あなたのそばに




 フィールドでの作戦行動中のことだった。
 深い森の中、ユグドラシルが潜伏しているエリアへの帰還中、凶暴な野生生物に出くわすこと数回。フィールドバトルには慣れている一行だったが、敵の数にやや圧倒され、暫時散り散りの撤退行動を余儀なくされた。
 鬱蒼と木々が茂る行程を鑑み、ユグドラシルの座標を入力した電子地図を一人ずつ携帯している。散会する直前、森を突っ切った先の切り立った崖に潜伏している機体反応を、それぞれ確認し終えたところだった。直線にして数キロほどの距離しかなく、だからこそフィールドバトルのリーダーであるフェイは、多勢に無勢の戦況に咄嗟の撤退を命じて走った。
 その声に反応し、緑の海へとダイブして半刻。バルトはようやく開けてきた視界に思わず深く息をついた。
「ふう……やっと撒いたか」
 そこは、背高の木々のちょうど切れ目が続くような、不思議なけもの道だった。ここまで来る間、ずっと鬱蒼とした枝葉に頭上は覆われ、日光の届かない薄暗い中を進んでいたので、まるで天然のスポットライトが当たっているように明るい道筋に、バルトは隻眼を細めて周囲を警戒する。やがて危険はないと判断し、がさりと枝葉をかき分けて、その白い道に出た。
 天上から降り注ぐ日光と、木々によって整えられた小道。まるであつらえたようなそこを、バルトは手元の電子地図と照らし合わせながら慎重に進む。この先真っ直ぐ、一キロもない。
 やがて道は、ぽっかりと開けた場所へたどり着いた。緑けぶる森の奥に、半径五メートルほどの正円が現れ、その中央に不思議な形の石があった。円の周りは当たり前のように木々が覆い、まるで自然がその石を隠し護っているような厳かな空間だった。
「なんだ……?」
 バルトは好奇心のままに、恐れ気もなく石へと向かった。石像のように思えたそれは、けれど人の手による人工物ではなく、自然のままに削り撫でられたような不思議なかたちをしていた。バルトの肩先に満たないほどの高さで、丸い頭部、細い肩、両の腕に似た婉曲があり、見ようによっては製作途中の銅像のような、不思議な人間味のあるフォルムを、バルトはしげしげ注視する。
「……女、か?」
 物言わぬ石に、ましてはっきりとした形もないようなそれに、けれどなにか閃くものがあった。バルトは砂色の石を見やって、そういえばちょうど同じくらいの背丈だな、と思い至る。
 バルトの胸元にいつもある、ちいさなつむじの場所まで一致するような錯覚に、彼は悪戯心を生じて笑った。
 周囲を見渡し、おあつらえ向きのものを手にすると、昔々に習った覚束ない手つきながら、小さな花の冠を作る。白い野花を石の上に乗せると、ますます少女じみて見えて、バルトは思わず照れるように笑った。
「ま、たまにはこんなのも悪くねぇさ」
 誰にともなく呟いて、バルトはさっと踵を返す。緊張状態だった逃走劇の果てに、妙な感傷と不思議な空間に呑まれたらしいと、じわじわと自分の行動が気恥ずかしくなって、そのまま足早にその地を去った。
 緑けぶる森の奥、真っ白な日光に照らされた正円の中心で、ちいさな花冠を戴いた石は、ただひっそりとその背を見送っていた。



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