拝啓、いとしのきみよ




【親愛なる ダンデくんへ


 21歳のお誕生日、おめでとうございます。

 去年、なんだかいろいろ煮詰まっちゃって、勝手にカッコつけてこの『手紙』をやめようとしたわたしに、ダンデくんは表面上全然変わらず接してくれました。
 ありがとう。今更だけど、それがすごく嬉しかった。
 そして、今年のわたしの誕生日にくれた手紙も、相変わらず正直に、いろんなことを書いてくれたね。
 ダンデくんにとっても、この『手紙』がすごく大切なんだって、改めて思い知ったよ。
 わたしに考える時間をくれて、本当にありがとう。

 情けないけど、あの頃はいっぱいいっぱいだった。博士号を引っ提げて留学から帰ってきて、自分なりに経験や知識を積んで、少しは自信をつけてきたつもりだったけど、ガラルの現実に直面して、完膚なきまでに打ちのめされていたの。
 覚えてるかな。わたしがパルデアに留学する、そもそもの主目的。
 パルデア特有の現象『テラスタルエネルギー』とガラルの『ダイマックス粒子』の比較研究を主軸にするつもりで行ったんだけど、実際はダイマックス粒子に関する研究は全然進まなかった。
 留学当初、その目的にこだわりすぎて、逆になにも進められなかったわたしに、クラベル先生が「まず、パルデアを知りなさい」って助言してくれたの。現地でのフィールドワークの絶対条件。その土地のポケモンの生態を知り、その土地ならではの風土や文化、伝説を深く掘り下げること。そんな、当たり前のことをすっ飛ばして、先へ先へって焦ってたわたしは、その時点で鼻っ柱をへし折られました。
 それからしぶしぶ取り組んだテラスタルの行動観察が、思いのほか面白くて、比較研究じゃなく単独で掘り下げたいって思った。そうしたら、わたしの悪い癖で、こうと決めたら一直線。結局、気が付いたらフィールド志向に極まっちゃって、行動生態・適応性の方にぐんぐんのめり込んでいった。
 いつの間にか、ダイマックスとの比較検討っていうテーマが疎かになって、その遅れが足かせになって、いまに至ってる、というわけ。
 ダイマックス研究の権威である、マグノリア博士の孫が、その研究になんの寄与もせずにのうのうと『助手』を名乗っていることに、いろんな声があって。もちろん、おばあさまをはばかって面罵する人はいないけど、狭い研究社会なだけに、嫌な噂も耳に入ってくるものでね。
 そんなわけで、ひとりでぐるぐるして、卑屈になったり自棄になったり、なかなか情けない一年でした。
 
 そんな中、ダンデくんはちょくちょく、しょーもない理由で研究所に来てくれてさ。
 最初は、なんだろな、暇なのかな? とか、わたしのこと便利屋とでも思ってるのかな? なんていじけてたけど。
 でも、研究所に来るダンデくんが、あんまりにもしょーもないことばかり言うもんだから……腹が減っただの、まだ見ぬ伝説のポケモンが知りたいだの……そんなふうに、『ガラルの英雄』じゃなくて、『ハロンの幼馴染』の顔をしてズカズカ踏み込んでくるダンデくんに、わたしはなんか、振り回されながらも吹っ切れていったよ。
 もちろん、片やチャンピオン、片やうだつの上がらない助手……っていうもやっとする感覚はまだあるし、それを無くしちゃおしまいだけど。
 でも、なんかちょっと開き直り始めてる。

 おばあさまに聞きました。ホップと新しい友達のために、ポケモンを用意してあげてるんだって?
 孵化したばかりの子は、初心者トレーナーには荷が重いだろうって、おばあさまからタマゴを預かって、ダンデくんがある程度の躾とわざを覚えさせるって聞いて、なんだかすごく、昔のことが思い出されました。
 わたしがお母様とお父様を亡くして、悲しくて仕方なかったころ、おばあさまがワンパチをくださって。トレーナーにすらなれなかったちいさなわたしが、ただただワンパチを可愛がっている傍ら、おばあさまはいつもわたしと一緒にいるダンデくんに、ヒトカゲのタマゴをくださったよね。
 初めてタマゴを孵化させて、ポケモンが生まれる瞬間を見て、そしてかれらの不思議な生態、生まれながらに持つ謎を間近に見て、わたしはその時からきっと、どうしようもなくポケモンのことが好きで、知りたくてたまらなくなったんだ。
 そしていま、ダンデくんが、ホップたちにポケモンを渡そうとしている。
 来月、ホップがジムチャレンジするかはまだわからないけど(推薦状、出すか迷ってるんだって?)でも、間違いなくあの子の人生において、ダンデくんからもらったポケモンは、大切なターニング・ポイントになる気がする。
 ちいさいころから見てきた、弟みたいなホップが、新しいことを始める時。
 わたしはどうするの? って。
 そろそろ、答えを出さなきゃね。

 なんだか不思議に童心に返っているような ソニアより】





 リビングからは、ホップのにぎやかな声と、ユウリの弾んだ笑い声が聞こえてくる。
 昼間、推薦状をもらうためにバトルをしたこと、そのあと手に入れたねがいぼし、いよいよ明日に迫った旅立ちの興奮を語りつくす子供たちに、ソニアの祖父母も楽しそうだった。
 それを背中で聞きながら、ソニアとダンデは家の裏にある湖のほとりに来ていた。家の中では窮屈そうだったリザードンも、羽根を自由に動かしながらワンパチと戯れていて、それを優しく見守るソニアの横顔が、湖面の月明かりに白く映えている。
「ダンデくん」
「ん?」
 ソニアがこちらを向くと、ダンデの視線とばっちり目が合った。そのことに、一瞬ソニアは怯んだようにあごを引き、それから気を取り直したように続ける。
「わたしね、おばあさまから宿題出されたんだ」
「宿題?」
「うん。ダンデくんが、ホップたちに推薦状を出して、あの子たちが旅に出ることになって。そしたら『あなたはどうするんですか?』だってさ。もー、ここぞとばかりにスパッと切りこんでこられた」
 そう言いながらも、案外楽しそうなソニアに、ダンデも薄く微笑む。
「最後の一押しか」
「うん、そうだね。思い切りよく、お尻を蹴られたよ」
「それで? なにを課されたんだ?」
 ダンデの問いに、ソニアは湖面に映る月へと視線を向け、その幻想的な光に瞳を細める。あまりに美しい幼馴染の表情に、ダンデは素直に見とれていた。
「まどろみの森でホップたちが出会った、ポケモンの謎を調べること」
「えっ」
 その言葉に、思わずダンデが呟く。
 ホップたちを探しに、十数年ぶりに訪れた『まどろみの森』は、ダンデにとっても苦い思い出がある場所だ。幼いあの日、いつの間にかダンデの手を放してひとり森に迷い込んだソニア。彼女を追いかけて、ダンデは声の限りに叫んだ日を思い出す。
 もう二度と、ソニアに会えないかもしれない。そんな恐怖が幼いダンデのこころを絞めつけ、一生消えない傷を負わせた。ソニア自身は、気を失っていたところを助け出される前の記憶は、未だに思い出せていないようだが、だからこそダンデのトラウマは深かった。
 その場所に、もう一度ソニアが関わるという。一瞬、言いようのない恐怖心が喉元までせりあがったが、ダンデは不屈の自制心でそれを抑え、静かにソニアに問いかけた。
「危険はないのか? あそこは未だに『禁足地』だろう」
「そうね。どこかの博士の孫が、ちいさいころひどい目にあったからねえ」
「ソニア」
 茶化そうとする彼女に、ダンデが真摯な声音で重ねた。ソニアは軽く肩をすくめて、それから眉尻を下げる。
「ごめん。でも大丈夫だよ。実際にまどろみの森で調査するつもりはいまのところないから。今後、なにか気になることがあったら――」
「オレが同行する」
 きっぱりと言ってのけたダンデに、ソニアは困ったふうに自分の髪先をいじる。照れているのか、月光に輝く頬がふっくらと桃色に染まっていた。
「いや……うん、その時、もしかしたら、ひょっとして、お願いする……かも?」
「決定だ、ソニア」
「いやー。ダンデくんも忙しいし……」
「ソニア」
 断固としたダンデの声色に、ソニアは観念して頷いた。
「わかった。まどろみの森に入るときは、できればダンデくんと一緒、そうじゃない時は、絶対に、徹底的に用心する。約束する」
「できればじゃなくて……」
「だって、ダンデくんはジムチャレの間忙しいでしょう。チャンピオンを私用で振り回せませーん」
「……わかった。約束だぜ、ソニア」
 不承不承頷くダンデに、ソニアはニシシ、と悪戯っぽく笑った。
「ま、おばあさまからの宿題を、ちゃんとクリアできるかもわかんないし、いまからこんなふうに心配されなくても……」
「クリアするさ」
 ダンデは言って、ニカッと太陽のように笑う。子供のころから変わらない、幼馴染の全幅の信頼に、ソニアは複雑な喜びに胸を高鳴らせながら、忙しなく髪先をいじる。
「そ、そーんなこと言って。ダンデくんは、根拠なく自信たっぷりだな」
「根拠はあるぜ」
「なにさ」
「ソニアだからな!」
「……な、なんだよぅ、それぇ……」
 もう、堪えきれずにソニアは顔を伏せた。火が出るように熱い頬は、きっと太陽の下ならば真っ赤に燃え上がっているとすぐにバレる。けれどいまは、幽玄のようにほのかな月の光が、ソニアの味方をしてくれた。
「――なあ、ソニア」
「……ん?」
 静かな問いかけに、ソニアはそろりと顔を上げた。ダンデは思いのほか真剣に、金色の眼差しでソニアを見つめてこう言った。

「応援してるぜ」
「っ!」

 それは、この十年間、何度となくこの幼馴染に贈った言葉。
 何者にもなれない自分が、それでも、伝えずにはいられなかった、本心。
「……ありがとっ、ダンデくん」
 湿っぽくならないように、努めて軽く答えながら、ソニアは潤んでいく視界をごまかすように、満天の星々を見上げた。




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