漸近線上のBinary Stars




 バトルタワー内には、ローズタワー時代の名残で、現在もマクロコスモス関連企業が数多く入居している。
 財閥のトップとして牽引していたローズが表舞台から消えた後も、その構造はほとんど変わらない。それぞれが安定した業績を上げて独立しており、ガラルの経済を支えている。
 けれど、ガラル随一の企業と目されるバトルリーグの代表は、正式にローズからダンデへと引き継がれた。リーグの歴史は深く、またマクロコスモスグループの中枢としての存在感や立ち位置もあったため、自動的にグループ代表の座にダンデが据えられることになった。
 正確には、代表代行という立場であり、関連企業への経営的決定権は持たない。けれど、リーグの委員長という立場上、彼らとの円滑な関係を維持、構築することは、チャンピオンを降りた企業人ダンデの新たな主業務といえた。
「オーナー、この後はマクロネット会長との会食です」
 オリーヴの言葉に、一日の業務を終えたダンデは渋い顔をした。
「そんな予定、無かったはずだぜ?」
「先ほど急遽ねじ込まれました。先月の定例会議の後、オーナーとの会食の予定がキャンセルになったからと……」
 オリーヴは冷たい眼差しでダンデを見据えた。ダンデは先月の記憶を思い出すように空を見上げ、それからああ、と頷く。
「あの日は、ソニアとの約束があったんだ」
「お言葉ですが……スポンサー大手との会食よりも、恋人との時間を優先させるのは、企業人としていかがなものかと」
「ははは。一日の激務でくたくたの上、夜まで爺さん連中と美味くもない食事を囲むのは、福利厚生的にアウトだろう」
「オーナー。お疲れでしょうが、言葉には気をつけて」
「すまん。疲労がピークで歯止めが利かないぜ」
 もともと、企業人としての教育などほとんど受けていないダンデだ。チャンピオンとしての身の処し方、公的な場での卒のない答弁などはできても、突然大手企業グループを曲がりなりにも代表する立場に立たされたこの一年というもの、チャンピオンになりたての十歳のころよりも過酷な日々を送っていた。
 マクロコスモス関連の業務は、ほとんどこの、有能な副社長であるオリーヴが采配している。ダンデはお飾りの代表代行だったが、リーグ委員長としての仕事はそうはいかない。加えて、ダンデが構想し、私財を投入して整えたバトルタワーの運営は完全に彼の双肩にかかっており、不屈の闘志と無尽蔵の体力に助けられて、なんとかここまでやってきた。
 この忙しさは、チャンピオン時代のそれとは根本的に異なる。バトルをしていれば、どれほど忙殺されていてもストレスが発散できたが、いまはタワーオーナーとしてランクアップチャレンジャーの相手をするくらいが関の山だ。
 もう少し落ち着いたころ、ダンデには叶えたい構想があった。それを実現できれば、いまよりも頻繁にバトルをすることができるし、チャンピオン時代に匹敵するヒリヒリとした充足感を味わえるだろう。その夢を叶えるためにも、いまはとにかく、地盤を固め軌道に乗せる時期だった。
 それでも、この忙しさは如何ともしがたい。ダンデはふーっと息をついた。
「会食はいいが……最近、マクロネットからの露骨な誘いが目に余るぜ」
「ああ……お嬢様ですか」
 オリーヴは半分閉じたような三白眼気味の瞳を滑らせて、手元の資料を見やる。
 マクロコスモス傘下企業の中で、マクロネットは勢いのある会社だ。通信、データ、ネットワークセキュリティなどのインフラに関与し、ガラル全土に進出している。
 最近代替わりをしたが、後進に席を譲ったはずの会長は未だに暗然たる力を持ち、たびたびダンデにも接触を図っている。チャンピオン時代から、彼の後援者として存在感を示していたが、最近では孫娘との縁組を望むような、いささか時代錯誤なアプローチが目についた。
「何度もはっきり断ってはいるんだが、あの年代の粘り強さには正直参るぜ」
「本日も……恐らく、会食にお嬢様を同行させると思われますが」
「そして、何故か二人で店を出てきたところをお抱えのパパラッチがパシャリ。……古式ゆかしい印象操作だな。外堀でも埋められたら面倒だ」
「手を打ちましょう」
 手元のモデムを操作しながら、オリーヴがインカムで何事か呟く。ダンデは疲労によどんだ眼差しで、オーナー室の巨大な窓に映るシュートシティの夜景を眺めた。
 ――ああ、ソニアのカレーが食べたい……
 心底からそう思い、机上のスマホロトムをそっと手に取る。待ち受けにしているのは、およそ四ヶ月前に長年の幼馴染関係から一歩前進し、正式に恋人として結ばれた彼女の笑顔だった。
 チャンピオンから陥落して数か月。その間、身辺は様々変化し、さしものダンデも目の回るような日々だったが――その中で、奇跡のように掴んだチャンス。かつてないほどの忙しさに余裕をなくし、余計な力が抜けたことが功を奏したのか、同じく新米博士として四苦八苦していた彼女のタイミングに恐ろしいほどハマり、十年以上微動だにしなかった熟れた初恋は、あっさりと成就した。
 チャンピオン時代のじりじりとした葛藤はなんだったのか、と拍子抜けしてしまうほど、ダンデとソニアの恋は順風満帆だ。忙しいことには閉口するが、互いに互いの夢を尊重し、こころから応援できる固い絆があるので、会えない時間は障害にはならず、むしろ愛は深まる一方だ。
 ダンデはもう一度、蕩けるような眼差しでスマホ画面を見つめる。明日は休みだが、ソニアの予定は聞いていない。もう少し先に、まとまった休暇を取れる段取りになっていて、そこでスケジュールを合わせることは決まっている。久しぶりにゆっくりと、ソニアを堪能できるまで、あと少し――

『ケテー! ソニアから着信ロト!』

「!」
 ロトムが着信を告げた瞬間、ダンデは光の速さでかれを操作し、画面にかじりついた。
「もしもし、ソニア?」
『うわ、びっくりした! え、ダンデくん、いまほとんどタイムロスなかったよ?』
「ああ、ちょうどロトムを操作していたんだ」
 我ながら現金なほど弾む声。スマホから流れるソニアの声音に、昼間の疲労は八割がた回復していた。機嫌よくほほ笑むと、その向こうでソニアも笑った。
『そっか、ナイスタイミング。ところで、いまどこ?』
「いまか? タワーだぜ」
『まだお仕事?』
「ああ……仕事というか、まあな。どうかしたのか?」
『そっかー……』
 こころなしか声が沈む。ダンデは珍しいソニアの言いよどんだ様子に、野生の勘をピンと働かせた。
「ソニア、シュートシティに来ているのか?」
『え? なんでわかっ……』
「仕事は終わったぜ。会おう」
『え、いやいや、まだあるんでしょ? わたしの方がアポなしだったんだから、お仕事優先しなよ』
「きみ以上に優先するものはないぜ!」
『え、もー……なんだよ急にぃ……』
 はっきりとしたダンデの愛情に、ソニアはもじもじと言葉を飲み込む。白桃のようなソニアのほほが赤らむ様さえ見えるようで、ダンデは颯爽と立ち上がって告げた。
「十分で帰る。きみはいまどこだ?」
『えと、マンションのエントランス……』
「合鍵で入っていてくれ。オノノクスたちが留守番してるはずだから、遊んでやってほしい」
『ん、おっけ。……ホントにだいじょぶ?』
「心配するな。あとでな」
 ソニアの遠慮を押し切るように、ダンデは一方的に通話を切った。そのまま上機嫌にオリーヴを振り仰ぐと、地獄の番人のような顔色の有能な部下は、心底いやそうにため息をつく。
「……オーナー急用の報を入れます」
「助かる。サンキュー、オリーヴ!」
 晴れ晴れと笑うダンデに、オリーヴはさらに嘆息した。けれど、今週の激務はさすがの超人ダンデといえど目の下にはっきりと濃いクマを作るほどの無茶だった。上司のスケジュールを管理する者として、ここで少しは手綱を緩めることも必要だろう。
 手早く身支度をするダンデへ、オリーヴは最後の報告だと口を開く。
「オーナー。来週は、どこかでマクロネット会長との会食をセッティングします。異論は認めません」
「……オーケー。そのかわり、場所は会議室、ビジネスランチだ」
「……承知しました」
 あくまでも警戒を見せるダンデの言葉に、オリーヴは素直に頷いた。一瞬二人の視線が交差し、互いの思惑を理解したと見たオリーヴは、そのままきびきびと退室する。
 オーナー室で一人になると、ダンデは机の上にあった相棒のボールを手に取った。かれを呼び出すと同時に、机上のパネルを操作すると、オーナー室の壁面を飾る巨大な窓が自動で開いていく。
「ばきゅあ」
「リザードン。ソニアが来てるぞ」
 きららかに瞳を輝かせた火竜の首筋を撫でて、ダンデが嬉しげに笑う。広いオーナー室の窓際のスペースで相棒に跨ると、びゅうと強いビル風を吹きつける下界へ首を巡らせた。
「さあ、ソニアのもとへ、帰ろう!」
「バギュア!」
 咆哮一閃、火竜は滑るように駆けだし、翼をはためかせる。開ききった窓を抜けると、一気に滑空体勢に入った。自動で開け放たれた窓は、そのままゆっくりと閉まっていく。ダンデはそれをちらりと認め、シュートシティの眩い夜景に相棒とともに身を投じた。
 今夜の夜景のひとつには、ソニアがいる。
 たったそれだけの事実で、ダンデは月まで駆け上れるほど浮かれていた。



 食後の紅茶を差し出すと、ソニアはにっこりと嬉しげに笑った。
「ありがと」
「こちらこそ。美味かったぜ、カレー」
 本心から言って、ダンデは満足げにため息をつく。ダンデが帰りついたころ、ソニアは調理を始めたばかりだったが、材料に目を輝かせたダンデをさっさと風呂に押し込めた後、手際よく作り上げたカレーは相変わらずの絶品だった。
 相棒たちにたっぷり振舞ってもまだあまるそれを、きちんと小分けにして冷凍庫に保存したのはソニアで、使った食器を洗って片づけたのはダンデだ。そのあと、くつろぐソニアに紅茶を淹れて、隣り合ってソファに沈んだ。
 そうして本当にようやく、ほっと息をつくダンデの傍らで、ソニアは何度目かの気づかわしそうな眼差しを向けてくる。
「ダンデくん、ほんとにだいじょうぶ? かなり疲れてるみたい……」
「うん? いや、だいじょうぶだぜ。きみが来てくれて、疲れが吹っ飛んだ」
「またまたぁ……」
「本当だぜ」
 屈託なく笑うダンデに、ソニアは照れ臭げに紅茶を傾ける。恋人の距離で――手を伸ばせば簡単に触れられる距離で、そんなふうに可愛い顔をされたらたまらない。ダンデは遠慮なく、華奢な肩に手を回そうと身をよじり……
 ソニアのエメラルドの瞳が、存外強い光を放ってこちらに向けられると、ピタと止まった。
「ダンデくん、話があるの」
「え」
 古今東西、この枕詞は嫌な予感しか与えない。ダンデはぱちくりと金の瞳をまるくして固まり、そんな彼の傍らを離れたソニアは、持ち込んだ大きめのバッグへ向かうと、中からなにやら白いものを取り出した。
 ダンデが硬直している先で、ソニアはそれを――ようやく少しは着慣れてきた白衣を肩にかける。シミひとつない純白の袖を通し、凛とした眼差しで立つポケモン博士は、ソファテーブルの対面に腰を下ろすと、改めてダンデに向き直った。
「オーナーダンデ。ガラルポケモン研究所責任者として、提案があります」
「……」
 いつまでも間抜けな顔をしてはいられない。ダンデも居住まいを正し、シャワー後の寛いだ部屋着で精一杯に真面目な顔をつくろった。
「先日、チャンピオンユウリの理解も得ましたが……わたしは『ゼロ誘発原則に基づくムゲンダイナ安全研究』の推進を提案します」
「ムゲンダイナ……」
 その言葉に、本格的にダンデの目の色が変わった。
 ソニアは静かに眼差しを深くし、真っ直ぐに金のそれを見つめて続ける。
「現状、ムゲンダイナはチャンピオンユウリの統制下にある。それがいつまで続くのか、誰にもわからない。でも、間違いなくいまが、ブラックナイトと恐れられた膨大なエネルギー生命体を一番安全に研究・解明できるチャンスだと思う。ローズ元委員長が思い描いたような、ムゲンダイナを生きたエネルギー炉にするんじゃなく、そのエネルギー理論をもとに、人工エネルギーを作る目標に向かい、まずはムゲンダイナの残滓を研究して、非誘発・非接触・無損傷を徹底した研究を推し進めたい」
 一気にそこまで言って、ソニアはじっとダンデの様子を窺った。ダンデは金の瞳を静かにソニアにあて、無言で思索している。真剣な表情の彼の言葉を、ソニアは固唾を飲んで待ち続けた。
 やがて静かに、ダンデが呟く。
「……それは、いずれリーグ主体でポケモン研究所に依頼すべき問題だ」
「うん、わかってる。でも、ムゲンダイナの危険性、凶悪性がこれほど世間に浸透してしまっているいま、少なくとも最低限の安全性を担保しないと、リーグは動けない、動いちゃいけないでしょ」
 ソニアの指摘に、ダンデは思わず言葉に窮した。
 一年前、ガラルは伝説上の出来事だと思われていたブラックナイトという未曽有の危機に直面した。ユウリとホップの活躍により辛うじて事なきを得たが、ガラル中に巻き起こった混乱の爪痕は人々の記憶に新しい。人的被害こそなかったけれど、大災害のように社会を飲み込んだ根源的な恐怖は、その元凶への畏怖や怒りに転化された。
 ソニアが著した真実の歴史により、かつてガラルを蹂躙したポケモンの暴走を誘発した存在として、ムゲンダイナの名は広く知れ渡った。そして、その事態を収束した真の英雄、ザシアン、ザマゼンタの存在も明らかとなり、かれらを味方につけ、心強い仲間にしたチャンピオンの求心力は、ダンデのそれに勝るとも劣らない勢いで加速した。
 その、ユウリへの期待と信頼が、かろうじてムゲンダイナへの恐怖と疑心をそらしている。
「いつ、人々の間でムゲンダイナ排斥論が唱えられるかわからない。そうでなくても、ガラルの破滅を再び引き起こす恐れのある存在を、手持ちにしているユウリへの反発が芽吹くかもしれない。民衆の好悪なんて、コインの表裏よりも簡単に変わるでしょう?」
「ああ」
 チャンピオン時代、そのことは痛いほど理解させられた。民衆心理は残酷で、けれど愛おしいほど純粋だ。
「これは、歴史を明らかにしたポケモン博士――わたしの責任でもある」
 静かなソニアの言葉に、ダンデは反射的に首を振った。
「それは違うぜ、ソニア。きみは真実を明らかにしただけだ。そして、ムゲンダイナを顕現させたのはローズさんで、彼の計画に力及ばず、混乱を招いたのはチャンピオンだったオレだ」
「わたしだけのせいだと言うつもりはないよ。でも、現実にムゲンダイナは甦り、その危険性を歴史の事実として提唱したのはわたし。そして、いまそれを防いでいるのは、ユウリとホップ。あの子たちが安心してガラルで暮らすためにも、一刻も早くムゲンダイナの安全性と、未来への寄与を示さなきゃいけない。それができるのは、ポケモン博士であるわたしなの」
「ソニア」
 ソファテーブル越しに、ダンデが強い眼差しを向ける。なぜ、ここで距離をとるのか。
 先ほどまでは、手を伸ばせばすぐ触れられる恋人の位置にいたソニアは、いまはっきりと背筋を伸ばし、ダンデの対面で凛然としている。
 ポケモン博士の矜持を示して。
「ムゲンダイナの可能性を解明して、その安全性を確認してからじゃないと、ポケモンリーグは大々的に人々へムゲンダイナとの共存を唱えられないでしょ? 見込み発車じゃ反発が大きいし、リーグ委員長が交代したこの時期、無用な波乱は控えるべきだよ」
「オレの力が足りないのは承知してる。だが」
「違う。ダンデくんの力が足りないんじゃなく、わたしの力が足りないの」
 きゅっとくちびるを引き結び、ソニアは悔し気に眉を寄せた。
「もし、おばあさまくらいのネームバリューと実績があったら、ムゲンダイナの安全性への反発は抑えられたかもしれない。だけどわたしは、やっと歩き始めたばかりの新米博士だから。理屈抜きで担保できる信頼を、世間に示せてない。……ダンデくんが無条件でわたしを信じてくれる意味を、正しく伝えられない」
 その言葉に、ダンデは聡明すぎる恋人を憎らしく思った。
 彼女がもし、もっと強かに、もっと鈍感でいてくれたら、ダンデは迷うことなくこの腕で彼女を囲い、最大限の職権を行使するだろう。公私混同と揶揄されようと、そんな下らない難癖をひねりつぶすことは容易い。十年ガラルの玉座に座った男の、本気の影響力をソニアは見くびっている。
 いや、彼の影響力を正しく認識しているからこそ、ソニアはダンデを頼らない。頼らないばかりか、その細腕をいっぱいに広げて、ダンデを護ろうとさえしている。
「三ヶ月……四ヶ月。それくらいの時間があれば、少なくとも安全性の暫定基準は示せると思う。そしたら、正式にポケモンリーグへ『ゼロ誘発原則に基づくムゲンダイナ安全研究』を提示して、協力を仰げる。ダンデくん――リーグ委員長、バトルタワーオーナー、十年無敗の伝説のチャンピオンに堂々と頼っても、誰にも文句は言わせない」
 かがり火のように燃えるエメラルドの瞳が、ダンデの金のそれを捕えて離さない。ダンデは恐ろしいほどうつくしいその光から目をそらせずに、遠い日を思い出していた。
 ――ああ、ソニア。
 きみとバトルで対峙した日々の、目もくらむような興奮を、また味わわせてくれるのか。
「……わかった」
 静かにダンデが頷くと、ソニアはほっとしたように華奢な肩を震わせた。ソファテーブルを挟んだ向こうで、見る間にちいさくなっていくように見える彼女に、ダンデは知らず気圧されていた自分に苦笑する。
「ただし、バックアップはさせてくれ。大々的にリーグが関与するわけじゃない。オレが個人的に手を回せるところは協力する」
「え、うーん。それは助かる……けど」
 ソニアが改めて気づかわし気にダンデを見やる。それでなくても多忙なオーナーに、これ以上の負担をかけるのは……と、彼女の考えていることは手に取るように分かった。
 だが、そんな他人行儀はダンデには到底受け入れられない。
 ダンデは無言で立ち上がると、ちいさなソファテーブルをひょいとまたぎ超えて、一気にソニアへの距離をゼロにした。
「わひゃっ!?」
 思わず素っ頓狂な声を上げたソニアの腕を掴んで立たせると、ダンデは有無をも言わさずその白衣を取り去ってしまう。ばさりとおおきな音を立ててソファに放り出された白を見やって、ソニアが何事かを言う前に、ダンデは彼女のくちびるを塞いだ。
「ふっ……」
 突然のキスに、ソニアが思わず鼻を鳴らした。ダンデは性急に粘膜を合わせ、彼女の味とぬくもりを楽しむように舌を動かす。途端にソニアの身体から力が抜けていった。
 しっとりと重たく寄り添うソニアを抱きしめて、ダンデはやっとくちびるを離すと、その金の瞳でエメラルドを容赦なく射貫いた。
「ソニア。オレにだって譲れないものはあるぜ」
「……わかったよぉ……」
 めろめろに蕩けたソニアの囁きに、ダンデは勝者の笑みを浮かべた。その無邪気とさえいえる傲慢な顔に、ソニアは真っ赤に熟れた顔色のまま悔しげにくちびるを尖らせる。
「なっかなか完封させてくれないなぁ、ダンデくんは……」
「オレが負けず嫌いなのは、ソニアも知ってるだろう」
「知ってますぅ。……でも、わたしも同じだって、ダンデくん知ってるよね?」
「うん?」
 にやりと弓なりになったエメラルドグリーンに、ダンデはきょとんと眼を丸くした。目前で、ソニアはゆっくりと手を上げると、サイドテールのゴムを引っ張って、ふわりと豊かな黄昏の髪を揺らす。
 滝のように背中に流れるふわふわの髪から立ち込めたソニアの香りに、ダンデの喉が自然と上下した。
「白衣を脱がせられちゃったら……もう、博士じゃないよ」
 ツン、とダンデの喉元に人差し指を当てると、ツツ……と爪の先を下ろす。Vネックから覗く褐色の肌をくすぐるように、その爪先は敏感な筋をかすめた。ピクリと震えたダンデの、厚い胸板へゆっくりと指を這わせたソニアは、蠱惑的な上目遣いで恋人を見上げた。
「博士じゃないソニアちゃんは……さあ、なんでしょう?」
 ぷるりと艶めくくちびるが、約束されたやわらかさを思い出させる。ダンデははっきりと自覚した衝動を抑えられず、再びソニアを抱きしめようと動いた。
「それは……オレの、恋人……」
「――残念! 正解は、ポケモン大好きおねえさんで~す!」
 その時、ソニアはでんこうせっかのごとく素早く動き、ダンデの腕の範囲内から逃げ出した。呆気にとられたダンデにちいさく舌を出し、ダンデの手持ちとワンパチたちが休む部屋へ声を上げる。
「今日は、みんなとたくさん遊んで一緒に寝ま~す! あ、そうだ、一緒にお風呂に入る子集まれ~!」
「ばぎゃ!」
「イヌヌワッ!」
「がううっ」
 廊下の向こうから、ポケモンたちの嬉しそうな声が聞こえる。ダンデは一瞬魂が抜けた顔で項垂れると、すぐさま弾かれたように走り出した。
「ソニア! チャンピオンタイムはまだ終わってないぜ!」
「だぁめ! チャンピオンタイムイズオーバ……きゃあっ」
 ポケモンたちへとたどり着く前に、ソニアの身体はあっけなくダンデの肩の上に担がれた。
「ご所望の、一緒にお風呂に入る子、だぜ」
「やぁだ! ダンデくんとは入らなっ……きゃ~ひとさらい~~! 助けてワンパチ、リザードーン、みんなぁ~~~……」
 暴れるソニアを抱えて風呂場へ向かうダンデに、ポケモンたちはやれやれと呆れたように顔を見合わせた。ワンパチだけは最後まで、一緒に遊ぼうと飛び跳ねるのだが、リザードンがそっと優しくかれを抱き上げ、自分たちの休む部屋へと引き取っていった。





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