拝啓、いとしのきみよ




【親愛なる ダンデくんへ


 12歳のお誕生日、おめでとうございます。
 そして初防衛、本当におめでとう。

 早いもので、ダンデくんがチャンピオンになってから、もう一年半も経つんだね。半年前、初めての防衛戦、わたしはテレビの向こうで応援していました。ちゃんと、見てたよ。
 送ってもらったチケット、使えなくてごめんね。ホップたちと一緒に、観戦したいって気持ちももちろんあったよ。
 でも、わたしはまだ、自分の目標にたどり着いていないから。
 なんだかちょっと情けなくて、きみの雄姿が見れませんでした。
 ポケモン博士を目指す! って、去年はあんなに堂々と言ってたのにね。
 道のりは、果てしなく長そうです。
 だから、ちゃんと自分に自信を持てて、ダンデくんに胸を張って会いに行けるまで、チケットは送らなくていいよ。
 いつかきっと自分の足で、きみの応援に行くから。

 なんて、暗い話はここまでにします。
 とにかく、わたしは今、いろいろと試行錯誤中。ダンデくんもそうだよね。新しいポケモンも仲間に加えて、わざ構成とかとにかくすごく考えてるなってわかるよ。
 チャンピオンは常に、たくさんの傾向と対策を練られてる。ずっと同じパターンでいられるほど、甘くないよね。
 でも、考えてみればダンデくんは、昔からそういうの得意でしょう? マンネリなバトルなんて一遍もしたことない。ポケモンたちの隠れた才能や実力を、余すことなく引き出せる。それって才能だよね。
 そういうのって、わたしの目指す博士の仕事にも、ちょっと似てる気がしてるんだ。
 常識や定説を覆して、まだ見ぬ真実を探求していく。しかも、一生。ポケモン博士を目指すって、終わりのないジムチャレンジみたいだよ。
 そのチャレンジの資格を得るための準備段階。今はその時期です。
 ダンデくんがスクールをやめて、シュートシティでチューター教育に切り替えたのと同じくらいに、わたしもおばあさまの計らいでチューター教育に変えました。できるだけ標準カリキュラムを前倒しで終わらせて、数年後には留学も検討中。
 最短でポケモン博士を目指すためのルートを、おばあさまと一緒に模索しています。おばあさまは、最大限わたしの力になって下さるけど、結局はわたしの実力次第。どれほど時間がかかるかは、わたし次第です。
 ところで、スクールをやめてから、めっきり友達に会う機会もなくなりました。ダンデくんも同じだろうけど、ちょっと寂しいね。
 その代わり、いまはほぼ毎日、ホップと一緒にいます。
 ホップはちいさい頃のダンデくんと同じで、暇さえあれば研究所に遊びに来るの。きみのお気に入りのクッションや温室のベンチを、同じように気に入っているよ。
 今月、スクールに入学する前に、ホップには簡単な文字と文法、計算まで教え込みました。最初はほんのお遊び程度に、ポケモン図鑑の読み聞かせをしていたんだけど、思った以上にどんどん吸収していって、その集中力や好奇心は、さすがダンデくんの弟だなって思ったよ。夢中になって教えてるうちに、自分の勉強も進むので、なかなかいい相棒です。
 時間ができたら、ホップの顔を見に来てあげてね。あの子ってばいつも、あにち、あにちってテレビに向かって大声援を送ってるよ。

 ホップに負けない声援を送る ソニアより】





「……では、以上でインタビューは終了です。貴重なお時間をありがとうございました、チャンピオンダンデ」
「こちらこそ、ありがとうございました」
 きちんとした大人にきちんとした対応をされ、ダンデは習いたての律義さが残るお辞儀を返す。その初々しい様子に、圧倒的な実力で初の王座防衛を果たした少年チャンピオンへの周囲の眼差しは、さらに好意的なものになった。
 ダンデは促されるままインタビューの席から離れ、与えられた控室へと戻る。ポケモンリーグが用意したダンデ専属の付き人が「ここでしばらく休憩していてくださいね」と言い置いて部屋を出ると、ひとりきりになって初めて、ダンデはふぅっとため息をついた。
 まだ着慣れないチャンピオンユニフォームも、少しずつ増えるスポンサーの名を背負ったマントも、まるで鉛のように重く感じた。
「……リザードン」
 手にしたボールを地に落とし、同時に現れた相棒の名前を呼ぶ。堂々たる巨体と押し出しのいい強面の彼は、あるじの優れない顔色に心配そうに鳴いた。
「ばぎゅぁ……」
「……ン。ちょっと、疲れたな」
 素直に呟いて、ダンデは広い控室の隅に腰を下ろした。
 ポケモンを出現させることを前提とした部屋は余計な調度は一切なく、足を投げ出して座るダンデのその膝に顎を乗せたリザードンは、ヒトカゲの頃と変わらない真摯な眼差しであるじの様子を窺う。
 リザードンの硬い頭皮を爪でこすりながら、ダンデはぼんやりと窓の外を眺めた。
 ダンデがチャンピオンになるまでの10年間、牧歌的なハロンタウンの家庭における、過不足のない礼儀作法は教えられていた。しかし、生き馬の目を抜くシュートシティにおいて、その最先端で働く職業人たちに対応する術や、未だ根強い旧来の階級制度による暗黙の身分差など、幼いダンデには太刀打ちできない物事は多く、この一年はチャンピオンとしての風格と処世術を叩き込まれる時間だった。
 彗星のように現れて、瞬く間に王座を奪った片田舎の少年は、熱狂的な民衆に受け入れられると同時に、常にその真贋を問われ続けた。ほんのわずかなほころびも面白おかしく書き立てられたり、ポケモンバトルの実力を疑うような、心ない言葉を面と向かってぶつけられることもあった。
 チャンピオンとして君臨したとはいえ、その実力を世間に示す機会は年に数度もない。初めての年は、リーグの顔見世巡業によるエキシビジョンマッチや、興行的なバトルばかりが主に組まれた。
 バトルリーグの長であり、実質ダンデの全面的な後ろ盾を担うローズ委員長は、ダンデをガラルのカリスマにすべく、そのイメージ戦略を徹底的に敷いた。野良バトルは許さず、常にリーグの監視の元、チャンピオンに相応しい言動を身につけさせ、全力を出し惜しみさせることによって、初の防衛戦という大舞台に向け、意図的に観衆の熱狂を煽り立て続けた。
 それはもちろん、ダンデの実力を信じたからこそできた戦略だったが、仮にダンデが初の防衛に失敗して王座を追われたとしても、新たに生まれたチャンピオンを擁して、同じようにガラルを盛り立てていくだろう。
 ローズには、否、ガラルの中心であるシュートシティにおけるポケモンバトルには、そんな過酷さと冷たさがあった。
 ただバトルが好きで、ポケモンが好きで、誰よりも強くありたいと願ったハロンタウンの牧童は、初めて接する人間のエゴや悪意にさらされた一年を経て、誰にも文句を言わせないほどの圧倒的な力で王座を守った。
 そしてその防衛戦から一夜明けると、彼の世界は劇的に変化していた。
 二度目の頂点は、ぽっと出のチャンピオンを類稀なカリスマに押し上げた。ローズの戦略は図に当たり、貴重なバトルの機会を逃さず、最高のパフォーマンスで力を示したチャンピオンは、観衆の尊敬と憧れを面白いようにかっさらった。利に聡い連中は手のひらを返し、ダンデに媚を売るようになり、彼の一挙一動に熱狂的な関心が集まった。
 その、あまりの目まぐるしさに。
 ダンデはふと、自分の進むべき道を見失ったような不安を抱えた。
 ポケモンバトルを極め、その頂点に立てば自ずと見えるはずだった将来も、胸躍るはずの未来も、なにもかもがすべて、ちいさなダンデの胸の中で、クルリクルリと表裏を返し、自分がまっすぐ立っているのかさえ、わからない。
 ――自分の手を引いて、正しい道を示してくれていた彼女のやわらかい手のひらは、もうここにはないのだから。
 そんなダンデが、暗闇の中でもがいていたころ、一通の封書が届いた。それを見て初めて、ダンデは自分が誕生日を迎えたのだと知る。当たり前のことを当たり前に感じられなくなっていたダンデに届いた手紙は、彼の真っ暗だった世界に一条の光を投げかけてきた。
 懐に手を伸ばすと、馴染んだ封筒に指先が触れる。何度も繰り返し読んだ、うす淡い紫の封筒。
 暗記してしまうほど読み込んだソニアの筆跡に、ダンデはゆっくりと、自分自身の呼吸を取り戻すように息をついた。

 ――いつかきっと自分の足で、きみの応援に行くから。

 同じように道に迷い、同じ闇の中でもがいている、ライバルの力強い言葉に。
 ダンデは、自分の進むべき道が、再びまっすぐ眼前に示される気がして頷いた。
「……待ってるぜ、ソニア」
 静かなあるじの誓いに、彼の膝で憩っていたリザードンがふと身を起こす。その透き通るエメラルドの瞳を見つめて、ダンデはニカっと太陽のように笑った。




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