感想・考察
ウテナとアンシー ふたり
2021/05/07 20:38少女革命ウテナ
今回は最終回近辺のふたりの話。
『ウテナとアンシーは同一人物』
という考察が各地で見受けられますね。
最終回を迎えてこの考察を初めて見た時、ええ?!?!そんなことある!?!?と驚いたのを覚えています。
だってウテナとアンシーは両方別々に存在してたよ!?!同一人物なのなら今までのはなんだったの?!?とね。
ウテナとアンシーは作中で真逆のキャラとも思える描き方をされています。
行動的なウテナとどこまでも受動的なアンシー。
気高い王子さまと救われるべきお姫さま。
『同一人物』という言葉が大きすぎるのかもしれない、と思いました。
『少女革命ウテナ』という作品の世界は、お姫様か王子様か(またはそのどちらかに憧れる準王子様・準お姫様)しか存在できない構図になっています。
冬芽は王子、若葉は姫。石蕗は準王子。
その中で、アンシーは徹底してお姫様。何があってもゆらぎない、絶対姫。
でもね、これ現実味がない話でしょう。この構図は『少女革命ウテナ』という世界に通用するものであって、私たちが生きる現実社会には通用しませんよね。
現実を生きる誰にだってあると思うのです。王子様になりたい瞬間とお姫様になりたい瞬間の両方が。
王子様もお姫様も同じ人間の中に同居している。ある時は王子様が、ある時はお姫様がちらりと顔を覗かせる。
……あれ?これってこの物語の中の誰かさんにピッタリなような。
そう、ウテナ。
ウテナさまって、『少女革命ウテナ』の主人公なのに、世界の掟に唯一当てはまらない人物なんですよ。
唯一当てはならなくて、唯一私たちの等身大なんです。
掟破りのウテナさまはいい意味でも悪い意味でも注目の的。そりゃそうだよね。望めばお姫様になれるのにならないなんて、物珍しいよね。
けれどウテナは物語が進むにつれ、選択を迫られる。
王子様になる(アンシーを助ける)か、
お姫様になる(暁生と結ばれる)か。
アンシーの身投げなど紆余曲折を経て、結局ウテナは
「ぼくが王子様になるってことだろ!」という結論にたどり着く。
ウテナは男性性を選んだってことです。
絶対姫の姫宮アンシーと、男性性を選んだ天上ウテナ。
おっと、これじゃあ予定調和そのまんま。
王子様がお姫様を救うなんて決まりきったパターンじゃ、世界を革命なんて出来ない。
だから、ウテナは『王子様ごっこ』で終わらなきゃいけなかった。
もしウテナが完全な王子様になれて、アンシーを棺から引っ張り出すことが出来ていたら、この物語は終幕出来ない。
予定調和を壊すために。
ウテナでなければいけなかった、その理由。
『ウテナとアンシーは同一人物』という説に対しては、私は懐疑的です。
だってウテナはウテナ、アンシーはアンシーだから。
しかし後年の幾原監督の作品『輪るピングドラム』にて眞悧先生と桃果というキャラクター自体がメタファーな存在が出てきます。
だから、そういう見方もあっていいかなと思ったり。
ウテナは男性性、アンシーは女性性だ、とかね。
ウテナは女の子です。女の子だけど、ただ1人の女の子を救うために王子様になることを選んだ。
これを『男性性』という言葉で表していいものかどうかということはありますが。
予定調和の物語はもう飽きた。
外の世界は茨の道かもしれないけれど、それでも。
エンディングとともに学園から踏み出したアンシーに、さちがあらんことを。
今回はこれで。また今度!
『ウテナとアンシーは同一人物』
という考察が各地で見受けられますね。
最終回を迎えてこの考察を初めて見た時、ええ?!?!そんなことある!?!?と驚いたのを覚えています。
だってウテナとアンシーは両方別々に存在してたよ!?!同一人物なのなら今までのはなんだったの?!?とね。
ウテナとアンシーは作中で真逆のキャラとも思える描き方をされています。
行動的なウテナとどこまでも受動的なアンシー。
気高い王子さまと救われるべきお姫さま。
『同一人物』という言葉が大きすぎるのかもしれない、と思いました。
『少女革命ウテナ』という作品の世界は、お姫様か王子様か(またはそのどちらかに憧れる準王子様・準お姫様)しか存在できない構図になっています。
冬芽は王子、若葉は姫。石蕗は準王子。
その中で、アンシーは徹底してお姫様。何があってもゆらぎない、絶対姫。
でもね、これ現実味がない話でしょう。この構図は『少女革命ウテナ』という世界に通用するものであって、私たちが生きる現実社会には通用しませんよね。
現実を生きる誰にだってあると思うのです。王子様になりたい瞬間とお姫様になりたい瞬間の両方が。
王子様もお姫様も同じ人間の中に同居している。ある時は王子様が、ある時はお姫様がちらりと顔を覗かせる。
……あれ?これってこの物語の中の誰かさんにピッタリなような。
そう、ウテナ。
ウテナさまって、『少女革命ウテナ』の主人公なのに、世界の掟に唯一当てはまらない人物なんですよ。
唯一当てはならなくて、唯一私たちの等身大なんです。
掟破りのウテナさまはいい意味でも悪い意味でも注目の的。そりゃそうだよね。望めばお姫様になれるのにならないなんて、物珍しいよね。
けれどウテナは物語が進むにつれ、選択を迫られる。
王子様になる(アンシーを助ける)か、
お姫様になる(暁生と結ばれる)か。
アンシーの身投げなど紆余曲折を経て、結局ウテナは
「ぼくが王子様になるってことだろ!」という結論にたどり着く。
ウテナは男性性を選んだってことです。
絶対姫の姫宮アンシーと、男性性を選んだ天上ウテナ。
おっと、これじゃあ予定調和そのまんま。
王子様がお姫様を救うなんて決まりきったパターンじゃ、世界を革命なんて出来ない。
だから、ウテナは『王子様ごっこ』で終わらなきゃいけなかった。
もしウテナが完全な王子様になれて、アンシーを棺から引っ張り出すことが出来ていたら、この物語は終幕出来ない。
予定調和を壊すために。
ウテナでなければいけなかった、その理由。
『ウテナとアンシーは同一人物』という説に対しては、私は懐疑的です。
だってウテナはウテナ、アンシーはアンシーだから。
しかし後年の幾原監督の作品『輪るピングドラム』にて眞悧先生と桃果というキャラクター自体がメタファーな存在が出てきます。
だから、そういう見方もあっていいかなと思ったり。
ウテナは男性性、アンシーは女性性だ、とかね。
ウテナは女の子です。女の子だけど、ただ1人の女の子を救うために王子様になることを選んだ。
これを『男性性』という言葉で表していいものかどうかということはありますが。
予定調和の物語はもう飽きた。
外の世界は茨の道かもしれないけれど、それでも。
エンディングとともに学園から踏み出したアンシーに、さちがあらんことを。
今回はこれで。また今度!