あなたのそばに
ガンルームにて、ひとしきりの問診や実験を終えたシタンは、メイソン卿お手製のコーヒーを喫しながらふうむ、と唸った。
「若くんに触るのも、マルーさんに触るのも、お互いでなければなんの問題もない。けれど、若くんとマルーさんが触れると、衝撃とともに痛みが生じる、その度合いはマルーさんの方が明らかに大きい……か」
「先生、なんなんだよこれは」
カウンターテーブルの端と端に座ったバルトとマルーの真ん中で、シタンが考えるように目を閉じている。バルトの傍らにはフェイ、マルーの隣にはエリィがそれぞれ座り、心配そうに見守っていた。
「そうですねぇ……人知を超えた現象、と言えそうですね」
「人知を超えた現象?」
おうむ返しにフェイが問うと、シタンは指先で眼鏡を押し上げて、バルトとマルーにそれぞれ問いかける。
「今朝、フィールドに出る前はこんなことはなかったんですよね?」
「ああ」
「うん、ちゃんと触れたよね」
ユグドラシルを出て行く前、マルーはいつものようにバルトの無事を祈念し、ニサンの聖句とともに従兄の額へくちびるを寄せていた。それは彼らが子供のころからの習慣で、けれど思春期を超えたバルトには少々気恥ずかしいものだったため、決して人目に触れない場所で行われている儀式だった。
それを思い出し、居心地が悪そうに頬を染めたバルトを横目に、フェイがにやにやと笑っているのを、バルトは体勢を変えるついでに肘で打っておいた。
「となると、この不可解な現象の原因は、フィールドに出た後のようですね。それぞれ、いつもと違ったことはありませんでしたか?」
そう言われて、バルトは眉を寄せた。フィールドに出れば、常とは違うことだらけだ。敵に遭遇し、見たことのない場所を踏破し、前例のない体験ばかりするフィールドバトルにおいて、原因を探ることは難しい。
「ボクの方は、いつも通りのことしかしてないよ」
「だよなぁ……俺の方は、心当たりつっても困る……」
未知の生物の攻撃によるものか、知らぬ間に触れたものの毒性か、とにかく見当もつかないことに、バルトはぐぬぬと唸り声をあげた。
「必ずなにか、原因があるはずです」
シタンは断定的に言って、シグルドの方へと問いかけた。
「この地点に潜伏する予定は、あとどれくらいでしたか」
「補給と補修が終わり次第、出港予定だった。計画では、明日の夜に出る」
「う~ん……もう少し、このエリアを調べた方がいいと思いますが……」
「だが、ここは敵の索敵エリア内だ。あまり長居をしては、発見の危険性が高まる」
「そうですね……」
シグルドとシタンが難しげに唸っている傍らで、バルトは苛立たしげにトントンとテーブルを指で叩いている。その様子をカウンターの端から見守りながら、マルーは不安を押し殺すようにギュッと指を組んでいた。
「とりあえず、原因が分からない以上なんともしようがないですね……。このあたりの風土病や土着信仰……そんなものを早急に探る必要がありそうです」
「なんだい、そりゃ?」
シタンの呟きにフェイが首を傾げると、シタンは眼鏡のブリッジに手を当てて、声色をひとつ落とした。
「この世には、常識では説明のしようがない現象が数多あります。未開の地であればなおさら、我々の知らぬ病原体、もしくは呪いや祟りの類など……」
「た、たたり?」
怯えたようにマルーが呟くと、彼女の傍らに寄り添っていたエリィがポンポン、と軽く肩を撫でる。
「大丈夫よ、マルー。仮に祟られたとしたって、あなたがターゲットではないんだから」
「え?」
「どう考えても、なにかやらかすとしたらバルトでしょ」
エリィの断定に、反射的にバルトが怒鳴った。
「なんだそりゃ! 俺だって覚えはねぇよ!」
胸を張るバルトだったが、悲しいことにひとつの賛同も得ることはできず、そればかりか周囲の冷たい視線が突き刺さる。
「ああ、バルトだろうなあ。おまえ、フィールドでなんか壊したとかない?」
「もしくは、持ってきてはいけないものを拾ったとか」
「がさつだからなあ。適当に振り回した鞭の切っ先が、どっかの神様の気に障ったとかじゃないの?」
今まで静観していたビリーが、少しばかり意地悪気に乗っかってくる。彼の傍らで、渋い顔をしたシグルドは、けれど助け舟を出すこともなく沈黙していた。
そんな四面楚歌の状況で、バルトが先ほどから感じていたフラストレーションを抑えることなどできるわけもない。バァン!と大きな音をたててテーブルを引っ叩くと、勢いよく立ちあがった。
「しゃらくせぇ! ンなわけのわかんねぇことに巻き込まれる筋合いはねぇよ!」
「落ち着いて、若くん。状況を整理して、場合によってはもう一度フィールドに出て検証を……」
「俺には覚えがねえんだ、ンなことしてる暇はねえよ!」
乱暴に言って、ガンルームを出て行こうとしたバルトに、マルーが慌てて声をかける。
「若!」
「……取りあえず、しばらく俺には近づくなよ、マルー」
「う……うん……」
これ以上ここにいても、建設的な意見はなにひとつ得られないと踏んだバルトは、苛立ちをマルーにぶつける前にさっさと退散を決め込んだ。けれど、残されたマルーは分かち合うべき不安を一人で抱え込んだまま、しゅんと肩を落とす。
「マルー、ごめんなさい。ちょっとバルトに言いすぎちゃった……」
いつもの軽口のつもりで発した言葉が、バルトの逆鱗に触れてしまったことを詫びるエリィたちに、マルーは軽く首を振った。
「ううん、気にしないで、みんな。とにかく、ボクと若が触れないだけで、他はなにも支障はないんだから……いまは、補給と補修を終わらせることを考えよう」
そう言ってほほ笑むマルーに、周囲が気遣わしげな視線を向ける。けれど、マルーはことさら元気よく声を上げた。
「だいじょぶだいじょぶ! なんとかなるって」