拝啓、いとしのきみよ
【親愛なる ダンデくんへ
16歳のお誕生日、おめでとうございます。
今日はダンデくんに、大事なことを伝えます。
先日、わたしは修士課程を一年早く修了して、王立アカデミアの博士認定を受けました。
前に会った時にも話したけど、ポケモン生態学を主軸に、現地調査を基盤とするフィールドリサーチ分野での実績も評価されて、博士号を取得したの。これは、王立アカデミアに進むことを決めた時からの目標だったから、結果が出せて、正直ほっとしてる。
それと同時に、卒業後のことを真剣に考えました。
アカデミアで学ぶ傍らで、できるだけおばあさまの研究にも携わるようにしていて、今後は本格的におばあさまのもとで修行しようかとも思ったんだけど。
やっぱり、ガラルを出て、他地方のポケモンを学んでくることに決めました。
王立アカデミアと『高等リサーチ者交換協定』を結ぶ、オレンジアカデミー付属ポケモン生態研究所に在籍して、パルデア特有の現象『テラスタルエネルギー』とガラルの『ダイマックス粒子』の比較研究を主軸に、他地方への短期派遣フィールドワーク制度もめいっぱい活用してくるつもり。
何年かかるかわからないけど……どうしても、なにかひとつ、殻を破りたい。
『マグノリア博士』が先駆者として存在しているガラルで、その研究に追従するだけでは、新しい視座を得られない。最終目標は、ガラルのポケモンの謎を追い続けることだけど、その資格を得るためには、どうしても外の世界を見てこなくちゃいけない。
これは、わたしにとっての二度目のジムチャレンジ。必ず成果を得て、ガラルに戻ってきます。
ダンデくん、わがままをひとつ聞いてくれるなら。
わたしがガラルに戻る日まで、チャンピオンでい続けてください。
それがどれほど大変で、これがどれほど無遠慮なお願いか、わかってる。
でも、ガラルを出て、未知の世界に挑戦するわたしにとって、ここでがんばるダンデくんがいてくれる、そのことがものすごく励みになるし、目標に向かう原動力になる。
ちいさいころ、夢中になってポケモンを追いかけて、バトルして、その謎を解き明かすのに懸命になったように、いま、わたしはダンデくんと一緒に冒険に出た日と同じ決意をもって、ガラルを出ます。
きみが挑戦をし続けてくれるなら。
わたしも、自分自身を試し続けられる。
きみに誇れるライバルでありたいと願う ソニアより】
六度目の防衛戦は、過去どの年にもなかったほどに圧倒的な力で、ダンデは挑戦者をすべて地に伏せた。
ここ数年、ダンデのライバルとして盤石な力を示し続けたキバナすら、ダンデの手持ちすべてをフィールドに引きずり出すことは叶わず、ましてキバナの他の挑戦者は、ほとんど初戦の一体で勝負を決められた。
その鬼のような強さに、無敗のチャンピオンの名声はさらに高まり、ガラル全体のポケモンバトルに対する熱狂度は爆発的に跳ね上がった。その裏に、リーグ委員長ローズの辣腕が振るわれたことは言うまでもない。彼は神輿に担いだ『ダンデ』の影響力を最大限に引き上げ、民意を操り、滑らかに世の中を先導し続けた。
ダイマックスバトルを大迫力で行うために、シュートスタジアムの全面改装を行い、街全体を『ポケモンバトル』のための興行地として整え、各地域のジムリーダーの育成体制も抜本的に改革を始めた。事業は雇用を生み、人を集め、活気と潤いをもたらす。
その『格』となる存在として、ダンデは揺るぎない力を示していた。
「今年のチャンピオンの強さは、まさに歴史に刻まれるものとなりました。一説によると、チャンピオンの圧倒的な力を前に、ファイナルバトルの形式を、現在の総当たり戦ではなく、トーナメント方式にするという噂があるのですが、そのあたりのお話をお伺いできますか、チャンピオンダンデ」
わずかに興奮した調子でマイクを向けるリーグ御用達のテレビ局アナウンサーに、ダンデは落ち着いた眼差しを返した。
「その計画は、今回のファイナルより以前に検討されていました。ひとつは、総当たり戦にすることでそれぞれの手持ちのわざ構成や作戦が読まれてしまうこと、連戦によるポケモンたちへの負担、さらにフィールド原状回復のロスタイムなどが問題になっていました」
「なるほど。それでは、トーナメント方式になることにより、今後は勝者のみがチャンピオンに挑戦する権利を得られる……つまり、あなたはそれほどに圧倒的な強さを持ち得ている、と誰もが認めたということになりますね」
わずかにおもねるようなアナウンサーは、バトルフィールドにおけるダンデの強気な態度、その発言の力強さをこのインタビューでも引き出し、王者の貫禄と、多少のビッグマウスを望んでいるようだった。エンターテイメントとして、強い者がその力を誇示し、大言を吐くことは歓迎される。賛否両論の爆発的なムーブメントが起こるからだ。
けれどダンデは、バトル中の野性的なほどに荒々しい瞳とは打って変わって、まるで森の湖畔のように穏やかで理知的なまなざしを細め、声変わりを終えた落ち着いたテノールで答える。
「自分の力について、他者が評価してくれることには価値を感じます。しかし、それはあくまでも結果であり、相対的なものです。周りがいくらオレを褒めたたえたとしても、オレ自身が納得がいかなければ、そこに王者の価値はない」
ダンデは言って、まっすぐにカメラに向かって続けた。
「己を認めるのは、いつも己自身です。常にチャレンジを続けることだけが、オレ自身に誇れることだと思う。そして、そのことを……大切な存在に、示し続けたいと願っています」
ダンデの言葉に、一瞬カメラがぶれ、マイクを持つアナウンサーの目が丸くなった。勢い込み、彼女が前のめりになる。
「チャンピオンダンデ、その『大切な存在』というのは……」
清廉潔白な若き王者に、初のスキャンダルかと上ずったその問いは、しかし完璧なまでの王者のスマイルで封じられた。
「もちろん、ガラルのみんな、バトルを愛するファン全員だぜ!」
そう言って、屈託なくリザードンポーズを決めてみせた。一瞬前まで、理知的で物静かなほどの印象だった少年王者は、バトルフィールドでおなじみの、強いエンターテイメント性とカリスマ性を見せつけて、場の空気をがらりと変える。
それと同時に、リーグ関係者がアナウンサーに合図を送った。時間切れ。アナウンサーは、煙に巻かれたような顔つきで、それでもにこやかに微笑んだ。
「本日は、おめでとうございました、チャンピオンダンデ!」
それを潮に、中継は終わる。ファイナルバトルの興奮をそのままに、バトルフィールドの舞台袖――通称『グローリーデッキ』にてインタビューを受けていたダンデは、解放された瞬間足早に控室へと向かった。
ボールホルダーを係の者に手渡し、奮戦してくれた相棒たちに労いの声をかけると、さっさとシャワールームへ入る。手早く汗を流して必要最低限の衣服だけを身に着けると、濡れた髪にタオルをかけたまま、やわらかいソファへと腰を下ろした。
もはや習い性のように、手元に用意した薄紫の手紙。半年前、パルデアへ留学した幼馴染が事後報告で送ってきたそれを、ダンデはもはや暗記するほどに読み込んでいた。
ソニアがパルデアに行ってからも、折に触れ電話はしている。とはいえ、時差もあり互いに多忙では、一か月か二か月に一度、10分も話せれば御の字だ。
いつもダンデには事後報告で大切なことを決めるソニアに、多少拗ねてみせたほど、彼女の決断はダンデにとって目まぐるしくも新鮮だった。いつかはガラルの外に目を向けるだろうとは思っていたが、ソニアの歩む速度は、ファイアローも真っ青な速さだ。
つい先日、チャンピオンカップを控えたころに交わした通話では、相性のいい優秀な指導教官の力も借りて、パルデアでは初めての共同論文を発表したと聞いた。何か月も調査に没頭して書き上げたものだが、あくまでも『第二著者』であると彼女は言い、そこに苦いものが混じっていることに気づいたけれど、同じフィールドで生きてはいないダンデには、上手い慰めも、励ましの言葉もかけてやることはできなかった。
ダンデとソニアの生きる場所は、いつの間にか大変にかけ離れてしまった。ソニアの直面する壁も、ダンデを取り巻く思惑も、互いには全く理解できず、それぞれ別の道を歩まなくてはいけない。
けれども。ダンデは、確信していた。
たとえ同じ方向に歩まなくとも、自分自身を信じ、自分自身に打ち勝つ努力を続ければ、きっとまた、ソニアと交わる道があるはずだ。
それまでは、どれほど寂しくとも、心細くとも、前だけを見る。
いま再びのチャレンジを始めた彼女が、求めるものを手にした時。ともに冒険の旅に出たあの日のように、屈託なくまたその手を取れるよう。
ダンデは与えられた舞台で、最高の自分を磨き続けると誓った。