アイレスの笑顔は、私の心を簡単に掬う。
　まるでアリシアのようだと頭の片隅でたった一度でも思ってしまえば、日々、彼女とアリシアを重ねる事をやめられなかった。
　その度に最低だと、こんな事をしてはならないと、アリシアの代わりはこの世界のどこを探してもいないのだと、何度自戒したかわからない。
「リーガル！」
　しかし、私の名を呼び、満面の笑顔でこちらを見上げる彼女はやはりアリシアとよく似ていた。容姿も性格も違うというのに。
「あれ、怖い顔してどうしたの？」
「ああ、すまない。少し考え事をしていてな」
「考え事？あ！それよりほら見て、この花」
「花？」
　アイレスの手の内には、ホット･ピンクの色をした美しい花。
　花が大好きなアリシアと出会ってからは少し花に詳しくなったと思ったが、未だかつて見たことのない花だった。
「綺麗でしょ。私が一番好きな花なんだ」
「そうか……この花の名は？」
　自分のその問いに、アリシアがいない今も尚、花の名を聞く癖が残っているのだなと初めて気がつく。
「あのね」
　早くこの花の話をしたくて仕方がないという顔でその花を見つめるアイレス。
　私はその様子を和やかに眺めていたが、それも束の間だった。
「アリシアって言うんだよ」
　彼女はいつもの笑顔で、彼女からは聞くはずのない名を、小さな口で紡いだ。
　アリシア？
　私は星の数ほど心の内で呼び続けているその名を、頭の中でゆっくりと反芻する。
　まるで時が、止まったようだ。
「……今、何と……」
「？アリシアって言うの、この花」
　何も知らないアイレスは、首を傾げながらもう一度その花の名を教えてくれる。
　その姿に、アリシアがプレセアの花を誇らしげに紹介してくれた時の事を思い出し、愛しい過去に目を細める。
　彼女はアリシアではない。そうわかってはいたが、今すぐに彼女を抱き締めたくて仕方がなかった。
「リーガル？」
「…………」
　しかしアリシアを想いながら彼女に触れるわけにはいかない。
　私は震える手をグッと押し込め、アリシアの花へと視線を移す。
「本当に、綺麗だ……」
　私はアリシアの花を撫でるような仕草で、手のひらを宙で動かした。
　アイレスは始終不思議そうな顔をしていたが、自慢の花を私に見てもらって満足したのだろう。彼女はまたにこやかに他愛のない話を紡いでいく。
　そんな彼女に心の内を悟られぬよう、私はいつもの表情を作りながら、いつものように相槌を打つ事に専念する。
　彼女の笑顔が、絶えてしまわぬように。