拝啓、いとしのきみよ
【親愛なる ダンデくんへ
14歳のお誕生日、おめでとうございます。
今頃は恒例の、ジムリーダー交流エキシビジョンマッチの真っ最中かな。
きっと今年も、それぞれのジムの特性を生かした華やかなデモンストレーションと、手に汗握る白熱したバトルがお茶の間をにぎわせるだろうね。わたしも、テレビの向こうで応援してるよ。
今年、ナックルジムのキバナくんが最年少ジムリーダーに就任したことで、ますますダンデくんとのライバル対決が熱を帯びてきたね。去年の防衛戦の時と比べても、今年はふたりともレベルが違うバトルだった。ルリナもすごく刺激を受けてたから、来年あたり彼女もジムリーダーを狙うつもりらしいよ。もちろん、最終目標は、チャンピオンだって。
そしてわたしも、打倒ダンデくん! …ってわけじゃないけど、新たなチャレンジを始めました。
ナックルシティ王立アカデミアに特別飛び級待遇で入学が決まったの。最近は、ナックルユニバーシティっていう通称のほうが有名かな。おばあさまの推薦と、ジムチャレンジの時の成績が考慮されたんだけど、正直、受かるかどうかわからなかったから、ダンデくんには事後報告になりました。
アカデミアは全寮制で、わたしも寮に入ってるよ。ちいさい頃におばあさまたちに引き取られてから、ずっと家族と暮らしていたから、他に誰も知っている人がいない寮生活は、不安や緊張がちょっとあるかな。
でも、これをダンデくんは10歳で経験していたんだよね。改めて、すごいって思った。
寮には一体だけポケモンを連れてきていいので、もちろんワンパチも一緒です。だから、厳密には『一人』ではないんだけどね。のんきなあの子は、今日もわぱわぱと笑いながら隣で眠っています。すごく心強いよ。
暮らしはともかく、アカデミアで学ぶことは面白くて興味深くて、毎日本当に楽しいです。フィールドワーク入門、ポケモン行動学、バトル科学概論、リサーチメソッド、本当に多岐にわたる授業があって、それぞれにレベルも高いし、周りとも切磋琢磨して頑張ってます。
ただ、当たり前だけど同級生たちはみんな年上で、なかなか馴染めないかな。研究や共同テーマで一緒になると、みんな優しいし優秀なんだけど、どこかで一線引かれてる……ような気がします。
でもこれもまた、ダンデくんの苦労を思えばなんてことないな、って思ったりして。
大人たちの中で、チャンピオンを守り続けているきみに、わたしは折に触れ、勇気をもらったり、背中を押してもらったりしています。ふたりで過ごした濃密な時間が、いま確かにわたしの力になってるよ。
ダンデくんにも、少しでいいから、そういうふうに思ってもらえていたら嬉しい。
お互いにがんばろうねって、いまはまだ言えないけど。ダンデくんに負けないよう、わたしもがんばるね。
少しだけホームシックになっているような ソニアより】
「なーに見てんだよォ」
背後からぐっと覆いかぶさってきた陰に、ダンデは手にしていた便箋を素早く隠しながら振り返った。
「びっくりした! キバナ、音を立てないで近づくのはやめてくれ」
「はぁ~? オレさま、それなりにガチャガチャしてたはずだぜェ。オマエがめちゃくちゃ集中してて気づかなかっただけじゃん」
「そうなのか?」
本当に気付かなかった。ダンデは改めて気恥ずかしいように頭をかくと、便箋を封筒に戻しながら言った。
「それは悪かったな。キバナ、もう用意できたのか」
「おう、待たせたな。行こうぜ」
「ああ」
華々しく終幕したジムリーダー交流エキシビジョンマッチの後は、リーグ主催の大々的な打ち上げパーティーが用意されている。ダンデとキバナは未成年のため、開始数時間しかいられないが、その短い時間に大人に混じってスポンサーの挨拶を受けたり、リーダー同士の感想戦に加わったりとなかなかに忙しい。
大興奮だったバトルの余韻を汗と一緒にシャワーで流し、フォーマルな衣装に身を包んだキバナは、成長過渡期のみずみずしい手足を動かしながらダンデの隣を歩く。
「そんで?」
「ん?」
いつの間にか自分を見下ろす位置に成長したキバナの、重力に逆らわない垂れた目尻の流し目に、ダンデはきょとんと返す。キバナはじれったそうにダンデのスーツの内懐にしまわれたものを指さした。
「さっきの手紙! 誰からだよ~」
「え、なんで聞くんだ」
「だってお前、すげー顔してたから」
「え?」
ぎょっとしてダンデが自分の頬に片手で触れる。『すげー顔』って、どんな顔だ?
そんな素直な反応に、キバナはますます楽しそうに瞳を弓なりにした。
「なんつーか……にやにや……いや、ちょっと違うな、ふにゃふにゃ……うーん、メロメロ……?」
「なんだそれ」
「だからさ、なんかこう、見たことないみたいな顔してたんだよ。まあお前、バトル以外では結構ボヤボヤしてるけど、そういうのとも違った感じでさ、オレさま、気になっちゃったわけ」
「ボヤボヤ……」
言いたい放題のキバナに、ダンデはむっとするでもなくぽかんとする。確かに、生粋のナックルっこを自称するキバナは頭の回転も速くいちいちのセンスもよく、例えばこうしてフォーマルな装いをさせれば目を引くほどにオシャレに決めるし、流行にも敏感でそれがバトルセンスにも反映されて、彼のバトルスタイルは他の追随を許さないほど鮮烈で独創的な……
「――おぉい! だからなーんでヒトと話してるときにどっか異次元に行くんだオマエは!」
「……あ、すまん、今日のバトルを反芻してた」
「……はぁ~。お前って、ほんっとバトルジャンキーだよなぁ……」
まあオレさまも負けねェけど。そう言ってニッと犬歯を見せるキバナを見やり、ダンデも笑う。
「今日の感想戦、楽しみだな!」
「おう。さっき会った時、カブさんも張り切ってたぜ。今日はめっちゃ気合が入ってたから~……って、違う!」
繊細にセットした髪をぐしゃぐしゃにする勢いで、キバナがぶんぶんと頭を振る。それから再び、ダンデの胸元に指を突き立てた。
「ごまかそうったってそうはいかねぇぞ、ダンデ! さぁ吐け、吐きやがれ!」
「いや、吐くものはないぞ、飯はこれからで……」
「だぁーっ、違う! あーもう、わかったわかった。お前はその手紙の主を、オレに紹介したくないわけね」
「いや、別にそうとは」
「ふんじゃ、言えるか?」
重ねて問われ、ダンデは特にてらいなく答えた。
「幼馴染だ」
「ほう」
するっと出てきた言葉に、キバナは整った眉をひょいと持ち上げた。なんてことはないぜ、と言わんばかりのダンデの様子が、逆にキバナの嗅覚を刺激する。
バトルとポケモン、この世を構成するものはそればかりですというバトルジャンキーの顔しか見せないダンデが、手紙を目にして無防備に浮かべたあの表情の裏に、きっとなにかどでかい秘密が隠されているはずだ。
そうと踏んで、自他ともに認めるスマートな策士は、野暮に聞こえないぎりぎりの無遠慮さで、淡いピーコックグリーンの瞳をキラリと輝かせた。
「ただの幼馴染じゃあねぇだろう? お前に、そんな顔させるくらいだもんなァ」
「そんな顔って言われてもな」
「メロメロ」
「メロメロボディ?」
「違う!」
軽妙な掛け合いをしているうちに、用意された送迎車が見えてきた。キバナはチッと短く舌を打つと、改めてにやりと笑う。
「まー、そのうち詳しく聞かせろよ、その『幼馴染』とやらのこと」
引き際をわきまえた洒落者は、そう言ってさっさと黒塗りの車両に乗り込んだ。まるで『お前の弱みを握ったぜ』と言わんばかりの後ろ姿に、ダンデはわずかに困惑したような顔で呟く。
「詳しく……と言ってもなあ」
キバナが楽しげに探る様子に慣れず、ダンデは胸にそっと手をやった。その奥深くにしまった手紙は、手を当てるとほんのりあたたかいような気さえする。いつもいつでも、自分に活を入れ、勇気を与え、また胸が苦しくなるほどの寂しさと、なににも似ていない安らぎを与えてくれる、唯一無二の幼馴染を。
「……教えたくないな」
突然に浮かんだ言葉に、ダンデ自身ぎょっとした。
つい先ほどまでは、キバナに何を問われても、当たり前のような答えを返すだけだと思ったのに。
――手紙? 故郷の幼馴染だぜ。一緒にジムチャレンジもしたライバルで、いまはポケモン博士を目指してナックルシティ王立アカデミアに飛び級進学したんだ。優秀なやつでな、オレもいつも助けられている。ああそうだ、ナックルのこと、よければソニアに教えてやってほしい――
そこまでつらつら考えて、知らぬ間に爪が食い込むほど強く拳を握っていた己に気づき、ダンデはぎょっとしたように立ち止まった。送迎車の運転手が、扉を開いて待っている。その直前、ダンデは滑らかな褐色をわずかに上気させて、そっと拳を開いた。
何故かはわからないけれど。
誰にも教えたくはない――ダンデだけの、ソニアでいてほしい。
「……」
蝶の羽ばたきのような微かな震えが、ダンデの胸に響く。
いままで感じたことのない種類の動悸に首を傾げながら、ダンデは後続の車へと乗り込んでいった。