「虚構の世界で遊びませんか」
いつもの朝が来る。
ダイニングに行くとこんがりと焼けたトーストに出会う。お母さんは洗い物をしながら「ジャム、いちごで良かった?」。
教室に入るとさやかが「おはよう」と言った。私も「おはよう」と返した。
さやかと他愛のない話をしていると、トントンと肩を叩かれる。「寝癖、ついてんぞ?」たくみだった。頑張って直そうとしたんだけどね、と言い訳をした。
そんな日が続く。ぐるぐるぐるぐると、繰り返した。
時々聞こえる「出てきなさい」、「大丈夫?」、「ごめん」…。邪魔でしか無なかった。……私の世界を邪魔しないで。
パウンドケーキをお母さんと作った。お父さんに好評だった。
さやか達とプールにも行った。海水プールだったから、ニキビに滲みた。
桜をたくみと並んで見歩いた。たくみの手は温かかった。
「楽しい?」
あの日の女の子が私に聞いた。日は多く経った筈なのに、彼女のニキビは変わらず元気だった。
『うん、楽しい。』
「なんで?」
『みんな私に優しいの。嫌だったり、悲しかったり、苦しかったりする事なんか無いし』
「幸せ?」
『勿論』
彼女は自らのニキビに手をやった。
「逃げて掴んだ幸せで満足なん」
『言わないで!』
彼女はやはりにっと笑う。…あの時は何も言わなかったのに。言おうともしなかったのに。なんで、今更。
『今が幸せなんだよ』
「…一日中スマホとにらめっこして、捏ち上げた理想の友達、彼氏、母親なんかと遊ぶのよね」
『それの何が悪いの?』
「……幾ら目を逸したって無駄だよ」
彼女の指が私の頬に伸びてくる。手入れの行き届いていない伸びっぱなしの爪が私のニキビを潰さんとめり込む。
「私は貴方だよ、ゆきちゃん?」
ぱっと手を戻すと彼女は深く息を吸った。
「私、角野雪。現実に嫌気が差して虚構の世界で一人遊び」
『やめて』
「部屋に籠もってさ、自分の都合のいい世界の小説上手でもないのに書いてニタニタしてるの」
『………やめ…て』
「幾らお母さんやさやか、たくみたちが呼びかけたって答えやしない」
『やめてやめてやめて!』
「何で?全部真実じゃないの。悪い空気…理想が製造されるこの世界は、真っ赤な嘘だらけの悪臭でムンムンしてるんでしょ」
真っ赤な嘘だらけの悪臭。その言い回しに聞き覚えがあった。…が、どこで、それが何なのか、は分からなかった。
「虚構の中でいつまでも歌って踊って嘆けばいいよ」
…コートを羽織って、財布とケータイとを持って。
久しぶりに外の空気を吸う。
「あれ、ゆき、どこ行くの?」
お母さんが戸惑いの声を上げる。半年も引きこもってた娘が突然出てきて外行こうとしてるんだものね。当たり前の反応。
「ちょっと、そこまでだよ。」