あなたのそばに
Epilogue
「冥婚?」
聴き慣れない言葉に、バルトがおうむ返しに呟く。食後のコーヒーなどを各々楽しんでいたフェイ、ビリー、リコも不思議そうにシタンを見ていた。
騒動のあった翌日、外傷こそ消えていたものの心労やショックが祟ったのか、マルーが体調を崩した。微熱と倦怠感を訴える彼女をエリィやマリアの手にゆだねて、バルトは事の顛末(と言っていいほどの真相は掴めていないが)を昼食時に仲間に伝えていた。
一通りの話を聞き終えたシタンが「もしかして」と披露した話が、冥婚である。
「ゼボイム時代の文献にあった話だと記憶していますがね。とある地方の風習に、若くして亡くした息子や娘のために、彼らの絵姿や人形を用意し、そこに対となる相手を加えて、死後の世界に結ばれるよう願うというものがあります」
「へぇ~。なんだか、切ない話だな」
フェイが言うと、ビリーもどことなく厳かな面持ちで頷く。
「親にしてみれば、子供が先に亡くなることは計り知れない不幸でしょう。死後の世界があるならば、そこでこそ幸せを掴んでほしいと願う親心ですね」
「なるほどな」
厳つい巨躯を器用に折り曲げて、リコがテーブルに肘をつく。自分のあずかり知らぬところでの顛末を一通り聞き終えると、そのまま気だるげなまなざしでバルトに言った。
「つまり、その石が誰かの亡くした『娘』で、そいつが見込んだ『婿』がバルトだったってことか」
「……まじか」
どうにも背筋が冷たくなるような話に、バルトはもぞもぞと座り直す。世界中を踏破していると、時として科学や常識では説明しきれない不可思議な現象に出会うことはままあるが、だからといって慣れるものではない。ましてや今回は、実害が出ている。
「まあ、現物を見たわけでもないですし、状況から推測して一番あり得そうなただの仮説ですがね。察するに、冥婚の要件である死者の身代わり――この場合『石』ですが、それに対となる相手を作る前に、何らかの理由で中止され、相手のいない『器』だけが、長い間放置されていたのかもしれません。そこへ、不用意に近づいた若くんが『相手』に選ばれてしまった、ということかと」
シタンの言葉に、バルトは鬱蒼と茂った森の中、たったひとつぽつんと残された石を思い出し、なんとも言えない思いに眉を寄せた。
「でもさ、じゃあ、なんでマルーにだけ触れなかったんだ?」
フェイの問いに、その場にいた(バルト以外の)視線が呆れたように集まった。
「え、フェイ。本気で聞いてるの、それ?」
「点と点を繋げりゃ、答えは明白じゃねぇか」
「まさしく、その点が繋がったからこそ、冥婚の推論をあげたんですがねぇ」
「え、え?」
「どういうことだよ?」
フェイとバルトが同じような顔で首を傾げていると、はぁ、とため息をつきながら、ビリーが理路整然と口を開いた。
「そもそも、あの石が自分の『婿』としてバルトを定めたとして、一番邪魔になるのは誰さ」
「あ」
「しかも、ご丁寧にあの『石』は、バルトの好みを承知してたわけだしな」
「う」
「確実に若くんに選んでもらえるよう、若くんが『石』に花冠を作ってあげた際、思い浮かべていた人物になり替わろうとしていた……ということですね」
「だあああっ」
ビリー、リコ、シタンがそれぞれ要点をまとめあげるのに、フェイは感心したように頷き、バルトは浅黒い肌を真っ赤にして悲鳴を上げた。
「そんなの、偶然に決まってんだろっ! 大体、花冠を作ったのだって気まぐれだし、そん時たまたまガキの頃のことを思い出しただけで、マルーがどうのなんざ考えてもいねぇよ!」
「まあ、だとしてもとんでもなく的確に弱点を突かれたことには間違いないよな?」
「ンぐっ……!」
邪気なく追い打ちをかけるフェイに、思わず喉を詰まらせたバルトは、これ以上は耐えられないとばかりに乱暴に立ち上がる。
「冗談じゃねぇ、とんだ言いがかりだッ! 俺は認めねぇからな!」
そう言い放ち、逃げるように食堂を出ていく後ろ姿を見送りながら、フェイたちは生ぬるくなったコーヒーを喫した。ブラックのはずのそれは、大量の砂糖を加えたように甘かった。
「はぁ~……あんなこと言いつつ、きっと向かった先はマルーさんの病床なんでしょうねぇ」
呆れたように呟くビリーに、人の悪い笑みを浮かべたリコが言う。
「賭けるか?」
「そんなのは賭けになりませんよ」
シタンが言うと、フェイは朗らかに笑った。
「だよなぁ」
くつくつと愉快気に笑う声だけが、のんびりとした食堂に響く。
つかの間の、ユグドラシルの平穏だった。
End.
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