拝啓、いとしのきみよ




【親愛なる ダンデくんへ


 15歳のお誕生日、おめでとうございます。
 言われたとおり、今年はプレゼント、同梱してません。

 珍しく、ダンデくんからプレゼントのリクエストがあってびっくりしたよ。でも、正直助かるな。なんだかんだ言って、わたしたちのこの『お誕生日に手紙とプレゼントを贈る』のも、今年で十回目。もう、出会って十年もたつんだね、早いねえ。
 というわけで、プレゼントのネタもそろそろ尽きかけていたので、直接ほしいものをリクエストしてくれるのは嬉しいです。
 もちろん、ダンデくんが毎年贈ってくれる、苦心惨憺した結果だろうプレゼントたちも、すごく嬉しいよ。でも去年の、ホップとおそろいのリザードンナイトウェアはびっくりしたなあ。ホップはめちゃくちゃ喜んでたけど、14歳のオンナノコに、アレはちょっとないんじゃないの~?
 ……っていうのは、嘘です。寮でも着て寝てるので、友達から『ダンデのリザードンファン・ソニア』って言われてるよ。そこで素直に『ダンデのファン』ってならないあたりが、アカデミックな感じじゃない? なんてね。
 とにかく、今年はお互いに、ナックルシティでプレゼントを買って交換する、なんて、ダンデくんだとは思えないくらい素敵な提案! さては、誰かの入れ知恵だな?
 誰が発案でも、とっても楽しみです。
 ブラッシーやハロンではたまに会えていたけど、それ以外でダンデくんと会うって、なんか不思議な感じ。ナックルシティは二年目だし、素敵なお店やスポットも知ってるから、案内は任せてね。
 あ、ダンデくんはとにかく、目立たない格好で来ること。リザードンも目立つから出しちゃだめだよ。シュートシティからまっすぐ鉄道でナックル駅まで来て、その場から動かないこと。当日は、駅まで迎えに行くからね。
 くれぐれも、珍しいポケモンにつられて動かないこと!
 
 約束の日を指折り数えている ソニアより】





「ダっ……んん、お待たせ!」
 ナックルシティの駅舎の片隅、極力目立たないところにある観葉植物の陰にたたずむ人物へ、ソニアは朗らかに声をかけた。直前に言いよどんだのはご愛敬で、彼の本当の名前は決して口にしないように、何度も自分に言い聞かせていたのに、いざ幼馴染を目にすると、久しぶりの高揚感で簡単にテンションが上がってしまう。
 それでも、完璧に近い変装を施しているダンデの苦労を目にすれば、ソニアも今一度、気を引き締めることができた。
「ソニア!」
 パッと太陽のような笑顔を浮かべたダンデは、その表情こそ幼いころから親しんだものだが、今日は全体的に見慣れない雰囲気だ。
 オーバーサイズのダボっとしたシルエットのパーカーは、成長過渡期の少年を性別不明にしている。特徴的な薄明の髪をすべてニット帽に入れ、黒縁の大ぶりな眼鏡を合わせてしまえば、強い印象の金の瞳も目立たなくなった。
 いつの間にか見上げる背丈になってはいるが、全体的に線が細く、少年らしい華奢さがあるうえ、ひどく愛らしい顔立ちをしているため、スレンダーな女の子でも通る。チャンピオンユニフォームのように、身体の線にフィットした衣装の時とは印象がまったく変わるため、すれ違う人間が彼をガラルの英雄と見破ることはまずないだろう。
「すっごいいいじゃん、そのコーデ。絶対に気づかれないね」
「ああ、あの、ソニアも……」
 ダンデは不自然に言葉を区切り、改めてまじまじと幼馴染を見やった。
 秋の気配を感じさせる重厚なナックルシティの街並みに似合う、淡いピンクベージュのショート丈ニットに、ハイウエストのプリーツスカートを合わせた彼女は、幼いころの面影を残しながらも、大人びた美しさを垣間見せていた。
 ニットの襟ぐりはだいぶ広く、きれいな鎖骨の線が白い肌を強調していて、ふんわりとした編み地は、やわらかそうな身体の線を上品になぞっている。
 ブラウンのチェック柄のスカートは、可愛い膝小僧のだいぶ上までしか丈がなく、けれどそれに合わせた編み上げタイプのショートブーツは、完璧にバランスよくその細い足を強調していた。ダークブラウンのレザーがクラシカルな印象を与えつつ、歩きやすさにも配慮されており、実用性とおしゃれを両立させたセレクトだ。
 極めつけは、両耳と華奢な手首にあしらったゴールドのアクセサリーと、ほんのり施された薄化粧。それはまだまだ幼さの残る控えめなものだったが、ダンデの良く知る『ブラッシータウンのソニア』ではない、未知の少女がそこにいた。
「ソニアも、なに?」
 首を傾げてこちらを見つめるソニアに、ダンデは二の句が継げず押し黙った。不自然な沈黙に、なんとなく居心地が悪くなったソニアが、明るく声をあげる。
「もー、なんだよう。久しぶりに会った幼馴染に、その格好似合うね、とか、そういうことくらい言えよぅ」
「あ、うん。似合うぜ」
「ありがと。きみも可愛いよ」
「……」
 さらりと返されて、ダンデは再び絶句した。
 全体的に大人っぽく、洗練されたように見えるソニアの隣で、自分は全身『キバナ見立て』の変装をしていることが、ひどく不甲斐ないように思えた。最近の悩みである『美少女チャンピオン』と揶揄される中途半端な見てくれも、いまのソニアには釣り合わないようで気分が沈む。
 せっかく久しぶりに会えたのに。普段は短い電話でしか交わせないお互いの近況や、年に一度贈ってくれる大切な『手紙』にまつわる慕わしい会話ができると、随分前から心待ちにしていた今日だというのに。
 ダンデが目に見えて元気をなくしているのに、ソニアは気づかわしげに眉を寄せた。
「どうしたの、顔色悪いよ……」
「……いや……」
「具合悪い? 今日は解散する?」
 心配してくれるソニアの言葉だったが、ダンデは弾かれたように顔をあげて、ぶんぶんと首を振った。
「いやだ! せっかく会えたのに」
「……お、おう。元気ならいいんだよ。……そだよ、せっかく会えたんだから、楽しもうよ」
 ダンデのまっすぐな言葉に、ソニアは照れたようにはにかんで笑うと、気を取り直してダンデの手を取った。幼いころ、当たり前にダンデと手をつないでいた感覚で、迷子にならないようにと先導する。
 ダンデは、懐かしいソニアのあたたかな手を握り返して、ぐっと唇を引き結んだ。
「……ソニア」
「ん?」
「可愛いのは、きみだぜ」
「えっ」
 駅舎の人込みを縫って進んでいたソニアが、ダンデの言葉にぎょっとして振り返った。ダンデはわずかに拗ねたようにくちびるを尖らせている。その見知った表情と、言われた直接的な誉め言葉に、ソニアは大人びた雰囲気をぶち壊すほど真っ赤になった。
「なっ、な、なに、急になに!」
「さっき、オレのこと可愛いって言ったから。逆だぜ」
「あ、あー。……なるほどそゆこと……」
 納得がいったのか、焦った自分をごまかすようにソニアは空咳を繰り返し、つないでいる手とは逆の手でポニーテールの毛先をいじった。
「そっかー。ごめんね、言葉選びを間違った。可愛いっていうのは、似合ってるっていうか……あの、変装っぽい服装って珍しいし、そういうファッションもいいねって言いたかったんだけど……」
 もごもごというソニアが、困った風に、けれど真剣に言葉を選んでいる様子を見て、ダンデは急速に胸のつかえが溶けていくような気がした。
 ソニアはダンデのことを、女の子っぽいとか頼りないとか、そういう意味で『可愛い』と言ったわけではない。それさえはっきりわかれば、ダンデの機嫌は嘘のように上向きになった。
「ありがとう、ソニア! この服装な、キバナの見立てだぜ。ナックルの街でオレだってバレないように、上から下まで頼んだんだ」
「あ、なるほどー。さっすがキバナくん、めっちゃセンスあるねぇ。モデルさんってすごいよね」
「ん? キバナ、モデルなのか?」
「えっ、知らないの? 今年から、モデル業もはじめたんだよ……って、わたしもルリナに聞いたんだけど。でも、寮の友達とか、結構ガチで追っかけてる子とかいるし、人気あるんだよ、キバナくん」
「へえ。あ、そうだ寮といえば、どんな感じだ?」
「寮? うん、まあもう慣れたけど、最初は大変だったよ~。まわりみーんなお姉さんだし……でも、仲良くなったらみんな親切で優しいしさ、なんか、妹分みたいに可愛がってもらってる。今日のこの服装とかもね、みんなにコーディネートしてもらったんだよ」
 言いながら、ソニアが短いスカートの裾をつまむ。その指先に無意識に視線をやって、見てはいけないものを見たような気分になったダンデは慌てて言った。
「そ、そうか。楽しそうでよかった」
「うん、楽しい。勉強は大変だけど、そっちもめっちゃ楽しい。来年までにポケモン生態学を主軸に、フィールドリサーチ分野の博士号を取るのが目標なんだ」
 そのまま手をつないで、ソニアが駅舎の出口へ向かう。その背中に、ダンデが驚いた声をかける。
「博士号? ソニア、もうポケモン博士になれるのか!?」
 日の当たるロータリーに出ると、ソニアはぷっと噴き出した。
「あははっ、まさか! あのね、『ポケモン博士』って、特定分野にとどまらない、各分野で博士号を取得したうえで、その総合的な業績が認められて初めて与えられる称号なの。だから、将来自分が腰を据えて研究する分野に少しでも役に立つように、いまは取れる博士号はとにかく何でもチャレンジして、視野を広げるのが大事なんだよ」
 あっけらかんと言う内容は、信じられないくらい高度で、難易度が高い。ダンデは改めて、幼馴染が目指す道の険しさを思った。
 けれど、いつだってソニアは、まっすぐに前を向いて、目指すべき場所を見失わない。時に挫折して、時に迷おうとも、最後には必ず自分の道を見つけ、そこを歩む努力を惜しまない。
 ダンデは改めて、まぶしそうにソニアを見つめた。
「ソニア」
「ん?」
 日の光に輝く夕やけの髪を耳にかけ、柔らかくこちらを見上げるソニアに、ダンデは太陽のように明るい笑顔を浮かべた。
「オレはきみのライバルであることを、誇りに思うぜ!」
「!」
 まるでいつかの手紙のように、朗らかに言い切るダンデの言葉に、ソニアは一瞬目を丸くしてから、本当に嬉しそうにはにかんで笑った。




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