いた。闇雲に動くのはまずい。怪我をするし、機材が壊れたりデータが飛んだら目も当てられない。
ソニアは床に座り込んだまま、落ち着け、と自分に言い聞かせた。たぶん、一時的な停電――でも、サブ電源が落ちてるのはなんで?
バッテリーは、自動で動く。それが動かないのは、なんらかの不具合……しかも、人為的な。
ということは、この停電は、タワー全体ではなく、地下の局地的なものだ。タワーの電力管理システムが、エラーを伝えてくれれば、すぐにスタッフが駆けつけてくれるだろうけど、もしもその伝達ルートにも手を加えられていたら?
ソニアは真の闇の中、ゾッと背筋を凍らせた。
先ほど、最後のスタッフを帰らせてから、三十分近く経っている。帰り支度を始めた時、時刻は夜の九時を回っていた。バトルタワーは二十四時間体制でスタッフを常駐させているが、地下研究所は極秘扱いなので、見回りのルートに入っていない。
加えて、ソニアたちがタワーを出入りする公的な記録は恐らく、明日の朝にならないと確認されないだろう。最悪、一晩この状態で過ごすことを、ソニアは覚悟した。
……いや、覚悟はできない。
こんな闇、まともな神経で過ごせるわけがない。
ソニアはなんとか気力を奮い立たせ、外へ連絡するべく、スマホロトムを探した。けれど、地下実験場は様々な電波や電子機器があるため、基本的に電源をオフにしている。呼んでもロトムは応えないし、手に取って電源を入れる必要があった。
この闇の中、バッグを探してロトムを取り出すのは至難の業だ。下手に動けば計器に触れる。ソニアは万事休す、とくちびるを嚙み――
「……っ」
こころが折れた瞬間、一筋の光も届かない漆黒の中に取り残されるという、根源的な恐怖に吞み込まれた。
ワイルドエリアのキャンプも暗かったけれど、星の輝きや、ポケモンの光があった。雨に降られて洞窟に逃げ込んだ時だって、その闇に一瞬怯んだソニアに、すぐにヒトカゲの炎がともって……
『ソニア、怖いのか?』
悪戯っぽく笑ってからかう幼馴染が、いつだって闇を払ってくれた。
「……くん」
目をつぶる。目を開いて暗いよりも、目を閉じていた方が、少しはましだ。
瞼の裏に閃くのは、闇の中で手をつないだ、迷子の幼馴染。
しんと暗い夜の部屋、傍らに眠る、恋人の体温。
ダンデくん。
「――ダンデ、くんっ!」
ぶわりと恐怖が迫って、ソニアはおおきな声で彼を呼んだ。
闇の中、浮かんでは消えるダンデの顔に、必死に手を伸ばす。
「ダンデく……っやだもぉ……っ、ダンデくん、助けに来てよぉっ!」
博士の矜持? そんなもの、いまのこの恐怖に比べれば、なんの意味がある。
ソニアが極限状態で手を伸ばすのは、いつだってひとりだ。
「ダンデくん!!」
思いきり、叫んだ時。
ぶわり、と、生温かな感触がほほに触れた。
ソニアはヒッと息を呑み、思わず目を見開く。そこには真の闇が――
「ド……ドラパルト?」
「きゅしゃぁ」
闇を透かし、ドラパルトのうっすら透けた尻尾が、ぼんやりと光を放っている。その輝きはささやかだが、漆黒の中では灯台のように明るく、それに照らされたドラパルトの顔は、ソニアを真っ直ぐに見つめていた。
「――ドラパルトぉぉっ!」
あまりの安堵に、ソニアは涙声になってドラパルトにしがみついた。ひんやりと冷たいボディはソニアの抱擁を難なく受け止め、ドラメシアたちが彼女を慰めるようにつんつんと突いてくる。
安心したソニアが思わず泣いていると、その背後で電力の通じない扉にガン! と大きな衝撃が走った。ハッとしたソニアがドラパルトにしがみついたまま首を巡らせると、二度目の衝撃でそれはすっぱりと切り捨てられ、廊下の電力が漏れ入ってきた。
「オ、オノノクスぅっ……」
無敵の切れ味を誇るキバが鉄の塊と化した扉を両断し、実力行使で室内へなだれ込んできた。オノノクスの後ろから、ギルガルド、リザードンが続き、最後にダンデがおおきな声を上げた。
「ソニア!」
「っ、ダンデく……っ」
ぶわっと涙があふれ、ソニアは子供のように手を伸ばした。闇を払う幼馴染。夜に寄り添うそのぬくもりは、ソニアの全身を包み込んで、力強く抱きしめてくれた。
「ソニア、だいじょうぶか? 怪我は?」
「うっ、うぇっ、ダンデくん……っ」
「泣くなソニア、オレが来たんだ、もう安心だぜ」
「うん、ありがとぉっ、ダンデくん、みんなぁ……っ」
ポンポン、と優しく頭を撫でられて、ソニアは決壊したような涙腺に戸惑う。真の闇がもたらした恐怖心とパニックは、ダンデの規則正しい鼓動と、溶鉱炉のようにあたたかな体温が少しずつ癒してくれた。
目を開けると、リザードンの炎が眩しく照らしてくれている。そちらを向くと、心配そうな火竜が情けない声を上げた。
「ぱぎゅぅ……」
「……ふ、リザードン、ありがと……あかるい」
その言葉をきっかけに、ソニアはようやくパニックが収まり、ダンデの腕の中で身じろぐことができた。ダンデはソニアの顔を真剣な表情で検め、その黄金の瞳を細める。
「ソニア。なにがあった?」
「えっと……突然電力が落ちて。サブバッテリーもきかなくて……」
「人為的だな」
苦く呟いて、ダンデはソニアをそっと立たせる。ソニアはダンデの力強い腕に縋りながら細い眉を寄せた。
「やっぱ……そうだよね」
「タワーの電力管理室から、突然地下研究室への電力供給が阻害されたと報告があった。システムがハックされたらしいが、外部からの侵入の痕跡はなく、直接ここで細工をした可能性がある」
「……」
「ソニア、心当たりは?」
ダンデの静かな声音に、ソニアはちいさく頷いた。
「……細かな妨害が続いてる。多分……アカデミアスタッフ」
「特定は?」
「できない。時間ない」
「ソニア……」
「もうちょっとなの、ダンデくん。もうちょっとだから、お願い、やらせて」
ダンデに縋りつくように懇願するソニアに、ダンデは苦々しいため息をついた。その頃ようやく、回廊の向こうが騒がしくなる。スタッフが集まってきた気配に、ダンデはソニアの肩を抱いて部屋の外へと向かった。
「ソニア、今日はオレの家に泊まってくれ」
「え?」
歩きながら、断定的に言われた言葉にソニアが声を上げる。ダンデはまっすぐ前を向いたまま、いつになく頑なな声色で言った。
「――頼む」
「……わかった」
自分の肩を抱くダンデの手に、いつもよりも力がこもっている。ソニアは真の闇に恐怖を抱いたけれど、ダンデはソニアの危機にこそ恐怖を抱くのだ。
ここで、博士の矜持だの、意地だのを持ち出すほどソニアも野暮ではない。
そっとダンデの身体に身を寄せて、ソニアは素直に恋人の腕に包まれた。