眠りに落ちる前に…
普段見せない その表情
聞いたことない 優しい声音
慌てふためく 私をおいて
逃げるように あなたは眠る
**********
若が、風邪をひいた。
夜の砂漠は、日中の暑さなんて忘れちゃったようにすっごく冷え込むから、シグもメイソン爺も、ボクだって、口を酸っぱくして厚着しろって言ってたのに。
若って、変なとこガンコなんだよなぁ。
でも、風邪の原因は多分そうじゃなくて。———気持ち…の、問題かな。
ここまで、ホントに若は突っ走ってきたもんね。勢いがあるのはいいんだけど、その無鉄砲さでフェイやシタン先生が乗ってたキスレブのゴリアテを撃沈しちゃって、フェイだけ行方不明になっちゃって。
思えばあのころから若は、あんまり眠れなかったんじゃないかな…。
みんなに心配かけたくないのと持ち前の強がりで、なんでもない風を装ってたけど、きっと一人になったときは、心配と後悔で、じっとしてられなかったと思う。
そういう気持ち、ボクにくらいは打ち明けてくれてもいいのにさ。………意地っ張りなんだから。
フェイが無事に見つかって、エリィさんが仲間に加わって―――ユグドラが壊れちゃったり、フェイが倒れちゃったり、ビリーさん達に出会ったり、どんどんどんどん目まぐるしく状況が変わって、正直ボクだって息切れしたもんね。
戦いの最前線で周囲の流れに翻弄されっぱなしだった若なんて、ボクの何倍も、何十倍も大変だったと思う。
でも、何て言うか、若らしいよね。みんなが大変なときは、誰よりも元気に飛び回って、疲れなんてぜーんっぜん見せなかったのにさ、全部が一段落ついて、さぁ、次は? って時にばたん! きゅ~っだもん。ホント、倒れるときも前のめり。
みんな突然倒れちゃった若に本気で驚いてたみたいだけど…正直言って、ボクには予感があったんだ。
言葉なんか貰えなかったし、周囲の目には普段と変わらなく映ってた若だけど、ボクから見たら無理は見え見えで。
いつ倒れるのかって、じっと観察してた。誰もいないところで倒れちゃわないように、訝しがられても傍にいた。
そして、予想通りに倒れちゃった若の看病をするために、ボクは今、若の部屋に向かってる。
みんなは唐突に寝込んじゃった若に驚いて、お小言を言ったりおろおろしたり忙しいけど、ボクはカクゴがあったから、すぐに動くことができた。
洗面器に冷たい水を張って、タオルを何枚も用意して、若の部屋の湿度を上げて、ベッドメイクだって手早く済ませた。
シタン先生が、驚いてボクに「すごいですね、マルーさん」って言ってくれたけど………ボクはこんなの、ちっともすごいと思わない。
こんな些細なことでしか、若の役に立てないんだから、ボクにできることはなんだってしたいだけなんだ。
今頃シグも、ブリッジで若の抜けた穴を埋めてるだろうな。
若が倒れてから、シグは珍しく慌てふためいて、ユグドラのことなんかうっちゃって、若を部屋に運ぶなりくどくどお小言を言ってたっけ。何でこんなになるまで黙ってたんだ、あれほど無理はするなと言ったはず…とか、何とか。
若も殊勝に…きっと、熱でぼんやりしてたのかな? シグの言葉に、いちいち謝ってたけど、あれってやっぱりうわごとみたいなものだろうな。若が素直に謝るなんて、ホントに熱が高い証拠だ。
たどり着いた若の部屋の前で、少しだけ呼吸を整える。もう、お見舞いの人は引けたかな?
「若? 入るよ」
スピーカー越しに声をかけて…まあ、寝てるだろうから返事は期待してないけど、とにかくボクは部屋の扉を開けた。プシュッという小気味いい音と一緒に、むっとした空気が伝わってくる。湿度、ちょっと上げすぎかな?
若の部屋は、薄暗くて、ちょっと男臭かった。この戦いが始まってから、あんまり若の部屋に来たことがなかったけど、昔と全然変わってない内装が、ボクを安心させる。
馬鹿みたいな感傷だって、解ってるんだけどね。
部屋の主は、普段寝相がいい方じゃないくせに、今はまるでイモムシみたいに毛布にくるまって、部屋の隅のベッドに横たわっていた。寝息も聞こえないし、ボクの声に一瞬ぴくって反応してたから、狸寝入りだと思うけど。
「わーか? 苦しいの? お水持ってきたよ」
風邪ひいたときは、すごく喉が渇く。特に、こんなに暖かい部屋だとなおさら。空調を少し変えなきゃ…と。
「うわ、何これ」
その時になって、ボクはベッドの傍らにあったテーブルに、沢山の果物やドリンクや、しおれかけた花(ドライフラワー、かな?)なんかが山積みになっていることに気付いた。
「みんなのお見舞い? 若、人気者だね」
「……うっせ」
くぐもった、不機嫌な声が返る。ボクは肩を竦めて、大きなイモムシをぽんぽんと叩いた。
「ほら、若。毛布の中に顔入れてると、苦しくなるよ? あんまり暖かくしすぎてもいいってもんじゃないし」
「……」
「汗かいたでしょ。タオル持ってきたから、拭くよ」
ボクの言葉に、イモムシはようやく頭を出した。ぼさぼさになった金色の髪と、熱のせいで潤んでいる右目が、何だか子供っぽくて、ちょっと笑った。
「…笑うな」
「ごめんごめん。さあ、若、さっぱりしようか」
「いーよ。…自分でやる」
「言うと思った。けど、頭上げるのも億劫なんでしょ? 素直に言うこと聞きなさい」
ボクが強気に言うと、若は何故だか物わかりよく上半身をあげて、ボクに従った。何だか、素直な若って気持ち悪い…とと、変な感じ。
「若、ほら、バンザイして。脱げないでしょ、それじゃ」
「…あのなぁ、一人で服くらい脱げる」
「そ? じゃあ、頑張って」
「…………」
熱が高いせいか、いつものような軽口は続かない。のろのろと上着を脱ぐ若を見つめて、ボクは一瞬、馬鹿なことを口走りそうになって、口をつぐんだ。
ごめんね…なんて、言えないよね。
「…ん」
上着を脱いで、ボクに手を差し出す若に、タオルをもって首を振る。
「だーめ。ボクが拭いてあげるから」
「だっ…自分でやるっつーの…っ」
「へぇ? そんなにふらふら頭が揺れてて、どうやって背中まで拭くのさ? いいから、病人はじっとしてなさい」
「~~~~……」
子供みたいに真っ赤な顔で拗ねて、でも、なにも言わずに若はおとなしくなった。
何だか若、素直すぎて不気味だよ。熱が高いからって、ここまで従順にされると…何て言うか、可愛いなぁ…なんて。
若の腕や首や、広い胸板なんかをタオルで拭きながら、ボクはなるべく意識しないように、その背中に手を回した。さすがに、若も何か思って身動いだようだけど、ボクは何も言わずに、その傷跡をなぞる。平気な顔で、汗を拭く。
…気にしないでいいのに。ボクは、平気だよ? 若が受けた傷跡を、まっすぐ見れなかった子供はもういない。
ボクは、ボクが若に与えた傷を忘れないから。
「…はい、腕あげて」
「…ん」
何ごともなかったように言うボクに、何ごともなかったように若が答える。これでいいんだよね。ボクがいつまでも気にしてたら、若だって困る。忘れられるわけないけど、忘れたふりが上手にならなきゃ。
だって…若はボクを悩ませたくて、ボクを庇ってくれたわけじゃないよね…。
冷たい水でタオルを絞りながら、ボクはすっかり男の人になってしまった若の身体を、正視できなくていた。薄暗い部屋だから、ボクの視線なんて解らないだろうけど、そんな風に意識してるって悟られたくなくて、ボクはわざと子供っぽく笑う。
「さ、次は下だけど」
「下はっ」
「残念だけど、ボクだってそこまでできないよっ。はい、自分でやってよね、若!」
くるっと後ろを向いて、ボクは赤くなった顔を隠す。かろうじて若は、ボクの顔色には気付かなかった。ごそごそと動く若の気配に、ボクはドキドキする鼓動を押さえて、何でもないようにイスの上を指さす。
「そしたら、そこの寝間着に着替えてね。洗濯物は、イスの上に置いて」
「…もーいーぞ」
「あ、うん」
声をかけられて、くるりと振り返った。若は、着替え終わった身体をどさっとベッドに横たえて、じっと天井を見つめている。息が荒いのは、熱の高い証拠。
「…若、お薬飲んだ?」
「…ああ」
「お水はいらない?」
「いらねー…」
「じゃあ、ここの…テーブルの上かたして、ポットとコップ置いておくからね。喉が渇いたら、これ飲んで」
「…ん」
頷く若が素直すぎて、ボクは落ち着かなかった。手早くテーブルの上のお見舞い品を片づけて、ポットとコップを並べて、洗面器の中のタオルを絞って、若の額の上にそっと乗せる。
「…つめてー…」
「あ、ごめん。絞りが甘かったかな?」
気持ちよさそうに額に手を当てる若に、ボクは手持ちぶさたになった。何だか、病気の若を見るのは久しぶりで…前の時は、シャーカーンの拷問で受けた傷が元だったから、ボクはもう、何が何だか解らないくらい取り乱して…まともな看病なんて、してあげられなかったもんね。
タオルで目を隠して、若は無言でいるから、ボクも何も言えなくて傍らのイスに腰掛けた。
もしかして…邪魔、かなぁ…。
「…じゃあ、ボク、行くね。…何かあったら…」
「…マルー」
「なにっ?」
呼ばれて、自分でもおかしいくらい素早く反応する。若はちょっと間をおいてから、目を隠したまんまぽつりと呟いた。
「…おまえは、その…」
「なに?」
「…お前は、責めねーのな」
「え?」
思ってもみなかった言葉に、きょとんと目が丸くなる。若はくぐもった熱っぽい声で、途切れ途切れに続けた。
「その…こういう大事なときにさ…一人で無理して、結局ぶっ倒れちまって…みんなに迷惑かけて、それなりにその…悪かった…と、思ってる」
「…………」
「シグにも…爺にも、フェイにも言われた。無理するなって…お前一人の身体じゃねえ…なんて」
弱々しく笑う若。あんなにも自信満々だった若が、すごく落ち込んでる。
でも、若…それは…。
「…それは、若だけのせいじゃないよ」
「あ?」
ボクの言葉に、若は目元を隠していたタオルをずらして、ボクを見つめた。その熱っぽい瞳に、ボクは目を合わせることができなくて、あらぬ方を見やる。
「だって…若が調子悪いの、ボクずっと前から知ってた」
「え?」
「二、三日前から、もしかして熱…あるんじゃないかなって。今日の朝は、顔色をごまかすために何か塗ってるなって…あれ、もしかして白粉?」
「…ドーラン…」
「…そか。うん、上手に…誤魔化せてたよ」
ボクはいったん空気を吸って、お腹に力を込めた。さあ、懺悔しよう。
「若がみんなに怒られるんなら、ボクは倍怒られなきゃね。若が無理してるの解ってて、知らん顔してたんだから」
「…んなの、お前のせいじゃねーよ」
若は優しい。決してボクを責めたりしない。だからこそボクは…
「ううん。ボクのせい…っていうか、薄情だよね。まるで、若のことどうでもいいみたいに。ボクが知らない顔してて、もし、若が取り返しのつかない病気だったりしたら、ホント…どうするつもりだろうね…」
「…ただの風邪だ。気にすることじゃねえ」
「今回はね。でも、次は…」
「次なんかねえ。俺はもう、馬鹿なマネしねえから」
若は言って、じっと視線をボクにあてたまま、ゆっくりと呟いた。
「一人で気張って、カッコつけるのはもうやめだ。そんなことをしたところで、結局周りに迷惑をかけるだけだって、今更解ったからな。仲間…ってやつを、信じてねえ証拠だって、フェイに怒鳴られたぜ」
「…信じてないわけじゃないでしょ? 少しでも、みんなの負担を軽くしたかったんだよ…若は」
「…まぁな。けど、そういう独りよがりのせいで、…お前にそんな顔させちまったら、情けねえよな」
「!?」
ボクは驚いて、若の顔を見つめた。若は、どこか困ったように、照れくさいように、微笑んでいる。
「余計な心配かけて、悪かったよ」
「…違う…! 違うでしょっ?」
ボクは、思わず叫んでいた。若が、あんまりにも…優しすぎて。
ボクは、詰られるのを待っていたんだよ? 何で、無理を止めなかったんだって、当然の疑問を待ってたんだよ……。
「ボクは、若の不調を知ってて、知らないふりしてたんだよ! 若にばっかり大変な仕事を押しつけて、その手伝いもできないくせにさ! 酷いって言ってよ! 怒っていいんだよ、若」
「……」
ああ、もうめちゃくちゃ。こんなこと言ったって、若が怒るはず、ないのに。こんなの…自分を正当化させようとしてるだけだ。汚い…最低だよ、ボク!
目を瞑ったボクの頬に、熱い手が触れた。ボクはびくっと震えて、目を開ける。若はじっとこっちを見つめて、掠れた声で呟く。
「…お前は、手伝ってくれてるじゃねーか。いつだって、今だって…」
「…こんな、ちっぽけなことじゃ、手伝ったうちにはいんない! もっと、もっと若の役に立ちたい! …若が、無理しないでいられるように…ボクだって…」
ねえ若、これはやっぱり、わがままなんだろうね? 無い物ねだりで駄々をこねる、子供みたいで笑っちゃうよね。
若のお手伝いがしたかった。無理してる若に、誰よりも早く「無理しないで、休んでいいよ」って言えるようになりたかった。
若が抜けた穴を埋めることもできないのに、若に休めなんて、言えなかった。たとえばシグなら…フェイなら…みんななら、若がいなくとも、若の抜けた穴を埋められる。若もそれを知ってるから、無理してた自分を反省して、仲間に素直に謝ってる。
けどボクは……、いくら若の具合が悪いって気付いたところで、若に、後は任せてって、胸を張ることはできない。若が、何のために頑張ってるか知ってるからこそ、その穴を埋められないボクが、口を出せることじゃない。
だからボクにできることは…若がまた、元気になって前に進めるように、助けてあげることだけ。その広い背中を、ほんの僅かな力で、押してあげることだけ。
すぐに若は、ボクの支えなんかいらないくらい、力強く走り出すけど、ボクはそれについてはいけない。遠くなる若の背中に、行かないでって叫ぶこともできない。
「…ごめんね、若…」
謝ったって、何も変わらない。解ってるけど…。
「……馬鹿か、お前は」
「!?」
あっけらかんとした、若の声。思ってもみなかった反応に、ボクは熱い目頭をぱちぱちっと瞬かせた。
「え?」
「お前、そんなくだらねえこと考えてたの?」
「く、下らないって…」
「あーもう、お前って…ホント、融通きかねえよなぁ」
何? 何が言いたいの、若?
「いいか、お前が仮に、俺に無理すんなって言ったところで、俺が言うこと聞くと思うかぁ? お前だけじゃねえぞ、フェイだって、シグだって、誰だって俺を止められるヤツなんざいねーよ」
「で、でも…」
「でももへちまもねーよ。俺はやるっつったら、絶対やるんだ。もうそうなっちまったら、お前は覚悟を決めて、俺の無茶を見ててくれりゃーいーんだよ。そしたら…」
不意に若は言葉を切って、熱で潤んだ瞳を細めた。
「…そしたら俺は、安心してお前に後を任せられるんだ」
「…え?」
今…何て言ったの? 若?
「お前が……見ててくれるから、俺は安心して…無茶しちまう。何だかんだ言って、お前はいつも、俺のこと信じて…くれてっからよ…。お前がついててくれっから、俺は何でも好きなようにできんだ…だって、最後にはお前、絶対笑って…くれるもんな……」
途切れ途切れの若の声。ボクは、何だか信じられなくて、呆然と息を止めてた。言葉そのものが、都合のいい妄想みたいで、若、信じられないよ…。
「だから、さ…あんまし、考え込むなよな。俺が無茶やらかしてんのは、お前を…その……」
熱で朦朧とするのか、若は頭を軽く振りながら言葉を探していた。ボクはもう、何も言わなくてもいいよって、言いたかったんだけど。
言葉にできない想いを、ボクは、若の手をぎゅっと握ることで伝えた。若は驚いたように目を開けたけど、すぐにとろとろと瞼を閉じて、口元を微笑ませる。
「……お前がいてくれて…ホント…」
その後は、すうっと引き込まれた眠りに邪魔されて、若は続けてくれなかったけど…。
ボクは、溢れだしてしまった涙を見られなかったことに、心底感謝した。もう、二度と若の前では泣かないって、あの日…誓ったから。
「…泣かせないでよね、もう……」
いつだって、ボクを泣かせるのは若。とびっきり嬉しいことを、与えてくれる人。
「若…大好きだよ」
眠ってしまった愛しい人。伝えることにさえ、まだ罪悪感はあるけれど…口にせずにはいられなかった、ボクの真実、ボクの全て。
いつかあなたに、伝えられたら。
その時は、今の言葉の続きを、聞かせて貰えたらいいな。
End.
1/1ページ