拝啓、いとしのきみよ
【親愛なる ダンデくんへ
19歳のお誕生日、おめでとうございます。
わたしはいま、引っ越しの荷物を整理する傍ら、慌ただしくこれを書いてます。字が汚くなったらごめんね!
去年、試行錯誤の末なんとか承認された論文で、無事博士号を取得した後、息をつく暇もなく次の調査が始まりました。
『多地域間のポケモン社会適応性比較研究』の調査ユニットをクラベル先生が立ち上げることになり、わたしはホウエンやイッシュでの留学中にまとめたデータを活用しながら、ユニット班長として調査計画の立案を担当しました。
先生の推薦もあり、論文は共同第一著者として発表でき、すでに査読を通過しています。
国際的な学会でも高い評価をいただき、その功績が認められて、ガラル博士協会から高等リサーチ者交換協定の優秀調査員に認定されました。
なので、パルデアでの留学期間は終了。来月頭に、ガラルへ帰ります。
足掛け三年、わたしがパルデアで得たものは、三つの博士号。これだけ聞けばいかにも優秀そうだけど、中身は全然備わってないんだ。論文だって、単著は一つ、しかもさんざん先生や先輩に手伝ってもらったし、共同論文も第一著者とは名ばかりのリサーチ功績、第二著者に至ってはほとんどおまけみたいなもので……
ううん。卑屈になりたいわけじゃないけど、目指すものと自分の実力の、なんという隔たりか!
でも、それでも、この三年間、地道に頑張ってきた時間は絶対わたしの糧になってる。
そう信じて、ガラルに帰るよ。
ダンデくん、あの時の約束を覚えてる?
『わたしがガラルに戻る日まで、チャンピオンでい続けてください』……なんて、いま考えるととんでもないお願いだったね。
でも、きみは叶えてくれた。
いまもずっと、ガラルの頂点に立っているきみは、本当に眩しくて、誇らしい。
その眩しさに、ちょっとだけ目がくらみそうにもなるけど……でも、わたしがいままで頑張れたのは、ひとりじゃないって思えたからだよ。
ガラルに戻って、いよいよ本格的に、わたしはポケモン博士の道を目指します。
いつまでも、ダンデくんを誇らしく、眩しく思ってばかりじゃいられないね。
わたしもわたしの武器を持って、まだ見ぬ世界に進んでいくよ。
って。
手紙だから、こんな風に素直に書けるけども、ガラルに戻って、顔を見たら、きっと言えないかなぁ。
深夜のテンションで、ちょっとだけ気恥ずかしい ソニアより】
珍しく、ダンデが酔っ払っている。
恒例のシュートスタジアム調整試合の後の、ジムリーダー交流会の二次会で、周りには気心の知れた者たちしかいないとはいえ、これは大変に珍しい現象だった。
シュートスタジアム裏の、料理が絶品なキバナの馴染みのパブは、美味い酒も取り揃えていた。ガラルの有名人たちが気兼ねなく滞在できるよう用意された、奥まった場所の居心地のいい個室に陣取っているのは、ダンデ、キバナ、ネズ、ルリナ、ヤローといった比較的年の近いリーグ関係者だった。
「ダンデさん、そろそろ水を飲んだ方がいいですよ」
気の好いヤローが甲斐甲斐しく世話をする傍らで、ダンデはにこにこと満面の笑みを浮かべている。
「ありがとう、ヤロー! きみも飲んでくれ、さあさあ」
「あ、はいはい、いただいてます。わあ、そんな一気に……」
「楽しいなあ! この世はなんて楽しいんだ!」
子供のようにはしゃいでグラスを干すライバルの様子を、最初は興味深そうに、途中からはさすがに怪訝な様子で見守っていたキバナは、酔いつぶれのカウントダウンが始まったであろうチャンピオンを指して、隣でゆっくりグラスを傾けていたネズに耳打ちした。
「おいアレ、どー思う?」
「どうって、ご機嫌しゃんやね」
「いや、とんでもねぇご機嫌しゃんだよ。まさかあの調子で朝まで飲む気かな……」
「おれはてっぺん前に帰りますよ。マリィが待っとる」
「オレさまに押し付ける気かよ!」
やいやい騒ぐ男たちの向かいで、ルリナがまるで絵画のように美しくグラスを傾けながら、呆れたように鼻を鳴らした。
「ほんっと、わかりやすい男よね」
「え。ルリナ、ダンデのご機嫌しゃんの理由、知ってんの?」
キバナが顔を向けると、ルリナはナッツをつまみながら肩をすくめる。その訳知りな様子に、ネズもずいっと身を寄せてきた。
「気になりますね。チャンピオンの秘密ってやつですか」
「そんな大したものじゃないわよ」
「教えろよ、ルリナぁ。オレ、理由もわからず筋肉質な成人男性を担いで帰るの嫌だぜ~」
情けない声を上げるキバナに、ルリナは思わず笑ってしまった。トップジムリーダーの肩で伸びる泥酔のチャンピオンなんて、パパラッチの格好のネタだろう。面白おかしく書き立てる週刊誌を想像していると、キバナは正攻法に出てきた。
「や。マジでさ、なんかあいつ、最近浮かれてるっつぅか……バトルも、すげぇえげつなくねえ?」
「オマエ、六タテやられてましたね、今日」
「そーゆーオマエもなっ」
「調整試合です。いろいろ試してるんだからそういうこともある。……まぁ、面白くはねぇですね」
グイっとエールを飲み干すと、ネズは素知らぬ風で美しく塗った爪の先を眺めるルリナへと、さらに身を寄せた。
「みずジムの美しい守護神も、今日はお得意の流し去りはできなかったようですね」
「あら。わたしは六タテ食らわなかったわよ」
「でも、まぁまぁあっさりやられてましたっけねぇ」
「……むかつくわね」
ふぅっと強い息を吐き、ルリナもそろそろほろ酔いといったふうの魅惑的な流し目を送る。
「ええそうよ。ご機嫌な男のご機嫌なやり口でズタボロにされたわ。でもね、調整試合だからわたしだって甘んじて受けたけど、本番だったらこんなもんじゃないの」
「そりゃ、お互い様です。で? そろそろその、『ご機嫌な男』のご機嫌な原因を教えてくれませんかね」
ネズの言葉に、バトルの憤懣を思い出したらしいルリナが、それでも洒脱に肩をすくめて暴露した。
「帰ってくるのよ」
「帰る? 誰が?」
「ソニア」
聞き覚えのない名前と、前後の脈絡のない台詞に、酔いの回った男ふたりは咄嗟に声が出せなかった。けれどもすぐ、女性名が出たことで頭がフル回転を始める。
「えっ、なに、ダンデの?」
品のないジェスチャーで『恋人』的な存在かと問うキバナを、ルリナは絶対零度の視線で睨んだ。
「知らないわよ。少なくともソニアからはそんな話聞いてない。わたしの知らないところで、ソニアが人生の大事なコトを決めるなんてあり得ないから、その可能性は限りなくゼロね」
「え、なに、ルリナとも親しいの? 『ソニア』って」
「親友よ。ていうか、あなた本当に知らないの?」
呆れたような眼差しで問うルリナに、キバナは頭上に『?』を浮かべて首をかしげた。
その隣で、ネズがもしかして、と呟く。
「……ソニア……って、確か、ダンデと同じ時期、ジムチャレで見た気がしますね」
「マジ?」
「ええと……あの時……そうだ、セミファイナルの相手じゃねぇか。サンダーソニア。でんきタイプがめっぽう強くて、ダンデとまさに競り合いになった……」
ネズが記憶のふたを開けて唸ると、ルリナはそれよ、と頷く。
「ああ~、オレさま、ダンデの年、ガラルにいなかったんだよな……家庭の事情で。でも、あの年のトーナメントは資料で何度も見たぜ。確かに、セミファイナルで手強いのがいた。女の子だった気が……えっ、まさか、そんな昔からのツレ?」
驚くキバナに、ルリナはサクサクとスナックを口にしながら頷く。
「そう、つまり幼馴染ね」
「ん? 幼馴染? どっかで聞いた……で、その幼馴染の女の子が?」
「留学から帰ってくるのよ、ガラルに」
「どっから?」
「パルデア」
「……パルデア!!」
思わず、キバナとネズが大声で叫ぶ。ふたりは同時に、ちょうど二年前、珍しく『旅行に行きたい』なんて言ってオリーヴに一蹴されていたダンデを思い出した。ポケモンバトル以外のことにはてんで無頓着な男が、却下されると重々承知で、それでも言わずにはいられないほど、切羽詰まった表情を見せていた、大椿事。
あの時は、結局のらりくらりと核心を告げずにかわしていたダンデだったが、まさに二年越しの答え合わせ……しかも、まさかの甘酸っぱい理由に、キバナとネズのボルテージが上がる。
「なんだ? パルデアがどうかしたのか?」
その時、ヤロー相手に散々絡んでいた(とはいえ、基本は底抜けの笑い上戸だ)ダンデが、ひょこりと顔を向けてきた。キバナとネズが、素早くその両側に座り、空いていたダンデのグラスを取り換える。
「おいおいお~い、ダンデさんよう。オレさまたちに隠し事なんて、水くせぇじゃねぇの」
「うん? 隠し事?」
「まぁまぁはい、新しいエールです。グイっといきましょう、チャンピオン」
にやにやとまとわりつく男二人に、ダンデは全く警戒心を見せずににこやかにグラスを傾けた。
「美味い! 楽しいな、キバナ、ネズ!」
「そりゃあ楽しいだろうよぉ。なんてったって、待ちに待った再会だもんな?」
「パルデアくんだりまで出張りたいほど、会いたくて会いたくて震える相手のご帰還じゃあね。ご機嫌しゃんにもなるだろうぜ」
その言葉に、ダンデは純度百パーセントの笑顔で頷く。
「ああ、そうなんだ! ようやく会えるんだぜ!」
「……わあお」
「臆面ねぇな。つまんねえ」
からかい甲斐のない男の様子に、キバナとネズは鼻白んだ。いい年をした男の恋愛事情、酒のつまみにでもなればこそだが、こうもあけすけにいられては、突っ込む気力も削がれようものだ。
代わりに、ダンデは赤い顔でしみじみとグラスを揺らした。
「あいつ、三年で三つ……三つだぞ。博士号取ったんだ。とんでもなくないか?」
「え、なに? 博士号?」
「とんでもねぇ才媛だ、そりゃ。マジですか」
ぎょっとして問うと、ダンデは我がことのように誇らしげに笑う。
「そうだぜ、ソニアは優秀なんだ。優秀な、ポケモン博士になるんだぜ」
「ポケモ……あっ、思い出した! 研究所のねーちゃん!」
突然叫んだキバナに、ネズはうるさそうに顔をしかめた。
「なんですか、それ」
「ガキの頃、親に連れられて研究所に行った時、いたんだよ。めっちゃ頭よくて、すらすらなんでも教えてくれる女の子。あー、そういえば、ジムチャレしたとかなんとか聞いた……あーっ、ポケモン研究所って、ブラッシー……ハロンの近くじゃねぇか!」
まるでパズルのピースがピタピタと合わさるような快感に、キバナが興奮気に言う傍らで、ネズはうるさそうに耳をふさぎながら言う。
「あぁ……それなら、噂で聞いたことがありますよ。なんでも、飛び級でナックルユニを首席卒業して、高等リサーチ者交換協定の留学枠に入った才媛。マグノリア博士の身内ってことで、当時ちょっと話題になったんですよね。裏口とかなんとか……」
その瞬間、場の空気が肌でわかるほど凍り付いた。
ネズの傍らでご機嫌しゃんだった男が、燃えるような黄金の瞳でネズを射抜く。端正な顔立ちは柔和に笑っていればこそ人好きがするが、殺意にも似た憤怒の表情を映す時、まるで死神さえもひるむような迫力を誇った。
バトル中の真剣な顔とも違う、いまにも炎を吹き出しそうなほどの怒りを前に、ネズは冷静に頭を下げる。
「すまん。失言だった。あの頃流れてた無責任な噂は、彼女自身のゆるぎない実力で完全に払しょくされていたよ」
「……当然だぜ」
「ああ。オマエの幼馴染は、ホンモノです」
真摯なネズの謝罪に、ダンデは屈託なく笑って答えた。
「その通り。ソニアは本物だ。誰にも負けない原石なんだぜ」
誇らしく言う男は、一瞬前まで殺気を漲らせていたとは信じられないほど柔和に、愛おしいものを語る瞳で笑み崩れた。普段のダンデとはかけ離れたその感情のふり幅に、キバナはいっそ感心したように目を丸くし、ネズは苦笑してグラスを傾ける。
「ダンデさん、幸せそうですねえ」
ルリナの隣に移動していたヤローが、のんきな口調で微笑ましげに言うのを、ルリナは呆れたふうに肩をすくめて答えた。
「帰ってくるってだけでこの騒ぎよ。これからが思いやられるわ……」
果たしてその言葉は、これから長い時間をかけてダンデとソニアを見守ることになる友人たちの、今後を占うような一言だった。