拝啓、いとしのきみよ




【親愛なる ダンデくんへ


 7才のおたん生日、おめでとうございます。
 今年もお祝いができて、とてもうれしいです。

 ホップが生まれてからずっと、ダンデくんは一生けんめいおばさまのお手伝いをしたり、ホップのお世話をしたり、とってもとってもがんばっていると思います。
 スクールから帰ると真っ先に手を洗って、ホップがむずがってないか、ちゃんとにこにこしているか確認してから遊びに出たり、おばさまのお手伝いをしたりするの、すごくえらいです。
 
 でも少しだけ、ちょっとだけ、わたしは心配です。
 ダンデくん、あのね、お兄ちゃんになっても、おばさまやおじさまに、ちゃんと甘えてもいいんだよ。

 わたしは、ちいさいころあまりお母さまやお父さまに会えなくて、お母さまたちにうまく自分の気持ちを話せなくなった時があります。
 お仕事が忙しいお母さまたちを困らせたくなくて、言いたいことをがまんばかりしていたら、ある日、ぜんぜん言葉が出なくなってしまいました。
 あわてたお父さまがお医者さまを連れてきてくれて、いろいろみてもらったけれど原因はわからなくて、遠いブラッシータウンからおばあさまとおじいさまもお見まいに来てくれて、とてもおおごとになってしまったの。
 ある日、ちがうお医者さまがきてくれて、体ではなくて、気持ちをたずねてくれました。わたしは、簡単なはいといいえの質問に答えながら、自分がすごく、すごくさびしかったことに気づきました。
 そうしたら、お母さまとお父さまはお仕事をお休みして、少しの間だったけれど、わたしのそばにいてくれました。それで安心して、やっと声が出せるようになったわたしは、お母さまとそうだんして、お手紙を書くことにしました。
 お手紙では、絶対にうそをつかないこと。言いにくいことや、こころの中に押し込めていることを、ちゃんと言葉にして書くこと。
 そうしたら、お母さまとお父さまは、できるかぎりわたしの気持ちをそんちょうしてくれるようになって、わたしも少しのさびしさをがまんするだけで、いつもこころは自由でいることができました。
 
 ダンデくん、きみはえらい。とてもすてきなお兄ちゃんです。
 でもね、きっとおばさまもおじさまも、ダンデくんのこころ中の言葉を、知りたいって思ってるよ。
 ダンデくんはわたしとは違うけど、でも、少しでもそうかなって思ったら、言ってみて。
 さびしいって言うことは、悪いことじゃないんだって、わたしがほしょうします。

 いつもあなたの味方の ソニアより】





 ベビーベッドの中ですやすやと眠るホップの傍らで、ダンデはすみれ色の便せんを何度も何度も読み返していた。
 相変わらずやさしくやわらかな言葉たちは、最近ヒトカゲとワンパチでバトルの真似ごとを始めた、負けず嫌いで快活な幼馴染の、普段は見せない繊細で思いやり深い一面を、改めて思い出させる。
 ソニアに指摘されて初めて、ダンデは自分が思った以上に弱っていることを自覚した。
 二か月前にホップが生まれ、以来家の中は幼い弟中心になった。もちろんダンデの生活も、ホップ一色に変わっていた。
 最初は、ちいさな弟が生まれて、自分が兄になったことがただただ誇らしく、忙しい父や祖父母に代わり、母の手伝いを率先して担った。母や父に頼りにされ、祖父母に褒められることがなによりも嬉しく、日に日に愛らしさを増すホップのことも、絶対に守ってやるんだと意気込んでいた。
 けれど、まだダンデはようよう七歳になったばかりの幼子で。
 母の手に抱かれる心地よさも、父のたくましい肩に乗せられる嬉しさも、祖父母に一番に関心を寄せられる誇らしさも、ひと息に手離すのはまだまだ早すぎて。
 『頼れるお兄ちゃん』と、『世界の中心だった第一子』の自意識のバランスは、気が付かないうちに崩壊寸前だった。
 それを、ソニアは一度だって口にしなかった。なにも気づかないように、ただただダンデと一緒になって、ホップをかまい、ポケモンを学び、ヒトカゲやワンパチと泥だらけになるまで遊んでいた。 
 そして贈られた手紙には、いま一番ダンデが欲しかった言葉があった。
 少し癖のある、丁寧な文字を見つめて、ダンデは俯いていた金の瞳を瞬いた。目の奥がじんわりと熱く、なにかがこぼれてしまいそうだったので、急いで上を見上げる。ベビーベッドの上で揺れるきらきらのモビールが、まるでダンデをあやすように揺らめいていた。
「……ソニアが味方なら、百人力だぜ」
 ぽつりと呟いて、ダンデは勢いよく立ちあがる。
 離れる前に、もう一度ホップの安らかな寝顔を確かめた。たぶん、小一時間は起きないと思う。そんなになくても、例えば十分くらいだけでも、母さんを見つけて、その膝に甘えることはできるだろう。
 『もうお兄ちゃんなんだぞ』と、こころのどこかでたしなめる声が聞こえるけれど、すぐにこころの中のソニアが『わたしがほしょうします!』と胸を張ってくれた。
 その声に背を押されるように、ダンデは母親を探しに部屋を飛び出していった。




2/19ページ
スキ