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お姫さまの墓


「おかえりなさい、ウテナさま」
「ただいま、姫宮」

結局寮に帰り着いたのは日も暮れ始めた頃だった。「今日は予報通り熱くなりましたねえ」なんて姫宮は胸元をパタパタと扇いでみせる。

「ホントだよー、君の言う通り帽子をかぶって行くべきだったって何度後悔したか」
「薔薇の花嫁のいうことは聞いておいた方がいいんですよ?」
「今度からそうするよ」

カサッ。僕の背後で音が鳴る。姫宮は不思議そうに目をパチリとした。
「ウテナさま何か……」
「それより姫宮、花瓶ってある?」
「花瓶、ですか。確か206号室にあった気が」
「オッケ。ありがとう!」

姫宮に背を向けながら階段へ足をかける。206号室は2階だし、どうせ荷物も2階の部屋に置きに行かなきゃならないんだから丁度いいや。
姫宮が言う通り花瓶は206号室にひっそりと佇んでいた。ガラス細工が凝った花瓶。大きさもピッタリ。軽く水道で洗って水を中に入れた。ガラスの中で水が煌めいている。
姫宮と僕のベッドのある部屋が、実質僕らのリビングのようなもの。食事や入浴以外の時は大抵この部屋で勉強したり話をしたりしている。てか、この寮はやっぱり2人で使うには大きすぎるんだよなあ。まあ、チュチュもいるけどさ。
キイッ。あれ、誰もいないのに明かりがついてる。電気をつけっぱなしにしてるなんて姫宮らしくないなあと思いつつ部屋に入る。姫宮の机の端に花瓶を置く。花束から抜いて持って帰ってきた1本のユリを、花瓶に差し入れた。

『もう戻らない穴を抱えている人には、花が必要なのよね。花でその穴をいっぱいにして埋めてやる』

萌木さんの言葉を思い出す。穴を抱えた人間には花が必要。姫宮、君にも穴があるの?あるとしたらどんな形をしてるのかな。
君の時々見せる、諦めたような視線が僕を刺す。外の世界を知らなくていいと言い切るその姿勢が。君の失くしものの形は、案外僕の穴と似ているのかもしれない。

「ウテナさまあ」

物の少ないこの寮では、声がよく反響する。階下から僕を呼ぶ姫宮の声がボヤボヤと聞こえる。

「はあい!」
「お夕食の用意が出来ましたよ」
「うん、今行く!」

パチッと電気を消して、部屋の中を振り返る。姫宮の机で静かに咲く、僕の穴を埋める花がこちらを見ていた。
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