あなたのそばに




 ユグドラシルの荘厳な機影を目にした時、三三五五に散った仲間の姿を認めておおきく手を振った。 
「フェイ、先生!」
「バルト」
 同じく森の奥からやってきたらしい二人は、身体中に枝葉をくっつけて歩いてくる。自分も同じような惨状だろうと、バルトは肩口に乗っていた葉をそっと手で払った。
「無事か」
「当然。二人は一緒だったのか?」
「別れてすぐに合流できましたよ。ここに来る間も、多少の襲撃は受けましたが、そちらは?」
「俺の方は、藪の中を突っ切ってきたんでうまく撒けたようだ」
 バルトの言葉に、フェイとシタンは安堵したように頷いた。それからともにユグドラシルへと向かう。
 断崖に隠れるように停泊した戦艦は、岩肌にうがたれた人がすれ違えないほど細い道の先に搭乗ハッチを接岸していた。警戒を敷くクルーたちの中に、帰還を待つ仲間たちの姿も見える。
「おーい」
 肉眼で確認できる距離になった時、フェイが大きく手を振った。すると、待ってましたとばかりに駆け寄ってきたエメラダとチュチュが、競うようにフェイを取り囲む。
「お帰りっ、フェイのキム!」
「お帰りなさいっチュ~」
「ああ、ただいま」
 にぎやかで平和的な歓迎ムードの傍ら、シタンやバルトも仲間たちの元へ向かうと、エリィとマルー、ビリーの姿もあった。
「お帰り、若、シタン先生!」
 マルーが笑顔で声をかけると、バルトがおうと声を上げる。仲間たちがそれぞれに賑やかしくなる中、いつものようにマルーがバルトへと近づいて、その無事を確かめるように彼の周りをくるりと一周する。
「けがはないね」
「ったりめーだ」
「ふふっ、よかった。あ、待って若、背中に葉っぱが……」
 なにげなく言って、バルトの背に付着した緑の葉を取ろうと手を伸ばす。その指先が、彼の衣服に触れるか触れないかの瞬間だった。
「きゃっ!」
「あ!?」
 突然弾けたマルーの声に、バルトは反射的に振り返った。見ると、そこには腰を抜かしたように倒れこんでいるマルー。何が起きたかわからないまま、バルトは慌てて手を伸ばした。
「なにやってんだ、マル……」
 彼女の手を掴んで引き上げようとした時、思いもよらないほどの強い力で弾き返された。
「いてっ!」
「きゃあっ」
 バルトが声を上げると同時に、再びマルーが叫ぶ。伸ばした指先が、まるで強力な静電気にでも弾かれたようにジンジンと痛む傍ら、マルーが腕を抱えるように地面に倒れ伏した。
「マルー!? どうしたの」
 エリィが心配そうに駆け寄ると、彼女の細い手に支えられてマルーがやっと顔を上げた。驚いたような彼女は、胸元に引いた自分の手指を恐る恐る見やる。
「やだ、なにこれ!」
 途端に、エリィの声が弾けた。マルーの白い指先は、熱を持って赤く腫れてしまっている。火傷のような症状に、けれどまったく思い当たる節はなく、同じく呆然としているバルトと目を合わせた。
「い、今のなんだ……?」
 バルトは半ば呆然と、マルーの手を掴み損ねた自分の指を見つめた。彼女ほどではないが、こちらの指も疼くような痛みを残している。けれど、どう見てもマルーの方が重傷で、自分がなにかをしてしまったのかと混乱した。
「どうかしましたか」
 シタンを先頭に、異変に気付いた仲間たちがうずくまるマルーと寄り添うエリィ、そして呆然とするバルトを囲んだ。バルトははっと我に返ると、改めてマルーに心配の目を向ける。
「マルー、大丈夫か」
「う、うん、平気。でも、なんなんだろう、今の……」
 エリィの手を借りて立ち上がったマルーは、混乱したように眉を寄せてバルトを見上げる。バルトもまた、同じ疑問に顔をしかめた。
「マルーさん、指先を診せてください」
 シタンの言葉に、マルーが大人しく従うと、彼女の赤くなった手指を見やったシタンは、不思議そうな顔で言った。
「なんでしょう……火傷……ではないようですが……」
「マルー、痛むの?」
「ううん、大丈夫。さっきは痛かったけど、いまはもうなんともないよ」
 言葉通り、赤かった指先は見る間に通常の色を取り戻し、ショックから立ち直ったマルーがまだ呆然としているバルトへと近寄った。
「ねえ、若。ちょっと後ろ向いて」
「あ、ああ……」
 言われるままに背を向けたバルトに、マルーは恐る恐る手を伸ばす。先ほどと同じく、背についた葉をつまみ上げる要領で、そっと彼に触れてみた。
「わっ」
 今度は、一応心積もりがあったために倒れることはなかった。バルトの背中に触れた瞬間、バチンと音がするような衝撃と、指先に鋭い痛み。慌てて手をひっこめたマルーに振り返り、バルトが困惑気に唸る。
「なんなんだよ、これ……」
「静電気?」
 腑に落ちないように首を傾げるマルーが、再びバルトに手を伸ばそうとするのを、当のバルトが慌てて後ずさった。
「なにやってんだよ!」
「だって、よくわかんないんだもん。若、帯電してるとか?」
「たいでんん?」
 腑に落ちないように返すバルトに、マルーは困ったように眉を寄せる。その時、後ずさったバルトの背中にとん、となにかがぶつかった。
「どうしました、若」
「シグ!」
 バルトの背中を支えるように、シグルドが手を添えて問う。なにやら揉めているらしい様子に眉を寄せた副艦長は、バルトが唖然としてこちらを見やるのにますます困惑する。
「シグ、なんともない?」
「は?」
 マルーに問われても、意味が分からず首を傾げる。マルーはそのまま、素早くバルトの腕を掴んだ。
「いでぇっ!」
「きゃあ!」
 今度は、周囲の人間すべてに聞こえるほどおおきな「バチン!」という音とともに、磁石が反発するようにバルトとマルーの身体が離れる。バルトはシグルドに軽くぶつかり、マルーは吹っ飛ぶように後ろへ弾かれたが、そこに立っていたフェイが危なげなく彼女を支えた。
「マルー!」
 慌ててバルトが叫ぶと、マルーはフェイに支えられながらちょっと青い顔をして苦笑している。心配かけまいとわざと笑ってはいるが、バルトの腕に触れた右手は、力なくだらんと下がって震えていた。
「や、やっぱ変だよ、若ぁ……」
「おま……馬鹿野郎! わざわざ痛い思いすんじゃねえ!」
「だって、シグは平気だったじゃん」
「だからってなぁ……」
 目の前で、マルーが痛みに耐えている。その原因が自分だと思えば、バルトも黙ってはいられない。まったくもって訳が分からない状況だが、とにかく従妹の無謀に腹が立って仕方がなかった。
「落ちつきなよ、バルト」
 傍らで声がしたと同時に、ぐいと肩が押される。ビリーは、問題なくバルトに触れられた自分の手をまじまじと見やった。
「別に、なんともないな」
「どれどれ」
 続いてシタン、フェイ、エリィと、バルトの腕や背に無遠慮に触っていく。衝撃から立ち直ったマルーが、再びそれに続こうとしているのに気付いて、バルトは噛みついた。
「やめろ、触るな!」
「だって、なんでボクだけ?」
「ンなの知らねえよ。とにかく、おまえは触るな!」
 心配が先に立った鋭い口調に、わかっていてもマルーは傷つく。しゅんと眉を下げた彼女に、バルトはなんとフォローしていいかもわからずイライラと髪をかきむしった。
「だぁー! 一体なんなんだよ、こりゃ!」
「落ち着いて、若くん」
 ポンポン、とバルトの背を叩き、シタンはざわめく周囲に鶴の一声を放った。
「とりあえず、乗艦しましょう。いったん落ち着いて、詳しいことはそれからです」
 建設的な提案に、仲間たちは素直に従った。バルトは踵を返す前に、そっとマルーを振り返る。
「行くぞ、マルー」
「うん」
 にっこりと笑って、マルーがバルトに従う。けれど、いつもなら肩が触れるほど近くにいるはずの彼女は、バルトの言いつけを守るように、二歩ほど遅れて彼を追った。その距離に、バルトは自分で命じたこととはいえ猛烈な違和感を感じて、どうしようもない苛立ちを呑みこむように大股に進んだ。

 

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