拝啓、いとしのきみよ




【親愛なる ダンデくんへ


 13歳のお誕生日、おめでとうございます。
 今年は直接この手紙を渡せることを、嬉しく思っています。

 すっかりチャンピオンらしくなったダンデくんの顔を、この頃よく見かけるよ。
 ジムリーダーとのエキシビジョンマッチも、今年はぐっと盛んになったね。一年目とはだいぶ違う感じで、チャンピオンとしての存在感が、より鮮明に打ち出されてる気がします。
 ダンデくんの長所、大胆なポケモンの起用、ダイナミックなわざ構成、ここぞという時の意表を突く戦術――そして、確実な勝利。そのすべてが、まるでヒーロー活劇を見ているように、何倍にもなってみんなの印象に残る。その計算された演出と的確なマネジメントに、やっぱりローズ委員長ってすごいなあってつくづく思うよ。
 ダンデくんがチャンピオンになってから、確実に、ガラルのポケモンバトルは変わっている気がします。
 それが、ダンデくんが目指していた『ガラルのみんなで強くなりたい』っていう夢に近づく道筋になればいいって思ってるよ。
 ところで、ポスターやコマーシャルで引っ張りだこになったダンデくんを、毎日のように見ることはできるけれど、やっぱり直接顔を見たいっておばさまが言っていました。ホップも寂しがっていたので、今年の誕生日は家に帰ってくるって聞いた時、わたしもすごくほっとしました。
 二度目の防衛戦を制して、少しは自由な時間ができたのかな。自分のペースとポケモンたちのコンディションを守ることは大変だろうけど、ダンデくんのまわりには、きみの悩みや迷いをきちんと聞いて相談に乗ってくれる大人がたくさんいるんだから、ちゃんと頼るんだよ。
 もちろん、わたしも。遠いブラッシータウンで、自分の夢に追い立てられながらだけども、できる限りダンデくんの力になりたいといつも思っています。
 ふたりでジムを巡っていた時、一人じゃできないことを何度もチャレンジしたよね。きっとその経験はこの先の糧になるって信じてる。

 ところで、最近わたしはおばあさまの指導のもと、少しずつフィールドワークを学び始めました。
 ジムチャレンジの時、夢中で駆け巡ったワイルドエリアを、今度は細かく丁寧に統計を取りながら、トレーナーとは違う目線で調査しているの。
 ダンデくんと旅をしながら見つけた、または見つけられなかったポケモンたちを改めて観察して、それまでとは違った発見や知見を得ていると、たまにバトルに完勝した時のような、ものすごい高揚感を感じる時があるんだ。
 自分の中で仮説を立てて、それを実証した時に得られるなんともいえない感覚。ポケモン博士への道のりは、意外なくらい、ポケモンバトルと重なる部分があって、ダンデくんと一緒に旅した時間が、本当に得難い経験だったなって思うよ。
 そんなわけで、きっといまのダンデくんにも、ワイルドエリアで過ごす時間は、実りがあると思うんだ。
 なので、今度のきみの誕生日……もう、今日だね。今日、ホップと一緒に三人で、ワイルドエリアにキャンプに行きませんか?
 この手紙を渡した時にも誘っていると思うけど、久しぶりに一緒にポケモンに触れ合う時間が持てればとっても嬉しいです。

 サプライズが成功すればいいなと祈る ソニアより】





「ホップ寝ちゃった? お疲れさま、ダンデくん」
 テントを出てすぐ、簡易なテーブルに湯気の立つ紅茶を用意したソニアが、ダンデを振り返って微笑んだ。満天の星々に見下ろされたワイルドエリアの一角で、むしポケモンたちの合唱が耳に優しく流れている中、ダンデはソニアの傍らの椅子に腰を下ろす。
「ああ、昼間あれだけ興奮してはしゃいでたからな。枕に頭をつけたとたんに爆睡したぜ」
 礼を言ってカップを手にし、約二年ぶりに味わうソニアの紅茶を口にした。懐かしいその味にじんわりと微笑みが浮かぶ。やわらかなランプの光の下で、ソニアはワンパチとリザードンにもミックスオレを与えている。こうしていると、まるでジムチャレンジの頃に戻ったような錯覚を覚えて、ダンデは最近の目まぐるしさから改めて解放された気になって、ため息をついた。
「なんだよ、ダンデくん。今日はなんかため息多いな。やっぱり、疲れてるの?」
 目ざとくダンデの仕草に気づいたソニアが、心配そうに眉を寄せた。ダンデは慌てて、「元気だぜ!」と声をあげる。
「わ、わかったわかった。ホップ起きちゃうから、も少し声落として」
「ご、ごめん」
 しーっと口元に指をあてるソニアに、ダンデはへどもどと謝る。それからふと、ふたりで顔を見合わせて、同時にぷっと噴き出した。
「ふふふっ。もー、ダンデくんは相変わらずダンデくんだなあ」
「はは、なんだよそれ」
「こんなに離れてたことなかったからさ。シュートシティの水に洗われて、すっかりシティボーイになってたらどうしようってちょっと心配してたんだ」
「してぃぼーい?」
「うん、ふふふ。でも、相変わらずダンデくんはダンデくんだねえ」
 そう言って悪戯っぽく笑うソニアこそ、出会った頃となにも変わっていない。相変わらず頭が良くて、ポケモンが好きで、夢中になると周りが見えなくなって、危なっかしいけど頼りになる。
 離れていた二年ちょっとで、ソニアが変わっていたらどうしようと、心配していたのはダンデだって同じだ。毎年届く手紙は相変わらずやさしく正直で、彼女の根っこの部分のゆるぎなさを信じてはいたけれど……。
「ん。今度はなに、ダンデくん」
 なかばぼーっとソニアの顔を見つめていたら、ソニアは怪訝そうに眉を寄せて顔をしかめた。橙色のランプに照らされて、彼女の夕やけ色の髪の毛がきらめいている。そのやわらかそうな色合いがすぐ傍らにあることを、改めて幸せに感じてダンデはにっこりと笑った。
「なんでもないぜ!」
「ダーンデくん……」
「す、すまん……」
「もー。トレーナーって、バトル中声を張ってポケモンに指示を出すのに慣れてるから、地声がでかくなるんだって。そういうの、一般社会では結構マナー違反になるから、気をつけなよね、ダンデくん」
「うん。マナー講習は、もうおなかいっぱいだぜ……」
「あー、そういうのも勉強してんだね。チャンピオン業は多岐にわたるなあ」
 興味深そうにソニアが瞳を輝かせる。ダンデは少しだけげんなりしたように肩を落とした。
「ほんとだぜ……。ポケモンバトルのことばかり考えてちゃダメなんだなって、思い知ってるところだ」
「おお。ダンデくんが成長してる」
「そりゃ、嫌でも成長するぜ。マナー講師がおっかないんだ。スクールの生徒指導の先生に似ててさ……」
「あー、あのおっかない先生か。なるほど、それはダンデくん、苦労しそうだねえ」
「まじめにやってるつもりなんだけど、なぜかこっちが気を抜いてるときに限って目ざとく見つけるんだぜ」
「あはは、背中に目がついてるやつじゃん。ダンデくん、先生が後ろ向いてるときに油断して、窓の外のポケモンに気を取られたらめっちゃ怒られた時あったよね…」
「今もおんなじ状況だぜ……」
 はぁ、とおおきなため息をつくと、ソニアは口元を抑えながらもぷくく、とこらえきれず笑い声を漏らした。それを恨めしげに見やって、ダンデはソニアに身を寄せると、抑え気味な声を彼女の耳元に落とした。
「そういえばソニア、フィールドワークのこと聞きたいぜ」
「おっ、聞く? ダンデくんが興味持ちそうなネタ、結構仕入れてんだよね」
「オレが?」
「ふっふっふ。ジムチャレの時さ、時間が足りなくて検証できなかったけど、あの水場のさ……」
「あっ、あのみずポケモンの……」
「そそ、それ、こないだ一週間つきっきりでデータとれたんだけどさ……」
 ソニアは声を落としながらも、興奮したように語尾を弾ませてダンデの方へ身体を傾けた。きらきらと輝く彼女のエメラルドグリーンの瞳を覗き込みながら、ダンデはいつまでも聞いていたい、甘くはじけるような懐かしいソニアの声を胸の奥に刻み込む。
 再び離れてしまった後も、この声を思い出して、迷いや悩みを振り切れるように。




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