拝啓、いとしのきみよ
【親愛なる ダンデくんへ
10歳のお誕生日、おめでとうございます。
とうとう、この年が来たね。
来月から始まるジムチャレンジが待ち遠しすぎて、最近ダンデくんと話しているとわくわくが止まらないです。もうちょっと落ち着かないと、わたしたち、そのうち用水路とかに落っこちちゃうかもよ。
ヒトカゲとワンパチの準備も万端だね。なんだかんだいって、あの子たちも本物のバトルは初めてなのに、もういっぱしのつもりだよね。わたしたちの『バトルごっこ』が、あの子たちのやる気に火をつけたような気がします。
というわけで、今年のお誕生日プレゼントは、キャンプグッズにしました。中でも、最新のキッズ用方位磁石は絶対に肌身はなさずに持っていること。中にはGPSも入っていて、万が一ダンデくんが迷子になっても、3時間以内に助けが来るようになっているからね。
まあ、わたしが一緒なら、迷子にはさせないけど。
そのことで、ダンデくんのおばさまにはすごく頼まれました。もとからそのつもりだったけど、念には念を入れて、ダンデくんの迷子防止のために一緒に作戦を考えたんだよ。だから、旅の間は、わたしの言うことをちゃんと聞くこと。なにか気になることがあっても、急に走っていかないこと。必ず、わたしかワンパチか、ヒトカゲに声をかけること。
って、ここ数週間ずっと口を酸っぱくして言ってるから、もう飽き飽きだよね、ごめん。
とにかく、わたしもダンデくんと一緒に旅に出ることが楽しみです。
ハロンタウンやブラッシータウンの外には、どんなポケモンがいるんだろうね?
ワイルドエリアの気候や、それにともなうポケモンの生体の変化や、気になることはたくさん、たくさんあります。
もちろん、バトルも楽しみ。でも、わたしはそれよりも、未知との遭遇に胸をおどらせています。
ダンデくんも、きっと楽しめるよ。
知らないことを知ることが、なによりもうれしい ソニアより】
「ソニア!」
「オッケー、ダンデくん!」
短い掛け声と同時に、ふたりは当たり前のように連携した。目の前には、ここ数日狙いを定め、ゲットしようと網を張っていたヒトツキが、濃い霧の中をふわふわと漂っている。
ナックル丘陵は勾配が緩やかで見晴らしがいい分、警戒心の強いポケモンを捕獲するには忍耐力と素早さが必要になる。警戒を緩めた瞬間を逃さず、一気に畳みかけるチャンスは一回。ダンデとソニアは、何日も一緒になって練った作戦を実行に移した。
ヒトツキの進路上に現れたダンデが、リザードを繰り出す。それにひるんだヒトツキが、踵を返そうとするその方向に、ソニアがワンパチとともに立ちふさがった。
ポケモンを捕獲する際、あくまでも一対一で対峙するのがルールだが、それは厳密にはルールではなく、ポケモントレーナーなら誰でも身にしみて感じている『ポケモンとの信頼関係』のためのマナーだ。
複数が寄ってたかって捕獲したポケモンは、少なくとも優秀なバトルメンバーにはなり得ない。自分を屈服させ、ボールに納めるトレーナーの技量を認めたポケモンだけが、自身の力を極限まで高めることができるのだ。
そのため、ソニアはただそこに立つだけで決してワンパチをけしかけたりはしない。けれど、自尊心の高いヒトツキにとって、戦略的撤退を塞がれたということは、これ以上ない宣戦布告だった。
自らを戴く王を厳密に選ぶとされるこのポケモンは、進んで戦闘を求めようとはせず、どちらかといえばすぐに逃げる。それは弱いからでも臆病だからでもなく、ひとたび戦端を開けば、とうけんポケモンという名に相応しい威風堂々とした戦い方で数多のトレーナーを退けるのだ。
ぎょろりと輝く青の瞳が、まっすぐに対峙するダンデの金の瞳を射抜いた。ダンデは高揚に震える拳をぎゅっと握り、わずかな呼吸音でさえ拾って息を合わせる相棒へと声を上げる。
「リザード、ほのおのキバ!」
かちん、と音を立てて、ボールが震えた。ヒトツキを納めたそれを拾い上げ、ダンデが輝くような笑顔を浮かべる。
「おめでとう、ダンデくん! お疲れさま、リザード!」
バトル中、視界に入らない場所で見守っていたソニアが、ワンパチを抱えて駆け寄ってくる。ダンデはボールをひと撫でして、満面の笑みで振り返った。
「ありがとう、ソニア、ワンパチ! おかげでヒトツキを仲間にできたぜ」
「おかげってほどのことはしてないよ~」
あっけらかんと笑うソニアの腕の中で、ワンパチは得意げに『ぬわんっ』と鳴く。
「いや、ヒトツキの生態を一緒に調べて、数日かかったろ。ソニアのタイムロスになったんじゃないか」
ジムチャレンジの旅は半年と、厳密に時間が限られている。今のところ、ダンデもソニアも順調にバッジを集めてはいるが、今後はますます過酷な旅になるだろうし、優秀なバトルパーティーを組むためには、どこでどのポケモンをどう捕まえるか、ちゃんと計画を立てないといけない。
ダンデの迷子防止とはいえ、始終一緒に旅をする以上、ふたりの旅のスケジュールもどちらかに合わせたり、ままならなくなることもあった。一人で旅をする方が、断然早いし効率的でもある。主に自分のせいで、ソニアには多大な迷惑をかけていると自覚しているので、ダンデは恐る恐るソニアの様子を窺った。
「なーに言ってんだよダンデくん!」
ばしん! と大きくダンデの背をどやし、ソニアは一片の曇りもないエメラルドの瞳をきらめかせて笑った。
「ヒトツキの生態なんて、こんな短い期間じゃまだまだ計り知れないんだよ! それに、捕獲した後、手持ちになって変化する性質や特質は、現在知られているだけでも数パーセントだとも言われているの。他のポケモンにも言えるけど、かれらのことを知るためには、時間はいくらかけたって足りないくらいなんだよ! ジムチャレの間に出会う数だって限られてるし、一人では捕獲できなくても、複数ならゲットできる条件や要件も重要な資料になるし……あ~~、ほんと、一人じゃなくてよかった! ふたりなら、ゲットできる数も二倍じゃん! お得だよね!」
曇りなき眼で勢い込むソニアに、ダンデは気圧されるように爪先立った。最近ようやく、ソニアと肩を並べるくらい背が伸びつつあるが、こうして迫られると、鼻先と鼻先がくっつくくらい近くなって、夢中で話すソニアはともかく、ダンデの胸はそのたびにせわしなく震えた。
いつもダンデのお姉さんぶって、迷子防止だと世話を焼くしっかり者のソニアは、ポケモンのことにはまるで子供のように熱中する。そうなると、目の前のことなど全く見えないように危なっかしくなるソニアを、今度はダンデが注意深く守ってやるのだ。
ポケモンバトルバカのダンデと、ポケモン生態バカのソニア。ふたりはお互いの足りない部分を上手に補い合いながら、チャンピオンへの道を駆け抜けていく。
繋いだ手は、この先ずっと、離れることはないと無邪気に信じながら。