拝啓、いとしのきみよ
だいぶ秋めいてきた、シュートシティの片隅で、ソニアはダンデを待っていた。
いつものキリリとした白衣を脱いで、彼女にしては少しばかり甘い、ふわりとしたシルエットのワンピース。夕やけ色の髪の毛を素直に流し、自然なカールで装っている。
遠くに見えるシュートシティ名物の観覧車に、傾き始めた日の光がキラキラと反射している美しい光景に、ソニアは目を細めていた。
運河沿いの自然公園の、一番目立たない街路樹の下。山吹色のベンチで待っているね、と送ったメッセージに、元気よく『わかった!』と返ってはきたけれど……果たして、ダンデはたどり着けるだろうか?
――来なかったら、手紙だけ郵便受けに投函しておこう。
この期に及んで、そんなことを考えながら、ソニアは穏やかな秋風にそっと瞼を閉じた。
バッグの中には、いままでダンデからもらった16通の手紙が入っている。時に短く、時に少々乱雑な手跡で、それでも欠かさずソニアの誕生日に贈られてきたダンデのこころそのものだ。
はじめは、寂しさに耐えられなかったソニアの、おままごとのような願い。亡き両親に代わる『心のよりどころ』を、無意識にダンデへ求めていた。
快活でまっすぐな少年は、けれど驚くほど思慮深く思いやりに溢れていた。幼い彼らは、まるで世界中にたったふたりだけの、なによりも大切な『儀式』として、手紙を贈り合った。
離れ離れの距離も、思春期の難しさも越えて、年に一度、必ず届いた幼馴染のこころ。
それは確かに、ソニアにとっては人生の支えだった。
どれだけ劣等感に苛まれても、自尊心を削られても、ソニアにはダンデの『こころ』が嬉しかった。離れ離れになって、いつか他人のようによそよそしくなるかもしれない。立場が、時間が、幼馴染の絆なんて、簡単に壊してしまう。不安になるたびに、諦めそうになるたびに、ダンデの『手紙』はソニアを救い続けた。
だけど、ソニアは知らなかった。
自分の『手紙』も、同じようにダンデを救っていたことを。
自惚れでなければ、喜んでもらえているとは思っていた。故郷を遠く離れた幼馴染が、物慣れない都会で、チャンピオンの椅子に座り続ける過酷さを、少しは慰められていたら。
ほんの少しでも、ダンデくんの気晴らしになれていたら。
自分を救ってくれるダンデの『こころ』へのお返し――ソニアの『まごころ』を、けれどダンデがあんなふうに思っていてくれたとは。
ツン、と鼻の奥が痛む。半年前、自分の誕生日に贈られた、信じられないほど熱烈なラブレターを思い出すたびに、涙腺は壊れたように緩んでしまう。
だから、極力それを思い出さないように、自分を律した半年間だった。
シーソーコンビの後始末に始まり、出版した本に関わる様々なプロモーション、ポケモン博士に任命されたことで増えた社交や根回しなどの雑事、祖母マグノリアの研究を正式に引き継ぐことで生じる関係各所との調整、新たな調査対象候補の選定、フィールドワークの計画立案……
努力して思い出そうとしなくとも、結果的にダンデとは半年間会えなかった。
ふたりとも、いまが一番忙しいときだ。新米博士と、新米オーナー。地盤と信頼を得るための時間は、人生のリソースを割いてゆく。
それでも、ソニアはどうしても、ダンデの誕生日だけは彼に会いたかった。
手紙の返事を、手紙で返してもいい。
ふたりの間の大切な『儀式』なのだから、それでこそ相応しいのかもしれない。
けれど。
「ソニア!」
公園の向こうから、おおきな声が上がった。見ると、あちこちに草や枝葉をくっつけたスーツ姿のダンデが、それでもまっすぐにソニアめがけて駆けてくる。
ソニアは立ち上がって、彼を待った。太陽のような笑顔を浮かべ、ソニアが自分を待たないなんて、絶対にありえないとでも言いたげな、信頼と愛情の溢れる幼馴染――人生の伴侶を。
そっと手にした薄紫の封筒は、今年もあるべき場所へと贈られる。
待ちきれず駆けだした、ソニアと一緒に。